「佳作」ということばがしっくりくる。
名優、山崎努と樹木希林の2人が揃えば「佳作」になること間違いなしだが、共演者、監督、スタッフが一枚岩になって、「モリワールド」を具現化していた。観客は、まるでその世界に入り込んだような気持ちになれる。そこには「愛すべき人たち」がいる。
虫や植物を単純な線と明るい色彩で描いた、
画家の熊谷守一が主人公。
だが、業績を振り返ったり、半生を追ったりはしない。
絵を描く場面すらない。
沖田修一監督は、熊谷守一の独特のキャラクターを借りて、
仙人のような老画家とその妻の穏やかな1日を、
控えめな笑いを交えて描いた。
写実的でありながらファンタジーでもある。
94歳の画家モリ(山崎努)は、妻秀子(樹木希林)と
草木生い茂る庭のある、古い家に住んでいる。
モリは日がな庭を歩き回っては、
虫や池の魚や石ころをじっと観察する。
30年も庭の外に出ていない。
庭は外界と隔絶され、特別の時間が流れる小宇宙。
モリの引力に引き寄せられて、いろんな人が集まってくる。
図々しい画商、揮毫(きごう)を求める旅館の主人、モリを撮る写真家とその助手、向かいに建設中のマンションの持ち主。それぞれの思惑や言い分を抱えてやって来る。
だが、庭に寝そべってアリの群れをじっくり観察し
「最近気づいたんだが、アリは左の2番目の足から動きだすんだね」
などと言い出すモリに毒気を抜かれ、けむに巻かれる。
親密で居心地がよく、ぬくもりに包まれた桃源郷。
観客もそこに溶け込み、たゆたう。