岩瀬昇のエネルギーブログ#926 皆が知らない「ガスは石油と似て非なるエネルギー」 | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

   昨年秋、某社の編集者が訪ねてきた。

 弊著『武器としてのエネルギー地政学』(ビジネス社、2023年1月1日)を読んでくれて、「ガスは石油と似て非なるエネルギーだとの指摘は目からウロコだった。これを膨らませて何か新しいものが書けないだろうか」とのお誘いだった。

 2時間ほど打ち合わせたが、当面、筆者が言いたいことは前述した弊著にすべて書き込んでいるので、今後何か新しい本を書く材料が見つかれば、とのことで話を終えた。

 

 2021年秋に欧州が見舞われたエネルギー危機は「ガスは石油と似て非なるエネルギー」だという重要な事実を見落として政策を策定し、制度設計を行ったEU官僚の誤謬が原因だったというのが主要な指摘点だった。

 だが某編集者が「目からウロコ」だったと言うように、ガスも石油と同じようなエネルギーだとの認識が一般的なのだろう。

 これはきわめて危うい認識だ。

 

 確かにガスも、石油と出自を同じにする化石燃料だ。

 だが「石油の時代」が始まって100数十年になるが1960年代以前は、石油を目指して掘削したが出てきたのがガスだった場合、技術者は「ちぇ」と舌打ちして閉坑したものだ。マネタイズできないからだ。

 常温常圧でガスは気体、石油は液体という物性の違いから、実は「ガスは石油と似て非なるエネルギー」なのである。

 巨額の初期投資が必要な大型長距離パイプラインや、マイナス162℃以下に冷却し容積を600分の1に圧縮して運搬・貯蔵するLNG(液化天然ガス)が出現するまで、天然ガスは中途半端なエネルギーだったのだ。

 わが国のエネルギー安全保障を考える場合にも「ガスは石油と似て非なるエネルギー」であるとの認識からスタートする必要がある。

 

バイデン、新規LNGをやめるってよ

 

出所:「テレ東BIZ」2024年1月27日05:45

 

 2024年1月27日(土)の朝、米バイデン政権が新規のLNGプロジェクトを当面、停止させる措置を取ったとのニュースが目に留まった(*1、2)。輸出許可を下ろすプロセスを中断するというのだ。

 一見、影響が大きそうなニュースだが、実態はさほどのことはない。なぜなら当該措置で足踏みするのは現在「検討中」の新規のプロジェクトのみで、すでに「生産中」のプロジェクトや「建設中」のものは影響を受けないからだ。

 

出所:「FT」2024年1月23日『Boom or burst? Tracking the cycle of LNG supply capacity』

 

 添付のグラフで言えば、2024年初めに「4億8千万トン」くらいだったLNG製造能力が約「1億2千万トン」増加し、2027年前半には「6億トン」程度に増える見通しだが、それは影響を受けない。

 影響が懸念されるのは、グラフの浅黄色「Pre-FID(USA)」および濃紅色「Pre-FID(Others)」対象プロジェクトだ。これらは、今回の措置により操業開始が後ろ倒しになるということだ。

 

 ちなみに「GIIGNL」(LNG輸入者協議会)の「アニュアルレポート2023」によると、世界の液化(LNG製造)能力は2022年中に1,490万トン拡大し、年末に4億7,650万トンとなったが、取引量は3億8,920万トンだった。

 つまり、能力の82%程度が実稼働していたことになる。

 この事実も覚えておくべきだろう。

 

LNGは「バンカブル」でなければ

 

 少々専門的になるが、石油開発プロジェクトでは聞くことのないキーワード「バンカブル(bankable)」という用語の意味するところを説明しておこう。

 

 電子辞書Weblioによると「バンカブル(bankable)」とは「銀行で受け入れられる、信頼できる」の意だとある。

 つまり、銀行が融資する条件を満たしているので信頼できるプロジェクトだ、という意味である。

 LNGでは「バンカブル」にならなければプロジェクトは動き出さないと判断して良い。

 では、どうなれば「バンカブル」になるのだろうか。

 

 米国では、LNG製造装置の「建設許可」と、製造されたLNGの「輸出許可」という二つの政府認可が必要だ。

 前者「建築許可」はFERC(Federal Energy Regulatory Commission=連邦エネルギー規制委員会)の管轄であり、後者「輸出許可」はエネルギー省に承認権限がある。

 今回「バイデンがやめる」と言ったのは後者の、エネルギー省が承認権限を持つ「輸出許可」に関するものだ。

 

 具体的には、エネルギー安全保障の観点からのそもそも輸出することの可否、さらに輸出先がFTA(自由貿易協定)未締結国の場合にはその妥当性、そしてバイデン政権が中核政策としている気候政策との整合性などを総合検討の上、「輸出許可」するか否かの判断をするというのが現在の手続きプロセスの問題だ。

 このプロセスの正当性を5年ぶりに見直し、確認する、その見直し作業が終わるまで許認可プロセスを停止する、というのが今回の政策である。

 

 なぜ、今なのか?

