岩瀬昇のエネルギーブログ# 940 トランプはビロルをクビにするのか?! | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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 「ロイター」が『トランプ第二期政権はグリーン政策に重点を置いているIEAを攻撃対象にすることになるだろうと取り巻きたちは指摘している』(A second Trump presidency would target IEA’s green focus, advisers say)という興味深いタイトルの記事を東京時間2024年5月16日7:12pmに掲載していた(*1)。

 

 当該記事の書き出しは次のようになっている。

 

 〈関係筋は、大統領選に勝利したらドナルド・トランプは、気候変動問題と戦うことではなく化石燃料の生産問題に注力するよう、IEA(国際エネルギー機関)にトップ交代を迫るだろうと指摘している。〉

 

 ロイターは、トランプ大統領のエネルギー政策に詳しい大口献金者、政策専門家やトラン前政権時の高官などを含む5人の関係筋に取材し、全員がこの見方をしていると報じている。

 

 関係筋として名前が挙がっているのは「ヘリテージ財団」のフェローMario Loyola、同じくフェローでトランプ政権時にエネルギー政策アドバイザーだったMike Mckenna、トランプ大統領の国家安全保障会議で国際エネルギー環境問題担当特別補佐官を務めたDave Banksや、大口献金を行っているコロラド州の掘削企業「Canary」CEOのDan Eberhartなどである。

 

 興味深いのは、トランプが勝利した場合、就任直後はバイデン政権のエネルギー政策をひっくり返すことに注力し、IEAトップ交代問題は2年目以降のテーマとするだろうとの見方だ。

 トランプが1年目に行うのは、たとえば新規LNGプロジェクトの許認可プロセスの中断を廃止すること、連邦管轄地における開発促進を妨げる措置を配することであり、パリ協定から再び離脱することなどである、としている。

 この指摘は、トランプは1期目着任直後にIEAへの拠出金を取りやめることも検討したが、金額が6百万ドルと小さいことから着手しなかった実例があること、およびトランプ自身は公の場でIEAについて一切言及したことがないという事実からも妥当性が高いと言えるだろう。

 

 取材先が共和党の政策綱領の下書きを行う可能性の高いヘリテージ財団などであることから、トランプ第二期政権が誕生した場合のエネルギー政策の方向性は、この記事から十分にくみ取ることができる。

 これは多としよう。

 

 だが、トランプのエネルギー政策最優先事項は米国にとってのエネルギー安全保障だという関係筋の指摘には首肯できない。なぜならトランプにはエネルギー政策などないからだ。

 

 トランプが主張したエネルギー自立(Energy Independence)やエネルギー支配(Energy Dominance)の危うさについては、弊著『超エネルギー地政学』(2018年9月、エネルギーフォーラム)「第1章予測不可能なトランプ大統領を生んだアメリカ」を参照されたい。

 

 2019年9月、シェール革命の恩恵によりアメリカはようやくエネルギー輸出国になった。

このときトランプは、歴代のアメリカ大統領が目指していたエネルギー自立(Energy Independence)を達成した、アメリカは敵対するいかなる国からの影響を受けることなくエネルギー政策を実行できる、次はエネルギー支配(Energy Dominance)の確立だ、と高らかに宣言した。

 これは耳障りのいい美辞麗句であって、トランプ第一主義、そのために打ち出しているアメリカ第一主義以外の何物でもない。中身は何もないのである。

 

 トランプは、アメリカの石油産業の実態をまったく理解していない。

 

 トランプは、アメリカが現在1,780万BDの石油を生産し、2,030万BDを消費しており、見た目は「生産量<消費量」だが、バイオ燃料の生産とプロセス・ゲインと呼ばれる製油所操業による追加供給があることにより「純輸出国」になっているという事実を知らない。

 

 さらには、原油を630万BD、石油製品を210万BD、合計840万BD輸入し、一方で原油を350万BD、石油製品を530万BD、合計880万BDも輸出しているという事実も認識できていない。

 

 これらの輸出入数値がいかに大きいものであるかは、ほぼ全量を輸入に依存している日本の石油消費量が330万BDだったという事実からも明らかだろう(以上、米国および日本の数値は「Energy Institute」の「Statistical Review of World Energy 2023」の2022年実績。*2)。

 

 アメリカの石油産業は、長い歴史に基づき中重質原油を処理するよう設備が建設されているが、シェール革命により国産できているのは軽質原油が中心となっているため、前述したような原油および石油製品の大量輸出、大量輸入が不可欠なのである。

 つまり石油の「質」の問題を考慮すると、国際貿易がつつがなく実行できるような国際政治環境を維持することがアメリカにとってきわめて重要なのだ。「

「供給量>消費量」をもって「エネルギー自立」とはとても言えないのである。

 

 そういえば共和党幹部がIEAに書簡(*3)を送り、回答を求めていたがIEAはどのような回答をしたのだろうか?

 

 読者の皆さんには「エネブロ#929 50才を迎えたIEAの任務とは」(2024年3月5日、*4)および「#931 再び問う、50周年を祝ったIEAの役割とは何か?」(2024年3月26日、*5)と合わせてお読みいただき、考えていただければ幸甚です。

 

*1 A second Trump presidency would target IEA's green focus, advisers say | Reuters

*2 Statistical Review of World Energy (5).pdf

*3 8E2BA8FC-08F5-432F-A579-0BE6EEAE81C4 (senate.gov)

*4 岩瀬昇のエネルギーブログ#929 50才を迎えたIEAの任務は? | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)

*5 岩瀬昇のエネルギーブログ:#931 再び問う、50周年を祝ったIEAの役割とは何か? | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)