僕が日々感じた事、気持ちを綴る日記。バルーンアートやっています。過去の日記もまた記録の一つとして残しています。
こんにちわ、谷川雄馬です。バルーンアートの動画を始めましたという記事を皮切りにバルーンアートの作り方・解説動画をあげています。今回も動画を投稿しました!バルーンアートの作り方 〜けん(剣)〜また別で基礎編として解説動画を2つ作成しました。最初に作った動画を見た後に「そもそもどうやって捻るかを説明しないといけない」と気づきました(笑)やりながら修正していくスタイル(笑)作品の中で出て来た説明が必要そうなものを解説動画として今後も投稿していく予定です。バルーンアートの基礎(1)この回はポンプと原理の説明なので「ただ捻るコツが知りたい!」という人は(2)から見てください。バルーンアートの基礎(2)今後も色々と動画を投稿していこうと思います!よろしくお願いします!Facebookもやってます!Twitterもやってます!
どうもユウマです。先日、「声が小さい」が気になりボイストレーニングに行って来ました。今まで【声が通る】と言う経験が無かったため、終わった後に自分の声が生まれ変わったように感じた。今も隙あらば発生練習して、声出してます(笑)そのボイトレ中にある事を言われました。「動画とか撮ったらどうですか?」前々から「教室とか開かないんですか?」といわれたり。「バルーンアートの動画を撮ったらいいんじゃない?」と言われてた僕。(実は前からやってみたかった)今回もそう言われ、二番煎じも良いところの「バルーンアートの作り方」を始めることにしました!【バルーンアートの作り方 うさぎ】加えて僕の発声練習も兼ねているので一石二鳥です(笑)これを上げてから気付きましたが、“そもそもの基礎を伝えた動画”が必要やった(笑)なので次は基礎編を作ろうと思います!バルーンアートはコツを掴めば、割れずらく楽しく触れます。応援、シェアよろしくお願いします!
“本当に欲しいもの”ってどんなものですか?なんか先日、急に腑に落ちてわかってしまいました。その日は昼間からきっかけはわかりませんが、心の中がざわざわし始めて落ち着かなくなりました。なんか調子が良くなくて、些細な事で妻と食い違いが起き、しばらく昼寝をしてた時のこと。隣のベットにいた妻に「さっきはごめん」と声をかけます。その言葉を皮切りに、色々と話をして気持ちが落ち着いて来た時、ある感情が浮かびました。“妻に嫌われたくない”なんかこれまで色々と悩んでいたけど、その答えが自分の中でしっくりこない。答えに近いけど、なんか腑に落ちない。そんなこれまでのモヤモヤが“妻に嫌われたくない”の一言で一気に吹き飛んでしまいました。なんか色々と考えていたけど、根底に“嫌われたくない”があった。(実際、これまで嫌いとか言われた事ないのにそう思ってた(笑))更に踏み込むで行くと、僕の根底の願望が見えてしまいました。“妻にずっと好きで居て欲しい”これを感じた時にめっちゃ恥ずかしいのとあまりにシンプルすぎて「そういう事か〜」とストンと落ちた(笑)「〇〇したい!」とか「人のために〜」を考えても、そりゃ出てこない訳です(もちろんそういう人も居るのは事実です)願望がそもそもズレていた。他人を喜ばせようが全然満たされない、根底がそもそも“妻に好きで居て欲しい”なので、それを妻に伝える以外に方法がない。書いてて笑ってしまいますが、エゴの塊です(笑)「ずっと好きで居て欲しい」ほどワガママな願いは無いと思います(笑)ただそれが僕の願望ですこの言葉を心の中で押さえ込んでいた節があります。「言ったところで確証ないし、そんな願望みっともない」とも思っていたかもしれないです。何をしててもそうですが、軸が「妻に好かれたい、よく思われたい」でした。これまでの行動も、そしてこれからの行動もそうなるでしょう(笑)・別に何をしてても良いんです、好かれれば(笑)・大切にしたいんです、好かれるなら(笑)・ダメダメの状態でも良いんです、好かれていれば(笑)「世のため、人のため」は俺の中には無かった、気付いてしまった(笑)自分の中で、あまりに変化があったので書いてます。特段、現状は変わってないのですが心はめっちゃ清々しい(笑)なんかこの気持ちに気付いて、それを伝えて満足しています。実際に永遠なんて存在しない、けどそれでも僕は永遠を望む。僕の中で今一番重要だと思うのは「“自分の気持ち”を伝える」です結果は実はそこまで重要ではない。妻には「嫌いにならないよ(笑)」と言ってもらって大丈夫になりました。なんか良い感じに先に進めそう。何がどうなるかはわからんし、想像できんけどなんか良い感じになりそうです(笑)ブログ気になった方は↓LINEもやってます!
どうもユウマです。久しぶりにアメブロを開いてみたら約3ヶ月の月日が流れていました(笑)あまりに久々すぎて驚いています。ここ数ヶ月、色々と変化があってほんの少し落ち着きが出てきたところです。数ヶ月をダイジェストで書いていくと↓・妻と2人で間借りして「つきのしずく」というカフェを開く3月中頃に「人を癒せる空間を作りたい」と妻に言った事があります。その数日後、妻が友達からこの場所を借りるきっかけを貰い、相談を受けた僕は二つ返事でとりあえずOKを出します。カフェは後づけでしたが、営業日には近所の人や友達、一見さんも来て「ずっと誰かがいる空間」になりました。最終日には「寂しくなるな〜」と近所のおばあちゃん(写真の人です)が声を揃えて言ってくれたのが嬉しかったです。期間限定なのでもう終わりましたが、また別の機会に「つきのしずく」を開けたらと思っています。・引き寄せヨガに行ってみる5月末に心屋仁之助さんがシェアしていた動画をありました。橋爪大輔さんという方が「室生龍穴神社に行く」という動画。すごく久しぶりに「その人に会ってみたい」と感じて、調べてみると大阪在住の人でした。とりあえずFacebookでフォローだけして数日経過したある日。珍しく早起きしてFacebookを開いてみたら、橋爪さんが自身の事務所でヨガ講師を呼んで「ヨガ教室」を開くという投稿を見つけます。正直ヨガを今までやった事がない。「橋爪さんに会えそうやし、ついでに受けるか」と軽い気持ちで大阪に行きました(笑)結果、ヨガがめっちゃ良かった。その時に教わったヨガを今も定期的にしています。【姿勢・呼吸が変わるだけで自分の中の世界が変わる】今も橋爪事務所で定期的にやってますのでオススメです!要予約なのでお問い合わせください。橋爪大輔 Facebook・室生龍穴神社に行ってみる上の話に繋がりますが、動画に出ていた室生龍穴神社に行ってきました。この時は別の予定で大阪に出向き、帰りに遠回りですが奈良県にある室生龍穴神社に行ってきました。この日は“人に助けられた1日”でした。<経緯>まず着いたのが16時半、バスもレンタサイクルもありません。↓ただどうしても行きたかったので徒歩で向かう(神社まで6kmです)↓1〜2km歩いた時に「このまま歩きで行っては行けないやつや」と感じる(笑)(車は数台しか通らず、挨拶したのはドライブ中の休憩で車に降りてた人のみ)↓「次に来た車に助けてもらおう」と普段しないヒッチハイクを行う↓1台目で停まったくれた人がさっき挨拶した親子で乗せてもらう(挨拶した時に「この人、これからどこ行くんやろ?」と心配してたらしい)↓その後、親子と一緒に神社参拝し、カフェに誘われて夜に蛍を見に行き、駅で解散するこの日たまたま夏至で一番日が長い時。