日本会議長崎のブログ

防人の地、長崎から誇りある国づくりを!


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★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2016.08.01)
北朝鮮最新情勢と救出戦略-東京連続集会92報告


今回は、自由北韓放送の金聖●(キム・ソンミン)代表から、最新北朝鮮情勢を聞き、西岡力救う会会長が救出戦略を語りました。家族会から飯塚繁雄代表、横田滋・早紀江前代表夫妻、増元照明さんが参加しました。

通訳=西岡会長。

●=王へんに文、以下同じ。

救う会ホームページに動画掲載中。

西岡力(救う会会長)

みなさんこんばんは。まず金聖?さんが持ってきてくださった映像を見ていただきます。これは2013年の映像で、北朝鮮の警察である人民保安省の格闘術の選手たちが中国に行って模範演技を見せた時のものです。金正恩時代の軍の一側面が見られます(略)。

今日もまた金聖●さんに来てもらいました。北朝鮮の現状を話してほしいと頼みました。金正恩政権が維持されているのは、個人独裁システムがあるからだということです。まずは話を聞きます。またそれをどう利用して拉致解決に結びつけるかという議論をしていきたいと思います。

◆人民を脅し、世界を驚かせてきた北朝鮮

金聖●(自由北朝鮮放送代表)

またお会いできて嬉しいです。めぐみさんのご両親、家族会の飯塚代表、家族のみなさんに今日もいいニュースを持ってくることができなかったことをお詫びしたいと思います。しかし、「希望を失わないでください」という言葉を付け加えたいと思っています。

先ほど西岡先生がおっしゃいましたが、今日は北朝鮮の独裁システムについて皆さんと共に考えたいと思っています。先ほど意味せした場面は、2013年、中国の福建省で行われた場面です。金正日人民保安大学、これは警察要員の大学ですが、そこの撃術というんですが、格闘術の模範演技を見せている場面です。

実は同じような映像が今回の物を含め韓国に3つあります。1つ目は金日成時代の映像、2つ目は金正日時代の映像、そして今日お見せしたのは金正恩時代の映像です。人々を驚かせ、恐れさせるような場面がありました。ある場面では今日の映像が一番すごかったし、ある場面では過去の映像の方がもっとすごかった、というような印象があります。

人が変わり、時代が変わったので変化はあります。しかし、枠組みは全く同じです。煉瓦を壊し、ガラス瓶を壊し、また額で釘を打つという場面は同一です。これはいわゆる「主体撃術」、「主体打撃術」という名前で、北朝鮮の軍全体が訓練を受けている動作です。

全く同じ事例であるとは言えないかもしれませんが、今日の北朝鮮の姿と比較してみたいです。金日成の軍隊でやっていたことを、金正日の軍隊でもやり、今日は金正恩の軍隊でもやっている。特別に変わったことがなく、世代と世代をつないで恐怖心を造成していく北朝鮮軍の姿です。

そうであるならば、北朝鮮の軍はみんなあのような殺人兵器になっているんでょうか。それは違います。泥棒もいますし、脱営兵もいます。栄養失調の患者もいます。しかし、全体的に見ると、世の中に向かって恐怖の雰囲気を造成しており、世の中を脅しているのです。

そして絶対許せない敵(かたき)である日本、アメリカ、韓国に向けて、戦争をすることができる力量を持っているのかというとそうではありません。歩兵は今も67式小銃を持っており、また砲兵の大多数は1950年の戦争の時に使用した76ミリ平射砲や82ミリ迫撃砲を持っています。空軍も同じです。

しかし、世の人々が印象づけられている朝鮮軍は、今回名称を新しくした戦略軍(元ロケット軍)であったり、6000門もある長射程の砲であったり、潜水艦発射弾道ミサイル、そして長距離弾道ミサイルと核兵器に集中しています。

まともに戦争をすることができない軍人と装備を持っている北朝鮮ではありますが、戦略的な選択をうまくやった結果だと見ています。100万人を超える軍隊を持っているが、実質的に戦争をすることができない軍人だと判断した金日成と金正日が、早い時期から核・ミサイルを開発したからです。

数多くの軍人たちを栄養失調に追い込んでおり、軍に対する国家的な供給さえもまともにすることができない北朝鮮の当局ですが、かなり前から秘密にそして集中的に核・ミサイルを開発してきたために、今日核・ミサイルをもって世の中を驚かせているのです。

◆政治学習と生活総和で人民統制

300万人以上の住民を飢え死にさせ、今でも多くの住民が飢えており、世界で最も深刻な貧困に直面している北朝鮮ですが、その北朝鮮が核・ミサイルという国家戦略を遂行することができた根本要因は何だったのか。それを考えたいです。

1番目も2番目も北朝鮮という独裁国家に存在しているシステムです。そのシステムの中で今日の北朝鮮が存在していることを説明しようと思います。そのシステムは大きく分けて2つに区分できます。

第一が宣伝システムです。もう一つが監視と統制システムです。宣伝はいろいろなものがありますが、核心は首領の偉大性の宣伝と、そのようにして作られた偉大な首領に従えば必ず勝利するという、いわゆる「革命的信念」を持つようにするということです。そのために北朝鮮では、1950年代に始り、70年代初めに完成された、そして今も徹底的に履行されている各種の宣伝扇動手段を持っています。

最も代表的な事例としては、万一明日、北朝鮮のすべての工業所や企業所、学校、軍部隊まで、同時に行われている朝の「読報」時間です。これは「労働新聞」を30分みんなで読むという時間です。そして党の政策の学習時間、あるいは毎週土曜日に行われる生活総和です。

生活総和について少し説明します。生活総和とは、小学生から死の直前の老人まで、北朝鮮のすべての人々が毎週土曜日午前10時に、自分が所属する政治組織に集まり、この1週間自分が政治的に間違ったことをしていないか、そして同じ組織員がしていないかを自己批判し、相互批判する時間です。

金正日が20代半ば頃、芸術家たちを見ていて、芸術家たちは生活態度がなっていないと言って、まず芸術家たちを対象に導入した制度ですが、1972年に、北朝鮮の全国民を対象に実施されるようになり、今も実施されているのです。

政治学習について言えば、北朝鮮の軍人たちは兵役の10年の間、毎日朝の一番目の時間に一時間、政治学習をします。その政治学習のために政治将校が配置されています。

◆拉致被害者も毎週自己批判、相互批判をさせられる

このような政治学習や生活総和に真面目に参加しない人や、理由もなく欠席する人を掌握、統制するシステムも稼働しています。それが私たちがよく知っている労働党組織指導部です。

党組織指導部は、その対象が張成沢であろうと人民武力部長であろうと、ただの職業人であろうと、各個人に対する生活評定書を作成しています。このような生活評定書に基づいて幹部に登用したり、幹部から落としたりする役割を担当しています。

また、問題があるかどうかを調べて、問題があった場合には、人民保安部(一般警察)や国家安全保衛部(政治警察)に、住民も幹部も、捕まえろということができる権限を持っています。

西岡

拉致被害者もこのような対象になりますかと、私が質問したら、「当然そうなります」とのことでした。

金聖●

私はジェンキンスさんの手記を読んだり、それ以外の外国人で、北朝鮮で暮らして出てきた人の手記を読んでみると、北朝鮮人よりも北朝鮮化されているということを感じる時があります。それは今言ったような政治学習や生活総和という自己批判や相互批判のシステムが外国人により厳格に適用されるからだと思います。その結果として、知らないうちに北朝鮮人よりももっと北朝鮮化され
るということです。

