#876アブダビ国営石油CEO「COP28」議長就任は明るいニュース! | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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(カバー写真は、本文中引用している「FT」記事のものです)

 

 「これで、気候変動問題もまともな議論になるな」

 

 これは、UAE(アラブ首長国連邦)政府が今年11月に主催する「COP28」議長にスルターン・ジャーベル産業・先端技術相兼アブダビ国営石油CEOを任命したとの英字紙ニュースを読んだ筆者の第一印象だ。

 英国国営放送「BBC」(*1)と英有力経済紙「Financial Times」(FT、*2)が2023年1月14日付でこのニュースを報じていた。

 

 記事が報じられたと思しきころ、筆者はライブ放映された「国際政治チャンネル」(無料前半部分のみ、*3)で東京大学先端科学技術研究センター池内恵教授と、エネルギー経済社会研究所松尾豪代表の3人で弊著『武器としてのエネルギー地政学』(ビジネス社、2022年12月19日発売、以下本書)を題材として、エネルギー問題について広範なおしゃべりをしていた。そう「おしゃべり」というのが相応しいだろう。

 そもそも「国際政治チャンネル」とは、学者や専門家が公式会合を終えてぐったりしながらも一息ついて、居酒屋に集いあれこれ談義する風に、という画期的なしつらえだからだ。

 

 筆者は「おしゃべり」の中で「More Energy Less Carbon」(より多くのエネルギーを、より少ない温室効果ガス排出で供給する)という相矛盾する命題の同時解決こそが、エネルギー業界が、いや人類が直面している課題だ、というのが本書の主要メッセージだと述べていた。

   いま改めて録画を見返してみると、この難しい命題の同時解決を目指す方策は「使用するエネルギーを徐々により排出量の少ないものに変えていくということしかない」とも申し上げている。

 

 本書には書いたが「おしゃべり」の中で触れなかったのは、いま欧州が襲われているエネルギー危機は言うに及ばず、この地球上に暮らしている70億人強の人々のうち、約1割の人が今でも電気が使えないというのが現実であり、だからより多くのエネルギーを供給する必要がある、それゆえ「Less Carbon」だけを主張し「More Energy」について触れないグレタ・トゥンベリーさんには与しえない、彼女の視野には今でも電気を使えない7億の人々が入っていないのだろうか、という点だ。

 我々は、毎年増え続ける人口を養うためにも、さらに「今日より明日、明日より明後日、より幸せになりたい」と願う人々に応えるためにも、より多くのエネルギーを供給し続けなければならず、その一方で、地球温暖化の問題にも対処しなければならないのだ。

 

 報じられている記事を読む限り、ジャーベル氏は筆者とほぼ同じ考え方をしているようだ。

 

 だが、ジャーベル氏の議長任命に環境派と呼ばれる人々は怒りを表明している。CO2を排出するエネルギー会社のトップが「気候変動条約締約国会議(COP)」の議長を務めるのは「利益相反」(Conflict of Interest)がある、というのだ。 

 ニュース検索をしてみたら、邦字紙の中では「朝日新聞デジタル」がいち早く1月12日、『COP28議長に石油会社トップ 「乗っ取りだ」環境NGO反発』(*4)と題して当該ニュースを報じていた。

 ちなみに他の邦字紙は「日本経済新聞」を含め報じている気配はない。

 

 冷静に現実を見つめてみよう。

 

 「BP統計集2022」(bp Statistical Review of World Energy 2022)(*5)によると、世界の2021年一次エネルギー供給は次の比率となっていた。

 

 石油 31.0%

 ガス 24.4%

 石炭 26.9%

 原子力 4.3%

 水力 6.8%

 再エネ 6.7%

 

 すなわち石油・ガス・石炭、いわゆる化石燃料が「82.3%」を占めているのだ。これを一挙にゼロにして、他のエネルギーで賄うというのは現実的ではない。時間をかけて、ゆっくりと進めるしかないだろう。

 サプライチェーンの構築も大仕事だ。

 

 したがって、石油・ガス・石炭の実務を熟知している人々の経験と知見をフルに活用することが、「More Energy」を実現しつつ「Less Carbon」への道を歩む最良の策なのである。

 「COP26」(グラスゴー、英国)でエネルギー企業関係者が呼ばれていないことがクローズアップされ、「COP27」(シャルム・エル・シェイク、エジプト)で正式議題に初めてエネルギー企業関係者が招待され(環境派は「エネルギーロビーイストが多すぎる」と非難していたが)、そして「COP28」を仕切るのが国営アブダビ石油CEO、という流れは明るいニュースだ。