後で気づいたんですが、街灯が全く無い場所だったので遭難する可能性があるから拾ってくれたらしい。この日は本当に助かりました。調べなさすぎてやばかったけど、おかげで素敵な出会いに恵まれました。次はちゃんと交通手段を調べようと思います。最後にその日一番気に入った写真を貼っておきます。・カードリーディングの動画を撮ってみる室生龍穴神社に行った日から、自分なりに考えた事があります。「やってみたい事はとりあえず始めてみよう」色々と思う事があって、自分にとって一番の才能って“何でも出来る事”だと思いました。それって実は自分にとってはコンプレックスでもあって、「何も突出してない」とも取れます。僕はとても飽き性だと思います。その分、好奇心は強いです。それならもういっその事、やりたい事を片っ端からやって見たらいいんじゃ無いかな?そう思った矢先にカードリーディングの動画を見つけます。その方は全く存じませんが、ふとこう感じました。「これ、俺でもできるんじゃね?」なんでそう思ったかはわからないんですが(笑)とりあえず昔買った「観音力カード」を引っ張り出してしてみることにしました。PCのインカメラで撮影してるので少し色合いが変わります。やってみたくなったので定期的に配信してみようと思います。ちなみにこれ見た上で「カードリーディング受けてみたい!」という方、よかったらご連絡ください♪対人相手にもしてみたいです。直接僕にメッセージくれれば対応します。また定期的にアメブロも更新していけたらと思います。よろしくお願いします。
ここ最近、ほとんどこっちのブログあげてないけど(笑)このチャリティーの一連の流れを見て、純粋に「楽しそう」と思った。お金の使い方がとても軽やかな感じがして、すごい印象に残った。もし自分も同じようにこうして寄付を出来たら、めっちゃ楽しそう。そして楽しそうだからやってみたい。そんな事を感じたブログ。
久々すぎてすみません(笑)ずっとnoteの執筆活動の方に精が出てました。今、このブログが自分の中で大きな意味を持つような気がしてリブログしました。なんか気になるからシェアしときます
ここ数年で「龍」というワードが話題になっています。龍に限らず何でもそうですが、この手の話になると絶対に出てくる話があります。「本当にいるの?いないの?」今日は僕の考えを書いて行こうと思います。結論から先に言うと「いると思う」です。ただ闇雲に盲信している訳でなく、自分の中で考え抜いた結果とこれまでの色々な出来事からそう思うようになりました。でも「いや絶対にいるんです!」と言えないのは実物を見た事がないからです(笑)神社やお寺さんに入って「あっ、いい雰囲気」とか感覚は感じた事があります。見た目というより、“雰囲気”と言えばいいのかな?活気がある有名な寺社仏閣はもちろん、小さい社でも地域民でちゃんと手入れされてる所とかいい雰囲気がします。ただそれが神様なのか仏様なのか、はたまた精霊や天使のおかげなのかわかりません。なんせ“見た事がない”からわからないです(笑)「そこは感じるんですよ!」と言われても「いや直接見たいもん」と思ってしまいませんか?(笑)もっと言うと「神様、ぜひ見える形でお願いします」とお願いしたいです。そんな感性を持ち合わせてるユウマですが(笑)なぜ「いると思う」と感じるのはそういう人が古くから存在するからです。ここからは個人の勝手な解釈です。詳しく年数は知りませんが、神様や龍や精霊、天使などって古くから今まで残っていますよね?中にはも数百年〜数千年単位で継承されている物もあります。時代によって姿・形が変わるにしろ、これまで存在が続いている物ってほとんどありません。本当に存在しないなら「すでに消えている」存在はもちろん、“それを指す言葉”すら絶対に消えていますもっと言えば、意識の中からも消える全ての人がその存在を認知しない状態になりますそう思うと目に見えない存在は“存在する”と思えるんです。だって自分達のご先祖さんの時代からこれまで受け継がれているものですよ?僕の場合は「目で見てないけど、いると確信している」このご時世でも“見える人は存在している”。そして、そういう人が結構いらっしゃる。そう思うと「いないとは言い切れない」です。ちなみに“いない事”を証明をする方が難しいです。いない根拠がないからです(笑)スピリチュアルは感覚にウエイトを置いている物が多い印象があるので、昔ほどではないですが、そこで毛嫌いされる人も多いと思います。ただ「視えない=存在しない」と考えるのは少し違うように感じます。超現実主義の人は僕のブログを拝見していないと思いますが(笑)「見えない存在はいる」と思って、生活している方が楽しいと思います。あわよくばその姿を見れたら、「楽しそう」だと思ってます(笑)そういうのが視える人と時間を過ごしてみたいです。もしかしたら俺も視えるかも(笑)結論を先に書きましたが「いると思います」“そういう存在が居てもおかしくない”と思う事がスピリチュアルを楽しむコツなのかもしれません。神様、ぜひ見える形でお願いします!いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介noteで“その人のあった心地よい、幸せな生き方”とテーマに執筆していますこちらからどうぞ━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらです色んな人の幸せの生き方を知りたいです!あなたが思う“心地よい、幸せの生き方”を教えてください! (LINE@アカウント)
お久しぶりです。大丈夫です、忘れていません(笑)またいつものようにブログを投稿していこうと思います。そういえばここ2〜3年間の出来事で、全て道筋が立ったように気付いた事があります。当時はわからなかったけど、今この瞬間になって気付いた事です。この期間、『ある事で共通する3人』が僕の前に現れていました。<1人目>3年前、地域の有力者のおっちゃん。風船の仕事を始めた頃、全く関係ないのに僕の仕事のことについて、文句を言われた事があります。そのおっちゃんの知り合いに依頼された仕事がありましたが、「お力になれない」とお断りを入れた事が癇に障ったらしい。一言で言うと「天狗になるな」と言われました(笑)流石に関係ない人に言われる筋合いはないのですが、とりあえず話も適当に終わらせます。<2人目>2年前、元々知り合いだったうさぎさん(婚約者)の元職場のオーナー。うさぎさんが体調にすぐれなくて、結構仕事を休みがちになっていました。一応職場のスタッフには理解してもらっていて、多少無理を言ってシフトを調整してもらったりしました。どんな理由であれ仕事に穴を開けていたのは事実ですが、正直オーナーはその仕事には全く関わっていません。ただ最終決定権はオーナーが持っていたのでスタッフは色々と手を焼いてて、またスタッフもオーナーの無茶振りを容認している状態でした。他にも色々な要因があるんですが、オーナーがうさぎさんの事を気に食わなかったみたいです。正直この話、オーナーがうさぎさんに直接「退職してほしい」と言えばすぐに済む問題でした。そんなん5秒で済みます(笑)ただオーナー自身が周りに嫌な印象を与えたくないが為に、わざわざ僕を呼び、しかもうさぎさんと僕の共通の友達夫婦(俺の風船の師匠です。友達も巻き込まれた側やけど、僕が頭に血が昇ってしまい、言い合いになりました(笑))を呼び、僕からうさぎさんに「自分から退職する旨をこっちに伝えさせる」ように仕向けられます。