『バグダッド・カフェ』 ── なぜ、“バグダッド” なのか? ──2 | げたにれの “日日是言語学”

げたにれの “日日是言語学”

やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   パンダ こちらは 「バグダッドカフェ」 のでござります。 1 は↓

        http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10427467299.html

  


げたにれの “日日是言語学”-バイエルン=オーストリア方言                                       

                  左の図は、ドイツ、スイス、オーストリアの位置関係。

                  右の図は標準語の ein 「アイン」 (不定冠詞) の短縮形がどういう語形になるかの分布図。

                  が 「バイエルン=オーストリア方言」 の使用地域。 
                  バイエルン=オーストリア方言では、短縮形が英語と同じ a になる。





  【 バイエルンとバヴァリア 】


〓この映画が、日本で最初に公開されたときの形態が不幸でした。


   オリジナルは 108分のドイツ映画


だったんです。それを見た米国の配給会社の連中が、 “slow” だからと言って、ほうぼうをカットしたほうがいい、と忠告したそうです。それで 91分になった。日本で初公開されたときも 91分でした。


〓原題は、


   »Out of Rosenheim« 『アウト・オヴ・ローゼンハイム』

      ※ Rosenheim  <独> [ 'ʀo:zn̩haɪm ], <英> [ 'ɹoʊzn̩ ˌhaɪm ]


です。


〓ドイツ人は、戦争に負けたセイか、日本人と同様、自国の映画のタイトルが英語であってもさほど気にしないようです。ドイツ語ならば »Aus Rosenheim« (アオス・ローズンハイム) とでもなるんでしょう。


〓米国版のタイトルは、


   d“Bagdad Café”


となりました。とは言え、このタイトルは悪くないですが……



               映画               映画               映画



〓ローゼンハイムという都市は実在します。


〓ミュンヘンの南東50キロほどにあり、オーストリアとの国境に近い。ミュンヘンとザルツブルクの中間と言ってよろしい。後述しますが、ペルシー・アドロン監督が育った町も近くにあります。


〓映画で見てわかるとおり、ミュンヒクシュテットナー夫妻の故郷はバイエルンなんですね。映画の中ではヤスミーンが 「バヴァリア」 Bavaria [ bə'vɛəɹiə ] と言っていましたが、これは英語名。ドイツ語名は 「バイエルン」 Bayern [ 'baɪɐn ] です。日本語でも、昔から、ババリアと言ったり、バイエルンと言ったりします。

Bavaria というのは、近世までのヨーロッパにおける外交用語であったラテン語による名称です。


〓両者はだいぶんに語形がちがいますが、勘定の合わないハナシには必ず理由があります。


〓この地名のもととなったのは、ケルト人の一派と目される 「ボイイー族」 Boiī [ ' ボイイー ] (ラテン語名) です。この民族は、現在のチェコあたりで興り、南下して、ドイツのバイエルンやオーストリアに広がったと言います。



   Boi- [ ボイ ] 「ボイイー族」 の語根 ← Boiī [ ' ボイイー ] ラテン語
    +
   *-weriōz [ ウェリオーズ ] 「~の住人たち」。ゲルマン祖語 ← *werāz [ ' ウェラーズ ] 「人」。ゲルマン祖語
    ↓
   Bojovarii [ ボヨ ' ヴァーリー], Bajuvarii [ バユ ' ヴァーリー ],

                         Bavarii [ バ ' ヴァーリー ] 「バヴァリア人」 (バイエルンのボイイー族)。ラテン語
    ↓
   Bavaria 「バヴァリア」。近代ラテン語形、英語形



〓ラテン語とゲルマン語をゴッチャにして合成語をつくった、という意味ではありません。もとになったのが、いずれの言語のどういう語形か不明なので、記録のあるラテン語で代用しただけです。

〓「人」 を意味するゲルマン語 *werāz [ ' ウェラーズ ] は、単独では、現代の英語・ドイツ語には残っていませんが、合成語には、まれに見られます。


   werewolf [ 'wɛɚˌwʊɫf, 'wiɚ-, 'wɚ- ] [ ' ウェア , ウォるフ ] 「狼男」。英語
   Werwolf [ 've:ɐvɔlf ] [ ' ヴェーアヴォるフ ] ドイツ語
   weerwolf [ 'ʋe:ʁʋɔlf ] [ ' ウェールウォるフ ] オランダ語


were 「人」 (= man) は、すでに、中期英語 (1100~1500) には残っていないので、この 「狼男」 というコトバがとても古いものだ、とわかります。また、「狼男」 ではなく、原語では 「人狼」 (じんろう) なんですね。



