オイルショックの教訓からキッシンジャー米国務長官(当時)が音頭を取り、先進国の機関として「IEA」(国際エネルギー機関)が設立されてから半世紀が経過した。50周年を迎えた「IEA」は2024年2月13日~14日、第29回閣僚理事会を開催した。わが国からは岩田経済産業副大臣と辻外務副大臣らが出席した(*1、*2)。
終了後「閣僚コミュニケ」(原文*3、仮訳*4)が発表された。
その要点は次のようなものとなっている。
・「IEA」はオイルショックの後、エネルギー供給・セキュリテイの確保と効率化を目的として設立。
・50年経過したが重要性は高まり、組織拡大中。
・2050年排出ネットゼロ実現のためクリーンエネルギーへの移行加速の緊急性を強調。
・ロシアのウクライナ侵攻がエネルギー安全保障への脅威となっていることを認識。
・「IEA」はエネルギーにおける世界の対話の中心であることを決意。
・エネルギーシステムにおいて化石燃料からの移行と、2035年までの電力分野脱炭素化を意図。
これらからも分かるように50才になった「IEA」は、活動の軸足を「エネルギー安全保障」から「2050年排出ネットゼロ」実現のための「クリーンエネルギー移行」に移している。
そのためか、最近は「行き過ぎ」と思われる行動が多いのではないだろうか?
その最たるものが2021年5月に発表した「2050年排出ネットゼロ工程表」だ(*5)。
あえて当該工程表の要点を大胆にまとめると、2100年における気温上昇を産業革命前対比で1.5℃以下に抑えることを「望ましい未来」として、そこからバックキャステイングして、いつまでに何をしなければならないかを描いたシナリオ、ということができる。
このシナリオは、次のような実現が極めて困難な条件達成を前提としている。
当初より無理筋だったが、ロシアのウクライナ侵略戦争により世界はディグローバル化へと歩みを変えたため、世界が一体となって進んでいくことを前提としたこれらの条件は、もはや時間軸を大幅に後退させなければ実現することはほぼ困難になっているのではないだろうか。
① 先例のないイノヴェーション
② 殿下に必要なレアメタルなど金属の大増産・安定供給・安全保障
③ 資金・技術に関する国際協力
④ 人々の大幅な行動変容
さらに筆者が当初より疑問視していたのは、果たして「2100年1.5℃目標達成」が「望ましい未来」なのだろうか、という根本的な問題である。
ロシアによるウクライナ侵略という、「工程表」作成時には予想だにしていなかった地政学リスクが勃発したためというのかもしれないが、世界が一体となって推進していくことを前提とした「パリ協定」実現を可能とする「工程表」は、もはや時間軸を後退させなければ実現困難になっているのではないだろうか。
だが「2100年1.5℃目標達成」の旗は掲げたままだ。そのため、あちらこちらで齟齬が発生しているのが現実だ。
ここは初心に帰り、果たして「2100年1.5℃目標達成」が「望ましい未来」なのかどうか、今一度再考すべきではないだろうか?
「工程表」の主要シナリオである「2050年ネットゼロシナリオ」では、人口増、世界経済拡大が続く前提で、エネルギー消費量が頭打ちとなり漸減することとなっている。
筆者なりにまとめると次のようなものだ。
人口 GDP 一次エネルギー消費量
2020年 78億人 ― ―
2030年 85.5憶人 20年比145% 20年比▲7%=550EJ
2050年 97億人 20年比200% 20年以降ほぼ横ばい
一次エネルギーについては、燃料別明細も分かるグラフとして次のものが示されている。
出所:「IEA」「2050年ネットゼロ工程表」
このように、人口・GDPを拡大しつつ一次エネルギー消費量の減少、という困難な目標達成のカギを握っているのは、エネルギーの効率化だとされている。
前述した表からも分かるように、2050年までに世界のGDPは約2倍になるのだが、必要なエネルギーは約7%減少させるというのだ。
2021年に当該「工程表」を発表してからの推移実態は、この「エネルギー効率化」が可能だとは思えないものとなっている。
ロシアのウクライナ侵略があったから仕方がないのだ、というのかも知れないが、世界が再びグローバル化に転じない限り、つまり世界が分断を克服して「パリ協定」の背後にある「協同」へと転換しない限り、この「エネルギー効率化」は実現しそうにないと筆者は判断しているが如何だろうか。
「IEA」が活動の主軸を「クリーンエネルギー移行」に移したことの弊害のもう一つの例が、2022年2月24日、ロシアがウクライナ侵略を開始した直後の「IEA」の行動である。
「IEA」は何をしたのか。
まず「月報」(Oil Market Report)2022年3月号(*6)で、ロシアからの原油供給が4月から300万BD失われる可能性がある、と警告した。世界はある種のパニックに陥った。
皆さんもご記憶のように、ロシアが能動的に原油供給を抑えることは一切なかった。
だが、ウクライナ侵略を非難するEU等西側諸国(日本を含む)が継戦能力を抑え込む制裁を課すべく、ロシアからの原油供給は減らさずに石油収入を抑えようと、2022年12月5日からの輸入禁止と、西側諸国が引き取らなくなったため安値輸入を開始したインドや中国などを念頭に「上限価格」策を導入したのだった。
それまでロシアからの原油供給が減少することは一切なかった。
つまり、ロシアからの原油供給が300万BD減少する、というのはあたかも「オオカミ少年」の警告のようなものだったのだ。
それだけではない。
IEAは2022年3月初旬、石油消費量を減少させる方策があると「2050年ネットゼロ工程表」実現を後押しすべく次の「10項目提言」を発表した(*7)。
これを文字化すると次のようなものになる。
削減策 削減効果
・高速道路速度制限 乗用車だけでも ▲290千BD
トラックも行えば▲140千BD
・リモートワーク 週1日 ▲170千BD
週3日なら ▲500千BD
・日曜ノーカー ▲350千BD
月1回でも ▲95千BD
・公共乗物/徒歩/自転車奨励 ▲330千BD
・自家用車間引き ▲210千BD
・カーシェアリング奨励 ▲470千BD
・効率運転奨励 ▲320千BD
・高速夜間鉄道(飛行機代替) ▲40千BD
・代替可能なら航空機出張取り止め ▲260千BD
・EV化促進 ▲100千BD
これらは1970年代のオイルショック時に、わが国が採用した省エネ策に類似したものだ。
だが、筆者の知る限り西側諸国で、この提言を採用したところはなかった。
振り返れば2022年の油価高騰は、需給バランスというファンダメンタルズはほぼ不変だったのだが、「オオカミ少年」IEAが「警告」したため市場に不安感が蔓延し、それゆえに発生したのだった。
「FT」ブレント原油価格推移グラフ(過去3年)
「IEA」が50才を迎えた2024年、我々は今一度「IEA」の任務を再考すべきではないのだろうか。
*1 岩田経済産業副大臣がIEA閣僚理事会に出席しました (METI/経済産業省)
*2 辻󠄀外務副大臣の国際エネルギー機関(IEA)閣僚理事会への出席|外務省 (mofa.go.jp)
*3 2024 IEA Ministerial Communique - News - IEA
*4 20240215002-a.pdf (meti.go.jp)
*5 Net Zero by 2050 – Analysis - IEA