正直、今では笑い話ですがいい気がしません。「辞めさせたいならあんたが直接言え」伝えたい事は全部伝えた上で「あんな所、もう辞めろ」と言い、うさぎさんが直接言って辞める事になりました。あれから何度か会った気がしますが、思いっきり無視しました。だって話したくないもん(笑)元々知り合いだったので非常に残念ですが、「めんどいからもういいや」って思ってます。<3人目>去年、元職場の社長。僕の過去のブログを見た事がある人はご存知かと思いますが、去年の2月まで務めていた職場の社長と業務中の事故が原因でいざこざがあり、去年の9月まで引きずってた事があります。最初からなんか上手いこと噛み合わないと気付いてたけど、頑張って合わせていました。ただ事故が原因で一気に険悪になり、関係は最悪になります。これに関しては過去に色々書いたので辞めておきます(笑)この3人に共通する事僕に対して「非常に怯えてる」ように見えたんです1人目の印象は「これまでのこの界隈での常識が通用しない事」への怯え。正直、僕はよそ者なので全員知らない人です。当たり前と言えば当たり前です。一応周りには「この人はこういう人」と聞きますが、全く気にしません(笑)2人目の印象は「自分で意見をいう事」への怯え。面と向かって話したのが2回目。僕が目を見てはっきり意見を言うタイプなので完全に怯えていました。まぁ、僕も言い合いとか好きじゃないので出来ればしたくないです。話しながら「なんで10歳も離れた若造に怯えてんのやろ?」と半分呆れていました。本当に自分が傷つくのが怖いんやなと実感しました。3人目の印象は「言う事を聞かず、反発されてた事」への怯え。仕事なので色々と素直に話を聞いてました。ただ事故に関して、あまりにも不透明な事が多くて、納得いかない事に関しては言う事を一切聞かない事にしていました。労災の件で確認を取ると「組織に属してるんやからこっちの言うこと聞け。それが嫌なら今すぐ辞めろ」とも言われたこともあります。精神的に追い込まれてましたが「いや辞めるのはええんやけど、まだ治療費返ってきてないねん」と思って続けていました。粘ってやっと提出書類が届き、すぐ治療費を返してもらい、その後すぐ辞めました。これまでの事が通用しない恐怖自分の意見を言う恐怖思い通りにならない恐怖これ全て「僕の本来の長所」なんですこれまでの事が通用しない→常にフラットに物事を見れる自分の意見を言う→傷つく事を恐れずちゃんと言う思い通りにならない→自分の意思を持ち、縛られないこれまで気づかなかったけど、自分の本来の性格を思い出しました。本当にしんどい事もあったけど、それに気付かせる為にこの出来事があった。今日、とても腑に落ちたんです。「あぁ、これをちゃんと気付く為にこの出来事があったのか」と感心しました。長い助走期間やった(笑)ただそれでいてわかったんです。俺は自由に生きる方がいい知らない間にこの事を忘れていました。これに気付いてしまうと、もう後には引けなくなってしまいました(笑)このまま進む事にします。いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介noteで“その人のあった心地よい、幸せな生き方”とテーマに執筆していますこちらからどうぞ━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらです色んな人の幸せの生き方を知りたいです!あなたが思う“心地よい、幸せの生き方”を教えてください! (LINE@アカウント)
先日、2月1日に久々に実家にいる育ての父親に会いに行きました。実に4年ぶりの再会です。僕の心の中の変化もあり、今回再会する事が出来ました。その時の話をブログで書き直そうかとも思いましたが、その時の気持ちをそのまま綴った投稿がnoteにあるので、今回はそちらをご覧ください。<大嫌いだった育ての父親に心を開いた話>こちらからどうぞこれまで会わなかったのは「自分の心の問題」でした。ただ上手い事タイミングが重なり、流れに乗るように今来ました。月日で言えば出会ってから約20年。僕の中にあったつっかえは本当に文字通り、消えてなくなりました。こんなあっけなく、今までの事が無かったかのように自分でも不思議でなりません。ここまで心がスッキリするとは思わなかったです。また父親との会話で一番印象に残っている言葉があります。「お前は昔から“素直”やし、それがユウマの強さでもあるし、それを今まで保って生きてきたのはお前が凄いからや。そのまま行け」これが本当に嬉しかった。また今日気付いたのですが、“素直に感情が表に出る”ようになっていました。友達が事務所の改装をしていて、差し入れを兼ねて遊びに行きました。作業するのにスカイマスター(高所作業車です)を借りてて、思わず「乗りたい!」と声かけます。少し操作させてもらったんですが「おぉ!めっちゃ楽しい!」と声出して笑ってました。その時に「あっ、いまめっちゃ喜びを表に出してる(笑)」と自分の変化に驚いた。自分でもびっくりしました。日常は変わってないのに、確実に自分の中の気持ちが変わっている。なんか自分の中で今いい感じなんです。そして僕は“素直に生きる方がいいらしい”です。「そうらしい」と思うのは、これまでの自分の感覚と違うから。理屈っぽく頭の中でわざわざ考えようとしているのもわかるんです。でもそんな事しなくても何となくわかっている。“素直に生きる”のが僕にとっての正解これからはそれを表に出して生きていこうと思います。もう既に迷いすらありません。どうなるかもわからないけど、自分を表現していきます。いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介noteで“その人のあった心地よい、幸せな生き方”とテーマに執筆していますこちらからどうぞ━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらです色んな人の幸せの生き方を知りたいです!あなたが思う“心地よい、幸せの生き方”を教えてください! (LINE@アカウント)
<再追記 2018/2/4>先日2月1日に育ての父親と久しぶりに再会。長年の溝を取り除く事が出来ました。婚約者との入籍も報告し、これから更に交流を深めます。内容も徐々に改変していこうと思います。<追記 2017/12/03>2017年1月に執筆した内容ですので加筆しています。大まかな内容は変化していませんが(※)は今の心境を書いています。合わせてご覧ください。━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─閲覧いただきありがとうございます。初めましての意味を込めて自己紹介します。僕の今までの人生を振り返りつつ、書いていこうと思います。お時間あれば是非読んでください。また内容的に読むのがしんどくなる箇所もあるかと思いますがこれが僕の人生です。無理に読まなくていいです。「自分を知ってもらう」が一番かと思い、今執筆しています。気になる箇所だけ読んだもらっても大丈夫です。目次<生まれてから幼稚園まで><小学校の頃><中学生><高校生><大学><卒業後><引っ越し後><現在>よければ最後まで読んでみてください。<生まれてから幼稚園まで>生まれ育ちは関西です。多分文章見たらなんとなく関西人感が出てるからわかるかと思います。一番古い記憶は3歳の頃で、一度手術しています。