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SUNNY HOLIDAY

~好きなこと,人生の記録を書いています~

 オイラがランナーとして復活するための道筋を考える.最終目標はマラソンを始めた頃に立てた目標"マラソン3時間半切り"である.(3時間半切りを達成したあと,さらに上を目指すか,現状維持か,ウルトラを目指すかは現時点では未定)


ランから遠ざかる前の走力(オイラがランナーとして最も輝いていた時期)

・マラソン3時間48分

・ハーフ1時間42分

・10キロ46〜48分

・鯖ウルトラ9時間40分ちょっと



かつての土俵に乗るための最低限の走力目標

・ハーフ2時間切り

・30キロ走れる

・フルも走れそうな予感



 先日参加したトレイルランの大会で分かったこと,反省点を列挙する。

・心肺は余裕があるが脚が痛くて走れなかった.

・"トレイル区間は歩いても仕方ないがロード区間は走れ"というオイラーのポリシーに違反し,ロード区間も歩いてしまった.

・いろんな筋力が落ちすぎている.



 オイラの理想は,脚が痛くなる前(動かなくなる前)に心肺がキツくなる走り方である.言い換えれば,マラソンでしんどい局面にあるとき,"このペースでは呼吸はきついが脚はまだまだ動く"という状況である.オイラが自己ベストを出した大会は全てそのような走り方をしている.心肺は余裕なのに足が痛くてペースを上げられないというのはもったいないと思うからだ.


 練習環境において,かつてと今で異なる点は,練習する時間を確保しにくいということに尽きる."確保しにくい"という現象を考察すると『練習する時間がないのではなく,1日のうちで練習する体力が残っていない』である.

 時間がない時間がないと言うけれど,ちゃんと考えると,練習する時間はたくさんある.しかし,練習する体力がなかなか確保できない.かつては,朝4時に起きて出勤前に20キロ走る,仕事から帰宅して夜寝る前に20キロ走るなどよくしていたけれど,それは今はとてもじゃないが無理だ.今日こそ,出勤前に走ろうと思ったが,結局6時すぎにしか起きることができなかった.

 ただ,オイラは夜ランより朝ランのほうが習慣化しやすい性格だから,ここは踏ん張って朝ランをする生活を取り戻すべきと言える.

 ここで踏ん張らなければまたブランクができてしまう.


 明日から,"朝ラン5キロを毎日続ける"で様子を見てみよう.


 トレイルランの大会に出走してきた.

 一度はあれだけ離れてしまったランニング,3年間のブランク,もう大会に出ることもないのかな・・・と思っていたオイラだったけれど,なにはともあれ,ここまで戻ってこれたことが嬉しい.

 

 大会独特の盛り上がり,エイド,たくさんのランナーと走る感覚,なんだかいろいろ懐かしかった.

 

 

 

熱中症になるのではないかと思うほど暑く,後半はほぼ歩いてしまった.

 

 

 27キロのトレイル・・・短い16キロのほうにするべきだった・・・と何度も思ったが,どうしても長いコースを選択してしまうオイラ.

 

 無事完走できて良かった.

階段降りられないくらい足がパンパン(笑)

 

 

 

パソコンを立ち上げてブログを書いたり,好きなテレビ番組を観たり,友達とランチに行ったり,職場の人と飲みに行ったり,ランニングしたり・・・ここ最近でオイラがしたことだ.

最近,懐かしいと感じることが多い.

仕事復帰して1年,そりゃ産休前と比べると仕事内容は全く別のものになったし手取りもガクンと減った.産休育休中そして今も,どんどん増える後輩上司に何と言えない悔しさ,失望感,嫉妬みたいな気持ちもあった.

同僚に相談したら「たしかに出世するのもすごいことだけど,仕事と育児を両方頑張ってるのはそれ以上に大変ですごいことなんだよ」と言ってもらった.いろんな人の考えに触れて,いろんなモノが徐々に落ち着いてきた.

 

2年前の産後初めてのランニングは,10キロ走るのに1時間半ほどかかり,心が折れ,長くは続かなかった.ランネットもコロナ以降は一度もログインしなかった.充電が切れて2年以上経ったガーミンのランニングウォッチ.マラソン大会でもらったTシャツもいつの間にか寝間着になっていた.

たまーにアメブロを覗いてはいたけれど,“あぁ・・・みんな走っているんだなぁ”と思いながらも,でもなかなか走る気持ちになれなかった.

 

でも1か月前,オイラのランセンサーみたいなものが反応し,“今晩走ってみようかなぁ”という気持ちになることが3日間ほど続いた.

