イチオクノホシ Ⅲ 後編




「誕生日、おめでとう」



誕生日当日。



特別な日だけど、いつもと同じ、落ち着いた穏やかな日。普段と変わらない日を過ごせることを、オレは嬉しく思った。当たり前の日常の大切さを、彼といると感じることが出来る。



まだエレベーターに閉じ込められる前。違う階の会社に勤めるオレは、たまに彼をエレベーターで見かけることがあった。彼のことを、美しい人だとオレは思った。魂の美しさが、外側に滲み出ているような人。時々さびしそうに見えたのは、世界にある哀しみや孤独を知っていたからかもしれない。



だけど、恋人になってわかった。



彼は宇宙のささやかな秘密を教えてくれる。それは、永遠ってものが本当に存在するってこと。



最初は、ふたりの関係を心から信じてはいなかった。人と人の関係──特に恋愛におけるそれは、あやふやで曖昧でもろいものだと思っていた。


だけど、彼がオレに与える愛を感じるうちに、大切なものがはっきりと、単純明快に見えるようになった。


愛を信じてなかったオレが、今は愛を信じられる。彼という存在のおかげで。


彼はシンプルに、まっすぐに愛を伝えてくれる。疑う余地もなく。オレは何でも難しくしてしまう癖がある。


だけど彼といると、そんなことは、ばかばかしく思えてくるんだ。シンプルでいることは実は難しいことなんだけど。



晴れた穏やかで静かな日。

陽当たりのいい場所。

そこには光が溢れ、ふんわりとのんびりとした空気に包まれる。


彼と過ごす日々を例えると、そんな感じだ。それは幸福って言葉が似合う。



なぜオレは彼に出会えたのだろう、と今でも時々考える。星の数ほど人がいると言うのに、なぜあの奇跡の夜は、オレたちに訪れたのだろう?


しかるべき時に、しかるべき場所にいたというわけなのか。



クリスマスには興味がない。

だけど、この出来事はオレの人生の中で最大の贈り物だ。



あなたに会えて良かった。

心から思う。




「さてと……」



朝から一緒に過ごして、日も暮れかかった頃。おもむろに彼が言った。



「じゃあ、俺のお願い、聞いてもらおうかな」



彼がにっこりと笑った。そうして、大きくて温かい手で、オレの頬に優しく触れた。ささやかな感電。オレの身体は少し震える。彼がオレに与えるものがわかっているから。


与えられるのに、オレは彼に身体と心を差し出す。



ベッドでの彼の愛し方は、彼の性格そのもの。誠実で思いやりがあって、優しくて、あったかい。だけど時々強引で、力強くて、まっすぐだ。



彼がオレにくれる愛の海で、オレは泳がずにはいられない。彼の熱い瞳を見たら、今夜は溺れそうな気がした。





クリスマス寒波に見舞われ、外は凍りつくような世界。



だけど、オレたちの夜は熱くなりそう。きっと熱にうかされ、とけてしまうんだろう。



オレは、そっと瞳を閉じた。






イチオクノホシ Ⅲ 前編




世界からクリスマスなんてものがなくなればいいと思った。以前はそこまで思ってはいなかった。興味がなかったくらいだ。だけど今は──。



「なんでこの季節って、こんなに人も街もざわつくんだろうな」



会社を出て、街の雑踏の中を歩きながら、オレはうんざりして言った。


彼がオレのとなりで笑う。


「もうすぐクリスマスだからね」


「違うよ。クリスマスなんてどうでもいいよ。もうすぐあなたの誕生日なんだよ」



それなのに、街のあちこちが“クリスマス”で溢れている。クリスマスの飾り付けをする店。イルミネーション。クリスマスのイベントやらクリスマスケーキやらクリスマスグッズのポスター。クリスマス特集の組まれた雑誌の並ぶ書店。