神社の灯篭から飛び降りて、その拍子に舌を噛んでしまい歯が貫通。出血多量で病院に運ばれ3針縫う怪我をした所から記憶が始まります。退院後におばあちゃんが気を利かせておかゆを作ってくれたんですが、傷にしみて死ぬほど熱かったからよく覚えています(笑)僕は一人っ子で親と3人で暮らしていましたが、小学校に上がる時に両親は離婚します。それからは母親に引き取られてしばらく2人で暮らし始めます。といっても父親とは別れてから2年ぐらいは前の家から2~3キロ離れた場所だったので会いに行ける距離でした。<小学校の頃>2人暮らしの時はけっこう貧乏でした。母親は苦労したと思います。日夜仕事に出かけていました。またこの時の僕はストレスや甘えたい気持ちもあり、よく具合が悪くなって寝込んでいました。小児喘息も持っていたので相まって大変でした。そうやって過ごしていると2年生の時から父親代わりになる人と同棲が始まります。代わりと言ったのは戸籍上の父親ではないからです。母親とは内縁関係になるのだと思います。僕はこの人がねちっこくて生理的に無理でした。(とまぁ、家庭環境なりのストレスのぶつけどころがこの人になったのかもと今になっては思います)昔の話をわざわざ出して来て一言で終わる様な事を20~30分かけて怒る様な人間でした。(※ 今は全く連絡を取っていません。前より心境が変わって「今までありがとう」と思っています。なんかの拍子に会う事が出来たら伝えようと考えています)その人と住み始めて、仕事の関係で引っ越しします。隣県なので父親とも会っていました。だけど家庭環境に関しては友達にも話す事が出来ず一人で抱え、また家で育ての親といるとイライラする毎日を過ごします。小学生は「どの様に心に折り合いをつければいいか」を自問自答する日々でした。僕が人の心に関して興味を持ったきっかけです。小学校6年生になり、父親が再婚し子どもが出来たことを知ります。再婚相手とは何度も会っています。その時に僕は「このままこの家に来ていいのだろうか?」と考えます。このまま子どもが生まれても通い続けるとこの家庭を壊していますのではないか?僕がいることで壊れてしまうのではないか?そう考えた結果、自ら父親とは連絡を絶つことにしました。その後8年間、ほぼ疎遠でした。(※ その後、20歳の時に再会して今もたまに会います。2017年は仕事を共にして、互いのわだかまりが無くなってきています)<中学生>中学に入り、家庭環境では継続してイライラ、ニキビがひどくなって人と話せなくなり、自分に全く自信がなくなります。母親からは「勉強を頑張れ」と言われ、自信がない自分を埋める様にずっと勉強していました。また中1の時におじいちゃんが他界して生まれて初めて「人の死」を感じます。中学の時は正直、いい思い出はありません。中2の終わりまで文字通りガリ勉でしたが、ふと我に返ります。「何の為に勉強しているんやろ?」自分のためではなく、「母親に認めてもらうため」に勉強していた事に気付きます。それから勉強するのが嫌になり、昔から好きだったゲームに没頭します。それもあって高校受験でも失敗し、進学校に行けず公立高校に入ります。<高校生>高校受験に失敗した僕は内心ホッとしました。この前後から「自分を変えたい」と思う様になります。とりあえず自分を磨こう。最初は見た目なり目に見えるところから変えていきました。だけどその変え方は鎧を着る様なイメージでガラッと変わっても内面まで完全に変わることはありませんでした。「変わるのは中身が必要か」だけど小学校から知っている友達なども学校にいて、性格なり考え方を変えようとするのが恥ずかしくてモヤモヤが続きます。また恋愛面でも全く発展することなくガツガツして、プライドだけが高まった人間に育ちます。そうこうしている内に進学か就職するかの二択になり、僕は大学に進学する事になります。<大学>大学は自分にとって大きなターニングポイントになりました。今の自分の性格の基盤になってるのもこの辺りです。まず自分を知っている人が全くいない。地元だけで過ごしていた僕にとってはそれは大きなポイントでした。そこから「なりたい自分になろう」と意識から変えてみようとしました。トライアンドエラーを繰り返し、自分のことが徐々に好きになります。大学ではサイクリング倶楽部に入ります。日本を自転車で旅する部活で自分の視野や感性を刺激されていきます。またプライドもどんどん壊されていって、いい意味で成長させてくれました(笑)この頃から色んな経験や話を聞きながら「自分はどの様な生き方が出来るだろう?」と模索し続けます。でも在学中にその答えが見つからなかった。だけどこのままとりあえずどこかの会社の正社員で働く事は出来ませんでした。「とりあえずやってみたい事しよう」と考え、大学卒業後にバックパッカーをしたいと思い、定職にはつかずフリーターになります。<卒業後>卒業後の2年間はバックパッカーで海外旅をしたり、その都度でしたい事をしてみたりしましたが、刹那的な自分に何となく焦りを感じて来ます。地元に戻り、フリーターで仕事を続けるもうまいこといかず、自分でももどかしくなって来ます。このままでいいのか?悩んでてもうまいこといきません。そんな時に久々に友達のbarに飲みに行き、いい出会いがありました。その人を通して、現在の土地への引っ越しを決意します。場所を変えて自分を変えたい!その出会いから約3ヶ月後、今の場所に引っ越しをしました。<引っ越し後>古民家を借りて、一人暮らしを始めます。その道中は色んな人に助けてもらいながら、今引っ越し先で生きています。今は引っ越ししてから丸3年経っています。この2年半ぐらいは目まぐるしい変化があって、精神面でも変化がありました。要所要所でブログでも書いていこうと思います。人に頼ることが出来たのが一番の成果かもしれません。<現在>また現在もフリーターを続けていますが、自分でも仕事をしています。ここ最近「自分を発信したい」と考え、ブログを書いています。自分の気持ちの整理も兼ねて書いているのもあります。ブログを通して僕に共感してくれる人と交流したい。また僕の考えや出来事が誰かのきっかけになると感じたのでこうやって書いています。僕の人生はそんなに長いわけではないですが、これを届けることで誰かのきっかけになると思い、こうして書いています。また長い年月がかかりましたが自分なりに模索し、こうやって生きてきました。人がどう言おうが別にどの様に生きてもいいと僕は思います。死ぬ瞬間に「生きててよかった」と言える人生にしたいからです。これを見ているあなたがブログを見て好きになってくれると嬉しいです。そして何か変わるきっかけになれば嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓勢いでLINE@アカウント作りました(笑)→ 作ったきっかけはこちらあなたの胸の内、聞かせてください。 (LINE@アカウント)
僕にとって小学校の頃から心の中にあった父親への気持ち。昨日、やっと和解しました。とてもあっさりと思えるほどあっけなく解決しました。父親のせいでも何でもない。ただ『僕が心をちゃんと開かなかっただけ』自己紹介のブログにも書いていますが、僕には父親が二人います。心底憎んでた育ての父親とちゃんと対面することで心の中のつっかえが綺麗に無くなりました。誰のせいでもない、自分の心次第。過去の自分が消えたというより、過去の自分が『癒された』という感じです。これで俺はより高く飛べる。なんか鳳凰が頭に浮かんだので飛べるはず。またちゃんとブログにまとめるつもりですが、このタイミングで見たこのブログはみんなに見てもらいたい。
