岩瀬昇のエネルギーブログ#928 タイ・カンボジアの石油ガス共同開発の行方? | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

(カバー写真は、文中引用している「バンコク・ポスト」記事のものです)

 

 2008年10月末日、三井石油開発バンコク事務所長だった筆者は、本社から出張されてこられたK社長のお供でカンボジアのフン・セン首相を訪問した。プノンペン郊外の私邸での面談は、予想に反して期待通り約束の16時ちょうどに始まった。

本論に入る前の雑談時、北京での欧州アジア首脳会議から前日に帰国したばかりだというフン・セン首相は意気軒高だった。

 

(当日15:40頃、プノンペン郊外のフン・セン首相私邸前で)

 

 北京の首脳会合時の夕食の場で、日本の首相の在任期間が短いことが話題になったという。

 前々任の安倍晋三首相が366日、前任の福田康夫首相が365日、そして就任してまだ1か月の麻生太郎首相は何日在位するだろうか、というのだ。

 (結果的に麻生首相は358日で退任し、後任の鳩山由紀夫首相も266日の在位だった)

 短さで日本に勝てる国はない。

 

 では、誰が一番長いのか。

 ブルネイのハサナル・ボルキア首相は1984年1月に就任しているから、すでに24年強になる。だが彼は国王兼任だ。普通の首相とは違う。

 普通の首相としては、1998年に就任した自分(フン・セン)が10年で最長だ、とフン・セン首相は胸を張った。さらに内戦が終わった1993年から5年、ラナリット殿下と共同首相を務めていたので、すでに15年在位しているのだ、と。

 

 あの日から10年。

 フン・センは2023年8月まで首相の座にあった。

 在位25年だ。

 そして「形式的民主主義」の手続きを経て、息子のフン・マネットが後任の首相として就任した。

 

出所:「Poste」2023年6月20日『フンセン首相、引退後もCPP党首として権力を保持』

 

 そのフン・マネット首相が明日2月7日にバンコクを訪問し、タイのセター・タウィーシン首相と首脳会談を行う、と「バンコク・ポスト」が報じている(*1)。

 

 合意は容易ではないが、協議の上、解決できれば大きな経済的効果が期待できるのが両国の「OCA」(Overlapping Claim Area=重複海域)における共同石油開発だ。

 

出所:「JOGMEC」加藤望『タイとカンボジアに跨る未境界画定水域(短報)』2019年3月8日(*2)

 

 添付地図を少々解説しておくと、緑色の個所が石油生産鉱区で赤色のところがガス生産鉱区である。すべてタイの海域である。

 これらタイの石油・ガス生産鉱区の右側にある「B5、B6=Area 1」以下、南に広がっているところが「JOGMEC」が「未境界画定水域」と呼んでいる「重複海域」である。帰属は紛争中だが、「B5,B6」がタイ側の鉱区名で「Area A」がカンボジア側の鉱区名であり、以南もまた同様である。

 タイもカンボジアも、それぞれ鉱区の権益を内外石油会社に付与している。もっとも紛争海域であるため探鉱活動を始められず、付与された鉱区権益の法的立場が現在どうなっているのか、筆者もフォローしていないので確かなことは確認できないが、おそらく「効力停止」となっているだけで、動き出せば彼らが関与することになるだろう。

 

 すぐ西側のタイ海域では石油・ガスが発見され、生産されており「重複海域」も賦存の可能性が高いと見られている。

 両国が合意し、両国の権益保持者が諸条件に付いて話し合いがつき、探鉱活動が始まれば石油ガス発見はほぼ間違いがないだろう。

 期待の海域なのだ。

 

 タイ側には、主要産地だったエラワン・ガス田が枯渇し始めているため「重複海域」でのガス発見に大きな期待がある。

 カンボジア側にも同様の期待がある。自国海域での石油ガス開発がうまくいっていないからだ。

 

 さらにタイには、マレーシアとの重複海域を共同開発にこぎつけた実績がある。

 添付地図にある「Bongkot」鉱区の右下にある、赤点線で囲まれた海域だ。

 小さなガス田が発見され、「Bongkot」ガス田の一部として開発生産されたのだった。

 

 筆者がバンコク事務所長として勤務していたタクシン政権の時代、いちど交渉が進展したことがあった。だがクーデターでタクシンが追われ、頓挫してしまい、爾来、20年弱の時が流れた。

 そしてこの度、フン・マネット首相がバンコクを訪問し、首脳会談を行うというので期待が高まっているのだ。 

 

 だが冷静に考えると、交渉が進展しても、長期の利益のために短期の不利益を我慢する忍耐力がカンボジア側にあるかどうかが障壁となるのではと筆者は見ている。

 なぜなら、石油開発に必要な資機材調達能力も、探鉱・開発を実行する技術者も、そして開発作業が順調に進んで生産が開始されたとしても、おそらくガスの可能性が高いので、当座の市場はタイにしかないからだ。

 この現実的環境・条件をカンボジアが受容できるかどうか?

 

 このように考えると、石油ガスは間違いなく地政学リスクにまみれた戦略物資だ。

 

 両国国民のためには重複海域での共同開発に合意して、石油ガス生産が一日でも早く始まればいいと思うのだが、政治的事情がそうは簡単には進展させないのだ。

 

 一方で気候変動問題対応の脱炭素化の動きもある。

 時間が経てばたつほど、石油ガス開発を行うメリットが感じられなくなる。

 はてさて、カンボジア側の腹の内はどうなのだろうか?

 興味津々である。

 

*1  Bangkok Post - Border talks a test for PM

*2  タイとカンボジアに跨る未境界画定水域(短報)|JOGMEC石油・天然ガス資源情報ウェブサイト