 5年というのは見直しをするのに妥当な期間なのか?

 この点については合理的な説明はなされていない。

 11月の大統領選をにらんで、若い世代向けの政治的ジェスチャーだとの指摘も故なしとしない理由だ。

 

 いずれにせよLNGプロジェクトを推進している民間企業にとっては、「建設」および「輸出」許認可取得は絶対条件だ。さもなければ、製造設備(液化装置)建設に必要な巨額の資金を外部金融機関から調達できないからだ。プロジェクトが「バンカブル」にならないというわけだ。

 だが政府認可は、必要条件だが十分条件ではない。

 「バンカブル」にするためには、資金調達という課題をクリアしなければならない。

 

 LNG製造装置建設に必要な初期資本は巨額なので、企業が手持ちの資金で対応することはない。

 一方、融資する金融機関は、プロジェクトの経済性を徹底的に精査し、長期にわたるプロジェクトがまちがいなく履行され、融資資金を回収できることを確認する必要がある。

 つまり、金融機関が、該当プロジェクトが「バンカブル」であると確認して初めて、プロジェクト推進企業は資金調達ができ、「FID(Final Investment Decision)=最終投資決断」につながるのである。

 

「バンカブル」なら少なくとも7~8割の引き取りはコミットされている

 

 金融機関が、融資するプロジェクトから間違いなく資金を回収できると判断するためには、信頼できる有力なガス生産業者の存在と、同じく信頼できる有力なLNGを契約通りに引き取ることをコミットしている顧客の存在が必須要件である。

 つまり「バンカブル」ならLNGの7~8割は引き取りが約束されているのだ。

 これは石油開発とまったく異なる特徴だ。

 

 振り返ればLNGが事業として始まった数十年前から2000年ころまでは、製造されたLNG の100%引き取りコミットメントを融資条件だった。

 だが最近は、事業としての歴史から学んだ金融機関は、他機関との融資獲得競争もあり、7~8割のコミットメントがあれば資金を回収できると判断するようになっている。

 つまり最近のLNGプロジェクトは、ほとんどが7~8割の販売契約締結を条件としてFIDに至っているのだ。

 

 これが基本形である。

 ところが、例外が多々ある。

 実は2025年以降、順次立ち上がる予定のカタールと米国のLNGプロジェクトが「例外」なので、現実理解が複雑になっているのだ。

 

「例外」(1)カタールは手金でFID

 

カタールの富の源泉は石油・ガスである。

2022年の一人当たりGDPは、日本の2.5倍の約8万4千ドルだ(*3)。

2019年1月にはOPEC(石油輸出国機構)から脱退し、ガスを国家発展の基礎であることを明確にしている。

 

 

 カタールは、イランとの間に広がるノースフィールド(NF)から生産される天然ガスをLNGに加工して輸出している。同じガス田がつながっているのだが、イラン側はサウスパルスと呼称している。両国とも余計な摩擦が生じないよう、国境線から十分に離れた海域でのみ開発を進めている。

 

 NFは現在年間7700万トン能力だが、2025年にはノースフィールド・イースト(NFE)を拡張し1億1千万トンに、さらに2027年にはノースフィールド・サウス(NFS)も拡張して合計1億2千6百万トンの生産能力とすべく、着々と権益パートナーの選定とLNG長期契約の締結を進めている。

 驚くべきは2021年2月、NFEのFIDを発表したことだ。

 金融機関と融資契約を締結したとの報道は皆無ゆえ、手金でFIDができたということになる。

 これは金持ちカタールだからこそ実現できたことだろう。

 

「例外」(2)アメリカは「基地使用権」がカギ

 

出所:「daily advertiser」2019年5月14日『Donald Trump visits Louisiana’s Cameron liquified natural gas plant』

 

 カタールとは別の理由で、アメリカのLNG事業も「7~8割の販売契約」なしでも「FID」に至っているケースが多々ある。

 では、どうして金融機関は「7~8割の販売契約」なしでも「バンカブル」と判断しているのだろうか?