彼の誕生日を祝いたいのに、これらの主張が激しくてすごく邪魔だ。


「あのさ……」


彼が、少し膨れっ面のオレに、優しく笑いかける。


「もしも今年も俺の誕生日を祝ってくれるんならさ──」

「もちろん祝うよ。祝うに決まってんだろ」


オレは被せ気味に言った。


「そう? 嬉しいな」


彼は満面の笑みを見せる。


「何が欲しい?」


オレは尋ねた。


「何もいらないよ。ただ、一緒にいられたら、それでいい。今年の誕生日は土曜日だから、仕事も休みじゃん。だから、俺の家で1日一緒に過ごしてくれないかな?  一緒に買い物に行って、一緒にご飯作って、それ食べて、そんな感じで、ふたりでゆっくり過ごしたいなあ、って。一日中、一緒にいたい」


「それって普通じゃん。いつもの休日と同じ」


「そうでもないよ。特別な日だから。特別なお願いも聞いてもらおうかな、って」


そう言って、彼はくふふと笑った。


「え? なんかやらしいな、その笑い方。何だよ、特別なお願いって」


「特別なお願いって言ったら特別なお願いだよ」


「うっわあ。なんかやらしいこと考えてるだろ」


「えー? それはそっちだろ? そういう発想しちゃうとこが」


「じゃあ違うのかよ」


「違わないけど」


「ほら見ろ」


「ダメ?」


「ダメ……じゃないけど。そりゃあ、特別な日、だから、さ」


「ありがと」


オレの承諾に、彼は満足そうに笑った。なんとなく、負けた気分になる。彼のペースだ。だけど悔しくはない。



特別な日を、世間の賑わいとは別にオレたちは過ごす。



クリスマス・イブは、彼の誕生日。オレが彼の誕生日を祝うのは、二度目だ。



1年前のクリスマス・イブの夜。オレと彼は少し変わった出会い方をした。会社のビルのエレベーターに2人して閉じ込められたのだ。



それがきっかけで、今はこうして2人でいる。そう、恋人同士として。恋人だと確認出来たのは半年前だけど。



今まで、何人かと付き合っては来た。だけどそれは長続きしなかった。恋愛には、元々幻想を抱いてない。ずっと一緒にいる、とか、永遠に愛する、とか、おまえが全て、だとか。全部嘘くさい。甘い言葉も態度も、愛だの恋だの、ひとときの夢。



彼に出会って、その考えは変わった。



奇跡は、突然やって来る。



そう、今は思っている。






君の深いところに響いている 22




先生との食事は、正直、居心地が悪かった。


食べながら話そうと言ったのに、先生は車の中でのオレの発言には何も触れずに、食事中、病院でのおもしろエピソードや、家族の話を披露した。中でも印象的だったのは、教授回診の時に廊下でお湯をぶちまけた新人ナースの話。今でも思い出すと元気が出るんだと先生は楽しそうに言った。


それから、話を聞いていてわかったのは、先生は家族をとても愛してるんだということ。特に奥さんのひろ子ちゃんにはベタぼれなんだって感じた。妻が一番。妻の言うことに間違いはない、とか言うんだよ? ほんとに。


これだったら、あんなこと言わなくても良かったんじゃないかって後悔した。ひろ子ちゃんがまーくんのこと賛成するなら、先生だって賛成しする。何もオレが裏で余計なことしなくてもよかったじゃんって。


オレは、そんな後悔をしながら食事をしてた。そのあとだよ。


食後のコーヒーが運ばれて来た時、先生が言ったことにオレは困惑した。



先生はね、



和也くん。君があんなことを言い出したのは、私が腕時計をプレゼントしたせいだろうね。



って、言ったんだ。オレ、先生の言ってることの意味がわからなくてさ。は? ってなったよ。だけど、困惑してるオレにはお構い無しに、先生は続けた。



君は、私が時計を贈ったのは、君への同情や、君のお父さんを救えなかったという悔恨から来てるのではないかと思ってないか?