〓中世ラテン語 Bajuvarii に由来する単語は、現代ドイツ語でも使われています。


   Bajuware [ bajʊ 'va:ʀə ] [ バヨ 'ヴァーラ ]
      (1) 古代のバイエルン族。 (2) <戯言で> 今のバイエルン人。


〓いっぽうで、ボイイー族の故地とみなされた現在のチェコはこう呼ばれました。



   Boi- [ ボイ ] ← Boiī
    +
   *haima- [ ' ハイマ ] ← *haima-z [ ' ハイマズ ] 「家、故郷」。ゲルマン祖語
    ↓
   Boiohaemum [ ボイヨ ' ハイムム ], Bohaemum [ ボ ' ハイムム ] 「ボイイー族の故地」。古典ラテン語
    ↓
   Böhmen [ ' ベーメン ] 現代ドイツ語形
   Bohemia [ boʊ'hi:miə ] [ ボウ ' ヒーミア ] 英語形



〓ノーテンキに 「ぼへみあ~ん」 なんて歌ってるところではありませんぜ。


〓ゲルマン祖語の *haima-z というのは、現代で言うと、英語の home、ドイツ語の Heim です。


〓ドイツ語に入った中世ラテン語 Bajuware の複数形 Bajuwaren 「バユヴァーレン」 が音縮約を起こして、Baiern 「バイエルン」 となり、現代の Bayern につながります。


〓いっぽうで、中世以降のラテン語では、 Bavarii 「バユヴァーリー人の土地」 という意味で、 Bavaria 「バヴァーリア」 と呼ぶことになったんですね。だから、 Bayern Bavaria


〓指揮者 カール・ベーム Karl Böhm の姓は、「ボヘミア」 の出身者が名乗ったものとされています。現代ドイツ語では、「ボヘミア人」 は Böhme [ ' ベーメ ] です。



               ビール               ビール               ビール



〓バイエルンというのは、ミュンヘンで連想されるがごとく、ビールを飲んで陽気に酔っぱらって、という土地柄のように思うかもしれません。しかし、ドイツの南端にあって、カトリックの勢力が最も強く、ドイツの中でもきわめて保守的な地域なんすね。


〓映画の最初のシークエンス。ケンカ別れしたあとのヤスミーンが、砂漠の中から忽然 (こつぜん) と現れます。それだけでもブレンダを驚かせるのに十分だったにもかかわらず、彼女は、羽根の付いた帽子に、カッチリしたスーツという、おおよそ、場所も時代も取り違えたようなカッコウをしていました。


〓ここに、監督が最初に 「オモシロイだろう」 と思った画 (え) があるわけです。つまり、


   焼き冷ましのモチみたいなコチコチのバイエルンを、
   ヒョイと、カジュアルな国、アメリカ合衆国の砂漠に置いたらどうなるか


ってね。まず、ここがこの映画のミソです。



   げたにれの “日日是言語学”-バグダッドカフェ・登場


〓カフェの娘、フィリス Phyllis が、巨大な象の半ズボンか?と疑わんばかりの革ズボンに興味津々だったけれども、あれは、バイエルンの男性の民族衣装で、



   げたにれの “日日是言語学”-lederhose

   Lederhose [ ' れーダァホーゼ ]


と言うものです。映画の中でもヤスミーンは、フィリスに 「レーダーホーゼ」 と言っていました。


Leder [ 'le:dɐ ] [ ' れーダァ ] というのは、英語の leather と同源。 Hose [ 'ho:zə ] [ ' ホーゼ ] は、 pantyhose の hose と同源です。
〓ズボンとパンストが同じとあってはヘンテコですが、そもそも、ゲルマン語で “(脚を)覆うもの” という意味でした。