このようなシステムは学校でも行われ、住居周辺の人で作られる人民班でも行われ、職場でも軍隊の中でも行われています。社会の法と秩序を守るという警察も、考えてみれば、このような相対的な国家秩序に服従しており、スパイを捕まえるという保衛部も、結局このシステムに服従しています。

◆個人独裁システムが稼働している

そしてこのようなシステムは、社会主義の完全勝利という大義名分のもとで、首領に対する忠誠に集中しています。そして首領が亡くなることを前提として、首領の後継者に集中しているために、金日成が死んでもすぐ金正日に集中され、金正日が亡くなった今は金正恩に服従するように動いている最中です。

まともな後継者としての修業を積んでいないまま、27歳で政権を継承した金正恩が国家を引っ張っていく首領になる資格があると信じる人は誰もいませんでした。首領はもちろんのこと、人間としても完成度が落ちると人々は考えていました。しかし、金正恩は最高司令官になり、今回党大会を通じて党の委員長になり、最高人民会議を通じて国務委員長になりました。

理由はなんでしょうか。それはまさに、首領を頂点とする独裁システムが稼働しているからです。金正恩が未熟だと言って、「俺が助けてやる」と思った人間は、殺されなければなりませんでした。これがまさに張成沢のケースです。核・ミサイルを先頭にした金正恩の政策に、問題があると問題提起をした人間も死ななければなりません。それが総参謀長李永吉(リ・ヨンギル)のケースです。

金正恩を、「ちょっと若い」と言って尊敬心をなくし、会議で居眠りをした人間がいたら彼も殺されなければなりません。それがまさに人民武力部長だった玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)のケースです。

これは誰かが狂って、その狂気によって行われたものではありません。個人の忠誠心によって行われているものではありません。この独裁システムにひっかかってしまえば、今北朝鮮で第二人者だと言われている崔龍海(チェ・リョンヘ)や黄炳瑞(ファン・ビョンソ)もみんな殺されなければなりません。

ただ首領のための独裁システム。そのために外部の情報は遮断され、嘘の情報とニュース、そして歴史が捏造され、それらは今回北朝鮮の教育制度が12年制になったことで新しく発行された教科書でも、それらの原則が貫かれています。

◆北朝鮮の現体制が崩壊しなければ拉致問題も解決できない

この4月から、北朝鮮では12年制の義務教育が始まり、そのために教科書が全部新しくなりました。それで我々は新しくなった教科書をすべて入手しようとして、100冊以上を北朝鮮の内部から入手しました。これを読んでみますと、30年前、40年前とほとんど変わっていないということが分かります。特に、アメリカ帝国主義、日本帝国主義に関することなどは一字も変わっていないということが確認できました。

日本帝国主義も同じ。帝国主義の本質は全く変わっていない。侵略的、略奪的ではない帝国主義があるとすれば、それは帝国主義ではない、と。そしてその教科書の第2節には、「我々の敵たちとは必ず結末を見なければならない」と書いてあります。

もう一つ例を挙げるならば、「米日帝国主義は百数十年に達する長い期間、我々人民に数えきれない不幸と苦痛を強要し、私たちの民族の歴史に永遠に消すことのできない罪悪を残した」と。北朝鮮ではこのように教科書の表紙や教育の方法は変えるんですが、内容は変えません。

また今回の党大会で、労働党の規約が改定されたというニュースがあったので、我々はまた内部からその全文を入手して、過去の規約と比べてみました。ほとんど内容は変わっていない。首領に対する忠誠心、革命精神等まったく同じです。ただ、変わったところが一つだけありました。それは核開発と経済開発を併進する、併進路線が書き込まれたことです。

このような独裁システム、即ち宣伝扇動システムと統制システムが壊れない限り、北朝鮮の現体制は崩壊しないと思います。そして金正恩も、過去に金正日がしたように、日本人拉致問題について部分的に認める可能性はあると私は見ますが、その可能性はそれほど大きくない。小さいと見ています。

従って北朝鮮の現体制が崩壊しなければ日本人拉致問題も解決することができないというのが、私が今日強調したいことです。

(2につづく)

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長崎の原爆展示をただす市民の会は、平成8年4月、長崎原爆資料館の「侵略・加害」の常設展示コーナーを撤去するために当会が結成されてから、今年で21年目を迎えました。

当会では、「自虐」展示の大幅な改善後も、完全撤去を求めて原爆資料館の展示全体の抜本的見直しを粘り強く求め、展示の根拠の一つとなる歴史教科書の採択改善に取り組んで来ました。

さらに、もう一つの根拠とされる8月9日の「長崎平和宣言」に「侵略」「加害」「謝罪」「反省」など原爆正当化の表現を盛り込まないことを中心に、平和祈念式典のあり方も含めて、毎年申し入れを行っております。昨年は宣言に「戦争の反省」という表現が盛り込まれ、また、式典でも一方的な政治的発言が為される残念な事態となりました。本年は、こうした事が繰り返されないように、申し入れを行ったところです。

また、本年の第21回原爆殉難者追悼集会は、同じ被爆地の広島にて開催される「広島平和ミーティング」をインターネットで同時中継いたします。現実的な平和構築を求める、もう一つの被爆地からの提起を受けとめて行きたく存じます。

資料代は、昨年までの1000円から、今年は500円に改定致しました。

ぜひご参加ください。





◎ と き 8月6日(土) 開会 17時15分~20時30分(予定)

◎ ところ ホテルニュータンダ 【長崎市常盤町2番24号】

◎ テーマ シンポジウム「世界漂流、日本の針路は?」

◎ 講 師 櫻井 よしこ氏・百地 章氏・兼次 映利加氏

◎ 資料代 500円

◎ 連絡先 電話 095‐823‐9140/FAX 095-893‐5730

◎ 主 催 長崎の原爆展示をただす市民の会

※映像配信:日本会議広島・「日本の誇りセミナー」実行委員会
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6月2日、日本会議長崎女性の会主催で「大村研修会」を実施しました。

研修には約25名が参加しました。




研修では、大村公園で菖蒲や大村城を散策し、梅が枝荘にて大村寿司などの郷土料理をいただき、その後、陸上自衛隊の大村駐屯地を見学しました。

見学では、1時間程度、大村自衛隊の訓練の内容、また震災時の救助活動の様子などの説明を受けました。続く資料館の見学では、大村の自衛隊の歴史を当時の資料などを拝見させていただきました。その後、現在大村自衛隊が保有している武器を、担当の自衛官により説明していただきました。




最後に、案内していただいた方へ佐藤会長より「今回、自衛隊の皆さまが、私たちが知らない所で、どれだけ厳しい訓練をしているのかを勉強させて頂きました。このことを、少しでも多くの人に伝えていきたい」とお礼を述べたところ、「そう言っていただくことが一番励みになります」と大変感動されました。

参加者との親睦が深まり、また「自衛隊は私たちや国を守るための組織」であることを改めて実感した研修となりました。



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要望書の続き(最終)