って。



オレは黙って先生を見つめた。その通りだったから、何も言えなかったんだ。だって、オレはまさにそこにつけこもうとしてたんだからさ。



だが、それは違うよ。



と先生は静かに言った。




え? じゃあ、何なの? なんでそんなにオレに親切なの?  潤くんの家庭教師をさせてくれたり、自分の息子たちに贈ったのと同じ時計をオレにくれたりする理由がわからないよ。




オレがそう言うと、先生は少し笑った。



病院の中庭で君と再会した日、君はハンカチを落としただろう? あのハンカチはね、私が雅紀に贈ったものなんだよ。ハンカチに刺繍をしたのは私だからね、すぐにわかった。



え?




オレはビックリした。まさか先生が自分で刺繍をしたハンカチを息子に持たせてるなんて思ってもいなかった。だって、あれは特注とか思うぐらいの美しい刺繍だったから。




なぜ君が雅紀のハンカチを持っていたのか不思議に思ったよ。それで、家に帰ってすぐに妻に相談した。妻はすごいよ。妻はね、すぐに答えを私にくれた。




そう言って、ひろ子ちゃんにベタ惚れの先生は、嬉しそうに笑った。




先生の刺繍の腕前は、常に進化しているらしく、ステッチとかでいつ頃のものかひろ子ちゃんにはわかるんだそうだ。ひろ子ちゃんの記憶力は驚異的なんだって。



記憶力だけじゃなくて、ひろ子ちゃんにはすぐれた観察力と洞察力と推理力が備わっているんだと、先生はほんとに自慢気に説明するんだよ。


だから、ひろ子ちゃんはそのハンカチが、いつどこで、まーくんからオレの手に渡ったのかも分かっていたらしい。


水族館でまーくんといたオレのことを、あの時、ひろ子ちゃんはちゃんと認識してたんだ。


お父さんの入院中、先生はオレのことを結構気にかけていてくれたらしく、ひろ子ちゃんにもオレの話をしていたそうだ。


オレがひろ子ちゃんと病院で会ったことがあるって話したけどさ、あっちもオレのこと覚えているとは思ってなかった。


ドルフィンスタジアムでまーくんと一緒にいる時に、潤くんと共に現れたひろ子ちゃん。オレはひろ子ちゃんのことを先生の奥さんだってわかってたけど、あの時、ひろ子ちゃんもオレのことわかってたんだ。


先生から、オレが落としたハンカチを見せられただけで、すぐに8年も前のことと結び付けられるなんてすごいけど、ひろ子ちゃんはそんなところがあるんだって。



でもさ、マジで恥ずかしいよね。



まーくんから借りたハンカチをオレがあれからずっと大事に持っていたってことが2人にはバレていたわけで。



そんな風に、まーくんのハンカチを持ち続けていたオレが、まーくんの通う大学に進学したり、先生の病院にやって来たりした理由が、悪いことのはずがないって2人は考えたそうだ。



悪いよ。

だって、まるでストーカーじゃん。



ってオレは先生に言った。



だけどね、先生はそれに対して、こう言ってくれた。



君がどんな子かってことは、病院で君を見ていたからわかってるよ。私はちゃんと知ってる。君がとても優しくて、そして強い意志の持ち主だってことを。君は最後までお父さんに寄り添い、支え、そして命と向き合った。君はまだ子どもだった。その小さな体に、どれだけの哀しみと淋しさと悔しさを抱えていたことだろう。それでも、君は強かったよ。



先生の言葉に、オレは首を横に振った。



全然強くないよ。オレは、結局受け止められなかった。でも、雅紀さんに救われた。



雅紀に?



うん。水族館のイルカショーでオレたちは出会った。その時のオレは、お父さんを失った哀しみから抜け出せずにいた。でも、雅紀さんがオレを救ってくれた。その時から、あの人はオレの恩人になったんだ。高校の時に偶然水族館で見かけて、それで、同じ大学を受験することにした。同じバイト先に入るため。でも、入学してもなかなかバイトの募集がかからなくて、なんかのきっかけが欲しくて、先生の病院に行った。ね? オレって怖いでしょ? ひくでしょ?



