〓M1-グランプリの決勝でしたなあ。アッシゃねえ、
ナイツ
に勝ってもらいたかった。M1で、
東京の寄席芸人が優勝したことがねえんだ
〓言うてみれば、「東京の星」 なんだ。寄席の星だ。寄席で初めて見た 「ナイツ」 の漫才は衝撃的だったんですよ。
単純に、面白い
のです。なおかつ、TV的なインパクト勝負のギャグではなく、キチンと筋を積み立ててゆく正当的なシャベクリ漫才の手法をとっておるのです。そこがスゴイ。ココロザシが高いぞ。
〓ナイツは、内海桂子 (うつみ けいこ) 師匠の弟子だと言われております。ウッチャンナンチャンも、昔は、内海桂子・好江 (けいこ・よしえ) が師匠だということになっておりました。ウリナリに好江師匠がヒョッコリ出て来はることもありました。
〓このへん、古い芸界のシキタリをよく知らないヒトにはわかりづらいのですが、
長年、「付き人・内弟子・通い弟子」 をやった “弟子” というのと、
単に 「後見」 (こうけん) を得て、“弟子” を名乗らせてもらっているのは、意味がまったくちがう
のですよ。
〓「内海桂子 ― ウッチャンナンチャン ― ナイツ」 というのは、マセキ芸能社つながりの後見です。
ナイツの師匠は、内海桂子だ
というはそういうこと。寄席のたぐいの演芸の世界は、まだまだ、古い因習が残っているので、TVなどとちがって、どこのウマの骨だかわからないニンゲンは使ってもらえないのです。
〓ナイツは、“芸協” (げいきょう=落語芸術協会) の定席 (じょうせき) に出ています。内海桂子師匠は、「財団法人 漫才協会」 に籍を置いていますが、現在は、落語協会にも、落語芸術協会にも籍を置いていないようです。もう、お年もお年なので、定席には出ずに、ホール落語会やTV録画などが中心なのでしょう。
するってえと、内海桂子の身内でも寄席には出られない
ということになる。なので、
ナイツは三遊亭小遊三 (こゆうざ) 師匠の身内
※小遊三師がわからない? 「笑点」 の水色のオジサンです
として、芸協の寄席に出ているのです。また、これを、世間では、ナイツは小遊三の弟子だ、と言うことになります。
〓しかし、「ナイツ」、惜しかった……
【 “ダブルダッチ” の “ラジバンダリ” 】
〓「ラジバンダリ」。“ダブルダッチ” のオナジミのギャグです。
〓オナジマないヒトのために説明しますと、“ダブルダッチ” という松竹芸能のお笑いコンビがいまして、このコンビのギャグに “ラジバンダリ” というのがあるんす。
〓こういうぐあいに使うギャグです。
「わたし、まだ、ニホンゴ、なれてないから、わたしにシツモンするときは、
ユックリ、ハッキリ、ラジバンダリ!」
「きょうは、はじめてオミアイするから、
ドキドキしたり、ワクワクしたり、ラジバンダリ!」
〓これは、ボケの西井隆詞 (にしい りゅうじ) さんが、「ジュニタ・ラジバンダリ」 という名前の、アジア系外国人女性のキャラになって、訛りのキツイ日本語でカマすものです。
〓この 「ジュニタ・ラジバンダリ」 というのは、西井さんが、数年前にコンビニでアルバイトしていたときの同僚だそうで、しゃべり方もこの女性をモデルにしているそうです。
【 「ラジバンダリ」 とは、どこの国の名前か 】
〓「ラジバンダリ」。こりゃ、実在の姓です。ネパール人の姓。
राजभण्डारी rājbhaṇḍārī [ ɾadzbʱʌɳɖaɾi ] [ ラヅばンダリ ] ラズバンダリ
〓ただし、外国人がインド人やネパール人の姓と見なしているものは、欧米人・日本人などが考える姓とは、その質が異なっています。その異なり方も、宗教、民族、地域でさまざまであり、その全体像をとらえ、理解するのは、とても困難です。
〓上に記した 「ラヅバンダリ」 という綴りと発音は、ネパールの公用語である 「ネパール語」 のものです。とりあえず、このことを押さえておいてください。