≪要望事項≫

⑥平和祈念式典が、全体として静謐に満ちた慰霊・追悼の場としてふさわしい雰囲気が保たれますように努めて戴きたい。

≪要望事項≫

昨年の平和祈念式典においても、被爆者代表の「平和への誓い」は一方的な政治的信条の表明に終始したものであったことは非常に残念なことでした。
長崎市におかれては、原爆犠牲者への慰霊・追悼の祈りにふさわしい「平和への誓い」となるように、被爆者代表の人選の改革を進められていることは大変ありがたいことと存じます。今年から改善されることを期待しています。
また、6月23日の沖縄平和祈念式典において、追悼の言葉を述べる安倍総理に向かって参加者から心無いヤジや怒号が飛ぶという事態が、今年も起こりました。慰霊・追悼の場にあって、その静かな祈りを乱す最も起こってはならないことで、長崎でもしや同様な事態が起こらないかと深く憂慮しております。
オバマ大統領の広島訪問を実現させた安倍総理は、同行した広島で次のように述べて「核兵器のない世界への決意」を表明されました。
「核兵器のない世界を必ず実現する。その道のりがいかに長く、いかに困難であろうとも、絶え間なく、努力を積み重ねていくことが、今を生きる私たちの責任であります」「必ずやその責任を果たしていく。日本と米国が力を合わせて世界の人々に希望を生み出す灯となる」
こうした核兵器廃絶の決意は、毎年、広島そして長崎で、原爆犠牲者への追悼の念とともに、繰り返し表明されていることです。安倍総理が追悼の場において自らの一方的な政治的主張を述べているのならばともかく、真摯に追悼の念・核兵器廃絶の誓いを述べている中で、ヤジや怒号を浴びせるような事態が起こるのは、長崎市民として誠に恥ずかしく、また、決して許されることではありません。
長崎平和祈念式典においては、文字通り平和を祈念する場としての静謐が保たれますよう、最大限の対策と配慮が為されますよう、切にお願い致します。

以上の要望内容について、誠意あるご対応をお願い申し上げます。 

※解説

昨年の「平和への誓い」では、次のような一方的な政治的主張が表明されました。

「今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者を始め平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません。」

平和を願い、核兵器廃絶を切望するが故に、こうした主張とは見解を異にする市民も、当然のことながら多くいます。上記の主張は、そうした人々の思いを無視し、傷つけるものです。

原爆が投下された8月9日に行われ、市民が等しく原爆犠牲者を追悼し、核兵器廃絶を願う祈念式典で語られるべき「平和への誓い」としては、全くふさわしくないのは明らかです。

これ以上、こうした事態が繰り返されることのないように、また、祈念の場としての静謐が保たれるように、長崎市の改善の取り組みを注視したいと思います。


                                       (以上)
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要望書の続き

≪要望事項≫

③今回の文案は、国民の間で政治的対立・論争のある問題に一方に偏らない姿勢を堅持されています。特に憲法については、「平和の理念」堅持という、憲法改正の論議の中でも推進派・反対派双方が一致している原則的な立場からの発信となっており、政治的に中立であるべき平和宣言にふさわしいことと、高く評価します。この趣旨内容を保って宣言を確定して戴くよう求めます。

≪要望内容≫

本年の文案に、「我が国は日本国憲法の平和の理念に基づき、世界に貢献することで信頼を広げようと努力してきました。再び戦争を起こさないために、この道をこれからも歩み続けなければなりません。」とあるのは、国民の一致した平和への希求の思いを表現されたものと評価いたします。出来れば、「起こさないために、」の次に「そして起こさせないために」との文言を追加して戴きたく、ご検討をお願い致します。
起草委員会では、今年またも安保法案への言及を求めるなど、宣言を一方的な政治宣伝に利用しようとする意見があるようですが、市長の御見識によって国民の対立を煽るような動きから明確に一線を画されている現在の御姿勢を貫かれて宣言を確定して戴きますようお願い致します。

※解説

昨年、一昨年と、こうした趣旨の箇所に、集団的自衛権反対、安保法制反対という一方的な政治的主張を盛り込むように求める起草委員が少なからずいて、宣言ではそれに配慮してか、賛否は明言しないものの、言及はするという内容でした。そして、言及したこと自体が政治的宣伝に利用されるという事態を招きました。
本年はそうした言及もないことから、この姿勢を貫くよう求めたものです。
なお、日本が「戦争を起こさない」だけでは平和は保てない国際情勢になっているのは明らかですから、外国に戦争を起こさせないために日本が行動することが「日本国憲法の平和の理念に基づき、世界に貢献すること」になるとの思いから、文言の追加を求めています。

≪要望事項≫

④毎年言及のある福島復興支援の表明は、本年も風評を助長しないように良く慎重に配慮されたものと評価致します。ただし、平和宣言で福島支援を敢えて表明する必要があるのか、今後ともご検討をお願い致します。

≪要望内容≫

 文案の表現は、今年も風評を広めないよう慎重に配慮されたものと評価致します。ただ、当会は、平和宣言で言及すること自体が、本当に福島のためになるのか、慎重な検討が必要だと、これまでも指摘して参りました。
福島支援は今後とも継続されるべきは当然ですが、原爆被害の実相を世界に発信する平和宣言で言及することは、原爆の惨害と原子力発電所事故の被害を混同させて、かえって風評被害を助長することにならないか、懸念しています。
福島支援継続の表明は別の形で行うべきではないか、今後ともご検討をお願い致します。

※解説

宣言は読み上げるための時間に制限があるため、その長さに制限があります。その中で、あえて福島支援に言及しなければならない必要があるのか、深く疑問に思っているところです。


≪要望事項≫

⑤宣言文案については、長崎市民の意見をよく汲み上げるとともに、起草委員会の構成がバランスの取れたものとなるよう、引き続きご配慮戴きたい。

≪要望内容≫

本年も一般市民の傍聴解禁、宣言文案の配布を為されたことには、高く評価するものです。
この上は更に公開を進めて、文案への市民の意見を広く求めるパブリックコメントの実施をご検討下さい。また、起草委員会の構成についても、起草委員の多選の見直し、市民からの一部公募なども検討されて、より風通しの良い構成となるようにお努め戴きたく、引き続きお願い致します。

※解説

起草委員会の成り立ちは、市長が意見を聞いてみたい人たちを集めているものだ、というのが長崎市の説明です。しかし、報道などではあたかも長崎市民を代表して選ばれているようなイメージがふりまかれています。
そうであれば、やはり偏りなく市民の意見をくみ上げる構成に配慮すべきですし、起草委員会だけに頼らず、もっと広く市民の声を聞く工夫をすべきと考えて、求めているものです。

                                      (続く)
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平和宣言・祈念式典への要望書について

前回は、要望事項を紹介いたしましたが、要望書では、そのあとに各項目について要望内容を記していますので、今回以降で紹介してまいります。

《要望事項》

①戦争の原因と原爆投下を安易に結びつけて原爆正当論を助長する「侵略・加害・謝罪・反省」という文言は、今年こそは宣言に盛り込ないで戴きたい。

《要望内容》

当会が発足当初から毎年要望している事項であり、田上市長ご就任以来、昨年まではこうした問題表現を一度も使われておられませんでした。昨年、「戦争の反省」という表現で初めて使用されたことは大変残念なことでした。
本年は、文案にそうした表現が使われておらず、改めて高いご見識を示されたものと深く敬意を表するものです。本年こそは、この文案を堅持されて宣言を確定して頂きますよう、お願い申し上げます。