ここ最近、Twitterにハマっています(笑)先日いつも見ているブログである言葉を見つけました。【ヒュッゲ】聞いた事ありますか?2016年から世界各国でブームを巻き起こしているデンマーク人の生き方・過ごし方です。元々、この言葉を知ったのは去年です。本屋でこの言葉に関する本が何冊が出ていたのを見かけたのがきっかけです。ただその時は「今の流行りかな?」ぐらいの印象でそこまで気に留めてなかった。ただ言葉自体ががなんとなく印象深くて単語だけ覚えていました。それからだいぶ時が経ちましたが、先日この言葉を見て、記憶が蘇ってきました。そのブログ経由でヒュッゲが幸せな生き方に関する事だと知り、気になって関連本を読むに至ります。【ヒュッゲ】とはデンマーク人に根付いている幸せな生き方の概念明確な事柄を指さず、その場の“空気感”などを指す言葉です。「心地よさ」「快適さ」「一体感」を重視した暮らし・生き方です。概念と言った理由は“その人にとって心地いい”が付随するからです。あくまでこういう事がヒュッゲ的(実際そういう言い回しがあるらしいです)著書を読んでいても「参考程度にしてほしい」というニュアンスが伝わります。ヒュッゲには「これをこうしなさい!」という強要がないんです。【幸せ】は人にとって違います。だからこそ“その人にとって”の幸せな生き方を見出すのが重要。その自分にとって幸せに過ごす概念がとても感動しました。色んな幸せの感じ方を見てきて、これほど自分の中でヒットした概念はありません。僕はこの言葉をこのように定着したいと思いました。“その人にとって心地いい、幸せな生き方”これからこの言葉が来ると勝手に思ってます(笑)なのでそれを見出して行きます。今回読んでる本はこちら↓ ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方 (単行本) Amazon Kindle版はこちら ヒュッゲ 365日「シンプルな幸せ」のつくり方 Amazon 近くの本屋でおいてあったのがこれを含めて3冊。その中でデンマーク人の著者が書かれたこの本が、写真込みで現地の概念を理解するのにわかりやすいと感じたので購入しました。いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらですnoteやってますこちらからどうぞあなたの胸の内、聞かせてください。相談、話し相手何でもお受けします! (LINE@アカウント)
前回の続きです「鎌倉ものがたり」を観て、思う事 〜その1〜この記事では昨日観た映画「鎌倉ものがたり」について書いています。ネタバレも多少あります、ご了承ください。・黄泉の世界の表現が美しいこの映画で後半、正和(主人公)は黄泉の世界に行きます。他の人はどんなイメージなのかわかりませんが、僕にとっては黄泉の国は「暗いイメージ」がありました。何もないような殺風景な印象、どんよりとした空気感。この映画ではそれを見事に払拭してくれました。深夜黄泉行きの江ノ電に乗り、時空を超えて旅立ちます。霧を抜けた先には太陽が煌めく雄大な景色が広がります。川というには大きすぎる海原に近い三途の川。その上空にある線路を走って死んだ人たちが住む黄泉に向かいます。死んだ霊が暮らす木造建築の建屋。どこかで見た事あるような懐かしい世界でもどこにも存在しない世界あとで調べてみるとアジアのイメージを求めていて、特に中国の武陵源・鳳凰古城が今回のイメージに大きな影響を与えているらしいです。見事にそのイメージを再現されていて、とても感動しました。「この黄泉の世界は“その人がイメージする”ように見えている」「だからこの黄泉の世界は“正和さんが思う”黄泉なんです」黄泉での死神との会話。ちなみに死神は優しくてかなりフランクな人です(笑)「みんな黄泉を勘違いしてるんです。“次の転生”までの休憩所なんです」この表現がなんか素敵だなって思いました。誤解を招くかもしれませんが「この黄泉なら行ってもいいな」と思いました(笑)まだ行きませんよ(笑)そんなに悪い場所ではないかもしれない。死後の世界、ひいては見えない世界はそんなに怖い世界ではない。そんな気持ちにさせてくれました。・夫婦愛を感じた映画この映画は鎌倉を舞台にした「夫婦愛」がテーマです。前世から何世代に渡って、ずっと正和と亜紀子は一緒になります。劇中に伏線として散りばめられています。映画を観てもらいたいので、その理由はあえて触れません。色々と大変な目にあい本当に離れ離れになりもう一度、共に過ごすこうして現代で出会い、一緒に過ごせるのはとても幸せな事ではないかと感情移入して観ていました。うさぎさん(婚約者)との出会い、もしかしたら前世からの出会いなのかな?そんな空想を拡げたりしたら、なんか幸せやなって感じます。うさぎさんは自分で「人間初めてかも」と言っています。僕はなんか人間やった事をある気がすると思っています。実際はどうかわかりませんが、今この生活を大切にしようと思いました。<↑感想はここまで↑>どんな理由であれ、今こうしてこの時代で生きることになりました。僕は「生まれたのは何か理由がある」と思っている人間です。それが果たして人目に触れる事なのか、はたまた自身で完結する事なのか?実際はよくわかりません。でも今年に入り、自分にとって人生を歩もうと思える人と一緒に生活していく事になりました。実際にこの先どうなるのか?はたまた自分たちの生活は大丈夫なのか?どんな仕事をしていこう?全く決まっていないんですが進む事だけ決めました(笑)それでも僕の周りの人たちは歓迎してくれたし、これからどんどん考えていけばいい。たまには映画もいいなと感じました。内容によりますが、レイトショーのガラガラ具合がゆっくりできるのでオススメだったりします(笑)また気になったやつがあったら観にいこうと思います。いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらですnoteやってますこちらからどうぞあなたの胸の内、聞かせてください。相談、話し相手何でもお受けします! (LINE@アカウント)
冒頭は「映画に行くまでの流れ」です。後半より映画の感想があります。<↓以下感想↓>より映画に触れていますのでご覧ください。去年からずっと気になっていた場所があります。「鎌倉」年の瀬に関東のうさぎさん(婚約者)の実家にお邪魔した時、どうしても行きたかったので観光して来ました。ちゃんとした理由がないのですが、「鎌倉」がどうしても気になって仕方ない。関西に帰って来てから友達と話している時に鎌倉観光の話をした時の事。友:「鎌倉行ってみたいねん。今映画やってるやん、あれ」(俺です(笑)これで統一します):「映画?どんなやつですか?(テレビありません。友達は年上の人です)」友:「えっ?『鎌倉ものがたり』やん」どうやら『鎌倉を舞台にした映画』がやってるらしい。この時初めて知りました(笑):「それどんな映画なんですか?」友:「妖怪とか魔物が日常生活に溶け込んでる鎌倉を舞台にした話。あっ、あと漫画が原作で、主人公が作家夫妻で新婚やねん」:「へぇ〜、設定が面白そう♪ほんでどんな話なんですか?」友:「えぇ〜と・・・・・・鎌倉を舞台にした話(笑)」どうやら全く知らないらしい(笑)ただ気になったので昨日観にいくことにしました。