どうせキロ6分でも走れないだろうし,ペースや距離を数字として見てしまうと落ち込むだろうから,敢えてランニングウォッチはせずに走った.おそらく4キロ弱の距離だが,なんだかとても楽しかった.

授乳期間が終わり,走るときの振動も気にならなくなったし,2年前は,スポーツ用のブラジャーをしててもその上から手でバストを押さえていないと走りにくい状態だったがそれもなくなったことを確認できた.

 

オイラ,ランを再開できる身体に戻った,と確信した.

 

今は週2回,10キロ走るくらいの練習量.

10キロであればコンスタントに56~60分ほどで走れるまでに戻ったことも確認した.

 

出産後にたてた“2024年の鯖ウルトラに出る”という目標は全く無謀なものに終わったが,鯖ウルトラはずっと頭の片隅にはあった.目標にしていた大会にエントリーしなかったことが“もう1度走ってみようかなぁ”というキッカケを与えてくれたのだと思う.

 

結局3年ほどのブランクになったが,もうこれ以上はブランクは延びないと思う.

娘の慣らし保育の時間を利用して,ここ2週間ほど,1日2~3時間ほどランニングしている.

 

マラソン3時間半切りという目標は,出産を機に一気に遠ざかり,手が届かないところにあるような感覚.

2024年の鯖ウルトラで女子8位以内という目標も,目標にしていた自分が恥ずかしいくらい,今やそういうレベルではなく,異次元の走力低下問題が浮上している.

 

とはいっても,オイラは諦める気は毛頭ないし,絶対達成してやります.

 

“こういう練習をこういう感じでこなしていく”というイメージはしっかり描けていて,あとはそれを実行するだけなのだが,ブランクに対する気持ちの面がちょっと辛い.

妊娠前の,キロ5でハーフ走れていたときの流れる風景,10キロ45分で走れたときの爽快感・・・etc.これを知ってしまっているのが辛い.

今朝も走ってみたが,キロ5だと3キロが限界.

こんなにしんどいのに,これでキロ6分半ペース!?ってことがしばしば.

 

ゆっくりペースのときは,オイラ好みのこういうところを走っています.

 

気分を変えて,琵琶湖大橋をランニング♪

 

 

ランニングシューズ変えてみようかなぁ.

 

 

そういえば,保育所に娘を迎えに行ったとき,保育士さんから,

お母さん,マラソンしはるんですね!!

と言われてオイラちょーーーーーー嬉しくて舞い上がってしまった(笑)

というのも,娘の持ち物で,昼寝布団の上に敷くタオルや汚れた服を入れるビニール巾着袋を用意しないといけないのですが,オイラ,泉州国際マラソンの完走バスタオル,亀岡ハーフマラソンの完走バスタオル,泉州国際マラソンの手荷物入れのビニール巾着袋,鯖ウルトラの手提げかばん・・・意識したわけではないのだが,娘の持ち物がほとんどマラソン関係になってしまっていました.

保育士さんの何気ない一言だったけれど,マラソンしてるってカッコイイ!!と改めて思えた瞬間でした♪

絶対ブランクを乗り越えるゾ!

 

 

産後1年と数日が経った.

オイラの体重は,2カ月前に産前に戻ったがそれからストレスでやけ食いが続き,今は産前+2キロといった具合.

ランニングは全然できていない.

 

娘は先日1歳になり,来月から私は仕事復帰,娘は保育所に通うことなった.

妊娠出産を機に今までの“日常”や“当たり前”がガラリと変わり,出産して得たもの&失ったもの,嬉しかったこと&辛かったこと,いろいろ思うことはあるけれど,徐々に妊娠前の“日常”に戻っていく感覚.

仕事復帰はオイラにとってとても大きな前進なのである.

 

最近は,テレビで東京マラソンを観たり,近場では京都マラソン,びわ湖マラソンが開催され,オイラのなかで遠ざかっていたマラソンがまた身近なところにやってきた.オイラもまた走りたい.

まずは10キロのレースから参加してみて,大会で走る楽しさ,キツさ,いろんな感覚を取り戻したいと思う.

オイラの目標は,マラソンを始めた当初の目標と変わらず,マラソン3時間半切り,鯖ウルトラ女子8位以内なのだ!絶対達成してみせる.

 

まだまだ娘に手がかかるが,少しずつ自分の時間を意識的に持とうと思う.

まずは,

・体重を妊娠前に戻す

・10キロの大会に出る

・包丁研ぎの練習をする

・美容院に行く

・カブくんにガソリンを入れる

・ランニングシューズを見に行く

・コメダ珈琲に行く

・回転ずしに行く

 

3月は気分転換する時間を持つようにして日々過ごそうと思う.