〓ヨーロッパでは、中世から近世にかけて、男性は、下半身に、



   げたにれの “日日是言語学”-hose

   股ぐらまで達する “ストッキング状の脚カバー” (12~17世紀)
   もしくは、左右のそれが一体になった “タイツ” (14~16世紀)


を穿 (は) いていました。コントなんぞで 「白馬の王子様」 的なキャラが穿いているのが hose なんです。


〓これは、近代以降、女性が身につけるようになった 「ガーターベルトでつるすストッキング」、「タイツ / パンティストッキング」 と、形のうえでは、ひじょうによく似ています。16~17世紀までは、こういう形状のものは男性の被服だったんですね。


hose は、15世紀末に 「水を通すホース」 の意味にも使われるようになりましたが、「左右別々の hose」 からの “筒状のもの” という連想でしょう。


〓さらに、「ズボンの指小語」 panty (小さなズボン) と合成して、主として米語で、


   pantyhose [ 'pænti ˌhoʊz ] [ ' パンティ ˌ ホウズ ] 「パンティストッキング」


となりました。


〓英語で、「靴下・ストッキング類」 をまとめて、


   hosiery [ 'hoʊʒəɹi'həʊziəɹi ] [ 'ホウジャリ | 'ハウズィアリ ]


というのは、この手の衣服類の元祖が hose だからなんですね。 -(e)ry は 「集合名詞」 をつくる接尾辞です。 jewelry 「宝石類」 の -ry と同じ。 l のあとでは -e- が落ちます。
〓もっとも、 hosier は hose に 「~する人」 をあらわすフランス語の接尾辞 -ier が付いたもので、「靴下類をあつかう業者・商店」 の意味で、これと -ery が混淆 (こんこう) してしまった語形が hosiery です。



               ジーンズ               ジーンズ               ジーンズ



〓このヨーロッパ中世の男性用 hose を、他の言語ではこのように言いました。


   chausses [ 'ʃos ] [ ' ショス ] フランス語
   calze [ ' カるツェ ] イタリア語
   calzas [ ' カるさス ] スペイン語
   calças [ ' カるサシュ ] ポルトガル語
   ――――――――――
   Hose [ ' ホーゼ ] ドイツ語


〓ラテン語の末裔 (ロマンス諸語) では、古典ラテン語の


   calceus [ ' カるケウス ] <男性名詞> 「靴」。古典ラテン語
      ← calx 「かかと」


から派生したと思われる


   *calcia [ ' カるツィア ] <女性名詞> 俗ラテン語


を使っています。


〓ゲルマン語では、すでに申し上げたとおり 「(脚)カバー」 の hose が用いられましたが、


   ドイツ語では Hose が、のちに 「ズボン」 の意味に転じたものの、
   英語では 「ズボン」 に trousers (17世紀末~)、pantaloons (19世紀初頭)、

                 さらに、その短縮形 pants が当てられた


ため、英語の hose は 「ズボン」 の意味にならなかったんですね。


〓いずれにしても、 Lederhose というのは、ドイツ語で 「革ズボン」 と言っているにすぎません。





  【 「ペルシー・アドロン」 と 「ホテル・アドロン」 の長い物語 】


Rosenheim というのは、監督の図った地名の選択かもしれません。というのも、英語に置き換えると、


   rose home 「バラのわが家」


だからです。「バラの花が咲くわが家」 なのか、「バラ色のわが家」 なのか。


〓そして、タイトルは、


   out of Rosenheim 「バラ色のわが家をあとにして」


なのですね。ヤスミーンの気持ちを言い表す地名かもしれない。


〓もっとも、このタイトル、当時、ハリウッドのメジャーが製作した映画、


   “Out of Africa” 『愛と哀しみの果て』


をパロったものだったそうです。 “Out of Africa” 1985、 “Out of Rosenheim” 1987。これがパロディということは、日本語ではわからない。



