岩瀬昇のエネブロ #924 「不都合な真実」から目を背けるCOPプロセスは「持続可能ではない」 | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

(カバー写真は、COP28で無事最終合意に達したことを報じた「ロイター」記事のものです)

 

 11月30日に始まったCOP28(第28回気候変動枠組条約締約国会議)は、会期を1日延長して12月13日に閉幕した。

 一時、対立の溝が深く失敗に終わるのではと懸念されたが、どうにか最終合意文書を纏めることができた。

 

 COPの動静はエネルギーの観点からも極めて重要なものだ。したがって「エネブロ」でもきちんと報告しておかなければいけないと考えていた。

 だが、なかなか書き出せなかった。

 問題が大きすぎて、どのようにまとめればいいのか悩んでいたからだ。

 

COP28ジャーベル議長問題

 

 たとえば環境派は、主催者である国連も承認しているジャーベル「議長」をCOP28開催中も執拗に非難していた。

 スルタン・アル・ジャーベル氏は、主催国UAE(アラブ首長国連邦)の産業・先端技術相であり、国営石油「ADNOC」(Abu Dhabi National Oil Company)のCEOでもある。このことを捉えて環境派は、ジャーベル氏が温暖化対策を議論するCOPの議長を務めることは利益相反だ、不適任だから辞任すべきだ、と主張していたのだ。

 筆者は、この認識には根本的な誤りがあると考えている。それは、COPの目指すものは何か、という問題に関係している。

 

 COPが目指すものは、気候変動問題の解決である。

 もちろん、最終目的は人類の幸福だ。人類が幸福になるためには、気候変動問題を解決しなければならないとの共通理解が前提にある。

 人類は、過去も現在も未来も、昨日より今日、今日より明日、より幸せになることを目指して生きている。したがって、では何が幸福なのかという問題が併存している。

 

出所:資源エネルギー庁「エネルギー白書2013年」

 

 気候変動問題の解決には、エネルギーシステムを改変しなければならない。改変を目指す現在のエネルギーシステムは、供給の80%を化石燃料が占めている。だから、化石燃料の特質、利点、欠点、これらを熟知した英知を集めなければ改変することはできないのだ。

 

 翻って考えるに、エネルギー消費量を増加することで人口増を実現してきた人類は「More Energy Less Carbon(より多くのエネルギーを、より少ない二酸化炭素排出で供給する)」という二律相反する課題の同時解決という難題に直面している。

 Less Carbonだけを主張するグレタ・トゥンベリーさんのような環境派には、地球上に電気を使えない7億人以上の人々、厨房用に健康を阻害する質の悪い燃料しか使えない20億人以上の人々は視野に入っていないのだろうか。

 More Energyもまた、人類の幸福のために実現を目指すべき目標なのだ。

 

 我々は、現在80%以上使用している化石燃料を、よりCO2の排出量の少ないエネルギーに移行していかなければならない。そのためには、化石燃料の長所も短所も熟知している業界の経験・知見をもった国営石油のCEOがCOPの議長を務めるということは、プラスにこそなれ決してマイナスにはならないのだ。

 来年のCOP29が、OPECプラスの一員でもある産油国アゼルバイジャンで開催されることも有意義なことだ。

 なお、本件についてのさらなる私見は、ジャーベル議長の就任が発表されたときに投稿した「エネブロ」2023年1月16日『#876アブダビ国営石油CEO「COP28」議長就任は明るいニュース』(*1)をお読みいただきたい。

 

COP28の結果と評価

 

 2023年12月26日、東京大学公共政策大学院の有馬純教授は言論プラットフォーム「アゴラ」に『COP28の結果と評価』と題する秀逸の論考(*2)を掲載された。

 これを読んで筆者は「COP28」に関する重要なことはすべて過不足なく記載されている、と膝を打った。さすがは有馬教授である。

 読者の皆さんもぜひご一読願いたい。

 これこそが「COP28の結果と評価」である。

 

 たとえば筆者は「COP28」終了直後の2023年12月14日朝、定例報告「2023年12月13日先物終値」の中で次のように私見を述べた。

 

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 「化石燃料のフェーズアウト(段階的廃止)」文言を巡って紛糾し、期限を1日延長して協議の結果、COP28は歴史的合意文書を発表して終了した。

 「フェーズアウト」を「トランジション」に変更したことがポイントだが、ロイターも邦文で「transition」を「脱却」と訳して報じていることには違和感が残る。適切な訳語は「移行」ではないのだろうか。

 「脱却」では「移行」が含意する「次のエネルギー」の必要性が読み取れないし、「Energy transition」を「エネルギー脱却」とは訳さないだろう。  

 