※解説
「今年こそは」としているのは、昨年も途中までは文案に自虐表現は使われていなかったものが、直前になって盛り込まれてしまったという経緯があるからです。


《要望事項》

②核兵器国・保有国・開発国、同疑惑国の指導者への被爆地訪問の要求は、各国指導者に名指しで行って戴きたい。また、特に核兵器国の平和を乱す行為に対しては、厳しく批判する内容を盛り込んで戴きたい。


《要望内容》

今回の文案で、オバマ大統領の広島訪問を評価し、「核兵器保有国のリーダー」などに被爆地訪問を促していることには、大いに賛同するものです。
宣言確定に当たっては、核兵器国等核兵器を保有・開発している国々及びその指導者を名指しして求めるべきと存じます。被爆地からの厳しく切実なメッセージとして発信して戴きたく、ご検討をよろしくお願い致します。
また、核兵器国等の平和を脅かす動きに対しては、より具体的な指摘と批判が為されるべきです。文案では、核兵器の高性能更新と北朝鮮の核開発のみが取り上げられています。しかし、中国の南シナ海での強引な拡張策には、埋め立てた暗礁の軍事基地化、そして潜水艦発射核弾道ミサイル運用のための聖域化の意図があると指摘されています。これは、東南アジア非核兵器地帯の安全保障実効性への重大な脅威・侵害であり、平和宣言で毎年のように「北東アジア非核兵器地帯」創設の検討を日本政府に求められている長崎市長としても、深刻な問題に直面していると言わねばなりません。
このような事態について平和宣言で批判どころか言及もしないのは、中国を増長させるばかりでなく、平和宣言の核兵器廃絶に向けた発信力を大きく減殺するものと存じます。
宣言確定に当たっては、中国に対して、今月12日に公表された仲裁裁判所の裁定を受け入れて、南シナ海を核兵器国の核戦略に悪用される海から、「非核の海」、「平和の海」に戻すよう強く求める内容を盛り込んで戴きたく、よろしくお願い致します。

※解説
中国の南シナ海での強引な拡張策は、単なる領土拡張欲によるものではなく、その核軍事戦略=南シナ海を核ミサイル搭載の潜水艦が他国に知られずに配備できる聖域にする、を展開するためのものであるとは、軍事専門家が指摘しているところです。

その中国に対抗して南シナ海の領有権を主張しているフィリピン、ベトナム、インドネシアなどはいずれも東南アジア非核兵器地帯の加盟国で、中国の横暴が抑えられれば、南シナ海に核兵器が配備されることはありません。

長崎平和宣言では、核抑止力(核の傘)による安全保障からの脱却を掲げ、その代わりに「北東アジア非核兵器地帯」の創設を提唱していますが、この南シナ海の問題は、その「非核兵器地帯」なるものの実効性が問われているとの認識が必要だと指摘しているものです。

実効性のないものをいくら提唱しても、なんの説得力もないということです。

                                        (続く)
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本日、長崎の原爆展示をただす市民の会では、8月9日に長崎市長が平和祈念式典で読み上げる「長崎平和宣言」について、原爆正当論を助長する自虐表現を盛り込まないなどを求める要望書を、長崎原爆資料館で担当者に提出しました。




要望書には、平和祈念式典のあり方についての要望項目もあります。

長文なので、数回に分けて紹介いたします。


◆平成28年平和宣言・祈念式典に関する要望書

本年も8月9日に発表される長崎平和宣言について、鋭意準備・検討を進めておられることに敬意を表します。また、平和祈念式典の準備にもご苦労を重ねておられるものと拝察致します。

昨年に引き続き、起草委員会の審議傍聴を一般市民にも開放され、宣言文案も公表されたことは、高く評価致します。

また、宣言文案に、原爆正当論を助長する自虐表現を用いず、また、一方的な政治宣伝に利用されるような内容も盛り込まないなどご見識を示しておられることに、深く敬意を表しますとともに、概ね賛同致したく存じます。

平和宣言及び祈念式典は、原爆犠牲者への慰霊・追悼と原爆反対・核兵器廃絶という被爆地長崎の悲願を毎年世界に訴えるものであるべきです。

一昨年来、原爆・核兵器と直接関係の無い一方的な政治宣伝の場にする動きが顕著になっております。長崎市として対策を講じておられることとは存じますが、今年もまた同様の繰り返しになるのではないかと、憂慮しております。

市長におかれましては、文案に示されたご見識を以て宣言を確定され、また、慰霊・追悼の誠を表わす祈念式典の静謐を保たれて、円滑な運営に当たられますよう、切にお願い申し上げます。

以下、宣言文案に基本的に賛同しつつ、祈念式典の在り方も含めて、いくつかの点について要望致します。何卒、誠意あるご対応をお願い申し上げます。

《要望事項》

①戦争の原因と原爆投下を安易に結びつけて原爆正当論を助長する「侵略・加害・謝罪・反省」という文言は、今年こそは宣言に盛り込ないで戴きたい。

②核兵器国・保有国・開発国、同疑惑国の指導者への被爆地訪問の要求は、各国指導者に名指しで行って戴きたい。また、特に核兵器国の平和を乱す行為に対しては、厳しく批判する内容を盛り込んで戴きたい。

③今回の文案は、国民の間で政治的対立・論争のある問題に一方に偏らない姿勢を堅持されています。特に憲法については、「平和の理念」堅持という、憲法改正の論議の中でも推進派・反対派双方が一致している原則的な立場からの発信となっており、政治的に中立であるべき平和宣言にふさわしいことと、高く評価します。この趣旨内容を保って宣言を確定して戴くよう求めます。

④毎年言及のある福島復興支援の表明は、本年も風評を助長しないように良く慎重に配慮されたものと評価致します。ただし、平和宣言で福島支援を敢えて表明する必要があるのか、今後ともご検討をお願い致します。

⑤宣言文案については、長崎市民の意見をよく汲み上げるとともに、起草委員会の構成がバランスの取れたものとなるよう、引き続きご配慮戴きたい。

⑥平和祈念式典が、全体として静謐に満ちた慰霊・追悼の場としてふさわしい雰囲気が保たれますように努めて戴きたい。

                                    (続く)
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★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2016.06.29)
今ここまで言える日本人拉致の全体像-東京連続集会91報告5

◆河口でゴムボートを隠し接線

恵谷

これは新潟県柏崎の中央海岸(蓮池さんら拉致現場)です。ここも長い海岸で、アベックたちが夏の夕暮れにたくさん集います。ここが土手のようになっていて、その先が松林です。砂浜から松林に連れ込むにはうってつけの場所です。

ここで、「煙草の火を貸してくれ」と言われて、殴られています。この先に河口がありますので、私はその河口辺りに上陸して、ゴムボートを隠したのではないかと考えています。この先に原発があります。

これは鹿児島県の吹上浜(市川さんら拉致現場)で、柏崎と同じように土手になっていて、土手に松林が続いています。ここは40キロくらいの長大な砂浜です。その間に何本か川があります。その内の一つの河口に上陸してカップルを探していたのではないかと思います。

西岡さんの説明のように、柏崎に崔スンチョルが潜入した時は旅館に泊まったと言っていますが、吹上浜で旅館に泊まるとあまりにも目立ちすぎるくらい離れています。おそらくこの松林に夜は寝泊りしながら、一日ないし数日カップルを探し、ターゲットを決め、さらって、ここから搬送したのだろうと思います。