〓「ネパール語」 というのは、印欧語族のインド・イラン語派に属します。すなわち、ヒンディー語とは兄弟の言語であり、英語などとも遠い親戚である、ということです。
〓このネパールの地に、もともと住んでいた民族は、
シナ・チベット語族の 「チベット・ビルマ語派」
に属する人々でした。この語派に属する言語で、日本人が聞いてわかる言語と言えば、
チベット語とビルマ語
くらいです。
〓印欧語族に属する民族 “パルバテ・ヒンドゥー” Parbate (Parbatiya) Hindu がカトマンズを制圧し、ネパールに統一国家をつくったのは、わずか、18世紀のことにすぎません。しかし、この印欧語族系の民族は、現在、すでにネパールの人口の6割ほどを占め、その言語 「ネパール語」 が公用語になっています。
〓ネパールの人口統計では、この “パルバテ・ヒンドゥー” という民族グループを項目として立てず、チェトリ Chetri (人口統計第1位。クシャトリアの転訛)、バフン Bahun (人口統計第2位。ブラーミン <バラモン> の転訛)、カミ Kami (人口統計第8位。不可触民) などとカースト名で集計しています。
〓“パルバテ・ヒンドゥー” という民族は、中間のカースト、「ヴァイシャ」 と 「シュードラ」 を欠いている、という奇妙な特徴を持っています。
〓ところで、クダンの 「ラジバンダリ」 という “姓” を持つのがどんなヒトたちなのか、というと、このネパールの大多数を占める印欧語族系の “パルバテ・ヒンドゥー” ではなく、
ネワール族 Newa people / Nepal Bhasa
という、土着のチベット・ビルマ語派の言語を話す人々なのです。
〓この民族の話す言語を 「ネワール語」 もしくは 「ネパール・バサ語」 と言います。いわゆる、一般に言う、印欧語族の 「ネパール語」 とはまったく異なる言語である点に注意してください。
〓ネワール族は、120万人強、ネパールの人口統計の6位、全人口の 5.5%を占めます。もっとも、ネパールの人口統計は、先も述べたように、カーストと民族をゴッチャにしているので、民族としては第5位です。
〓ネワール族は、首都カトマンズのあるカトマンズ渓谷の先住民です。そのため、国内第5位の民族とは言え、首都カトマンズの主要民族は、パルバテ・ヒンドゥー (チェトリとバフン) とネワール族であり、カトマンズの主要言語も
「ネパール語」 と 「ネワール語」
ということになります。この2つの名称は似ていますが、まったく系統のちがう言語であることをもう一度くりかえしておきます。また、このよく似た2つの名称に、何らかの関係があるのか、ないのか、ハッキリしていないようです。
〓ネワール族にもカースト制度があります。彼らには、ヒンドゥー教徒 (84%) も仏教徒 (15%) もおり、それぞれに異なるカーストを持っています。つまり、ネパールでは仏教徒にもカーストがある、という奇妙な状況なのです。
〓ネワール族のカーストは、職業にもとづくもので、このカースト名じたいが “姓” として用いられます。
〓カトマンズのネワール族の 「カースト、職業、姓」 を上位から並べると、以下のようになります。
デオ・ブラフマン Deo Brahman ― ヒンドゥー教司祭 ─ Raj Uphadhaya
バッタ・ブラフマン Bhatta Brahman ― ヒンドゥー教司祭 ― Bhatta
ジャー・ブラフマン Jha Brahman ― ヒンドゥー教司祭 ― Jha
グバジュ Gubhaju ― 仏教司祭 ― Vajracharya
バレ Bare ― 金銀細工師 (仏教徒) ― Sakhya, Bhikshu
シュレスタ Shrestha ― 商人、宮廷官僚 (ヒンドゥー教徒)
― Shrestha, Malla, Joshi, Pradhan, Raj Bhandari, Amatya, Raj Vamsi, etc.
