狂言師の野村萬斎さん。
年間300を超える狂言の舞台はもとより、
演劇、映画への出演、世田谷パブリックシアター芸術監督、
東京オリンピック開会式閉会式プランニング・・・と八面六臂の活躍だ。
その萬斎さんが、中国の作家・魯迅役に取り組んだ。
過日、舞台「シャンハイムーン」を観劇してきた。
6人の出演者の会話劇。
1934年夏、日中戦争前の上海。
中国の貧しい人々に心を寄せ、「抗日論」を展開する魯迅は、
国民党政府に追われ、日本人夫婦が営む内山書店に匿われている。
魯迅の身体は、病気の巣窟。医者嫌いの魯迅を言いくるめて、
何とか治療を試みようとするが、「人物誤認症」という奇病になる。
一人一人をいとおしく見つめるストーリー。
魯迅は「一番嫌いなものは嘘つきと煤煙。一番好きなものは正直者と月夜」と書いている。舞台の背景には、満ちたり欠けたりする月が投影されていた。月は、やさしく登場人物たちを見つめる。作者の井上ひさしさんのまなざしかもしれない。
井上さんは、新作を書くときは、上空3000メートルから世の中を俯瞰し、しだいに高度を下げていくと語っていた。
この俯瞰目線はとても大切だ。
医師の須藤先生のセリフに印象に残ることばがある。
「日本人にもいろいろいる。中国人にもいろいろいる。日本人は、とか
中国人は、とか、ものごとをすべて一般化して見るのには賛成できんぞ」
○○ファーストという時代へのアンチテーゼだ。
一面的な見方でなく多面的な見方でものを見るには、
俯瞰目線が必要だ。
井上作品には、国や民族を超えて、人間ていいなぁと思わせるものが
満ち溢れている。
萬斎さんも、狂言には、「宇宙的な俯瞰目線」があるという。
舞台には、大名も農民も、サルもキノコも出現する。
自然と人間が共生した人間賛歌のおおらかさがある。
大名も農民も蚊もキノコにも優劣はない。同じ命。
宇宙から見ると、人間の営みは小さなもの。
長く深く広い目で見れば、ささいなことに踊らされない。
そんな考えが、600年受け継がれてきた。
人間目線を離れたものをどれだけ持ちうるかというところから、
パブリック(公共的なもの)が立ち現われてくる気がすると、
萬斎さんは考えている。
国や民族や思想が異なっても、思い合うことは出来る。
狂言で培った宇宙的俯瞰目線が、この芝居にも生かされているような気がした。
「シャンハイムーン」は、東京公演が終わり、
新潟(18日)、滋賀(21日)、愛知(23、24日)、石川(31日)と、
地方公演がある。