               ブーケ1               ブーケ1               ブーケ1



〓日本におけるペルシー・アドロン Percy Adlon の映画というのは、この 『バグダッド・カフェ』 で突然登場したわけではありませんでした。当時、すでに、


   『シュガーベイビー』 »Zuckerbaby« 1985
      ※ zucker [ ' ツカァ ] 「砂糖」 は、英語 sugar と同源。


という映画が公開されていました。渋谷の桜丘にあったころのユーロスペースでの公開。まだ、スクリーンが1つだったころだと思います。



   げたにれの “日日是言語学”-zuckerbaby

   若いハンサムな地下鉄の運転手と、デブのオバチャンの恋物語



という、もう、設定からしてメジャーになる気のない映画でした。


〓ナニを隠そう、この 「シュガーベイビー」 のデブのオバチャンこそが、


   マリアンネ・ゼーゲブレヒト Marianne Sägebrecht


そのヒトだったんですね。



               地下鉄               地下鉄               地下鉄



〓撮影は、ヨハンナ・ヘーア Johanna Heer というヒトで、理由はよくわからないが、いつでも、カメラが振り子のように左右に揺れているのでした。
〓手持ちのカメラで、つねに不安定に揺れることでは、ウォン・カーワイ (王家衛) と組んで登場したクリストファー・ドイル Christopher Doyle が有名ですが、ヨハンナ・ヘーアのカメラは、もっと、あま~い感じで揺れるんですね。


〓この映画、表街道の 「映画ファン」 ではなく、ミニシアターを徘徊しているような 「映画マニア」 のあいだではチョッと知られた存在でした。そのころ、監督の名前は、


   シー・アドロン


だったんですね。ドイツ語読みです。


   Percy [ 'pɛʁsi, 'pɛɐsi ] [ ' ペルスィ、' ペァスィ ] 「ペルシー」。男子名


〓これは、英語の男子名 Percy の借用です。 Percy Bysshe Shelley 「パーシー・ビッシュ・シェリー」 とか、Percy Faith 「パーシー・フェイス」 などで知られる英語の男子名です。


〓あるいは、


   Percival [ 'pɚsɪvəɫ | 'pə:- ] [ ' パァスィヴァる ] 英語


という名前の略称 (愛称) でもあります。「パーシヴァル」 というのは、アーサー王の円卓の騎士のひとりの名前。ドイツ語では、


   Parzival [ 'paʀtsifal ] [ ' パルツィファる ] 「パルツィファル」。ドイツ語


と言います。ただ、ワーグナーは、その楽劇を、


   Parsifal [ 'paʀzifal ] [ ' パルズィファる ] 「パルジファル」。ワーグナーの造語


と命名しました。


〓これは、ワーグナーが、ヨーゼフ・フォン・ゲレス Joseph von Görres 版 (1813) の 『ローエングリン』 »Lohengrin« を読んだとき、その序文に、


   Parsi-Fal もしくは Parseh-Fal はアラビア語であり、
   „der reine oder arme Dumme“ 「まったくの愚か者」 もしくは 「哀れな愚か者」 の意ではないか


とあったことに感銘を受けて、みずからの楽劇の題名を »Parsifal« としたものです。

〓ザンネンながら、このゲレスの説は根拠が薄弱です。それどころか、アラビア語のどの単語を指しているのかよくわかりません。そもそも、アラビア語に p 音はないんです……



               映画               映画               映画



〓ここで、ペルシー・アドロンについて調べておきましょか。



   げたにれの “日日是言語学”-ペルシー・アドロン

   ――――――――――――――――――――
   Percy Adlon 「ペルシー・アドロン」

   1935年 (昭和10年) 6月1日、ミュンヘン生まれ。
   本名は Paul Rudolf Parsifal Adlon 「パウル・ルードルフ・パルジファル・アドロン」
   ドイツの映画、テレビドラマの監督。
   ――――――――――――――――――――



〓さあさあどうですかどうですか。オモシロイですね。本名に Parsifal が入ってるんです。それも、ドイツ語の正当の語形ではなく、ワーグナーの発明した語形です。つまり、ふだん名乗っている Percy というのは、このワーグナー由来の Parsifal から来ているんです。


〓ベルリンに、


   Hotel Adlon (Kempinski) “ホテル・アドロン(・ケンピンスキ)”


という老舗高級ホテルがあります。2002年に、マイケル・ジャクソンが生後まもない 「プリンス・マイケル」 Prince Michael を、みんなに見せようと、4階の窓から宙づりにして物議をかもしたホテルです。