ウレ Uray ― 商人、職人 (仏教徒)
― Tuladhar, Tamrakar, Kansakar, Awa, Sikarmi, Madi-karmi, etc.
ジャプ Jyapu ― 農民
― Maharjan, Dungol, Duwal, Sapu, Kabhuja, Musa, Lawat
〓9位以下のカーストは省きます。人口としていちばん多いのはカースト8位の農民です。そして、6位のカースト 「シュレスタ」 の姓として 「ラジバンダリ」 が出てきているのがわかりますね。
〓「シュレスタ」 に属する人は、“姓” として 「シュレスタ」 を名乗っている場合もありますが、その他にも、さまざまな “姓” が 「シュレスタ」 に属していることがわかります。そして、日本人が “姓” だとみなす Raj Bhandari などのことを “サブカースト” (sub-caste <英語>) と言います。
〓名目上のカーストの上下というより、社会的にもっとも影響力を持っているのは、むしろ、商人や官僚の属する 「シュレスタ」 であるようです。
〓ところで、上にあげた 「カースト名」 は、ネワール語であり、本来は、ヒンディー語と同様に “デーヴァナーガリー” で書かれます。しかし、ネワール語の資料はインターネット上でもほとんど手に入らず、原綴 (げんてい) を調べ尽くすことは不可能でした。
〓これらカースト名はネワール語であると言うようなものの、そこには、多くのサンスクリットやヒンディー語からの借用語が混ざっています。たとえば、「シュレスタ」 というのは、サンスクリットの
श्रेष्ठ śreṣṭha- [ ɕre:ʂʈʰa ] [ シュ ' レーした ] 「もっとも輝かしい、もっとも優れた」
※ -iṣṭha- はサンスクリットの形容詞の最上級をつくる接尾辞で、英語の -est と同源。
śreṣṭha- は śrīmat- [ シュリーマト ] 「輝かしい」 の最上級。
を借用したもので、ネワール語では shyosyo (原綴・発音不明) というようです。
〓「シュレスタ」 に属するネワール人には、日本人の考えるところの “姓” に Shrestha を名乗る人もいるし、また、サブカースト名のいずれかを名乗る人もいる、ということです。
〓また、今までのことを考えてみれば、ネパール人に、むやみに 「フルネームを書いてください」 と頼むのが、相手によってはトンでもない、ということがわかりますネ。とても重い意味を持ちます。
〓ここで 「ラジバンダリ」 に戻りましょう。これは、「商人、官僚」 のカースト “シュレスタ” のサブカーストの中に見えます。すなわち、ナンらかの 「特定の商売、官僚ポスト」 を指すコトバです。
〓ただし、注意すべきは、カースト名・サブカースト名は、その家で、代々、受け継がれてきているものなので、必ずしも、現在の職業とは一致しない、ということです。
〓まあ、それは置いておいて、この
राजभण्डारी rājbhaṇḍārī 「ラジバンダリ」
とはナンなのか? コイツの文字通りの意味は、
王の財務官
という意味です。おいおい説明しますが、これはサンスクリットに準ずるヒンディー語からの借用語で造語したものです。
〓先ほど、この単語の発音を 「ラヅバンダリ」 としましたが、すでに述べたように、これは、ネパールの公用語である 「ネパール語」 の発音です。ネワール語は、発音の体系が異なっており、その発音はおそらく、
राजभण्डारी rājbhaṇḍārī [ rɑ:ɟʝbʱəɳɖɑ:ri: | rɑ:z- ]
[ ラーヂィばンダーリー | ラーズ~ ] 「ラージバンダーリー」
※ cf. ネパール語音 [ ɾadzbʱʌɳɖaɾi ] [ ラヅばンダリ ] ラズバンダリ
だと思われます。ネワール語は、ネパール語とちがい、長母音と短母音を区別します。もっとも、アッシはネワール語を聞いたことがないので、この通りかどうか、保証のほどではありません。