吹上浜の沖合8キロに久多島という岩の島があります。母船から出た小船が1キロ沖合まで来て、ゴムボートに乗り換え、実行犯は上陸してボートを隠し、小船は島影に隠れて連絡を待ったと思われます。こういう窪みで、船が全部は入りませんが、一部が見えたとしても漁船がいると見られただけと思われます。ここは岩山なので上陸できませんし、人に見られることもないわけです。

これは富山県高岡市の雨晴(あめはらし)海岸(拉致未遂事件現場)です。富山湾の南部で、能登半島の富山湾側を使うようになったのは1970年代後半です。10キロくらいの海岸線で顕著なものがまったく見当たらない。敢えて言えば、大きな旅館、今はヘルスセンターですが、これぐらいしか見当たりません。

ここで暴力的に拉致して、袋をかぶせ、林の中に男女を離して待っていた。なぜ待っていたかは謎ですが、日が暮れるのを待っていたのか、工作小船との調整だったのか、ともかく待っていたところ、犬の声がして実行犯たちは慌てて逃げ去った。

誰もいないのを確認して、被害者男性は袋をかぶせられて歩けないのでうさぎ跳びで近くの人家まで、女性の方は何とかひもを外して袋を出て助けを求めた。そこにさるぐつわなど、様々な遺留品、犯人に近づく証拠品が入手できたことで北朝鮮ということが分かった。当時は発表していませんが、関係者は確信した。

これは佐渡の国府川です。暗い写真ですが、事件が起きた日の同じ時間の写真です。曽我ひとみさんとミヨシさんは、ここに繋留していた板船で、連れていかれた。川から河口が見えます。小船が迎えに来た工作母船と合流して、乗り換え1回で北朝鮮に行ったのではないかと思います。

これは原敕晁(ただあき)さんが拉致された宮崎県青島海岸です。ここが青島で、手前が鬼の洗濯板です。このホテルは現在ありませんが、ここで原さんを酔わせて、この海岸を歩いて、河口が接線ポイントです。向こうから男が3人現れて、原さんを引き渡して、辛光洙らはゴムボートに乗って、船で北朝鮮に行った。

◆巨岩も目印に

これは北海道の瀬棚郡にある巨大な岩です。こういう目立つものが目印です。これは北海道余市郡のろうそく岩です。その左に三本杉岩があります。ろうそく岩は歩いていけます。これは青森県龍飛崎の屏風岩です。この割れ目が一番の特徴で、陸から見るとこれに似た岩が3つくらいあります。しかし沖から見ると、この割れ目が目印になっています。

これは佐渡の櫓掛(ろかけ)岩です。西岡さんと行ったのですが、現状はここが崩れたものですから、道が使用不能です。これは佐渡の蓬来島です。ここに穴があり、接線には絶好の場所です。実際に事件が何度も起きています。これも佐渡で龍金(りゅうごん)岩で目立ちます。

こんな岩場は潜入・脱出には使わないのではないか、白砂青松の方が楽だと思っていたのですが、今は逆で、これは見事な接線箇所だと思うようになりました。

ここは新潟県親不知で、鬼ケリ岩と投岩があり、沖から目立つところです。韓光煕のリストにありますが、彼は鬼が鼻という岬を挙げていますが、そこは接戦も上陸もできないところで、この当たりではないかと思います。これは京都府宮津市日置海岸の妙見岩で目立ちます。この林の下が絶好の岩浜です。身を隠せるし、なかなかしゃれたところを探しているなと思いました。

ここは兵庫県香住海岸の磯の松島で、こういう島がたくさんあります。こういうところは最初の頃は、ないんじゃないかと思いましたが、今は間違いなく接線現場だと思います。実際事件も起きていますし、観光名所でもあります。

ここは山口県の鼻繰岩で、ここもよくぞ探したなと思います。海からは行けますが、陸から行くとなると難しい。海から確認したんだろうなと思います。なかなか見つけられないところで、ここが接線現場なら、本当にこの中にいればいいし、どこにでも移動できます。

ここは鹿児島県佐多岬の灯台です。私も上り降りしたんですが、絶壁です。工作員ならともかく釣り客には危ないところです。つまり工作員にはいいところです。ここは石川県志賀町の前浜で、義経の船隠しと呼ばれています。ここはルートポイントではありませんが使える所です。もう一つの前浜がルートポイントですが、ついでに紹介しました。

ここが秋田県の風吹岩で、風引岩ではどこにも資料がなく、救う会秋田の方と風吹岩と確認しました。窪地があり、接線で待っている時に風よけになります。総連の工作員の誰かが間違えて風引岩としたのだろうと思います。

西岡 

ありがとうございました。今日は訪米して帰って来た島田副会長がいますので、報告をお願いします。

◆アメリカ人被害者の真相究明決議案が上下両院に

島田洋一(救う会副会長、福井県立大学教授)

古屋圭司元拉致問題担当大臣と一緒に、先週火曜日から二泊三日で訪米しました。主目的はデヴィド・スネドンというアメリカ人被害者の真相究明決議案が上下両院に出るんですが、それを早く採択してほしいということで、15の議員事務所等を回ってきました。

決議案のポイントは、北朝鮮による拉致という角度から、この事件をアメリカ情報部、国務省がしっかり調べ、日本その他の専門家とも意見交換をしっかりしなさいという内容です。

従来アメリカは北朝鮮問題では、核・ミサイルの観点が中心だったのですが、拉致被害者救出という観点からも情報収集を強化してもらおうということです。できるだけ7月の夏休み前までに通してもらいたいということです。着実に成果が出つつあります。

それから「福井県で特定失踪者の方が国内で見つかったことが報じられました。プライバシーの問題もあって細かいことは言えないんですが、見つかったことでよかった面もあるんですが、地元では様々な募金活動をしていた関係もあり、特定失踪者1000番台と指定するのはしっかり調べた上でないと困るじゃないかという声も若干あるということですが、拉致の疑いを排除できないケースが多いだけに、しっかり声を上げていくことが、北朝鮮側に妙なことを考えさせない点でも必要だと思いますので、引き続き疑いを排除できないケースについて声を上げていくべきだと思います。

西岡 

飯塚さん、増元さん、ひとこといかがですか。

◆金正恩に決断させるにはどうしたらいいか

飯塚繁雄(家族会代表)

みなさんこんばんは。制裁を発動してもう3か月過ぎました。しかし効果がどうだったのかが全く分からない。もっと制裁を強めなければいけないのか。金正恩が日本人拉致被害者を返す決断をするためには、どういう状況にならなければいけないのかも考えて、政府と一緒に、さらにいい政策で取り戻さなければいけないのかなと今思っています。

これからもご協力を宜しくお願いいたします(拍手)。

以上

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救う会全国協議会ニュース★☆(2016.06.28)
今ここまで言える日本人拉致の全体像-東京連続集会91報告4

◆工作員は砂浜には上陸しない

恵谷

人定拉致は工作員の通常の潜入・回収と同じパターンで被害者を搬送します。そこで接線をする必要がある。接線はピンポイントで会う必要がありますが、その前に顕著な岩であれ、建物であれ、灯台であれ、何らかの暗闇でも判別できる目印があるはずです。