(レイトショーだったのでほぼ貸切(笑))ちなみに映画館に来たのは2〜3年ぶりです。ただ今回、友達の限られた情報のみで観に行きました。なんか久々に映画館で観ると思った時、小学校の頃を思います。昔ってネットもなかったので情報は限られていました。今は調べれば、なんでも手に入る時代です。ただなんか味気ないそう思うと小さい頃は映画一つ観るだけでも「どんな映画だろ?」とワクワクした事を思い出します。一応世界観とかの前情報があったのでそのまま行くことにしました(笑)いつもと違うワクワクが胸の中にありました。ちなみに行く道中の信号待ち前に停まった車のナンバーが【湘南】僕は兵庫県に住んでいるので、湘南ナンバーを観るのはほぼ皆無です(笑)しかも夜でそこまで車通りが無かったので、これには驚きを隠せなかったです。これは何かに導かれているとしか思えなかった(笑)「鎌倉ものがたり」の詳しい情報は公式HPにお任せします公式HPはこちら(外部サイトに飛びます)・簡単な解説歴史の教科書にも載っている有名観光地・鎌倉。実は魔界と黄泉の国の出入り口となっていて、人・幽霊・神仏・魔物たちが共存して暮らしている不思議な国。年代をあえて決めず、80年代の日本を彷彿とさせる世界観。その鎌倉を舞台にした、鎌倉在住のミステリー作家と東京から嫁いで来たお嫁さんの夫婦愛の物語。<↓以下感想です↓>大体、友達が言っていた世界観が合っていて良かったです(笑)この映画、とても色んなことを考えさせられました。この鎌倉では幽霊も神様も魔物も当たり前のように住んでいて、生活に溶け込んでいます。僕は人間なので人間の世界に溶け込んでいるように思うけど、人間もこの世界を構築する一つのピースにすぎない。あくまで“自然の一部”のように思います。・貧乏神が家に住む途中主人公の家に貧乏神が住み着くシーンがあり、そこも印象的です。普通、貧乏神って嫌なイメージじゃないですか?むしろ早く外に出て欲しいじゃないですか?だから最初、主人公の正和は追い出そうとします。ただ貧乏神も神様の1柱でとても強力な力を持ち、その力をほとんどセーブして、ほんの些細な不幸をふりまく存在。家に住み着くことになります。妻の亜紀子はとてもお人好しで優しい性格の持ち主です。「どうせうちはすでに貧乏だから、これ以上貧乏にならない」「それに貧乏でも先生(正和のことです)といれれば幸せです」そういって屋根裏にいる貧乏神を呼んで一緒に食卓を囲みます。貧乏神は最初戸惑いながら白米を一口食べて、動きが止まりました。「貧乏神になって804年。こんなに優しくしてもらったのは生まれて初めてだ」そう言って号泣するんです。なんかこの時にたとえ嫌われる神様でも感情は存在すると思ったんです。それからしばらく住んで、亜紀子にいつも背負っている袋に何があるか聞かれます。中身を色々と見せ、その中のお茶碗を亜紀子が褒めます。すると貧乏神が「あんたにあげたい。もらってくれ」と言いますが、亜紀子は大事な物だと思うから貰うのは申し訳ないと止めます。そこで以前、食卓の囲んだ時に貧乏神が気になっていた100均のお茶碗を持って来て交換する事にしました。その時、次に憑く人の候補の書物が神の国から届きます(派遣システムらしい(笑))そこでのサラッと言った一言がすごい印象的なんです。「次はこいつを“懲らしめに”行く」正和に憑く前は資産家の家に居て、あくどいやり方でお金を稼いでいた人物です。劇中では殺害されていて、そこで心霊捜査も兼任している正和が現場に赴き、「先生」と呼ばれているのでお金持ちだと勘違いして貧乏神が取り憑きます。この劇中の貧乏神って【道を踏み間違えないように気づかせる】神様なのかと思ったんです。自身の力をセーブして正しい方向に進むよう、「小さな不幸」を起こして自分の進む道を改める。とても優しい神様のように感じました。劇中でも「目に見えるぐらい貧乏になる」というより「些細な不幸が重なる」ように表現しています。たとえ不幸なことがあっても、それって実は“自分の為に”起こっている事かもしれない。それから【何かを気付きなさい】ってメッセージのように感じます。「こんな居心地のいい場所、ワシには毒じゃ」「あんたに幸があることを願っているよ」そう言って次の人の場所へ飛び立ちます。だいぶ長くなってしまったので、流石に分けようかと思います(笑)<続きはこちらです↓>「鎌倉ものがたり」を観て、思う事 〜その2〜いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらですnoteやってますこちらからどうぞあなたの胸の内、聞かせてください。相談、話し相手何でもお受けします! (LINE@アカウント)
Twitterもしてるんですが、昨日そのアカウントで「note始めました」とリンクを貼って投稿しました。風船屋の活動の報告も兼ねた個人アカウントです。ちなみにこれです↓Twitterアカウント(外部リンクに飛びます)これも本名ですがもう気にしてません(笑)ブログの名前が「ノアのはこ」なのでアメブロ内ではこのままノアで行こうと思います。特に理由はないんですが「ノアのはこ」って名前がしっくりきてます。風船の相方が引用リツイートしてくれて、その時の言葉がとても印象に残りました。「身近にいる数少ない自由人の一人」僕のこれまで人生、色んな人に言われる言葉で「自由」が圧倒的に多いです(笑)しかもこれ、僕が自然と「これしよう」と行動をした時によく言われます。まぁ、脈絡も無くいきなり決めてから言うのでそれもあるかもしれません(笑)“やってみたいからやってみる”これってとてもハードルが高い事なのかもしれない「ホンマにやりたくないことやらない、やりたいことやってる自由人って以外と少ない」自由っぽい人は結構いるけど、自由人ってあんまりいない。言われて気付きましたが、そういう意味で僕は自由なのかもしれません。そんな自分でも実際にTwitterでnoteの事を書くのは結構勇気が入りました。一応風船屋のアカウントで使っているので「いきなりどうした!?」とはなると思った。ただ皮肉でもなんでもないんですが、みんなそんな真剣に見てないんですよね(笑)「昨日の誰それのツイート見た?」って聞かれても絶対にわからない自信があります。「おっ、次それするの!楽しみ♪」みたいに結構歓迎されてる気がします。誰かが何かに新しくチャレンジする事は見ている誰かをワクワクさせる僕は多分「何かする(しでかす)」と思われている。この方が性に合っています。(ちなみにチャレンジと書いてますが、全く気負いしていません(笑)これまでと同様、書きたい事を書いていくだけなので(笑))遡ると学生の頃から「自由」だと言われます。まだ「自由」ならいいのですが、【変な人・変わり者】とも言われてきました。結構な人に言われてたので、一周回って褒め言葉として受け取ってました(笑)この自由な性格は何年経っても自分の中から消える事はなかったです。ただなんやかんやこれまで仲良くしている人たちはそんな自分も受け入れてくれてます。人間ってやっぱ自分を受け入れてくれてないと辛い。対人運は本当に恵まれています。それもあってここまできています。変と言われてても大丈夫ここにも一人、変な人はいます(笑)近くに認めてくれる人がいればもちろんですが、そこにいなければ外に作ればいい。一旦どこかで作って、そこからどんどん輪を広げれていけばいい。noteの方もアメブロ同様にじわじわ書いていこうと思います。下にリンク載せていますのでよかったら覗いてください!いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらですnoteやってますこちらからどうぞあなたの胸の内、聞かせてください。相談、話し相手何でもお受けします! (LINE@アカウント)