〓 [ ɟʝ ] という子音はケッタイな表記です。
〓 [ ɟ ] という子音は、ほぼ、日本語の 「ヂャヂヂュヂェヂョ」 の子音と思ってもよろしいが、正確を期すならば、「ヂャ」 と 「ギャ」 の中間の音を出すと思えばよいです。
〓また、 [ ʝ ] は、摩擦 (狭め) が強くなって 「ジャ」 (閉鎖をつくる 「ヂャ」 でなく、狭めをつくる摩擦の 「ジャ」) と 「ヤ」 の中間に聞こえる 「ヤユヨ」 の子音です。あるいは、「ヒャヒヒュヒェヒョ」 の子音 [ ç ] の有声音と言ったほうがわかりやすいかもしれません。
〓よって、 [ ɟʝ ] を 「ヂィ」 と表記してみました。破裂のあとに、摩擦がじゃっかん長く聞こえる音なんでしょう。
〓 [ ɳɖ ] もナジミのない発音記号でしょうなあ。
〓ナニにつけ、発音記号で [ ̢ ] というシッポの付く文字は、「反り舌音」 です。英語の r のように、舌先を上に反り返らせて出す音です。
〓ロシア語の ш, ж、中国語の sh, r は [ ʂ ], [ ʐ ] で、舌先を反り返らせて出す [ ʃ ], [ ʒ ] の音です。中国語では、 ch, zh [ ʈʂʰ ], [ ʈʂ ] も反り舌ですね。先 ほどのサンスクリットの単語 śreṣṭha の ṣ も [ ʂ ] の音です。 ṭh [ ʈʰ ] も反り舌音ですね。
〓反り舌音は、舌を反り返らせるという、舌に大きな負担のかかる子音なので、隣り合った子音どうしは、ほとんどの場合、両方とも反り舌です。だから、
[ ɳɖ ] や [ ʂʈʰ ]
といった子音連続になるわけです。
〓反り舌は、その特殊な舌の位置のセイで、日本人の耳にとって [ ɖ ] などは r 音に聞こえるし、 [ ʈ ] などは ch 音に聞こえます。
〓 [ ʈʂ ] (中国語の zh 音) などという子音は、あんがい、英語の語頭の tr- という子音群によく似た音です。 try は 「チョライ」 と聞こえますでしょ。
〓ヴェトナム語では、この子音を
tr [ ʈʂ ] (ホーチミン <旧サイゴン> 音)
と表記します。
〓ベトナム人には、 Tran さんという姓の人をよく見かけますナ。これは、おおかた、
Trần 「陳」 [ ʈʂɜn ] [ ちゃヌ ] (中国語音 chén [ ʈʂʰən ] )
※北のハノイなどは “反り舌音” を持たず、 tr は [ c ] で発音する。
Wikipedia などでは、これを正しいヴェトナム語の発音と見なしているのが見てとれる。 [ cɜn ]。
日本で出ているヴェトナム語の入門書もほとんど ch と tr を同音としている。
しかし、ホーチミンを中心とする南部、および、フエなどの観光古都を擁する中部は、
tr を反り舌で発音する。むしろ、 ch と tr を区別する発音を覚えたほうが得策だろう……
ひらすら “ハノイ準拠” のベトナム語入門書というのは感心しない。
ベトナム語の入門書を書いているヒトたちのアタマが古いのである。
[ c ] という子音は、日本語の 「チャ」 と 「キャ」 の中間の子音。
という姓です。これは、 “阮” Nguyễn [ ク゚ウェヌ ] 「グエン」 に次ぎ、ヴェトナムで2番目に多い姓です。(この Nguyễn の発音は [ ŋwiɜn ] [ ク゚イェヌ ] とされているのだが、どうも [ i ] が聞こえない。 [ ŋwɜn ] と聞こえる。中国語音は ruǎn [ ジュアヌ ])
〓ヴェトナム語のラテン文字表記は、フランス人宣教師が考案したものですが、いろいろな言語の表記を参照した形跡があり、この tr などは英語音を参照したのかもしれません。
Trần Anh Hùng
