高校2年生の少女の人生を動かした芝居があった。
舞台『釈迦内柩唄』を観劇したことが、彼女の人生を変えた。
前進座の浅利香津代さんが、20年間演じ続けた舞台だった。
和歌山市民会館。前から2列目、下手通路側。
有馬理恵さんは、座った席も覚えている。
東北の言葉もわからないのに、泣きっぱなしだった。
幕が下りても動けない放心状態だった。
一週間、学校へもいけなかった。
生まれ育った周辺に被差別部落があったこともあり、
「差別」については、これまでも考えてきた。
部屋に籠り、身体中何かが駆け巡る思いで、
改めて「差別」について考えた。
この芝居には、交錯する思いをすべて引き受け、
自分は何をしたいのか問われているエネルギーが感じられた。
それから28年。
女優になった有馬理恵さんは、
きょう『釈迦内柩唄』489回目の舞台にたった。
21年にわたって、浅利さんからバトンを受け継ぐ形で、
彼女は、この芝居をライフワークにしている。
原作は、作家の水上勉さん。
戦時中、秋田県で起きた花岡事件を背景にした物語。
職業差別、人種差別、奥深い人間の業や憎悪を問題にしている。
釈迦内は、花岡鉱山の近くにある。
そこで、親の代から続いた火葬場の仕事を引き継いだ娘・ふじ子が、物語の主人公。焼却炉を前にしたモノローグがほとんどだ。
その職業ゆえに差別を受けてきたが、
ふじ子は家族の深い絆と愛情で、父の仕事を引き継ぐ。
その父が亡くなり、遺体を焼く準備をしているふじ子は、
様々なことを思い起こす。
鉱山から逃げてきて憲兵隊に捕まった朝鮮人の崔さんのこと、
足の不自由な身で、懸命に働いていた母のこと、
踊りが得意な上の姉、
読書好きな下の姉のこと、
そして、辛さを酒で紛らわしていた父のこと…。
父は、人を焼いた灰でコスモスを育てていた。
「人は死んだら、大臣も百姓もおんなじ仏さまになるんだ。コスモスになって風に揺れてるんだ」と言っていた。
舞台は、一面のコスモス畑で、幕を閉じる。
これまで、有馬さんと一緒に講演会をしたことが何度かある。
そのとき、短縮版の一人芝居では、何度か拝見したことがあったが、
通しで拝見するのは初めてだ。
有馬さんはもとより、舞台に登場する7人の役者が、
自分たちの役どころを心得ていて、
「せりふ」を言っているように聞こえない。真に迫ってくる。
特に、父役の加藤頼さんの間合いがいい。
有馬さんの「本気」もビシビシ伝わってくる。
終演後、「いまこそ、いまの時代だからこそ、多くに方に、
この芝居を届けたい」と観客に訴えていた。
まずは、500回、
そして水上さんに約束した1000回公演を目指してほしい。
『釈迦内柩唄』、今回は、
いのちをテーマにした公演に相応しい場所、
築地本願寺ブディストホールで、15日(日)まで。