 正式合意文書の結論は次の通り(ロイター)。

 

〈公正かつ秩序だった公平な方式でエネルギーシステムにおける化石燃料からの脱却を図り、2050年までに(温室効果ガス)実質ゼロを達成する〉

 

 議長を務めたUAEのジャーベル産業・先端技術相は「歴史的な」合意と称賛、だが真の成功はその履行にあると強調している。

 ケリー米大統領特使(気候変動問題担当)も「世界に非常に強いメッセージを送るもの」と賞賛した。

 サウジのアブドルアジズ王子(エネルギー大臣)はUAE国際放送アル・アラビーヤのインタビューに応え、今回の合意を支持するとし、化石燃料の「即時的かつ段階的廃止という問題は葬り去られた」ので同国の石油輸出には影響を与えないとの認識を示した、とロイターが報じている。

 一方「FT」は社説で「パーフェクトとはとても言えず必要とするものからはほど遠いが、恐れていたものよりは素晴らしい結果だった」と評価している。「世界のエネルギーシステムは石炭、石油およびガスの使用をいずれ止めなければならないとの歴史的メッセージを発信した」と。

 ポイントは、パリ協定が業革命前からの気温上昇を1.5度以内に抑えるために温室効果ガスの排出を削減する必要性を認識し、国ごとに決められた方法で、世界的な取り組みに貢献するよう締約国に求めている点にある。

 したがって、特に消費エネルギーの中で石炭の比率の高い中国(55.5%)、インド(55.1%)、南ア(68.7%)がどのように「履行」するかだろうな。

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 違和感を抱いた「transition away from fossil fuels」については有馬教授も化石燃料からの「移行」と訳されている。我が意を得たり、だ。

 

 このように有馬教授の指摘は、ほぼ全て首肯できるものだ。

 

 その上であえて、些末な点ではあるが次のような異論を述べることで読者の参考に供したい。

 

12月6日プーチン・MBS会談

 

 まず、2023年12月6日にプーチンが突然、UAEとサウジアラビアを日帰り訪問した件について有馬論考は「12月初頭にプーチン大統領がサウジアラビア、UAEを訪問したことは欧米と中東諸国の関係にくさびを打つことも一つの目的であっただろう」としている。

 

 だが「くさびを打つ」ことはプーチン訪問の「目的」ではなく、結果的にそうなった、ということではないだろうか。

なぜなら当該訪問は、どう考えてもMBS(ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子)にプーチンが呼びつけられたものだからだ。

 

 そのニュースを見て筆者は、次のように「定期報告」で書いた。

 

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 (日経は)サウジとロシアが減産合意を呼びかけた、とも付記しているが、ロイターの次の文言を読むと、何だかなぁと思う。

 〈ロシアのプーチン大統領は6日、リヤドを訪問し、サウジのムハンマド皇太子と会談。両国は、ロシア大統領府が発表した共同声明で「エネルギー分野での両国の緊密な協力関係と、石油市場安定のためのOPECプラスの取り組みが成功した」と強調。その上で、「双方はこの協力を継続することの重要性を確認した。OPECプラスの加盟国が減産合意に加わるべきだ」と訴えた。〉

 だって、OPECプラスとして「減産」に「合意」したわけではなく、各国が「自主減産」したんだよね。

 それにロシアは「減産」ではなく「輸出削減」なんだよね。

 OPECホームページにあるプレスリリースを添付しておくので、読んでね。

https://www.opec.org/opec_web/en/press_room/7265.htm

https://www.opec.org/opec_web/en/press_room/7267.htm

 プーチンが弾丸出張をしてまでMBSと話し合ったのは、本当は何だったんだろうか?

 やっぱり、このままではOPECプラスの枠組みは維持できない、きちんとやってよ、と強く言われたんではないだろうか。

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中国の支援

 

 さらに有馬論考は「ロシアから石油、天然ガスを陸上パイプラインで調達している中国も中東への関与を強めている。化石燃料フェーズアウト論に強硬に反対するサウジ、ロシアの背後に回って彼らを側面支援していたに違いない。」と続けている。

 これにも異論がある。

 中国は「側面支援」したのではない。石炭が一次エネルギー供給の5割以上を占め、その大半を国産で賄っている中国にとっても「化石燃料からのフェーズアウト」は認めがたく「移行」もまた遅ければ遅いほど望ましいのだ。

 したたかな中国は、サウジ等産油国が正面切って「戦っている」ので、しめしめと漁夫の利を得ようとしていたのではないだろか。

 

死んでいると口にすべきか1.5℃目標か、2050年ネットゼロか

 

 もっと重要な、基本的な問題に関して有馬論考は「1.5℃目標は実質的に「死んでいる」に等しいのだが、誰もそれを口にすることをしない」と指摘している。

 

 ここで筆者は考えた。

 

 一般的には次のように理解されている。

 2015年のパリ協定で、21世紀末の気温上昇を、産業革命前対比で2℃以下に、望むらくは1.5℃以下に抑えよう、ということが目標として合意された、その後の協議の中で1.5℃こそが目標だとされてきている。

 では、どうやればこの目標を達成できるのだろうか?

