傾聴の達人 | 村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

東北の被災地で2万を超える人々の声に耳を傾けた

「傾聴の達人」がいる。

宮城県栗原市にある通大寺住職の金田諦應さんだ。

金田さんは「カフェ・デ・モンク」という移動喫茶を運営してきた。軽トラックに喫茶店の道具一式を詰め込んで、被災地を巡る。おいしいコーヒーを無料で提供しながら、被災者の話を聴くなごみの空間を提供している。「monk」は英語でお坊さんのこと。「文句」を聴きながら、一緒に「悶苦」するという洒落っ気たっぷりなネーミングだ。

金田さんの著書『傾聴のコツ』(三笠書房)は、実体験に基づいた示唆に富んだ本だ。福島県郡山市の書店で偶然見つけ、読み耽った。

震災直後、ヘドロと遺体の臭いを嗅ぎながら追悼行脚するうちに、「宗教者としてのフレーム(枠組み)が壊れてしまった」と言う。被災者の苦悩を前にしたとき、肩書は何の用もなさなかった。法衣を着て被災地の入るのをやめた。

救うとか仏の世界に導くという姿勢は封印した。仏の言葉、経典の文言も一切口にしなかった。

 

聴き手の自分は「暇げで、軽みのある佇まい」を意識するようにした。

そこにいることが特別でなく、昔からずっとそこにいたような空気のような存在でいようと心がけた。

金田さんは、相手の語ることを全て肯定するようにした。「わかるよ」と中途半端な共感はせず「よく伝わったよ」と受け入れた。これまでの自分の価値観をいったん脇に置き、まっさらな状態で聴くようにした。

相手の話の裏にある物語を見つけるようにした。「さみしぐね」と東北弁で言われても、本音かどうかわからない。東北弁の文法がわかるものとして、全身を耳にして、ためいき一つ聴き逃さず、身じろぎ一つ見逃さないようにした。

自分は「相手を映す鏡」であろうとした。苦しみ哀しみを背負った人が、自らの姿を客観的にみられるようになればいいと思った。話ながら心の整理をし、向かうべき道筋を見つける手伝いをしようと思った。凝り固まった感情が動き出しただけでも一歩前進だ。人間の持つレジリエンス(自己回復能力)が傾聴によって引き出されていく。

もう一つ、傾聴で大切なことは、自分の思考のクセを客観視することだ。そうしないと、会話中に不用意なことばで相手を傷つけたり、自分の思う方向へ話を誘導してしまうからだ。傾聴は、あくまで相手のためにある。

東北には「もぞこい」という方言がある。「せつないくらいに愛おしい」というニュアンスだ。相手を「もぞこい」と真剣に想う心が、相手の構えを取り払い、心の扉を開いてくれる。