 

 金融機関が融資するにあたり必要なのは、融資期間中にまちがいなく返済ができる収入が確保できることである。そのためには、もちろん「販売契約」が望ましいが、LNG製造「基地使用権」と呼ばれるもので十分なのだ。信頼に足る有力なパートナーが「基地使用権」をコミットしていれば、長期にわたる融資金の回収も可能だからだ。

 

 一例として仏トタル社や三井物産などと共に、米キャメロンLNGプロジェクトに参画している三菱商事(日本郵船とのJV経由)のHPにあるプロジェクト紹介文を示しておこう。

 

キャメロンLNGプロジェクトは、当社が日本郵船株式会社との合弁会社(Japan LNG Investment, LLC(JLI)社)を通じて、米Sempra社、仏TotalEnergies社、三井物産株式会社と共に参画しているLNG輸出プロジェクトです。

当社が関与する初の米国本土でのLNG輸出プロジェクトであり、2019年8月に商業運転を開始し、現在、3系列合計で年間1,200万トン(400万トン×3系列)のLNGを生産しています。

当社は1系列分の基地使用権を保有しており、原料となる天然ガスを市場から調達し、液化工程をCameron LNG社へ委託しています。また、生産される年間400万トンのLNGは本邦を中心とした需要家に販売しています。〉

 

 三菱商事は〈原料となる天然ガスを市場から調達し、液化工程をCameron LNG社に委託〉しており、〈生産される年間400万トンのLNG〉を〈需要家に販売〉しているのだ。プロジェクト主体のCameron LNGは、三菱商事から「基地使用権」のコミットを受けて金融機関から資金調達を行ったのである。

 

 米国LNGプロジェクトには、ここには記載されていない特筆すべき条件がついている。定められたキャンセル料を支払えば「基地」を使用しなくてもいいという条件である。

この条件があるので、たとえばスポット市場が暴落している場合には、原料調達を止め、LNG製造を止めることが可能なのである。

 

 これが2020年春、コロナ禍でエネルギー需要が「蒸発」して「マイナス」原油価格が出現し、同時にLNG価格も暴落したときに米国からのLNG供給が激減した背景にある特殊事情なのである(「FT」2020年6月15日『Gas export plummet at US ports』*5)。

 

LNGのエネルギー安全保障策

 

 このように石油と異なるLNGの特質を踏まえて、わが国はどのような安全保障策を考えるべきだろうか。

 

 筆者は、FIDのときに7~8割の販売契約がコミットされていること、米国LNGには供給の柔軟性が存在していることから、LNG市場が長期に供給過剰に陥ったまま推移することはないと判断している。

 現在、わが国は需要量の7~8割ほどを原油価格リンクの長期契約でカバーしている。LNGを熱量等価で原油と同一水準で確保することは理にかなったことだ。市場規模が小さく、ボラテイリティの高いスポットLNG価格=JKMにリンクさせるのは合理的でない。

 価格下落が大きな問題ではないので、対処すべきは2~3割の不足分をカバーするスポット市場が急騰する時である。

 

 筆者は、需要予測量の100%相当を長期契約で抑え、仮に余剰が出た場合には損失が出ても市場でさばいていくというやり方が「持たざる国」我が国の最上のLNG安全保障策ではないかと考えている。

 

 もちろん、仕向け地条項がないことやペナルティ支払いで引き取らなくてもよいなどの条件がついた米国LNGの比率をある一定上に保っておくことが望ましいことは言うまでもない。

 

 翻って考えるに、根本的課題は思想なき自由化により電力需要の動向が把握しにくくなっているため、LNG需要予測量を算定しにくくなっていることではないだろうか。「需要予測量の100%」が予測しがたいのだ。

 やはり電力自由化問題は一度、白紙状態から望ましい形態を検討し、それに合致するような施策を採用していくべきだと考えるが如何なものだろうか。

 

*1 Joe Biden halts permits for LNG projects under climate campaign pressure (ft.com)

*2 Biden pauses LNG export approvals after pressure from climate activists | Reuters

*3 世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング - 世界経済のネタ帳 (ecodb.net)

*4 Home | Statistical Review of World Energy (energyinst.org)

*5  Gas exports plummet at US ports (ft.com)