#800「COP26」は終わったが・・・ | 岩瀬昇のエネルギーブログ

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エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

(カバー写真は「FT」記事のものです)

 

 「COP26」(第26回気候変動枠組条約締約国会議)が終わった。

 

 内容については、邦字紙も報じているので、ここで紹介することもないだろう。

 あえて言えば、主催国である英国ボリス・ジョンソン首相が語った次の言葉で纏められる。

 

 「悲しいことだが、これが外交というものだ」

 「だが、決定的な移行を示したといえる」

 「失望の声もあるが、世界は正しい方向に向かっている」

 「大きな方向性に変更はない」

 

(*1「フィナンシャル・タイムズ=FT」東京時間2021年11月15日午前4時半ごろ掲載「Business calls for more action after COP26 deal is watered down」)

 

 最初のコメントは、何度か修正された「成果文書」の文面について、最後のさいごにインド、中国から異論が出て、石炭火力を「phase out」ではなく「phase down」することに修正しなければならなかったことを意味している。

 「COP26」のアロク・シャルマ議長が涙をこらえて謝罪した理由だ。

 

 筆者の英語能力でも「out」なら「無くなる」だが、「down」では「少なくなる」が「無くなる」ことではない、と理解できる。環境派には許しがたい修正だったのだろう。

 

(*2「FT」2021年11月14日「China and India weaken pledge to phase out coal as COP26 ends」)

 

 だが、このことは「COP26」協議の前半で「石炭撤退」誓約に関し、実行目標年を先進国は「2030年」から「2030年代」に、途上国は「2040年」から「2040年代」に後ろ倒ししたにもかかわらず、米国、中国、インドなどが調印を拒否したことから「予想」できたことではないだろうか。

 

(*3「岩瀬昇のエネルギーブログ」2021年11月8日『「IEA」の「落胆」と「楽観」のあいだに何が?』)

 

 続く3つのコメントは、いずれも「パリ協定」で合意した方向に向かって、人によっては「歩みが遅すぎる」との「失望」もあるだろうが、間違いなく進んでいる、という認識を示めしたものだ。

 これまで無かった「化石燃料」と言う文言を初めて織り込んだこと、「パリ協定」では5年に一度行うこととなっていた各国の「NDC」(nationally determined contribution=国家が決定する排出削減)の見直しおよび強化を、2022年末までに行うとしたこと、脱炭素を促進する役割を持つ炭素市場(carbon market)の諸規則の大枠を定めたことなどがその実例といえるだろう。

 

 確かに世界は、21世紀末の地球の気温上昇を産業革命前との対比において1.5℃以下に抑えようという方向に向かっている。

 

 だが、と筆者は思う。

 最も大事なことは、やはり「人類が幸福であること」ではないだろうか、と。

 

 「パリ協定」は、気温上昇を放置すると人類の存続が危うくなる、したがって産業革命前との対比において気温上昇を1.5℃以下に抑えるべく、まずは2050年までに温暖化ガス排出をネットでゼロにしよう(「2050年ネットゼロ」)としている。

 もちろん、中国が目標年を「2060年」とし、その後ロシアもサウジアラビアも「2060年」に、そしてインドは「2070年」に設定して「COP26」を迎えたという事実はあるが、大きな方向性は変わってはいない、と言える。

 

 確かに「パリ協定」が目指す方向は「人類を幸福にする」ためのものである。

 

 だが、同時に現在、欧州発の「エネルギー危機」がガソリンや軽油という輸送燃料、あるいは家庭のガスや電気などの光熱費を急激に押し上げている問題を解決しよう、しなければならない、というのも「人類が幸福であること」を目指した動きなのだ。

 

 問題は、この二つの動きが矛盾しているように見えることだ。

 

 たとえばバイデン大統領は、気候変動問題への取り組みを最優先課題としているにも関わらず、昨今のガソリン価格高騰に対処するため「OPECプラス」に増産を要請したことを「矛盾している」と批判されている。

 だが「COP26」の直前、ローマにおける「G20」サミットに出席したバイデン大統領は、随行した米メディアとの記者会見において本件に聞かれ、次のように応えている。

 

・表面的には皮肉(irony)に聞こえるが、これが現実だ。

・脱炭素に向けて、メタン排出規制や化石燃料への補助金廃止など、やるべきことはすぐにでもやるべきだが、再エネへの移行は一晩でできることではない。

・一方で、今この時から、石油を使わない、ガスを使わないということは合理的な考えではない。

 

(*4「ホワイトハウスHP」2021年10月31日「Remarks by President Biden in Press Conference」)

 

 結局は「時間軸」の問題なのだ。

 

 長期的課題である気候変動に対処することは当然必要だが、同時に目の前の困難に立ち向かうことも要求されている、ということだ。

 

 留意しなければならないのは「IEA」の「2050年ネットゼロ工程表」が示しているように、目標達成には、実現できるかどうか不明な、次の4点の前提条件をクリアする必要があるということだ。

 

①   先例のない技術イノヴェーション

②   電化に必要なレアメタルなど金属の大増産・安定供給・安全保障

③   資金・技術に関する国際協力

④   人々の大幅な行動変容

 

(*5 「新潮社フォーサイト 岩瀬昇のエネルギー通信」2021年5月24日『IEA「2050年排出ネットゼロ」工程表の衝撃的内容』) 

 

 「COP26」では、③の問題の一部が討議されたが、クリアしたとは言い難い。

 他の問題は討議の対象にすらなっていない。いや、討議できることでないのかもしれない。

 いずれにせよ、まだまだ「達成できる」との確信を抱かせるには至っていないのだ。

 あくまでも「決意表明」の段階である。

 

 また、欧州の識者たちは、気候変動に対処するための「エネルギー移行」の過程で、エネルギー価格は高騰し人々の生活は一時的に苦しくなるが、それは受容すべきことなのだ、との論陣を張っているが、筆者は疑問に思っている。

 

(*6「岩瀬昇のエネルギーブログ」2021年10月10日『#777「脱炭素化」エネルギー高価格は当然なのか』)

 

 振り返れば、2018年末に火を噴いたフランスにおける黄色いベスト運動は、「エネルギー移行」により脱炭素化を急ぐ仏政府が、需要を抑制しようとガソリンや軽油を「値上げ」したことが発端だった。

 また、今年の総選挙で、ノルウエー国民は「石油ガス開発」を止めるとの選択はしなかった。

 一般大衆は明らかに、エネルギー価格が高騰し、生活が苦しくなることを受容していないのだ。

 

 やはり「More Energy Less Carbon」という、二律相反する課題に正面から向き合い、取り組むことが求められているのではないだろうか。

 

*1 Business calls for more action after COP26 deal is watered down | Financial Times

 

*2 India and China weaken pledge to phase out coal as COP26 ends | Financial Times (ft.com)

 

*3 #798 「IEA」の「落胆」と「楽観」のあいだに何が? | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)

 

*4 Remarks by President Biden in Press Conference | The White House

 

*5  IEA「2050年排出ネットゼロ」工程表の衝撃的内容:岩瀬昇 | 岩瀬昇のエネルギー通信 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト (fsight.jp)

 

*6 「岩瀬昇のエネルギーブログ」#777「脱炭素化」エネルギー高価格は当然なのか | 岩瀬昇のエネルギーブログ (ameblo.jp)