オレは自虐的に笑った。



先生は首を横に振った。



妻はね、直感力も優れている。妻が君のことは大丈夫だと言ったのでね。むしろ雅紀にとって君の存在は良いものになる、と。だから、私は君が雅紀に近付くことに対して、何も心配はしてなかったよ。




オレは、その言葉に呆気に取られて、ただ先生を見つめていた。






君の深いところに響いている 21




五十嵐先生はオレにはとても親切で優しかったけど、まーくんから聞く先生は、まーくんには冷たい印象だった。それは、まーくんがそう思い込んでいたからなんだけど。そして、そのまーくんの言葉に、オレも影響を受けていた。


それだけじゃなくて、歓迎パーティーの時の先生のまーくんへの態度については、オレも少し厳しいなあとは感じていたので、まーくんの進路変更について先生がちゃんと賛同するように、何か手を打っておいた方がいいんじゃないかって考えたんだ。


ひろ子ちゃんは大丈夫。絶対に賛成してくれる。だけど、先生から少しでも渋い顔をされたら、まーくんは諦めてしまうかもしれない。


今思うと、随分と過保護だった。だけど、あの頃のまーくんってほんとにダメダメだったろ? 心配だったんだよ。まーくんの夢を叶えるためには、手段を選んでられないって思ってた。


人の気持ちを変えるなんて簡単なことじゃないからさ。つまり、先生がまーくんの夢に対して否定的だった場合、そこを説得するのは難しいかもしれないって考えた。


だったら、表向きだけでも賛同するようにしたらいいって思った。仮に否定する気持ちがあってもね、まーくんがそれを知らなければいいだろうって。


ちょっと焦ってたのかな。そんな手を使ったら後々困ることになるのに。安直な考えだった。本当は粘り強く説得することを考えるべきだった。でも、五十嵐先生とオレとの関係を良好に保つことより、まーくんの夢をすぐにでも許可して欲しいって気持ちの方が強かったんだね。


だって、専門学校のオープンキャンパスも近かったし、選考試験もあるし、願書の提出期限も迫っていたし、大学の後期授業も始まってしまうし。だからはやく手を打たなきゃって。



オレはどっかで先生に甘えてたんだと思う。先生の優しさにつけこもうとしていた。先生はずっとオレに親切だったから。潤くんの家庭教師の仕事をくれたり、腕時計をプレゼントしてくれたり。その行為は、オレへの同情と、少しの申し訳なさから来てるんだと思ってた。


オレへの申し訳なさって言うのは、結果的に先生がオレのお父さんを救えなかったってことから来るもの。ああ、ひどい言い方だ。先生にはすごく世話になったのに、こんな言い方してごめんね。


先生を恨む気持ちなんて全然ないんだよ。お父さんが死んだのは先生のせいじゃないし。だけど、お父さんの癌に気付けなかったことを、先生が悔やんでいたのをオレは知っていたから。そう、そこにつけこもうとしてた。



先生には、相談したいことがあるって連絡をした。病院で会うことになって、手土産にコーヒー豆を持って行った。翔さんに出くわしたのはこの時だね。先生に会うまで、中庭で時間つぶしをしてたら、偶然翔さんに会っちゃった。


先生に会いに来たんだと正直に言えばよかったのに、これから自分がやろうとしてることに対して後ろめたさがあったもんだから、咄嗟に嘘をついてしまった。心療内科に通ってるって。


この時の嘘が原因で、翔さんに疑われることになったんだよね。



手術が終わった先生から連絡が入った。駐車場で待っていてくれって。教授室でコーヒー豆を渡して話をしようと思ってたのに、先生はオレをランチに誘ってくれたんだ。その時、駐車場で先生の車に乗り込むところを翔さんに見られていたことにはまったく気がついてなかった。




お昼をご馳走になるなんて、気が引けたよ。だって、オレは、お父さんのことを持ち出して、先生をちょっぴり責めるみたいな感じで、自分の有利な形へと持って行こうとしてたんだから。



だから、食事の前に話をつけてしまおうかな、とも思った。さっさと話をつけて、食事はせずに帰ろうかと。だけど車内では中々その話を切り出せず、どうでもいい話ばかりした。