その時の海岸は、白砂青松の砂浜ではなく、岩浜、磯(岩の多い海岸)であることが必要です。磯なら工作員は上陸しやすい。このことを昨年ようやく確認できました。

私はゴムボートは色々操作したことがありますが、岩場ではボートの底が破れてしまいます。だからそういう所は使わないだろうと勝手に思っていました。しかし、工作員から見ると、これは日本に潜入したことのある工作員に西岡さんと取材したのですが、海上保安庁の巡視船がうろうろしている間を入って潜入する場合、警察が対岸で構えているかもしれない。

そして砂浜に上陸すると、サーチライトを当てられたら逃げも隠れもできない。影がすぐできるわけです。そしてあそこにいるということが分かる。ところが磯、岩場なら仮にサーチライトが当たったとしても、岩陰に隠れるとどこにいるか分からない。その間にしかるべき手が打てる。物理的にも心理的にも、磯の方が浸透しやすいことが分かったのです。

当初海岸線は拉致の現場ばかり見ていたものですから、日本の白砂青松は危険だと思っていたのです。その後海岸を全部調べましたが、岩場と砂浜が半々で使用されていることが分かりました。

例えば、久米裕さんは船隠しという特異な所があり、岩場で白砂青松がありません。それで考え方が変わってきました。

◆工作員の侵入・脱出のパターンを見つけた

西岡

これから映像を見ながら恵谷さんに説明してもらいます。ここまで辿り着くのに本当に時間がかかり、討論を繰り返し、現場にも行きました。拉致現場は何回も行きましたが、恵谷さんにお願いして、北朝鮮の工作員が出入りしたところは、記録が残っているところは全部行ってもらいました。私も4分の1くらい同行しましたし、韓光煕(カン・グァンヒ)という朝鮮総連の幹部が上陸ポイントを作ったと言って本に書いています。そこも行ける限り言ってもらいました。

今分かっていることを、全体を見た上で、拉致についてあるパターンを見つけ出すこと、つまりこれがすべてなのか、もっと拉致被害者がいるのではないかと推定するために行ったわけです。

犯罪には手口があります。空き巣が何件か起きると、犯人が捕まる。そして余罪を追及します。例えばこの空き巣はガラスをこのように切るというパターンがある。そういう手口分析を刑事警察はよくやります。そして余罪を追及するわけです。

北朝鮮が日本に不法に侵入したり、不法に脱出したパターンを見つけ出す。そこから、いったい拉致はいつからあったのか、どういうパターンがあるのかを見つけ出そうとしてずっとやってきたことのエッセンスを今日報告させていただきました。

実際に現場に言ってきた恵谷さんに写真を見ながら解説していただきたいと思います。

◆工作員が出入りした108か所を調査

恵谷 

西岡さんと海岸線の調査プロジェクトを立ち上げて、工作員が出入りした海岸をすべて現場で確認しようということになりました。工作員が何年何月何日に、どこのどの海岸に出入りしたかが分からないと調査はできません。

スパイ事件として私もずっと調べていましたが、結果的に工作員が出入りした日時、但し秋田県からというようなのははずしましたが、秋田県の脇本海岸といったような具体的な情報があるものをチェックすると、135件確認できました。

その内30件はいわゆる漁船や貨物船で入港し、にせの船員手帳で入るとか、もっと田舎の海岸なら海に飛び込んで姿をくらますというような、1960年まではそういう手法でしたので外しました。

その30件を除く105件。但し、海岸が重複するものもあります。まず拉致現場が11か所確認されています。田口さんが新潟であれば
12か所になります。北朝鮮の発表通り宮崎なら11か所になります。

それから、日本に潜入したことがある工作員が韓国にいます。二人いるんですが、1回ずつ日本に入っており、その現場も分かっています。それ以外に、韓光煕という朝鮮総連の幹部で、秘密組織で潜入・脱出ポイントの下調べをやった男が38か所リストアップしています。うち6か所は拉致事件等と重複しています。それ以外は、工作員だけの侵入・脱出の現場です。併せて108か所を見て回りました。3年かかりましたが、その写真(救う会ホームページの連続集会の動画参照)の1部を紹介します。

これは寺越事件が起きた石川県の高浜です。工作員を潜入させた後、回収するところではなかったかと思います。上陸した工作員の安全を確保するために、清丸という寺越さんの漁船を体当たりで攻撃しただろうと思います。この辺りに寺越さんのいけすがあって、このいけすを守ろうと寺越さんたちは、「そっちに行くな」と叫んだようです。海岸からすぐそばです。これが1963年の、確認されている中での最初の拉致現場です。

西岡

この頃はまだゴムボートは使われていないですね。

恵谷

ここは磯です。膝くらいの水深だと思います。小船で来て、工作員は歩いて上陸したのではないかと思います。この時代にはまだゴムボートは登場していません。

西岡

体当たりしたのは小船か母船か分からないです。

◆変わった地形、特異な場所が海から目立つ

恵谷

これは1974年に、渡辺秀子さんという女性の子ども(高敬美・剛姉弟)二人が北朝鮮に移送された福井県の岡津海岸です。東側には真珠浜という拉致現場があります。ここも真珠浜も沖合に青島という小島があります。

1974年当時、その島をどう利用したか分かりません。1977年から拉致が急に増えますが、その前に起きた拉致事件です。

これは石川県の宇出津です。(能登半島の東側で)富山湾になります。入江になっていて、現地では船隠しと呼ばれています。砂浜ではなく、岩浜です。地形的に珍しいだけで観光的に人気があるわけではありません。

韓光煕がここを確認しているわけではないですが、使われたのが1977年。この頃、こんな所をよく探し出したという意味で非常に驚きです。朝鮮総連の地方支部の中で、拉致とか工作員とかは言わず、変わった地形はないかと様々なやりかたで確認したのではないかと思います。そういう意味で、宇出津は特異な場所と言えると思います。

宇出津事件は77年9月ですが、実は74年までは能登半島の西側ばかりを使っていました。つまり津軽湾の東側を使ったのは77年が初めてです。これはどういうことかというと、国鉄能登線が廃線になって西側から入ることが困難になったからです。

この調査では鉄道の廃止も重要な要素として見ておかなければならないと思いました。

これは鳥取県米子の弓ケ浜と呼ばれるところです。松本京子さんが拉致された現場です。広い白砂青松の海岸で、砂浜と松林が延々と続いています。そして集落から海岸まで一本道があります。その一本道で、さきほど言った目撃された老人に鉄拳をくらわせて何針も縫う大けがを負わせました。そして松本さんをかついで海岸まで一直線に走って逃げた。

これは新潟県の寄居浜(横田めぐみさん拉致現場)です。今はテトラポットがあって美しい浜にはなっていませんが、昔はなかったと思います。条件拉致だと説明しましたが、上陸した後、若い娘をさらえという命令だったと思います。

この寄居浜には河口がありません。あるとすれば3キロ向こうに信濃川があります。寄居浜で感じたのは、かつてあった日本海タワーが沖合からよく見えたのではないかということです。

同じように米子の弓ケ浜もしおだいという大きな旅館があった。そういう顕著な目立つものがないとなかなか現場を特定することができないのです。これが条件拉致の問題だと思います。

