岩瀬昇のエネルギーブログ#927 サウジの「生産能力拡張停止」の背景は? | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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 サウジアラビア(サウジ)の国営石油「サウジアラムコ」は、エネルギー省からの指示により現行1,200万BDから1,300万BDへの生産能力拡張計画を放棄することとなった、と報じられている(たとえば「ロイター」東京時間2024年2月1日00:34『サウジの産油能力拡張停止、半年以上前から検討 余力十分と判断』*1)。

 この記事の原文と思われる『Exclusive : Saudi Arabia’s capacity U-turn was months in the making』(東京時間2024年1月31日22:27、*2)に若干の解説を加えて要点を紹介しておくと、次のようになっている。

 

・現在サウジは約900万BD生産しており、1,200万BDの能力ゆえ300万BDの余剰生産能力があるが、その大部分は収益化されていない。

・想定外の供給阻害が発生したときに有効となる余剰生産能力をさらに拡張すべく新規油田に投資することは経済的に正当化されないとの判断に至ったものと思われる。

・投資銀行「バークレイ」は、長期需要予測が変わったためではないだろう、としている。

・2022年7月、バイデン大統領がサウジを訪問し増産を要請したとき、ムハンマド・ビン・サルマーン(MBS)皇太子は、1,300万BD以上に「生産能力を拡張する余地はない」と警告していた。

・1,200万BDから1,300万BDへの能力拡張は、2020年3月にロシアとの減産協議が紛糾し「OPECプラス」の枠組みが崩壊したときに「2027年までに実現せよ」とMBSが突然指示したものだ。

・「ロイター」の試算では、2022年秋以降「OPECプラス」は586万BDの協調減産を実行してきたが、需要が史上最高を更新している一方、OPECの市場シェアはコロナ禍以降の最低水準に落ち込んでいる。

・OPECは最新の月報2024年1月号で、OPEC原油への需要は、2023年対比で2024年+80万BD、2025年さらに+50万BD、すなわち2025年末までで130万BDと見ており、すでに減産している量の約3分の1を占めるに過ぎない。

・投資銀行「HSBC」は、向こう2~3年間、サウジが1,000万BD以上の生産ができる余地は少ない、と見ている。

・最近はUAE(アラブ首長国連邦)も生産能力を拡大しているが、これまで余剰生産能力を持つのはサウジだけだった。

・「サウジアラムコ」は3月に2023年の決算発表を行う予定だが、その中で新たな投資計画が示されることになろう。

・業界筋は「当面、OPECにとって価格管理が最優先課題になるだろう」、「今回の措置は当面の対応で、いずれ生産能力拡張が再開される可能性は高い」と見ている。

 

 ここで思い出されるのが、2020年3月初めに「OPECプラス」が崩壊したときの経緯だ。

 当時「新潮社フォーサイト」が「岩瀬昇のエネルギー通信」という連載コーナーを持たせてくれていたので、「歴史の生き証人」としてほぼ連日、事態を分析、解説していた(添付はその一部)。

 

 

 幾つか紹介しようと検索してみたが、2020年3月5日『「OPECプラス」でサウジ提案「追加減産」にプーチンの思惑』に始まり、4月28日『「マイナス価格」は米シェール「過去」「現在」から「先行き」を展望する』まで、40本近く投稿していた。紹介するには余りに多すぎる。

 

 当時「中東協力センターニュース」編集部から依頼があり、2020年5月初旬締め切りで同誌2020年6月号に『「海図のない航海」を続ける石油市場 「マイナス価格」の衝撃と「ポストコロナ」を考える』(*3)を投稿した。これが当時の事情の総まとめ的なものとなっているので、こちらを簡単に紹介しておこう。

 

 

 2020年4月20日㈪「マイナス価格」での原油取引が行われ,世界中に衝撃を与えた。〉

と書き出し、

 

〈2020年6月から2021年末までの約1年半「ウィズ・コロナ」の 時代の石油市場の動向を需要,供給,油価,エネルギー移行および地政学リスクについて, 次のように卑見を述べることで「時代の一証人」としての本稿を閉じることとしたい。〉

として将来展望を述べて締めくくっている。

 

 この「総まとめ」から今回の「拡張計画放棄」の原因を考えると、次のことが指摘できるだろう。

 

 すなわち2020年3月初旬、自らの国王就任、サウジ統治の邪魔者になるかもしれない最後の王族ライバル(父君サルマーン国王の同腹の弟にあたるアフマド王子=いわゆる「スデイリセブ ン」の一人=や同国王の甥で前皇太子のムハンマド・ビン・ナーイフ王子ら)を拘束した高揚感がロシアと「石油戦争」を始めた背景にあり、「石油戦争」の「武器」とした余剰生産能力を使って市場に石油を溢れ返させ、油価を暴落させてロシアを屈服させようとした、その一環として生産能力を1,200万BDから1,300万BDに拡張せよと命じた、という事実である。

 つまり、経済的、技術的な裏付けがあってのものではなく、プーチンを膝まづかせたいとの怒りから命令した、というものなのだ。

 

 「サウジアラムコ」上場前からサウジの保有埋蔵量は約2,600億バレル、生産能力は1,200万BD程度とされていた。上場準備の財務能力精査を経ても、これらの数値はそのまま有効なものとされていた。

一方、生産量は月ベースで1,100万BDを上回ることは極めて稀だった。

 

出所:「AXIOS」

 

 「余剰生産能力」とは、一般の民間企業の論理からすれば、投資コストがかかるが収益を生まない能力なので「ムダ」そのものである。通常、株主が容認するものではない。

 ところが国家としてのサウジにとっては、余剰生産能力こそが「力」の源泉なのだ。だから「サウジアラムコ」の90%超の株主として余剰生産能力を保持することを容認しているのだ。

 だが、おそらく1,200万BDから1,300万BDに拡張するには、膨大な新規投資を必要とし、一方で石油需要の伸びと非OPECの生産能力の拡大を考えると、「今」拡張する意味はないと判断したのではないだろうか?

 元来がMBSの「怒り」から発せられた「指示」ゆえ、「拡張停止」は特段の問題なく受容されるものなのだろう。

 

 

出所:「MEES」2021年10月8日『Aramco targets 13mn b/d output capacity by 2027』

 

 一方、2016年に発見したジャフラ・ガス田の本格開発にも着手しており、2025年商業生産開始を目指している(*4)。

 サウジにとって初の当該シェールガス事業が計画通りに生産開始にこぎつけられれば、電源燃料などとして消費している石油の代替燃料として使用できる、その結果、原油の生産量が横ばいでも輸出量を増やせるのだ。

 

 おそらくジャフラ・ガス田開発の動向も、今回の「生産能力拡張停止」判断の一因ではないだろうか。

 

 このように考えると、今回の「生産能力拡張停止」は、サウジにとって、「サウジアラムコ」にとって極めて合理的な経営判断と考えるが如何なものであろうか。

 

*1 サウジの産油能力拡張停止、半年以上前から検討 余力十分と判断 | ロイター (reuters.com)

*2 Exclusive: Saudi Arabia's capacity U-turn was months in the making | Reuters

*3 中東情勢分析_「海図のない航海」を続ける石油市場「マイナス価格」の衝撃と「ポスト・コロナ」を考える (jccme.or.jp)

*4 Oil & gas field profile: Jafurah Phase 1 Unconventional Gas Field, Saudi Arabia (offshore-technology.com)