君の深いところに響いている 23
まーくん。
ひろ子ちゃんはね、すごい人だよ。あの人はね、全部お見通しだった。
まーくんは、自分は誰からも理解されないって悲観して生きて来たけれど、ひろ子ちゃんは、ちゃんとまーくんの秘密を知ってたんだ。そして先生もそれをひろ子ちゃんから聞いてた。二人ともね、ちゃんとわかってたんだよ。
ただね、孤独を抱える息子に何をしてやればいいのかは、わからなかったそうだ。ふたりはまーくんのことをずっと心配していたらしい。
だからさ、オレが現れた時、オレという存在がまーくんの救世主になるかもしれないって思ったんだって。
オレは、救世主なんて言葉は嫌いだ。前も言ったけど、オレはまーくんの救世主とか恩人になりたいんじゃない。一緒に人生を歩いて行ける人になりたかった。ずっとそう思っていたよ。
だからね。その時、先生がオレに言ってくれた言葉に、オレは泣いた。
先生はこう言った。
私が君に腕時計をプレゼントしたのはね、君が雅紀のパートナーになってくれたらいいなと思ったからだよ。君が雅紀のパートナーになるってことは、家族になるってことで、そうすれば君は私の息子同然ってことだろう? だから 息子たちへ入学祝いに贈って来たのと同じ時計を、どうしても君に受け取って欲しかったんだよ。
先生。それはめっちゃ気が早いよ。その時はまだオレと雅紀さんは再会すらしていなかったよ。
オレはすごく驚いて、それから涙が溢れて来るのを止められなかった。それで、泣きながらそう言ったんだよ。
まさか、先生がそんな風に思ってくれていたなんて、思ってもみなかったよ。
だから泣きながら、ごめんなさい、ごめんなさいって何度も謝った。
こんな風にオレのことを思ってくれていた人に、オレはなんてことを言ったのか。お父さんにも悪いことをした。オレはお父さんの死を利用しようとしたんだもの。先生の弱みにつけこむ材料として。
自分のこと、最低だと思った。
だけど、泣き続けるオレに、先生は優しく言った。
そんなに謝らなくていいよ。君は何も悪くない。私の方が気が早かったね。そのために君に誤解をさせた。でも、妻が自信満々にふたりはひっつくって言うもんだから、すっかりその気になってたんだよ。
オレは涙をぬぐいながら、
先生。残念だけど、オレと雅紀さん、今もまだひっついてないし。
って言った。
え? そうなのかい? 車の中であんな威勢のいいこと言っておいて? いやあ、君と雅紀はもうてっきり付き合っているのかと。
先生は驚いたように言った。
雅紀さんをオレにちょうだい、なんて言い方をしたことを、その時になってとても恥ずかしく思った。
うん。あんなこと言ったけど、まだ……。告白もしてないし、されてもいない。ただの友だち。
ちょっとしょんぼりして言うオレに、先生は笑った。
そうか。雅紀はちょっと意気地無しなところがあるからねえ。君には迷惑をかけるね。でも、大丈夫だよ。雅紀は、ちゃんと君のことが好きだよ。
最後のところ。先生の言い方がすごく優しくてさ。オレはまた、めちゃくちゃ泣いた。
こんなストーカー紛いのことをしてるオレに対して、引くどころかすごく歓迎してくれて、その上、息子同然だ、みたいなこと言われて、その恋路を励ましてもらって。
泣くでしょ。
恥ずかしいとか、情けないとか、先生に悪いとか、まーくんのこと励ましてもらって嬉しいとか、とにかくいろんな感情がごちゃ混ぜになって、オレはレストランでずっと泣いてた。
あんまり泣き過ぎたもんだから、帰りは先生の車に乗らないで、電車で帰ることにしたんだ。店から最寄りの駅までちょっと遠かったから、先生は送るって言ってくれたけど、先生のそばにいたらずっと泣いてそうな気がしたので、そんなの、かっこ悪いし、恥ずかしいし、気まずいし、断った。
電車で家に帰る途中、なんだかひどく安心したのを覚えている。まーくんが、ちゃんと両親に愛され、理解されていたことがわかって。後は、まーくんがそれに気付くだけ。オレは、その手助けをするだけ。