#813 メキシコ湾最高の「CCS適地」を「エクソン」が押さえた! | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

(カバー写真は「Energy Intelligence」記事のものです)

 

 皆さんは「CCS」(Carbon dioxide Capture and Storage)をご存知だろうか?

 「2050年排出ネットゼロ」実現に向け、カギを握っている技術手法の一つだ。

 

 「2050年排出ネットゼロ」実現には、多くの困難な課題が現存している。大きなものだけでも4つある(有料「新潮社フォーサイト 岩瀬昇のエネルギー通信」2021年5月24日『IEA「2050年排出ネットゼロ」工程表の衝撃的内容』*1あるいは「エネブロ」2021年11月15日『#800 「COP26」は終わったが』*2参照)。

 

 簡略化していえば、これらの課題を克服した上で、電化できる分野はすべて電化し、出来ない分野には「CCS」などを利用することが「排出ネットゼロ」実現方法である。もちろん、ここで使用する電力はすべてCO2を排出しない電源燃料に依存する必要がある。

 

 「CCS」とは、文字通り排出された二酸化炭素を回収し、貯蔵する技術である。

 石油開発の現場では、生産効率の落ちた油ガス田において「EOR」(Enhanced oil recovery)として効率改善のために世界各地で利用されている。だが、発電所や重工業工場から排出されるCO2を対象としたものはほとんど存在していない。コストがかかりすぎるからだ。

 

 また、大量に貯留するためには、技術的に貯留が可能な地質層=適地が必要である。

 最もふさわしいのは、枯渇した油ガス田だ。もちろん、これらに類似した地質層であれば利用可能である。

 

 「CCS適地」、これは「新たな資産」であると経済産業省審議会「石油・天然ガス小委員会」は位置づけている(令和3年4月『総合資源燃料調査会 資源・燃料分科会 石油・天然ガス小委員会 報告書』*3)。

 だが、同報告書にも記載されているように、日本に適地は少ない。残念ながら我が国は、エネルギーのみならず「CCS適地」においても「持たざる国」なのだ。やはり海外に依存せざるを得ない。

 

 また「排出ネットゼロ」を実現するにあたり極めて重要なのは、要する膨大なコストを誰が負担すべきか、という問題だ。

 英国政府は「排出ネットゼロ」戦略(NZS)は次の4つの原則に基づいて実行する、としている(『#788 「排出ネットゼロ」戦略に大事な「4つの原則」とは』(2021年10月24日、*4)。

 

 「NZS」4つの原則

①   消費者が選択する

②   カーボン・プライシングを通じ、最大の汚染者が最大の費用を負担する

③   経済的弱者は政府が支援する

④   産業界と共同で行う

 

 これまで日本では、このコスト負担問題の議論は避けてきている感がある。

 だが、もはや「待ったなし」ではないだろうか。

 

 たとえば「エクソンモービル」(エクソン)は今年10月、アジア全域におけるCCSプロジェクト構想を発表した。実現に向け、各国が「透明性のあるカーボンプライシング」を設けることが必要だと指摘した。

 これを受け筆者は、海外、就中、東南アジアに「CCS適地」を求めなければならないわが国としては、遅ればせながら議論を始める時期なのではないだろうか、と本欄で書いた次第だ(「エネブロ」2021年10月26日『#791 総理、「カーボンプライシング」のご議論を!』*4)。

 

 さて、今年4月、2040年までに年間1億トンのCO2を回収、貯留するという1000億ドル(約11兆3千億円)プロジェクト構想をぶち上げ、政府の財政支援を求めている「エクソン」は着々と手を打っている、という記事が「Energy Intelligence」に記載されていたので紹介しておきたい。

 

 このほど行われた米連邦政府による第257回「リース」(一種の鉱区権)入札において「エクソン」は浅海地域で94ブロックも応札したというのだ。

 なお、今回は油価上昇を受け、308ブロック、総額1億9千2百万ドル(約217億円)の応札と、最近にない活況だった。

 

 

 1000億ドルプロジェクトで目指しているのは、ヒューストン・シップ・チャネルに集積している重化学工場地帯から排出されているCO2の回収だ。

 今回、応札し落札したのは、まさにその沖合に位置している。

 

 メキシコ湾で石油ガス探鉱を行うには浅すぎる一帯だ。豊富な埋蔵量が胚胎しているとは考えられていないため、近年では大手は手を出しておらず、主に小規模・非上場企業が開発・生産活動を行っている海域である。そのためか競争相手も存在せず、1ブロックあたり約16万ドル、総額約1490万ドル(約17億円)で落札したと報じられている。

 「エクソン」は明らかにしていないが業界では、これは間違いなく「1000億ドルプロジェクト」を念頭に置いたものだ、と見ている。

 

 「Battle for the best CCS acreage has already begun」と題された当該記事(*6)で最も興味深いのは、元「BPアメリカ」のSVPで、地質技師であるシンディ・イールデイングらの技術的コメントだ。

 要点だけ次のように紹介しておこう。

 

・メキシコ湾一帯は、世界の「ビッグ・カフナ」(分野の最高専門家)になるだろう。

・一帯の地質構造が、砂岩や多孔性の岩石からなっており「CCS」に最適だからだ。

・言ってみれば、石油ガスを生産してカラになったところへ、CO2を貯めこむというわけだ。

・ワイオミング州からコロラド州に広がるグレート・プレインズ一帯も同じような可能性に充ちており、東海岸沖合もそうだが、やはりメキシコ湾沿岸が最適だ。

・テキサス州とルイジアナ州では、陸上、沖合を含め、これまで数多くの坑井が掘削されており、豊富な地質情報が集積されている。

・(だが、過去に掘られた古い坑井、放棄された、あるいは忘れられている坑井が、貯蔵したCO2の漏れ口になるリスクがあることに留意が必要だ、と「シェル」の技術者は指摘している。)

・(「シェル」技術者は、その点沖合では、掘られている坑井の数も相対的に少なく、坑井が密集しているわけではない、という利点がある、ともいう。)

・いずれにせよ「CCS適地」選定には、あらたな地質・海底調査が必要だ。

・メキシコ湾沖合が圧倒的に有利なのは、所有者および管理者が連邦政府のみだ、という点にある。プロジェクト推進に当たり、不確実性がほぼないからだ。

・既存の坑井は、CO2注入には使えないかもしれないが、監視用には有益だろう。

・米政府のトン当たり50ドルの財政支援を受けるためには、最低50年間の監視が条件づけられているからだ。

 

 いずれにせよ、カーボンプライシングの議論を始め、「CCS」適地確保への体制つくりを行う時期に来ているのではないだろうか。

 

 

*1 IEA「2050年排出ネットゼロ」工程表の衝撃的内容:岩瀬昇 | 岩瀬昇のエネルギー通信 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)

 

*2 #800「COP26」は終わったが・・・ | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)

 

*3 20210423_1.pdf (meti.go.jp)

 

*4 #788 「排出ネットゼロ」戦略に大事な「4つの原則」とは | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)

 

*5 #791 総理、「カーボンプライシング」のご議論を! | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)

 

*6 Battle for the Best CCS Acreage Has Already Begun | Energy Intelligence