 

 これまでエネルギー事業の関係者が排除された形で気候変動問題を討議していた「COP」のやり方そのものが、実は「袋小路」に陥る構造だったのではないだろうか。

 

 池内先生が題材に困り「アラビア語コラムで借用させていただいた」という「More Energy Less Carbon」なる用語、筆者は「BP」前CEOボブ・ダドレーの言葉だと信じて、だいぶ前から使用していた。ある媒体に寄稿するにあたり「念のために」と確認したら、ダドレーは2019年2月に「More Energy Fewer Emissions」と言っていたことが判明した(*6)。

 だが、日本人にはこちらの方が分かりやすいだろうと、筆者はその後も「More Energy Less Carbon」と言い続けている次第だ。

 

 そのボブ・ダドレーはいま「パリ協定」の目的実現に向けてエネルギー業界をリードする「Oil & Gas Climate Initiative(OGCI=石油ガス気候イニシアチブ)」という団体の会長を務めている。「OGCI」とは、次の12大エネルギー会社のトップがメンバーとなっている組織だ(*7)。

 

 「サウジアラムコ」「BP」「シェブロン」「CNPC」「エニ」「エクイノール」「エクソンモービル」「オキシデンタル」「ペトロブラス」「レプソール」「シェル」「トタル」

 

 まさに「More Energy Less Carbon」の同時解決と模索し続けているのだ。

 

 筆者の言う「使用するエネルギーを徐々に、より排出量の少ないものに変えていく」とは、言い方を変えれば「炭素強度(Carbon Intensity)の低いエネルギーに変えていく」ということだ。

  記事によるとジャーベル氏は、気候変動問題への究極の対応策は「もっとも炭素強度の低い石油ガス(least carbon intensive oil & gas)」を使用することだと主張している、とのことだ。 

 繰り返しになるが、やはりエネルギー関係者の経験・知見を総結集し、具体的対応策を追求することこそが「パリ協定」の目的への近道なのではないだろうか。

 

 昨年エジプトで開催された「COP27」で合意をみた「損失と被害基金(Loss & Damage Fund)」創設に向けての具体策策定は「COP28」までに行うことになっている。だが、交渉は難航するものと思われる。なぜなら本質論は、気候温暖化は産業革命以降、膨大な量の化石燃料を燃やし発展してきた先進国の責任だ、という途上国の言い分を認めたことにあるからだ。これから安価な化石燃料を使用して、経済発展を目指そうとする動きを抑えようとするのは自分勝手だ、というわけだ。

 先進国側は、「損失」の対象を極力絞り込み「被害」金額を押さえ込むことに努力を傾注するだろう。途上国側は逆に、「損失」対象も「被害」金額も極大化することを要求することになるだろう。

 また、現在最大のCO2排出国である中国は「途上国」ではない、として「基金」拠出金負担を求めるのではないだろうか。中国はもちろん拒否する。

 かくて「会議は踊る」。

 

 このように、ジャーベル「COP28」議長の前途はけして洋々としたものではない。

 だが、自らが設立した再エネ企業「Masdar」の会長としても辣腕をふるっているジャーベル氏は「誰をも置き去りにしないエネルギー移行」が必要だと強調し、「責任感と野心を持ってCOP28に臨む」としている。

 

 現行300万BDの原油生産能力を2027年までに500万BDに増強する計画の一方、サウジより10年早い「2050年ネットゼロ」目標を掲げるUAEのエネルギー及び環境政策の責任者として、ジャーベル氏は「COP28」をどう仕切っていくのだろうか。

 

 そして「最後に笑う者」になる湾岸産油国はサウジなのかUAEなのか、はたまた両国なのか、興味津々である。

 

*1 COP28: Why has an oil boss been chosen to head climate summit? - BBC News

 

*2 New COP28 president wants renewable energy generation to triple by 2030 | Financial Times (ft.com)

 

*3 池内恵×岩瀬昇×松尾豪「武器としてのエネルギー地政学」 #国際政治ch 136 - YouTube

 

*4 New COP28 president wants renewable energy generation to triple by 2030 | Financial Times (ft.com)

 

*5 Statistical Review of World Energy 2022 (bp.com)

 

*6 The challenge we face: more energy, fewer emissions (linkedin.com)

 

*7 About OGCI | Collaborating for climate change | Our members