 まずは中間点として、2050年に「排出ネットゼロ」を実現する必要がある、と「科学的」に指摘された。では、どうやれば「2050年排出ネットゼロ」を実現できるのか。

 

 2021年5月、同年秋に開催されるCOP26(@グラスゴー)の主催者である英国政府と国連の要請に応えてIEA(国際エネルギー機関)は、議論の一助とすべく「2050年排出ネットゼロ工程表(Net Zero by 2050 – A Roadmap for Global Energy Sector)」(*3)を発表した。

 当該報告を読んだ筆者は、これは「決意表明」であって「必ず実現できるという保証がない」ものだと判断していた(2021年5月24日「新潮社フォーサイト」『IEA「2050年排出ネットゼロ」工程表の衝撃的内容』*4)。

 どう考えても実現への道筋を示した「工程表」とは読めなかったからだ。

 この疑問は2022年春、公共産業研究調査会の会報「公研」企画で『持たざる国の戦略 日本のエネルギー政策100年を辿る』(*5)と題して対談したときに、日本エネルギー経済研究所客員研究員の十市勉先生から「バックキャステイング」という思考法にもとづいたものだとの教示を受け、初めて氷解した。

 

 我々が通常作成している「計画」あるいは「シナリオ」は、現状分析から始め、そこから発生する複数の事象の可能性を提示して作成される。これは「フォーキャステイング」という思考法に基づくものだ。

 だが20年、30年といった長期の「計画」「シナリオ」作成には「フォーキャステイング」では対応できないと理解されている。なぜなら時間軸が長すぎ、発生するだろう事象が多岐にわたりすぎ、有意の「計画」「シナリオ」を紡ぎだせないからだ。

 したがって、望ましい「未来」をあらかじめ想定し、その「未来」実現のために、いつ、何をしなければならないのかを設定するという「バックキャステイング」思考法に基づいて「計画」「シナリオ」を策定する必要があると判断されているのだ。

 

 有馬論考が「死んでいる」という「1.5℃目標」の問題は、その過程としての「2050年排出ネットゼロ」という「目標」が「望ましい未来」なのか、という問いかけにつながるのではないだろうか?

 特に「プーチンの戦争」が明らかにした「エネルギー安全保障」の重要性は「脱炭素」と共に同時追及しなければならないものなのだ。

 これもまた「More Energy Less Carbon」の一側面である。

 

 2100年があまりに遠すぎて「1.5℃目標」を「誰も口にしない」ならば、2050年という「未来」の「望ましい姿」について根本に戻って議論すべきなのではないだろうか。

 果たして「2050年排出ネットゼロ」がもたらす社会は、人類にとって幸福なのか。

 中国やインドのように「ネットゼロ」を2060年、あるいは2070年に実現するのではまずいのだろうか。

 それでは「2100年1.5℃」を実現できないというなら、2110年あるいは2120年実現では人類は不幸になるのだろうか?

 また実現に要する天文学的な費用と家計が負担すべきエネルギーコストの増大は「幸福」の対価として合理的なものなのだろうか。

 まずはこのような「不都合な真実」を口に出し、議論することから始めるべきではないだろうか。

 

 有馬論考は「現実を無視した理想論が跋扈するCOPプロセスは果たして持続可能なのだろうか?」と本稿を締めている。

 筆者は「持続可能ではない」と判断しているので、本稿のタイトルとさせていただいたことを付記しておこう。

 

*1 #876アブダビ国営石油CEO「COP28」議長就任は明るいニュース! | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)

 

*2 COP28の結果と評価 | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp)

 

*3 Pathway to critical and formidable goal of net-zero emissions by 2050 is narrow but brings huge benefits, according to IEA special report - News - IEA

 

*4 IEA「2050年排出ネットゼロ」工程表の衝撃的内容:岩瀬昇 | 岩瀬昇のエネルギー通信 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)

 

*5 持たざる国の戦略 日本のエネルギー政策100年を辿る【十市 勉】【岩瀬 昇】 | 公 研 (koken-publication.com)