というヴェトナム系のフランス人監督は、日本では 「トラン・アン・ユン」 と呼ばれているけれども、これは移住先のフランス語の音です。彼は、フエのすぐ近くの中部生まれなので、 tr の発音は、南のホーチミン (サイゴン) 式です。よって、
[ ʈʂɜn ʔajɲ huŋ ] [ チャヌ アイニ フン ] (声調略)
が本来の発音です。カナに転写するなら 「チャン・アニ・フン」 がよろしいか。漢字で書くと 「陳英雄」 だそうです。
〓まあ、そんなこんなで、ネパール人 (細かく言うと “ネワール人” ですね) の राजभण्डारी rājbhaṇḍārī さんは、「ラージバンダーリー」 さんなのです。
〓しかし、ネパール人の過半数を占める 「パルバテ・ヒンドゥー」 のヒトたちにとって、これは、やはり、ネパール語で、राजभण्डारी rājbhaṇḍārī 「ラズバンダリ」 なワケです。
〓もとが、サンスクリットやヒンディー語である借用語は、言ってみれば、漢語が、日本人にとっても韓国人にとっても共通の語彙であるのと同様に、ネパール語を話す人にとっても、ネワール語を話す人にとっても共通の語彙である、ということになります。
〓 rājbhaṇḍārī という転写形は、デーヴァナーガリーで示されている長母音を、サンスクリットを転写するときと同様に、そのままラテン文字に置き換えたものです。現代ネパール語には、母音の長短の区別がありませんので、そのように文字で書かれている、というに過ぎません。日本語で言えば、歴史的かなづかいで、「おうぎ」 を 「あふぎ」、「しましょう」 を 「しませう」 と書いている、というのと同じようなことです。
〓もっとも、サンスクリットの ā は現代ネパール語の [ a ] となり、 a は [ ʌ ] (ヒンディー語では [ ə ]) になる、という 「長短の区別が、音の質の区別に置き換わっている」 場合があります。
【 「ラージバンダーリー」 の語源 】
〓この 「ラージバンダーリー」 という単語は、おそらく、ヒンディー語から借用したものでしょう。というのも、ネパール語の語彙に、後半の造語要素である bhaṇḍārī が見当たらないからです。
भण्डारी bhaṇḍārī [ バンダーリー ]
というのは、インド各地で見られる姓です。(くりかえしますが、インド人の姓は、欧米人・日本人が考える姓と少し異なる概念であり、また、インド国内でも、地域・民族・宗教などで、その質が異なります)
〓たとえば、インド最大の都市ムンバイの 「バンダーリー」 はブラーミン (バラモン) に属する氏族だそうですが、パンジャブの場合はクシャトリアだそうです。また、パンジャブではシク教徒にも 「バンダーリー」 の姓があるようですが、シク教はカーストを否定しているので、このバンダーリーさんはカーストと関係がありません。
〓この単語をサンスクリットに探しても見つかりません。なぜなら、サンスクリットの単語が、大いに短縮されたものだからです。もとの語形は、
भाण्डागारिक bhāṇḍāgārika- [ ばーンダーガーリカ ] <男性名詞>
です。その構成は、サンスクリットで以下のとおりです。
भाण्ड bāṇḍa- [ ばーンダ ] <中性名詞> 容器、皿、箱。商品。財産。
+
आगार āgāra- [ アーガーラ ] <中性名詞> 住居、家。
+
इक -ika- [ ~イカ ] <接尾辞><男性> 「~にたずさわる人」 という名詞をつくる。
↓
भाण्डागारिक bhāṇḍāgārika- [ ばーンダーガーリカ ] <男性名詞>
(i) 「商品の家 (=倉庫) にたずさわる者」 → 「倉庫の管理人、商店主」
(ii) 「財産の家 (=宝物庫、国庫) にたずさわる者」 → 「管財人、財務官」
〓この単語がヒンディー語からの借用であろう、というのは、この 「バーンダーガーリカ」 の短縮形が、ネパール語とヒンディー語で、偶然、同じ 「バンダーリー」 になるとは考えにくいからです。
