(カバー写真は、文中で引用している「FT」記事のものです)
産油国UAE(アラブ首長国連邦)のドバイでCOP28(第28回気候変動条約締約国会議)が終盤を迎えている。
議論の焦点は、化石燃料の段階的中止(phase out of fossil fuel)をどのような表現で合意文書に盛り込むかに移っている。だが、産油国はこれを受け入れることを拒否している。サウジアラビア(サウジ)は議長国UAEに強烈な圧力をかけていると「FT」が報じている(2024年12月9日、“Saudi Arabia piles pressure on UAE to shift COP28 focus away from oil and gas”、 *1)。
当該記事によると、サウジを始めとする産油国の動きに対してEU(欧州連合)などが強烈に反発しているとのことだ。化石燃料の生産を止めなければパリ協定の目的である「2100年気温上昇1.5℃以下」を実現できない。だから、化石燃料の「フェーズアウト」(段階的中止)を産油国を含めた各国政府が合意しないと始まらないという主張だ。
ほぼ1週間前の10月4日、国連アントニオ・グテーレス事務総長がCOP28で演説し、ホスト国EUアル・ジャーベル議長の議事の進め方は「やるべきことから完全にかけ離れている」と痛烈に批判していた(「FT」2023年10月4日、“UN secretary-general lambasts COP28 presidency7s net zero charter”、*2)。
筆者はこの記事を読んで、SNSに次のように投稿した。
〈この記事を読んでハッと気が付いた。
スコープ3からの排出を生産者に責任を負わせるとの論理はおかしいのでは? 消費者の責任としなければ解決しない。
消費国政府による毎年1.3兆ドル(約2000兆円)もの補助金もまた消費者の責任では?
英国のネットゼロ戦略4つの原則、その1は「消費者が選択する」で、その2は「カーボン・プライシングを通じ、最大の汚染者が最大の費用を負担する」となっているが、つまりは消費者が「自分ごと」として取り組むべき問題だ、ということでは?
よく考えよう。〉
思えば2年前、翌年2月にプーチンがウクライナへの全面侵攻を開始し、世界的なエネルギー危機を引き起こす半年ほど前の2021年秋、英国を中心にガス危機、エネルギー危機が起こった。その時、欧州の識者を代表する形で「FT」財務分野コメンテーター ロバート・アームストロング氏は、次のように述べていた。
・「脱炭素化」は、どのような道筋を辿ろうとも、化石燃料価格を驚愕するほどに高騰させてきた。価格上昇以外に、需要を減少させる方策はないのではなかろうか。人々の善意だけでは実現できない。
・重要なことは、供給が減少し価格が高騰することで何が起こっているのか、ということだ。果たしてエネルギー政策や投資が化石燃料に回帰していくのか、それとも代替エネルギー(低炭素エネルギー)に向かっていくのか?
・世界を救う、ということはインフレを伴うものだろう。さもなければ、上手くいかないだろう。
(出所:2021年10月8日「Expensive energy war the plan all along」、*3)
つまり、人類は「将来の幸せ」のために「現在の困窮」に耐える必要がある、ということだ。
2021年秋のガス危機、エネルギー危機はプーチンが、翌年に本格的に仕掛ける「ガスの武器化」を実地実験したことにより引き起こされたものだ。
すなわち、長期契約に基づくガス供給はきちんと行っていたが、例年行っているスポット販売をゼロにした。EUの冬場エネルギー供給がパンクするかどうか、やってみたのだ。
さらに、ロシア国営ガス会社ガスプロムは所有するドイツの在庫基地にも意図的にガスを送らず、積み増しを行わなかった。冬場の需要期に供給できるガスの在庫を極端に絞り込んで見せたのだ。その結果、ガスのスポット価格が上昇した。ガスのスポット価格が電力価格に直結する仕組みとなっている英国などでは、電気代も急騰することとなった。
添付する欧州ガス価格の指標である蘭TTF(Title Transfer Facility)の価格推移と、英国電力スポット価格推移を参照されたい。
TTF過去5年価格推移グラフ(€/MWh)
出所:Trading Economics
過去5年英国電力スポット価格推移(£/MWh)
出所:Trading Economics
2022年2月24日にロシアがウクライナに全面侵攻したことによりガス価格が急騰した。
この衝撃が強すぎたため、多くの人が見過ごしているが、実は2021年の夏場から欧州ガス価格は、米国はもちろん、日本などの東アジア向けスポット価格と比べると圧倒的に安かった価格水準から、急激に上昇を始めていたのだ。
考えてみよう。
果たしてアームストロング氏が言うように、
〈価格上昇以外に、需要を減少させる方策はないのではなかろうか。人々の善意だけでは実現できない。〉
〈世界を救う、ということはインフレを伴うものだろう。さもなければ、上手くいかない〉のだろうか?
もしそうだとすれば産油国に、生産中止に向けて「フェーズアウト」を誓約せよと迫るのではなく、自国の消費量を減らすべく、巨額の補助金を削減するのみならず、必要に応じて追加課税をも行うべきではないのだろうか。
〈需要を減少させる〉ことは〈人々の善意だけでは実現できない〉のだから〈価格上昇〉を容認するしかないからだ。
この論理に従えば、EUを始めとする消費国政府がいまやっていることは、自分がやるべきことをやらずに産油国政府に責任を押し付けていることになる。
ではなぜ消費国政府が需要=消費を抑える政策を採用していないのか。年間2000兆円も補助金を削減し、さらには必要に応じて追加課税を行わないのか。
答えは簡単だ。
それは国民の総意ではないからだ。国民の支持を得られないからだ。
補助金削減に追加課税。こんな政策を打ち出した政府は国民の反発を招き、政権を維持することすらできないだろう。
すでに数兆円にも上ると言われるガソリン補助金を給付している日本政府も同様だ。
出所:資源エネルギー庁
つまり、アームストロング氏を始めとする欧州識者の考え方は、一般庶民には受け入れられないものなのではないだろうか。
自らの国民に需要削減を迫らず、産油国に生産削減を要求するEUなどの論理は破綻していると考えるが、如何なものであろうか。
*1 Saudi Arabia piles pressure on UAE to shift COP28 focus away from oil and gas
*2 UN secretary-general lambasts COP28 presidency’s net zero charter (ft.com)
*3 Expensive energy was the plan all along | Financial Times (ft.com)