今年からnoteというサイトでも記事を書いています。基本的に書く内容は一緒なのですが、少し内容を変えてnoteでも有料マガジンを作って掲載していこうと思っています。ここも表現の一つとしてこれからも書いて行きます。noteの方もぜひよろしくお願いします!こちらからどうぞその中で気になった記事で、自分とリンクする内容があったので掲載します。台湾在住のフリーライター・Web編集者の岸本洋子さん「台湾人とご飯の関係」「台湾人にとって食事は重要な位置にあり、家庭環境に深く根付いている」と岸本さんは推測します。文中の「食を通して、無意識的に人との繋がりを大事にしている」と書いていて、自分でもそれを実感した出来事があります。今住んでる場所に越してきてもう3年以上が経ちます。それまで一人暮らしをしている期間が多く、高校生の頃から一人でご飯を食べる時間がとても多い人生でした。昼ご飯はまだ友達と食べていましたが、基本的に“一人で食べる”のが好きな人間でした。特に晩御飯に関して、大学生になってからはほぼ一人で食べていました。今思うと食事に関してそこまで重要視してなかったのもあります。ただ空腹を満たすだけ。特に家にいる事がストレスだったので【食事=ストレスのはけ口】でもありました。当時の食事量は今の3倍はあったと思います今その量食べろと言われると絶対に吐く自信があります(笑)それもあって食事に関していい印象がなかった。うさぎさん(婚約者)と住み始めた当初も「一人で食べる方が良い」と口を滑らせていた頃もあります。今思うと寂しい思いをさせたと反省してます。誰かと一緒に住み、誰かと一緒に同じ時間にご飯を食べる。ほんの少し前に1日中、一緒にご飯を食べれなかった日があったんです。「あぁ、一人で食べるの寂しい」薄々気付いていたのですが、“誰かとの食事”に抵抗がない事にはっきりしました。特にうさぎさんとの食事が楽しいです。一人でご飯を食べようとすると作る物も適当になる。あといつも二人分作るから一人分が難しい(笑)それがたとえ美味しくても共有できないからなんかつまんない。この前、久々に友達を呼んで鍋をしたんですがめっちゃ楽しかったんです。誰かのためになんかを作るってワクワクします。アメリカ人がなんでホームパーティーするのか今やっとわかる気がします(笑)食卓を囲む事がすでに「コミュニケーション」ご飯を一緒に食べるとより仲良くなる。もちろん楽しい内容に尽きます(笑)少しぐらいの愚痴は聞くけどずっとは嫌です(笑)なんか巷では「オンライン飲み会」というのが流行っているみたいです。都内に住んでいる義弟から最初聞いた時に「いや直接会えよ(笑)」と内心思いました。【場所や終電を合わせて気を張って飲めないから、家のPCを使ってオンライン上で予定合わせて飲む】今なら一種のコミュニケーションだと実感できます。実際に遠方にいる人と一緒に飲みたいとなったらこの手段が一番だと思います。実はちょっとやってみたいです(笑)これ見ている人で予定合う方いませんか?後日でも、お酒無くてもいいので誰かいたらやりませんか?いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらですnoteやってますこちらからどうぞあなたの胸の内、聞かせてください。相談、話し相手何でもお受けします! (LINE@アカウント)
今日は思わず笑ってしまった出来事がありました。この前、お世話になった大家さん伝いに紹介してもらった水道屋さんのやり取りです。【こういう人っていいよな】と思った出来事です。年始に関東から家に帰ってきたら、土間がなんか湿気があり水臭い事がありました。(軽く触れておくと今住んでいる家は知り合い伝いに紹介してもらった古民家です。築年数不詳(笑)昔の作りのままなので土間が存在します)「もしや!?」と思ってメーターを確認したら、やっぱり漏れてた。土間は土の上にコンクリートを流していて、僕の家は土の中に水道管があるので知らない内に水がどんどん漏れていきます。一応借家なので大家さんに相談の上、紹介された水道屋さんに直してもらいました。商売人を体現したような70代のおじいちゃん。現役は引退されているのですが、馴染みの人の依頼は今でも受けているらしい。気の良さそうな面白い職人で性格がとても好みです(笑)直してもらった時に「これ、今使われてない古い鉛管やから、新しいやつに繋ぎ直した方がええわ」と言われ、後日向こうから工事の日程の連絡が来る事になって待っていました。ただ全く連絡がこない(笑)早急に直さないといけない訳ではないから別にいいのですが、せっかちな性分で終わらせる物は早めに終わらせたい僕(笑)流石に1週間全く連絡がなかったので今日こっちから電話したんです。その時の水道屋さんの言葉がおもろすぎて思わず笑いそうになりました。僕「あっ、工事の件ですけどどうです?」水「いやぁすまんね。今週行こうとしたけど“気分が乗らんかってん”」“気分乗らん”って(笑)もうそれ言われたら「それはしゃーないですよね」としか言えん(笑)他にも「病院の検診や検査結果を聞きにいかなあかんねん」と言われ、もう面白すぎて電話自体が楽しくなってしまいました。来週いっぱいお互いの予定が合わなさそうだったので、月末に工事する流れになりました。引退されているとはいえ、仕事で“気分が乗らんかった”と言えるのがすごい(笑)うさぎさんも一部始終を聞いていて「素直な人だね(笑)」との感想。ものすごい【自分を生きてる】感じがしました。「それでもOK」だと思わせる人柄も大事よなと思いました。それに「仕事だから」と自分の身を犠牲にするような事もないのかもしれないと思いました。さすがに万人受けしないのはわかってます(笑)でも非常に共感を持てました。“素直に生きる”って人を笑顔にする今日のやり取りはホンマに楽しかったです。いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらですあなたの胸の内、聞かせてください。相談、話し相手何でもお受けします! (LINE@アカウント)
もうすぐですが、このブログを始めて約1年経ちます。と言いつつ、ほとんど書いてない期間の方が長いです(笑)本格的に書いてみようと手をつけたのは10月18日なので約4ヶ月ほど。自分なりにブログを書き続けて、昔と今で変わった事・気付いた事を書いていこうと思います。1、「とりあえず書く」から「まとまりがある文」を意識し始める最初は本当に思い立ったように書いていました。頭の中をそのまま投影したような文章。本当に脈絡が無い文だったと感じます。(それは今もやろ!というツッコミは胸の内に秘めといてください(笑))ブログって特に決まった形式は存在しません。要は“書きたいように書けばいい”最初はそれでもいいと思い、とりあえず書く事に専念していました。出来れば毎日、書く事がないならリブログでもいいから書いていました。ただ「毎日とにかく書く!」と力むと疲れる事がわかったので、書けない時は無理しない事にしました。12月末〜1月初旬ぐらいです。粗方書いてみてから「伝わるように意識して書いてみよう」と感じ、書く時に“これを伝えたい”を決めてから書くようになりました。