工作員たちは、潜入、脱出する地点をルート地点と呼んでいます。韓光煕が書いていますが、その地点を決めるのは北朝鮮からの指示だということです。船長が新潟の沖合をうろうろして、「あそこがよさそうだ」と決めます。そうするとある程度の写真を日本に送ってきます。それを元に韓光煕のような人物が現地に行って、警察が近くにないか、交通は便利かなど様々なことを調べさせてルート地点を設定します。

今回108か所調査した結果から言いますと、陸からの調査だけでなく、最終的には海上から見ないと、なぜそこを脱出・潜入ポイントにしたのか分かりにくいというのが実感でした。

その一つが寄居浜で、海から日本海タワーの建物がどう見えるのかを調査してみたいと思います。

これは地村さんたちが拉致された福井県小浜市の真珠浜です。この上に公園があります。戦闘員たちが、沖合の青島からゴムボートでここに上陸し、この斜面を登るとこの公園になります。

拉致したあとここをかついで降りて地村さんをここからボートに乗せて青島方面へ。地村さんはどこか分からないそうですが、ボートを乗り換えた、と。ここは真珠浜の一の浜で、ゴムボートをうまく隠せば、上の国道からは見えません。

この公園に行くとアベックがいるはずだから潜入しろと言われても、目標が大変難しかったと思います。

これが一の浜の左隣の浜で二の浜です。遠くに青島が見えますが、船隠しのような窪みがあります。ここに隠れていれば、まず周りからは分かりませんし、分かっても漁船が何かしているという風に見えます。また浜の黒っぽいところは、上から見ても何をしているのか分かりません。

二の浜は、地村富貴恵さんが袋から出されてゴムボートに積まれた。本人はどの浜か分かっていません。カップルは敢えて離して、それぞれに連れて行った。

                     (5につづく)

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★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2016.06.27)
今ここまで言える日本人拉致の全体像-東京連続集会91報告3

◆工作員の「浸透」と「帯同復帰」

西岡 

工作員の潜入と脱出についてまず説明してください。

恵谷

北朝鮮は1948年、終戦後3年から工作員を出入りさせています。工作員が日本に潜入する、不法入国する方法です。北朝鮮を出発して船やボートで上陸する。「夜陰に乗じて」という言葉がぴったりですが、夜陰に乗じて上陸します。潜入だけなら、海岸ならどこでもいいわけです。

しかし、日本に潜入した工作員が脱出する、不法出国するには迎えの船が必要です。同時に迎えの船やボートと人が海岸の1点で、ピンポイントで出会う必要がある。

夜ですから、50m離れればもう会えません。大声でオーイと言うと気づかれます。とにかくピンポイントでランデブーする必要があるのです。それを北朝鮮の工作員たちは、「接線」と言います。脱出の時はこの接線がどうしても必要です。

工作員は出入りすることを、「浸透」と「帯同復帰」と呼びます。任務を終えた工作員を伴って本国に帰る。

拉致作戦の場合、例えば田口八重子さんですが、北朝鮮の発表では宮崎の青島海岸とされますが、私には新潟のように思えてなりません。原敕晁さんの例でよく知られているように、大阪から宮崎までだましながら、途中で温泉に入ったり、酒を飲ましたりしながら接線現場まで連れて行く必要があります。

その際、逃げ出すとか警察に通報されるようなトラブルは絶対避ける必要がある。非常に友好的な雰囲気で連れて行く必要があります。これはこれで大変なことだと思います。

海岸線に連れて行く時も、帯同復帰と同じです。被害者を迎えのゴムボートに乗せて帰る。だいたい調査部の工作員は一緒にゴムボートに乗って、朝鮮に帰ります。これがBパターン(拉致被害者の搬送のため長距離を移動後に海岸で接線)です。

◆条件拉致の場合は「帯同復帰」と同じ

もう一つ、Cパターン(「条件拉致」後に帯同復帰)があります。例えば柏崎。命令は「若いカップルを拉致してこい」です。調べた結果柏崎中央海岸には若いカップルがたくさん集まるという情報があると、崔スンチョルに「柏崎に浸透しろ。そこで若いカップルを拉致せよ」という指示が出る。

そうすると、北朝鮮から工作員の崔スンチョルと戦闘員3人の4人組が夜陰に乗じて柏崎に上陸します。崔スンチョルは誰が見ても日本人に見えますが、西岡さんが言ったように、市内で怯えている戦闘員に度胸をつけさせるために、「カレーライスを注文してみろ。何ということはないんだ」と。

昼間は海岸線を散歩するふりをしたり、松林に適当な所はないか見てきた。数日監視した後、「これでいける」とターゲットを絞った時に、一升瓶を持ったおじさんが出てきて、そのターゲットはやめて、偶然に蓮池さんたちが狙われたということです。

その時は自分たちで海岸に入っていますから、ゴムボートは河口に隠していると思います。沖には工作小船がいますので、それには連絡する必要がありますが、海岸では任意の時間に入ってきて、作戦終了後、任意の時間に出ていく。そこは自分たちだけで作戦ができる。

人定拉致の場合は、海岸まで連れていったら、何月何日何時何分にそこに被害者を連れて行かないと拉致は成功しない。その状況とは全く違います。

条件拉致のもう一つの特徴は、いわゆる「白砂青松」の場所ではないということです。今回現地調査で驚いたことがあります。拉致実行犯がゴムボートで上陸する。その前は漁船に偽装した工作小船で沖合1キロくらいまで接近します。この小船は一旦沖合の母船に帰ります。母船は領海22キロの外に待機しています。

◆工作員は人里離れたところには上陸しない、少し歩くと町があるところ

西岡

ちょっとポイントを整理しましょう。「浸透」と「回収」は通常の工作員が出入りする時のパターンです。工作員をゴムボートで侵入させた後、(工作員はそのゴムボートで海に出てから連絡を取るので)、基本的に海岸線までは迎えに来ません。工作員は日本の地理に詳しいし、ピンポイントで上陸しなくてもいいのです。

それから驚いたのは、人里離れたところには上陸しない。人の中に紛れ込まなければならないから。もうちょっと寂しいところかなと思っていたのですが、そうではない。上陸ポイントはそうですね。

恵谷

上陸ポイントは寂しいところでも、少し歩くと町があるところ。人民の海に紛れ込むのが重要です。人里離れたところで、一人てくてく歩いていると、実際そういうケースもあるんですが、そうなると「お前何しているんだ」ということになる。それを避けるために、なるべく町に近い上陸ポイントを設定する。

西岡

真っ暗だけれど、ちょっと歩くと町がある。無人駅なんかがいい。

恵谷

歩いていて不審に思われないところですね。町から遠いと、「こんな夜中に何をしているんだ」と思われる。

◆打石信号で互いに確認する

西岡

もう一つ、回収があります。不法出国ですが、この場合は真っ暗な中でゴムボートに乗らなければならない。打石信号というのがあるのですが、真っ暗な中で確認するのに、石を打って確認するんです。

惠谷

真っ暗な夜、海岸で石を二つ拾って叩きます。作戦や時代によっても違うんですが、例えば今回の作戦は5回と取り決めをする。これは双方の合計が5回です。1回カチンとやると、向こうは4回返す。2回なら3回返す。

