校長室には、次から次に人が入ってくる。
悩み事相談もあれば、決意表明もある。
プライベートなことなので、1対1が有難いのかもしれないが、
ここでは、オープンに分かち合う。
みんなが意見を言い合えるフランクな雰囲気がある。
入ってくると、自己紹介をして、何を話に来たか説明する。
そして、みんなできちんと受け止め、感じたことを話す。
新入生の女の子。
たどたどしい口調ながら、自分をしっかり語っていた。
「中学の時、いじめを受けて居場所がなかった。親が進めてくれたので新陽に来たけど、ここなら生きたいように生きられそう。考え方が根本的に変わった。将来は、考古学者になりたい」
入学して1ケ月あまりだが、こんなに化学反応が起きている。
留学前に、日本中を歩いて見聞広めている女性、
卒業生で、スノーボードで北京オリンピックを目指す男性・・・
千客万来だ。荒井校長は、珈琲を淹れながら、話に聞き入り、
時々口を挟む。
なんだか、カオスな校長室、いいなぁ。
ここから、「本気で挑戦」が続々生まれそう。
そうなのだ。
札幌新陽高校は、「本気で挑戦する人の母校」を標榜する。
学校で積み重ねるものを「偏差値」から「経験値」に変える。
教育の価値観を「最終学歴」ではなく「最新学習歴更新」に変える。
今年度から、従来のカリキュラムに縛られず、
生徒自らが主体的に何をどう学ぶか考える「探究コース」を開設した。
試行錯誤しながら作り上げていく。
校長の荒井優さんは、1975年生まれの43歳。
常に「本気」で生きてきた。
札幌市の小学校を卒業し、中学からは神奈川県横浜市育ち。
1994年に早稲田大学政治経済学部経済学科入学。
2年生のとき、第5回YOSAKOI ソーラン祭り実行委員長を務め、
全国展開の中心となる。卒業後には㈱リクルートに入社。
2008年にソフトバンク㈱に転職し、社長室に配属。
2011年7月からは、公益財団法人東日本大震災復興支援財団の専務理事を兼務し、ソフトバンクおよび孫正義社長が行う復興支援活動の責任者となる。
経済的に困難な高校生への給付型奨学金「まなべる基金」を創設し、2000人に給付した。特に福島県双葉郡に昨年開校した「福島県立ふたば未来学園高等学校」の開校に関わり、新しい教育観を提案し実現するなど東北復興の最前線で活躍してきた。
そして、2016年、祖父の興した学園の経営を引き継ぐ形で、
校長に就任した。
教員免許も学校での勤務経験もないが、覚悟だけが誰にも負けない自信がある。
生徒数、志願者数の激減で、学校経営は揺らいでいた。
評判も地に落ちていた。
祖父の作った学校をつぶすわけにはいかないと、家族を東京に残し、背水の陣で札幌に乗り込んだ。
オープンスクールで改革の具体案を説いた。
2回出席したら、入学金免除にした。
定員割れを、わずか1年で回復させた。
新1年生322人全員がYOSAKOIソーランに出て、踊り切った。
弾ける生徒の姿が、悪評を拭い去った。
ヨットパーカー姿で、生徒から「ゆたかさ~ん」と慕われる荒井校長。
道内はもとより、全国から注目される存在だ。
意識的にカオス状態を作り出し、教育界に風雲を巻き起こしている。