〓このホテル、第二次大戦前は、「ウンター・デン・リンデン」 „Unter den Linden“、すなわち、“菩提樹の下の” という名の繁華な通りに面していました。
〓そのにぎわいは、森鷗外をして、以下のごとく言わしめたのでした。



   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
   菩提樹下 (ぼだいじゅか) と譯 (訳) するときは、幽靜 (ゆうせい) なる境 (さかい) なるべく

   思はるれど、この大道 (だいどう) 髮の如きウンテル、デン、リンデンに來 (来) て
   兩邊 (両辺 りょうへん) なる石だゝみの人道を行く隊々 (くみぐみ) の士女 (しじょ) を見よ。
                         ── 『舞姫』 より
   ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



〓もっとも、ドイツ語で言う Lindenbaum [ ' りンデンバオム ] というのは、


   【 セイヨウボダイジュ 】 Tilia × europaea [ ' ティりア エウロー ' パイア ]
       ※シナノキ科シナノキ属


のことで、お釈迦様がその根元で悟りを開いたという “クワ科” の 「インドボダイジュ」 とはベツモノです。

〓この “西洋菩提樹” は、ヨーロッパ自生で、Tilia cordata 「コバノシナノキ/フユボダイジュ」 と Tilia platyphyllos 「ナツボダイジュ」 の自然交配種です。


“tilia europaea” は、ラテン語で 「ヨーロッパの europaeus シナノキ」 という意味で、属名と種小名 (しゅしょうめい) のあいだにd“×” を入れるのは 「交雑種」 である、というしるしです。


〓いっぽう、お釈迦様の 「インドボダイジュ」 と、日本語で言う日本の 「ボダイジュ」 は分類学上は次のような植物です。


   【 インドボダイジュ 】 Ficus religiosa [ ' フィークス レりギ ' オーサ ]

                        「神聖なるイチジク」 ※クワ科イチジク属

   【 ボダイジュ 】 Tilia miqueliana [ ' タりア ミクウェり ' アーナ ]

                        「ミクウェルのシナノキ」 ※シナノキ科シナノキ属

       ※ Friedrich Anton Wilhelm Miquel は19世紀オランダの植物学者



ということで、日本語では一様に 「菩提樹」 と称するけれども、お釈迦様の菩提樹だけは、分類学上、クワ科イチジク属なんですね。だから、ヨーロッパ人には、この鷗外のシャレは通じません。


〓日本の 「菩提樹」 は南宋に留学した臨済宗 (りんざいしゅう) の開祖、栄西 (えいさい) が中国から持ち帰ったと言います。当時の日本人は、


   「これが、あのお釈迦様の菩提樹か……」 霧


と嘆息したことでしょう。ところがギッチョンチョン。中国語で、「ボダイジュ」 Tilia miqueliana をナンというか調べると、


   【 南京椴 】 nánjīngduàn [ ナンチんトゥアヌ ]


だとわかります。けっして 「菩提樹」 とは言わない。 “椴” というのが 「シナノキ」 のことです。つまり、“ナンキンシナノキ” (「ボダイジュ」 という言い方を使わないためのココでの臨時の呼び名です) という名前です。


〓じゃじゃじゃあ えっ、栄西は、ナンだって、“ナンキンシナノキ” を 「菩提樹」 だと思って持ち帰ったのか。と、実は、


   江蘇 (こうそ) 方言の俗称で 「南京椴」 を 「菩提樹」 と言った
      ※「江蘇」 は現在の南京や蘇州のあたりを言う。当時は、上海という都市はなかった。


らしいのです。その名残として、現在でも、漢方薬には、


   菩提樹皮 …… “ナンキンシナノキ” の樹皮
   菩提樹花 …… “ナンキンシナノキ” の花


があります。日本では、それぞれ、「菩提樹の樹皮」、「菩提樹の花」 ですからフシギはありませんが、中国人には奇妙な名前です。


〓つまり、日本における 「ナンキンシナノキ=菩提樹」 というカン違いは、中国の江蘇地方の古い方言に由来するものですから、


   ウンテル・デン・リンデンを “菩提樹下” と訳せるのは日本語だけ


なんです。



               ホテル               ビル               学校



〓森鷗外が遊んだ時代、実際、「ウンター・デン・リンデン」 は、ヨーロッパでも屈指の壮麗な繁華街でした。『舞姫』 の上の一文は、学校で “読まされた” ころはナンダカ難しいと思っただけでしたが、今、読み返してみると、


