さて晴雲坊をすぎれば、あたりはいよいよ七面山の神秘性を濃くする。参道の両側には、千古斧を入れたこともない巨木が天をおおって林立し、その梢には仙人の髭のような青い「お霧草」が垂れ下がっている。突如、」けたたましい鳥のはばたきにハッとする。鳥は一声、鋭い叫びを残して挟間を渡る。七面山では鳥までが何とはなしに神秘的な霊鳥のように思われる。
四十丁をすぎた頃、左に小さな無縁仏の祠がある。数名の信者が一心にお題目を唱えていたが、一般には、これを拝めば足が軽くなると言われている。
この時、勢いよく下りて来る一人の信徒に出あう。この人は麓の旅館に宿り、毎朝白糸ノ滝に打たれては山頂の本社へ日参しているとのこと。真剣な修行である。聞けば、こうした人は決して少なくないという。矢張り七面山は霊験の山、修行の霊山・・・・・・という感を深くする。
神秘の気、ますます深くなる参道を、もう一息、もう一息と登り行く中、やがて四十六丁の総門が見える。
どっしりとした黒い門・・・・・・・これを仰ぎ見る時、
「遂に、辿り着いた!!・・・・・・・・七面大明神の御膝元に・・・」
という感動に胸ふるわせない者はなかろう。
総門には高く揚げられた扁額に、「和光関」という大金文 字が燦然として輝いていた。染筆は身延八十三世望月日謙上人、選字は立正大学学長 清水竜山先生という。(昭和35年当時)
(※本文は全て昭和35年発行当時のことです。)