「IEA」(国際エネルギー機関)は3月11日、『A strong focus on oil security will be critical throughout the clean energy transition(クリーンエネルギー移行にあたっても、石油供給の安全保障に焦点を強くあてることが極めて重要だろう)』と題する論評を発表した(*1)。「IEA」のエネルギー安全保障アナリスト(Energy Security Analyst)のRonam Grahamとエネルギー安全保障リサーチャー(Energy Security Researcher)Ilias Atiqui両名の共同執筆となっている。
同じ3月11日、事務局長Haitham al Ghais名で『もし石油が明日無くなったら…』(*2)を発表した「OPEC」(石油輸出国機構)は即座に、「IEA」の当該論評を歓迎する旨のコメントを発表したと「ロイター」が報じている(*3)。
果たして「IEA」は、組織として石油供給の安全保障(oil security)確保こそが自らの任務だと再確認したのだろうか?
それとも「エネルギー安全保障」担当部署の判断で発表されたものなのだろうか。
今後「IEA」事務局長Fatih Birolがどのような発言をするのか、要注視だ。
筆者は「エネブロ」前稿『#929 50才を迎えた「IEA」の任務とは?』(2024年3月5日、*4)で次のように書いた。
〈50才となった「IEA」は、活動の軸足を「エネルギー安全保障」から「2050年排出ネットゼロ」実現のための「クリーンエネルギー移行」に軸足を移している。
そのため最近は「行き過ぎ」と思われる行動が多いのではないだろうか?〉
「行き過ぎ」の実例として、2021年5月に発表した「IEA2050年ネットゼロ工程表」と、2022年2月のロシア・ウクライナ侵攻直後に公表した「月報」2022年3月号の中で「ロシアからの原油供給が4月から300万BD失われる可能性がある」と警告し、世界にパニックを引き起こしたことを指摘しておいた。
その上で次のように結論付けておいた。
〈ここは初心に帰り、果たして「2100年1.5℃目標達成」が「望ましい未来」なのかどうか、今一度再考すべきではないだろうか?〉
誤解を避けるために、改めて気候変動およびその対応策に関する筆者のスタンスを確認しておこう。
要点をまとめると次のようなものになる。
・人類が直面しているのは「More Energy Less Carbon」という二律相反する課題の同時達成だ。
・そのためには「クリーンエネルギーへのエネルギー移行」を目指さなければならない。
・だが、100年以上かけて築き上げてきた現在のエネルギーシステムを、クリーンエネルギー主体のシステムに移行するには時間がかかる。
・そのためには既存の石油・ガス産業の英知も100%活用する必要がある。
・よって「排出ネットゼロ」実現は2050年より遅くなると覚悟して対応すべきではないだろうか。
実は「排出ネットゼロ」が「2050年までに」達成できると見ているのは筆者だけではないようだ。
「FT」(Financial Times)は週2回ベースで報じている「Energy Source」に2024年3月14日、『Oil and gas executives expect slower transition to net zero(石油ガス産業幹部は「ネットゼロ」への移行はさらに遅延すると見ている)』と題する記事を掲載した(*5)。
タイトルが示唆している内容は、グローバル経営コンサルタント「Bain & Company」が2024年3月14日に発表した『Reality Chek : Energy and Natural Resources Executive Pulse 2024』 と題する調査報告(*6)の紹介だった。
当該調査報告を読んでみると、非常に興味深いものがある。
そこでほんの要点だけ、次のように紹介しておこう。
当該調査は「COP28」の期間中およびその後に、600人以上の「エネルギーおよび天然資源企業」(ENR)の経営幹部を対象に行ったもので、前2023年の調査報告と対比させている。
調査対象の「ENR」とは、世界中の石油ガス、公益事業、化学、鉱業および農業関連の有力企業である。
5項目からなる要点は次の通りだ。
要点①:
2060年あるいはそれ以降にしか「排出ネットゼロ」が達成できないだろうと見ている幹部は、2023年調査では54%だったが2024年は約62%になっている。
要点②:
多くの企業がエネルギー移行関連の成長分野への投資を引き続き実行するが、投資利益率(Return of Investment=ROI)確保は厳しい。顧客が高い価格を支払うかどうかが大きな障害となるだろうと見る幹部が、前年から14%増加し、2024年は70%になっている。
要点③:
政治の安定に難があるが、北米がもっとも魅力ある投資先と見る幹部が多い。特に米国のIRA(Inflation Reduction Act。名前はインフレ抑制法だが、内実はクリーンエネルギー移行への税優遇措置を含むもの)の存在が大きい。
要点④:
地域により差はあるが、エネルギー移行関連事業については中東、アジア太平洋および中南米の企業幹部が特に楽観的。
要点⑤:
業界リーダーは、メンテナンス、生産およびサプライチェーンの分野で生成AIが持つ可能性に確信を持っているが、排出削減への役割については懐疑的である。
他にも興味深い調査結果が多々ある。時間のある方はぜひ当該報告書そのものに目を通していただきたい。
このような実態を見るにつけ、「IEA」のみならず欧米知識人のあいだにある「排出ネットゼロ」信仰には、消費者の意向を軽視しているように感じられてならない。
難しい問題だが本件については考察を深め、改めてご報告することしたい。
その節はよろしく!
*2 OPEC : If oil disappeared tomorrow….
*3 OPEC says IEA commentary on oil security encouraging | Reuters
*4 岩瀬昇のエネルギーブログ#929 50才を迎えたIEAの任務は? | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)
*5 Oil and gas executives expect slower transition to net zero (ft.com)
*6 Reality Check: Energy and Natural Resource Executive Pulse 2024 | Bain & Company