〓「バンダーリー」 がインド各地に見られる姓 (氏族名) であることは、すでに書いたとおりですが、これに rāj- を前接した語形は、ネパール独特の姓 (氏族名・サブカースト名) であるようです。この rāj- が何かと言えば、
राजन् rājan- [ ラーヂャン ] <男性名詞> 「王」。サンスクリット
という単語なのです。これは、ラテン語の rēx [ ' レークス ] 「王」 と同源です。一見、似ていませんが、
rēx = rēg- (語根・語幹) + -s (主格語尾)
なのです。語末が -gs となるので、 g が無声化し -ks となり、これを -x で綴っただけです。サンスクリットの語根は rāj- なので、 g が口蓋化しているわけです。
〓また、ドイツ語の Reich [ ' ライヒ ] 「帝国」、英語の rich も同源です。ゲルマン祖語で、 *rīkjaz [ ' リーキヤズ ] 「支配者」 だったものが、「金持ちの」 → 「豊かな」 と意味を変じていったので、英語の rich があります。
〓この変化は、ゲルマン語で古く起こったものなので、フランク王国を建てたフランク人の古フランク語でも *rīki [ リーキ ] 「豊かな」 でした。そのため、フランク王国を通して、ロマンス語世界に、
riche [ ' リッシュ ] フランス語
ricco [ ' リッコ ] イタリア語
rico [ ' リーコ ] スペイン語 ※「プエルトリコ」 の “リコ”
rico [ ' リック | ' ヒック ] ポルトガル語
と広がっています。もちろん、これらのロマンス語には、ラテン語の rex の末裔の単語もあります。
roi [ ロ ' ワ ] フランス語
re [ レ ] イタリア語
rey [ ' レイ ] スペイン語
rei [ ' レイ | ' ヘイ ] ポルトガル語
〓つまり、語源が同じで、経路が違う単語を1セットずつ持っている、ということになります。
〓ところで、サンスクリットの rājan- 「王」 という単語は、変化のややこしい単語で、語幹を3つ持ちます。すなわち、rājan- 「強語幹」、rāja- 「中語幹」、rājñ- 「弱語幹」 が曲用 (格変化) の中に現れます。
〓単数主格形は राजा rājā [ ' ラーヂャー ] ですが、合成語においては、第1要素であろうと、第2要素であろうと、「中語幹形」 rāja- が用いられる、という規則があります。ですので、
राजपुत्र rāja-putra- [ ラーヂャプトラ ] 「王子」
महाराज mahā-rāja- [ マハーラーヂャ ] 「大王」
となります。
〓「ラージャプトラ」 の “プトラ” というのは、先だって、「ハリプッタル」 のときに説明した、
ਪੁੱਤਰ puttar [ pʊttər ] [ プッタル ] 「息子」。パンジャブ語
पुत्र putra, putr [ 'pʊtrə, 'pʊtr ] [ ' プトラ、' プトル ] 「息子」。ヒンディー語
と起源を同じうする単語です。ここでは取りあえず先祖の単語としておきましょう。
〓現代ヒンディー語では、 rāja-putra は rāj-pūt राजपूत [ ラーヂ ' プート ] となり、
【 ラージプート 】 王侯・戦士を先祖とすると言われているカースト。クシャトリアの階級に属す。
という単語になっています。そのかわり、ヒンディー語では 「王子」 を राजकुमार rāj-kumār [ ラーヂクマール ] (← 「王の子ども」) と言っています。
〓 mahā- は合成語の第1要素の場合の語形で、本来は、
महत् mahat- [ マハット ] 「大きな、偉大な」
という形容詞です。同じ mahā- という合成形は、詩聖タゴールが “ガンジー” に贈った尊称である、