もう店に着く、と言われて、ああ、はやく話さなきゃ、と思った。



店の駐車場に到着して、先生は車を停めた。



ねえ、先生……。



とオレはゆっくり言った。



自分でも気が進まなかったんだよね。だから、この時もまだなんて言おうか、ちゃんとまとまってなかったんだ。



オレの様子が変なのに先生は気づいたんだろうね。ん? と言ってゆっくりオレの方を見た。その言い方がすごく優しくて、オレは戸惑った。



オレは先生の顔を見れなかった。



オレは効果的な言葉を探した。まーくんの好きにさせてやって欲しい、とか、まーくんのこと認めて欲しいとか。色々言い方はあるんだろうけど、実際オレの口から出たのは、何とも唐突な言葉だった。ドライブレコーダーで聞いたから知ってるよね?



オレはお父さんを失ったんだから、雅紀さんをオレにくれてもいいでしょ。雅紀さんをオレにちょうだい。



ってさ。



すごいセリフだと思うよ。でも、そんな言葉が出てきちゃったんだ。お父さんのことを持ち出して、まーくんに対して許可をもらうのはこの言葉だと、この時は思ったんだろうね。



君は……、と言って、先生はしばらく黙っていた。



オレはちらりと先生を見た。



食べながら話そう、と先生は言った。



少し呆れたように笑いながら。






君の深いところに響いている 20




初めて会った時、まーくんはオレを救ってくれた。二度目に会った時は、オレはまーくんに恋をした。それから、あなたのそばにいて、あなたのことを知れば知るほど、あなたへの愛は深まって行った。



智さんはオレを押し倒した時、愛に飢えてんのか、と聞いてきた。オレは、愛なんていらないって答えた。



ほんとにいらなかった。



まーくんのことを幸せに出来るなら、そんなことはどうでもよかった。



だけど同時に、オレは自分の無力さを痛感していた。まーくんはその時まだ、自分を変えようとはしてなかっただろ? 秘密を打ち明ける相手が、ダイオウグソクムシからオレになっただけだ。


人を救うなんて、そんなに簡単に出来ることじゃない。オレが出来ることは、あなたの幸せを祈ることだけなのかもしれない。そう感じていた。


もどかしかったよ。

あなたは優しいから、自分のまわり人のことを考えてしまう。自分が自分らしく生きることで、まわりに迷惑をかけてしまうんじゃないかって。そんなことないのに。



自分の秘密を隠すうちに、本当に好きなことまで心の奥に押し込めるなんて。そばにいたらわかるよ。まーくんがどれだけ水族館を愛しているのか。



オレのお父さんは、好きなことは仕事にはしなかった。だけど、まーくんはきっと違うタイプ。きっと何もかもひっくるめて、まるごと愛していくタイプ。そうでしょ?


だから、出過ぎたこととは思ったけど、進路変更を勧めた。


大変なことだってわかってたよ。通ってる大学辞めて、専門学校に行くなんてさ。まーくんの人生変えちゃうようなことだ。でも、オレだって半端な覚悟であなたのそばに来たんじゃないんだから。何があってもあなたのそばにいて、あなたが夢を叶えられるよう支えるつもりだった。



だからあなたをデートに誘って、オレが素敵だと思っている人たちが、いきいきと働いている姿を見せたんだ。笑顔さん。コーヒーショップのマスター。それから、三宅さん──健くん。



イルカショーの後に三宅さんに声をかけられた時、少し焦った。だってあの人、オレたちを見つめながらさ、感慨深げに、


いやなんか懐かしいなあって思って


なんて言うから。


もしかしてオレのこと覚えてんのかなあって。でも、あり得ないよね。まーくんとイルカショーを見たのは、子どもの頃1度だけだったし、風貌もだいぶ変わったしね。



まあ、それからまーくんに水族館の飼育員になることを勧めたんだけど、最初は煮えきらなかったよね。なんとかやる気になってくれたけど、些細なことであきらめそうな気がしたから、心配になった。特に父親に賛成してもらえなかったらすぐにくじけるんじゃないかって思っていた。



だからね、根回しすることにしたの。



まーくんが両親に相談する前に、オレは、五十嵐先生に会いに行ったんだ。