   鷗外が、読む者をして、ニヤッとさせようと工夫している


に気づきます。
〓もちろん、“ウンター・デン・リンデン” を 「菩提樹下」 と訳す、というのも、そのひとつです。


〓そのあとの


   大道 髪の如き  美容院


とはフシギな表現と思われるかもしれません。


〓『日本国語大辞典』 は、これに類する表現を見出しとしていません。つまり、日本語最大の辞典でも 「大道、髪の如き」 がナニを意味するのかわからない。それだったら、昭和・平成の御代 (みよ) のフツーの中学生に意味がわかるわけがない。


   髪のごとき


というのは、どうやら、 「ひと筋まっすぐに伸びていること」 を指すらしい。今のように、髪の毛を縮らせたり、カールさせたりする時代では、にわかに感得できません。むしろ、「快刀乱麻」 的なモジャモジャの形容に感じます。



               ビル               病院               学校



〓いったい、こりゃどっから出たんだ、と調べるに、中国、唐代の詩人、儲光羲 (ちょこうぎ) Chŭ Guāngxī という人の 『洛陽道』 (らくようどう) という五言絶句の第一句に、


   大道直如髪


というのがあります。読み下すと、


   大道 直きこと髪の如く 「だいどう、なおきことかみのごとく」
     ※あるいは、「だいどう、ちょくなること」、「だいどう、なおくして」、「だいどう、なおうして」。
       第二句に続くので 「~ごとく」。言い切るならば 「~ごとし」。


となります。


〓“「サヨナラ」 ダケガ人生ダ” で有名な井伏鱒二の超然たる 『厄除け詩集』 にも 『洛陽道』 が選ばれていて、“ミチハマツスグ先ヅカミスヂダ” と訳されています。



   ――――――――――――――――――――
   大道直如髪
   春日佳気多
   五陵貴公子
   双双鳴玉珂


   ミチハマツスグ先ヅカミスヂダ
   ドウトモ云ハレヌコノ春ゲシキ
   ヤシキヤシキノ若トノ衆ガ
   サソフクツワノオトリンリント

                   ── 『厄除け詩集』 より
   ――――――――――――――――――――



〓「かみすじ」 というのは、“髪の毛に櫛 (くし) を通したあとの真っ直ぐな筋目” を言います。「まず」 というのは、“誰がナンと言おうと” という話者の主張の勢いを示すコトバ。「道はまっすぐで、ナンと言っても、くしけずった髪のようだ」 ですね。


〓この詩は、8世紀の洛陽の大路のにぎわいを写したもので、その意味では、鷗外のベルリンのにぎわいを言うに引用したは、まったく、「どーよ顔」 べーっだ! の仕掛けなんす。


〓鷗外は、「直きこと」 を省いているので、引用モトを知らないヒトには意味不明になっています。鷗外が漢文に通じていたであろうことは確かですが、「直きこと」 を省いているところを見ると、あんがい、『東海道中膝栗毛』 の言い方を下敷きにしているのかもしれません。


   ――――――――――――――――――――――――――――――
   げにや大道は髪のごとしと、毛すじ程も、ゆるがぬ御代のためしには
   ――――――――――――――――――――――――――――――


〓『膝栗毛』 の 「初編」 の一句です。十返舎一九 (じ(ゅ)っぺんしゃ いっく) は漢詩を引用し、「直きこと」 を省いちゃった。今どきの “インテリ” が英語に通じているのが当たり前のように、江戸時代の教養人は漢籍に通じているのが当たり前でした。だから、「大道は髪のごとし」 と言えば、「ああ、アレだ」 とわかったんでしょう。


〓いや、それどころか、『膝栗毛』 以前の 「談義本」 (だんぎぼん=通俗小説) にさえ、


   「大道直ふ (なおう) して髪のごとく」


という用例が見えます。

〓そういうことがわかってくると、鷗外のあの格調高い一文の裏に、「ニン!」 と北叟笑んでピース チョキ する文豪のオチャメな顔が浮かびます。




パンダ 長うガスなあ。 まだ、3に続くんどす ↓

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