महात्मा mahātmā [ マ ' ハートマー ] 「偉大な魂」。サンスクリット
にも見られます。これは “連声” (れんじょう) を起こしているので、じゃっかん、ナンとナンの合成語かわかりにくくなっています。
महा mahā- [ マハー ] mahat- の合成語 第1要素形。「偉大な」
+
आत्मन् ātman- [ ' アートマン ] <男性名詞> 「息、魂」
↓
mahā- の語末の ā と ātman の語頭の ā が融合して
↓
महात्मन् mahātman- [ マ ' ハートマン ] <男性名詞> 「偉大な魂」。語幹
↓
महात्मा mahātmā [ マ ' ハートマー ] 「偉大な魂」。単数主格形
ということです。
〓この mahat- は、ラテン語 magnus [ ' マグヌス ]、ギリシャ語 μέγας megas [ ' メガス ] と同源です。
Charlemagne [ シャルる ' マンニュ ] 「シャルルマーニュ」
は、フランク王のラテン語名 Carolus Magnus [ ' カロるス ' マグヌス ] がフランス語として訛ってしまい、1語に融合してしまったものです。また、
Μεγαλέξανδρος Megalexandros [ メガ ' れクサンドロス ] 「アレクサンドロス大王」
は、 μέγας megas と Ἀλέξανδος Alexandros が融合した語形です。
〓国際単位系の接頭辞で使われる 「メガ」、すなわち、「メガトン・パンチ」 とか 「メガトン級」 とか 「メガバイト」 などと使われる 「メガ」 は、ギリシャ語 μέγας megas の語幹 mega- を流用したものです。
〓ええ、例によって、大外どころか、場外を回って一周してきましたが…… ハナシをもとに戻しますと、「ラージバンダーリー」 の語源として、
राजभाण्डागारिक rāja-bhāṇḍāgārika- [ ラーヂャばーンダーガーリカ ]
というサンスクリットの名詞が想定できるわけです。しかし、こんな単語は辞書に載っていません。
〓すなわち、かなり後世に、「バーンダーガーリカ」 がヒンディー語で 「バンダーリー」 と訛ってから生まれた単語だということです。あるいは、ネパールで生まれたコトバかもしれません。
〓 rājan- 「王」 という単語は、サンスクリットでは合成語で rāja- になると申し上げましたが、ヒンディー語ではさらに語末の -a が落ちて、 rāj- となります。よって、
राजभण्डारी rāj-bhaṇḍārī [ ラーヂばンダーリー ]
という単語ができますが、ヒンディー語にも、このような単語はないようです。
〓つまり、ネパールで、「王の財務官」 というようなポストに用意された名前が 「ラージバンダーリー」 なんでしょう。あるいは、「大蔵官僚」 という感じなんでしょうか。
〓以上で、「ラジバンダリ」 の語源と、そのネパールにおける社会的意味の解説は尽きました。
〓この氏族名 (サブカースト名) を長母音抜きで日本人が読むと、「ラジバンダリ」 となるわけです。
〓「ジュニタ」 という女子名については、手がかりがほとんどありません。インドにわずかに見られる名前です。
जुनिता Junitā 「ジュニター」
जुनीता Junītā 「ジュニーター」
〓どうも、この綴りに相当する、あるいは類似するヒンディー語、ネパール語、サンスクリット語彙は見当たらず、どうやら、
Juan [ ほ ' アン ] 「フアン」。“ヨハネ” のスペイン語形
↓
Juanita [ ほア ' ニータ ] 「フアニータ」。その女性形
↓
Junita [ ヂュ ' ニータ ] 「ジュニータ」。英語の借用形
↓
Junitā, Junītā [ ヂュニター、ヂュニーター ] ヒンディー語の借用形
という線が強そうです。