これは石を例えば2回叩くと、釣り客か何かが返してくる可能性があります。しかし、どこにいるか分からない。ピンポイントでランデブーする必要があります。回収役の工作員はウェットスーツを着て上陸します。待っている人間は岩陰にいると言っても、現場では1メートルくらいの差で会う必要がありますから、10メートル離れると、暗い中で、悟られないようにして、打石信号で2回叩くと、2回返ってくると、これは違うということになる。

石川県警が、打石信号が夜、どの程度まで聞こえるか現場検証したんですが、普通程度の音で60メートルまで届くそうです。双方が接近して、作戦のために準備された名前で確認する。そして回収する人間をゴムボートまで連れて行って、侵入とは逆のコースで戻るというのが通常の作戦です。

西岡

打石信号について石川県警が現場検証したということでしたが、実は宇出津(うしづ)事件で打石信号が使われています。そういうこともあって石川県警が現場検証したわけです。

つまり、この工作員の回収は、Bパターンの人定拉致と同じ方法です。工作員を回収する時、拉致被害者も一緒に回収する。だから久米裕さん拉致の時、打石信号が使われたわけです。

一方、条件拉致の場合は、工作員の浸透、回収とは異なります。つまり、浸透させてもう一度回収する。一つの作戦で二つをやる。そのために沖合で母船が2、3日待っていなければならない。これは大変危険なことです。

もちろん当時監視が厳しかったかどうかですが、条件拉致は見つかっていませんので、危険だと簡単に言いきれないかもしれませんが、増元さん、市川さんたちの事件では、海上保安庁が不審船を目撃していると現地の新聞は書いています。何日間か待っていたからこそ、そういうことが起きたのです。

◆母船は領海限界の22km沖で待機していた

恵谷

先ほど言ったように、母船は領海限界の22km沖にいますので、その外にいれば、基本的に海上保安庁の巡視船が来ても文句は言えないんです。領海に入っていると、「出なさい」という指示が出せる。

当時は、今話題になっている接続海域という概念はなかったし、接続海域に遊弋している時は、海上保安庁の取り締まりはできなかった。今は別ですが。

西岡

船が待っていなければならない。浸透と回収を一緒にやるのが条件拉致のもう一つの特徴です。その場合、母船は領海の外で待っているが、小船は領海に入っているわけです。小船が一番見つかりやすい。浸透や回収だけであれば、回収してすぐに帰るのですが、小船が2、3日いなければならない。その問題をどう解決するかということを、調査部と作戦部の戦闘員たちは考えたと思います。そこで先ほどの惠谷さんの話につながります。

◆工作小船を沖合の小島に隠し、待機させた

恵谷

柏崎の場合は海岸線に砂浜があり、沖合には何もありません。もっと沖に行けば佐渡がありますが。福井の小浜と鹿児島の吹上浜の沖合には小島、岩の島があります。

福井の場合は、青島という小浜湾の中、2キロ先にある島ですが、入江のようになっていて工作小船がすっぽり隠れることができます。鹿児島の久多島(くたじま)は、吹上浜から沖合8キロにあります。そこに工作小船を繋留できる。望遠鏡、双眼鏡で見れば、あそこにいると分かったとしても、遠目では日本の漁船と見える。よほどの緊急時出ない限り問題にされません。

柏崎の場合は、小船を隠す島がありませんので、小船はいったん母船に帰ります。それは危険回避のためです。

松林等に置いたゴムボートに乗り込んだら、小船まで行き、小船が母船まで行く。そして帰る場合は、スイッチのオン、オフだけの信号で対話はしません。ゴムボートが動き出すと小船も回収に来ます。回収したら小船は時速40キロくらいで飛ばして母船まで帰ります。

◆小船を隠す小島がない場合は拉致した後、母船が海岸に近づいてくる

西岡

地村さんから拉致された時の状況を詳しく聞きました。地村さんが一番怖かったのは、ゴムボートから小船に移る時、袋に入れられていたわけですが、放り投げられたそうです。海に落とされるのかと思ったそうです。本当に怖かったと、鮮明に覚えているわけです。

地村さんはゴムボート→小船→母船と2回乗り換えています。ところが曽我さんにも詳しく聞いたんですが、「1回しか乗り換えていない」と。「よく思い出してください。混乱していたからじゃないですか」と聞いたんですが、「1回しか記憶にない」ということでした。

蓮池さんが話したことを入手すると、蓮池さんも1回しか乗り換えていない。つまり、曽我さんと蓮池さんの場合は、無人島がないんです。だから小船は帰っていたのではないか。母船に収納されていた。だからゴムボートがかなり長い距離を行き、母船も危険を冒して領海内に入ってきて回収したのではないか。

無人島がない拉致被害者は1回乗り換えており、無人島があるところの地村さんたちは2回乗り換えていた。このことと、惠谷さんが言った、「小船を無人島に隠していたのではないか」ということが、ぴったり合ったのです。

もう一つ、富山の未遂事件では、袋に入れられた後、林の中に置かれて、「静かにしなさい」と言われた。本来なら早くゴムボートに乗せて逃げた方がいいのに、あそこも無人島がなかった。そうなると、ゴムボートで長い距離を行くのは大変だから、母線がかなり接近してくるまで待っていたという仮説も成り立ちます。

恵谷

あの時は、夕方とはいえまだ少し明るかったということで、もう少し暗くなるのを待ったという可能性も考えられますが、間違いないことは、ゴムボートはどこかに隠しており、それに積み込んで沖合に出る。島がない場合は小船を使わずに母線が海岸近くまで入ってきて、ゴムボートを回収して搬送する作戦ではなかったかと思います。

◆電波情報があったから政府は拉致認定ができた

西岡 

なぜ日本政府が拉致を認定できたのか。特に1988年3月の梶山答弁で、3件のアベック失踪事件と富山の未遂事件を、「拉致の疑いが充分濃厚」と言えたのか。その理由は電波情報だと言ってきました。

拉致の時は電波にあるパターンがあるという話がありました。それは一体どういうことなのかと、恵谷さんと長いこと討論したんですが、多分Bパターンの人定拉致ではパターンがないというだろうと思います。人定拉致と工作員の回収は全く同じです。そこに電波の違いが出る要素はなにもない。

しかし、Cパターン、条件拉致の場合は、1回の作戦で浸透と回収を両方やる。浸透の時の電波のパターンと回収の時の電波のパターンがある。それが数日の間を置いて二つある。その電波と、動機のない失踪事件が重なった時に、事件の直後、警察の幹部たちは拉致の疑いが高いと思っていたわけですが、それには通常の浸透・回収とは異なる何かがあったからだと思います。

これは特に78年の夏、条件拉致が集中して起きていたことと関係があるのではないかと思っています。

恵谷

今判明している限り、78年の七夕から終戦記念日までに条件拉致が集中しています。おそらく警察庁、県警は傍受しているはずです。そうすると、入ってくる、小船は島影にいるか母船まで戻る。そして近海からの電波がある。この電波を聞いている。

脱出の時も「完了した」との電波がある。そのやりとりの会話は暗号がかかっていますから分からないわけですが、電波の発信地点と頻度によって、これは軍事的によくある手法ですが、それによって作戦の意図をつかんでいたのではないかと思います。

西岡

今日は映像を準備しています。無人島など見ていただきますが、最後に、BパターンとCパターンで海岸の様子に特徴があるのではないかと思われます。配布資料にもありますが、人定拉致で接線がある時には、砂浜ではできないのではないかということが今回分かってきました。

                     (4につづく)


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