#814 シェールも「真人間」に更生するのだろうか!? | 岩瀬昇のエネルギーブログ

岩瀬昇のエネルギーブログ

エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

(カバー写真は、文中で紹介している2021年12月16日「FT」記事のものです)

 

 〈シェール企業は現金の海を泳いでいる〉

 

 直訳すると、何とも刺激的な見出しが付いた記事を「フィナンシャル・タイムズ」(FT)が報じている。

 米国を世界最大の産油国に押し上げた「シェール革命」は「Dig, dig, dig (ともかく成長)!」との掛け声のもと進められていたが、ようやく事業運営(Operation=操業)から得られるキャッシュフロー(C/F)で株主還元を行い、かつ資本投資(Capex)にも潤沢な資金が回せるような状態になった、というのだ。

 

 まず当該「FT」記事に掲載されているグラフを二つ、紹介しよう。

 

 一つ目は、年末に油価暴落を見せた2014年から2021年までの、シェール産業の操業から得られるキャッシュフロー(C/F )と生産活動を支える資本投資(Capex)の推移を示したグラフだ。

 2013年以前のデータはないが「ともかく成長」ビジネスモデルだから、2014年以降と同様「Capex > 操業C/F」だったことは間違いがないだろう。

 

 

 直近の2021年第3四半期は、130億ドルの操業C/Fに対しCapexは60億ドルにとどまっていることが見て取れる。

 

 もう一つは、同期間に配当等の株主還元や債務返済、あるいは次の事業拡大のための内部留保に回せるフリーキャッシュフロー(Free C/F)の推移を示したグラフだ。

 

 

 2021年第3四半期はプラスの70億ドルとなっているが、マイナスだった時期が長く続いていた。

 春に地獄を見た2020年の前年、「財務規律」遵守の要求が高まった2019年あたりから様子が変わり、2020年央からは右肩上がりでFree C/Fが増加しているのが分かるグラフだ。

 

 間違いなくシェール産業は変質している。

 

 4年ほど前、一部に「シェール革命」はホンモノではないとの議論があったため、筆者は「新潮社フォーサイト 岩瀬昇のエネルギー通信」(エネ通)に『シェール革命は「短命」ではなく「深遠なる影響あり」と見るべき』(2018年2月1日)を書いて異論を述べた(*1)。

 英大手国際石油会社「BP」のチーフ・エコノミストであるスペンサー・デールが『石油の新経済学』(*2)で述べている「シェール革命の本質」を紹介し、だが海外への伝播については容易ではないだろうとの所見を述べたものだ。

 

 要点を取り出すと、次のようなものである。

 

 〈シェール革命の本質は石油開発事業が「1回限りの、スケールの大きな、エンジニアリング・プロセス」のみではなく、「標準化された、反復可能な、製造業プロセス」でも可能だというパーセプション・シフトだと指摘している(2015年10月13日に行ったスペンサー・デールの講演『石油の新経済学』)。したがって、シェール革命は米国外にも伝播し、在来型の石油開発にも長期的な、大きな影響をもたらすだろうというのだ。

 筆者は、シェール革命の米国外への伝播は、掘削権に関する法体系、周辺サービス産業の規模、資機材手当の容易さ、ヘッジ可能な先物市場の存在の差異などから、決して容易ではないが、必ず在来型へは影響する、在来型のコスト削減・効率化に拍車がかかるだろう、と判断していた〉

 そして米シェール産業は、次のような展開を示すのではなかろうか、との予測を示しておいた。

 

 〈財務的に強靭な大手石油会社が価格変動の大波の中で、中小のシェール業者から掘削権・事業を買収・吸収していく未来を示していると言えるだろう〉

 

 その後、筆者の読み通りシェール業界におけるM&Aは数多く実現し、今では新たな「大手独立系企業(super independent)」が誕生している。

 たとえば「FT」が2021年7月26日「US shale dealmaking wave is transforming the industry」と題して、第2四半期だけで330億ドルものM&Aが実現したが、時価総額が100億ドル以下のシェール企業は存続発展が困難と見られるため、この傾向は今後も続くだろうと報じているほどだ(*3)。

 

 では今後、どのような展開を見せるのだろうか?

 

 思えば筆者は「エネ通」に『「シェール産業はたかだが10年の歴史しかない」という「FT社説」の意味』を書き、世界の石油産業は「在来型」をベースに成り立っているという事実を指摘しておいた(*4)。

 超軽質のシェールオイルはせいぜい数百万BDだが、世界全体の生産量=消費量は約1億BD、大半は中重質の「在来型」からの原油をベースとしている。精製販売部門のインフラがそうなっている、と言う事実を忘れてはいけない、というのが論点だった。

 

 冒頭の「FT」記事を読んで、これは米シェール産業のビジネスモデルが「在来型」のものに収斂していく、いうことではないのだろうか、との思いに包まれている。

 すなわち、CapexはFree C/Fの範囲内で行うことを原則とする、ということだ。

 

 記事の中には、「FT」記者がシェール生産の中核をなすパーミアン地域の中心地であるミッドランドで取材した某シェール企業の幹部は次のように語っていた、とある。

 

 〈投資家は進化している。かつては、何が何でも成長(増産)だ、と言っていたが、最近は新しいビジネスモデルを得て、大いに気に入っている。とても重要なのだ〉

 

 さらに、つい最近ヒューストンで会った大手シェール企業「パイオニア・ナチュラル・リソーシーズ」のCEOスコット・シェフィールドは

 

 〈これは投資家との新たな「契約」なのだ。当社に限って言えば、年率5%以上の成長(増産)は目指さない、ということだ。余剰利益はすべて投資家に還元する。業界は新たなビジネスモデルに基づき事情運営をしていくので、かつてのような成長(増産)方針に戻ることはない〉

 

と語っていた、とのことだ。

 

 「在来型」と異なり、埋蔵量リスクのない「開発」から着手できるシェール事業ゆえに外部資金に依存して事業展開することが可能だった。

 だが、埋蔵量リスクがある「探鉱」から始める「在来型」の場合は、「全損」リスクがあるため手金(資本金)を使ってしか事業展開ができなかった。埋蔵量を発見し「開発」に移行する場合は外部資金の導入も可能だが、これは「プロジェクト・ファイナンス」そのものだ。開発計画の全貌を示して、資金の回収能力を判定して貰い、合格して初めて資金調達ができるものなのだ。

シェールとは違う。

 

 かくてシェール産業も、まともな「在来型」ビジネスモデルに基づき経営されていくことになるのだろうか?

 興味津々である。

 

*1 シェール革命は「短命」ではなく「深淵なる影響あり」と見るべき:岩瀬昇 | 岩瀬昇のエネルギー通信 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)

 

*2 New Economics of Oil – Spencer Dale, group chief economist (bp.com)

 

*3 US shale dealmaking wave is transforming the industry | Financial Times (ft.com)

 

*4 「シェール産業はたかだか10年の歴史しかない」という「FT社説」の意味:岩瀬昇 | 岩瀬昇のエネルギー通信 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)