本当にじわじわですが改善しています(笑)せっかくブログを見てもらえるなら書いた内容がより伝わる方がいい。2、アクセス数をあまり気にしないようになってきたこうして書いている以上、モチベーションの一つになるのは「アクセス数」です。書いているけど全く読まれていないと感じると気分が萎えてしまいます。やっぱり気になりますよね(笑)いつも見てくれる方、本当にありがとうございます。去年の暮れまでかなり気にしていました。何かの拍子に一気にアクセス数が減った事があって、ちょっと萎えてしまいました(笑)ただこれ「俺にはどうしようもないよな」と思ったのも事実です。アクセス数を操れるわけではないから。今年に入り、アメブロではないですがこんな記事の一文を見て、ハッとした事があります。「アクセスが減って落ち込むのは読み手を“数”でしか見ていない」「伝えたい事があるなら、それを気にせず伝えていく」そもそも自分の中の感情や気付きをシェアしたい、そう思って書いています。愚直にコツコツ積み上げていくしかない。まぁ、今日もアクセス数減ってたんですが(笑)減る事に関して、いちいち落ち込むのもどうかと思ってしまいました。また増えるから大丈夫。減っているから「自分はダメだ」と思う事がダメだと思います。増えてもいいし、減ってもいい。四六時中、みんながアメブロを見ているわけではない。とりあえず続けていこうと感じます。3、頭の中が整理される「文字を書く」って頭の中がとても整理されます。学校とかで授業中にノートを書くのも整理するためです。「自分が一体何を思っていたか?」書きながらそれに気づく事が結構多いです。なので書きたい最終的な目標を決めても、だいぶずれた結果になることもありました(笑)文章に起こすと、頭がクリアになります。自分でも気付かなかった事を知ることもあります。【昨日の記事】もそうなんですが、「羨ましい」と思ったのは意外でした。そういう意味でブログを書くのはオススメです。4、タイピングが早くなるこれは副産物です(笑)基本的にのんびり一人で書く事が多いのですが、うさぎさん(婚約者)の横でブログを書くこともあります。うさぎさんに言われて気付きましたが、同じ文字数でも明らかに早くタイピングする事が出来ている気がします。打ち込みが全く苦ではありません。この記事もなんやかんや1500文字(現段階)ぐらいあるのですが気にならなくなりました。タイピング筋があるなら鍛えられています(笑)5、他のブロガーさんの記事を参考にしてみるなんとなく自分で感覚を掴んできてから、他の人のブログを見ることも多くなりました。やっぱりよく読まれている人のブログって読みやすい。また一見ネガティブな内容でもスッキリするような文章になっていたり、不快にならないように感じるのが印象に残りました。「そういうブログを書きたい」と気をつけています。自分のブログって突き詰めれば「自分“が”読みたいブログ」だと思うんです。だからこそ、どんな内容でもいい。ただどうせ書くなら「方向性」があった方がいいと感じます。<僕の場合>・何かしらの気付き、ブログをシェアする・無理してない等身大の自分を書く記事にする・読んでいて嫌な印象のブログは書かないようにする・僕の投稿が誰かのきっかけになれば嬉しいそうして無理せず、背伸びせす、これからも書いていきます。この4ヶ月でこんな感じの事を感じました。もう少し伝わるように工夫しようと書き終わってからいつも感じます(笑)いつも見てくださる人、そして今日ブログを見てくれた人。今後ともよろしくお願いします!いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらですあなたの胸の内、聞かせてください。相談、話し相手何でもお受けします! (LINE@アカウント)
昨日、一昨日と自分の中で気になってた事がありました。僕に直接関係のない事なんですが、知り合いのFacebookでの投稿。風船をやってる同業者です。まだ10代ですが歴も長いらしく、学生をやりながらバルーンを捻っている子です。一度だけ大会で会ったことがありますが、正直ほとんど話してないのでよく知りません(笑)今回の投稿も全貌がわからないので話もよくわかってません。ただコメントのやり取りを見る限り、他同業者の先輩からアドバイスを貰い、それがきつくて辛いと感じ、怖くなってしまい、風船を辞めると言ってました。この投稿がなんかずっと引っ掛かってました。距離を置く事はアリだと思ってます。たとえ辞めてもこれまで培った技術・知識・繋がりが消える訳では無いし、またやりたくなったらやり始めればいい。本当に辞めてしまって触りたくも無くなったら、それはそれまで。また次の何かをし始めればいいし、辞めた物は別の形で生かされると思うからです。内容見ているとこの子は結構頑固そうなイメージもあって、「自分がこうだと思ったらこう!」というのがビシビシ伝わってきます。普段なら「辞めていいんじゃない?」の一言で終わり、すぐ忘れます。ただ自分の心の中はなんか落ち着かない。そういう事ではないらしい(あくまで僕の心の問題)とまぁ、モヤモヤしながら2日経った今、家でのんびり考えていると問いかけられ、考え方が変わりました。もはや相手が何に悩んでいるかどうでもよくなったしまいました(笑)「なぜそんなに気になると思う?」めっちゃ久々に来たこの人。(俺(笑))「えっ?うーん・・・」色々と言ってみましたが「違う」と言われ(笑)頭の中で浮かんだ事を色々言ってみたら「あっ!」と思うことがありました。「・・・俺と似てる?」「そうだな」すごい俺と似てるんですよね、その子。というより気付いてしまった(笑)昔の俺とそっくり、それ故に・・・・・・「感情を素直に出せて“羨ましい”」“羨ましい”って思ったのは意外でした。半年以上前に初めて会った時、その子をみてものすごい“めんどくさそう”って思ってました。ただ何でかめっちゃ気になってて、今更ながら腑に落ちました。自分に似てるからです(笑)書きながらより気付きました(笑)「そいつはお前だ。だから自分に取り込み、認めろ」「それするの怖い。俺が消えそう」「大丈夫、お前は消えない」取り込み方はあんまわかってないんですが、なんとなくイメージでやってます。【心を“虹色の液体の球体”に見立て、その中にその人をイメージした球体を入れてます】僕は感情を表に出すのが苦手なタイプ。心ではめっちゃ喜んでるんですが、表にあんま出てなかったりするみたい(笑)でも今思えば小さい頃はよく出してました。ただそうしてしまうと親が困っていたりして、いつしか出さないようにしてました。それに義理の父に「男なら泣くな」と言われて育って、悲しみも出さないようにしてきました。残念ながらその子の問題は茅の外になってしまいましたが(笑)自分がいかに感情を抑えて生きてきたか、その子を通してわかってしまいました。“開く”為には一度“閉じない”といけない。皮肉なものでぼちぼち開かないといけないみたいです。ここらで一層、“感情”を開いて行きます。いつも見ていただきありがとうございます!そんな僕はこんな人間です♪ → 自己紹介━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─━─気に入った方はぜひ↓レターポット始めました♪僕宛のレターはこちらからどうぞLINE@アカウント作りました作ったきっかけはこちらですあなたの胸の内、聞かせてください。相談、話し相手何でもお受けします! (LINE@アカウント)