「メレ・カリキマカ!」。ハワイ語の “Merry Christmas!”── イヤちょと待てよ。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   げたにれの “日日是言語学”-サーフィン・サンタ





〓ハワイ語では、「メリー・クリスマス」 を “Mele Kalikimaka!” と言います。



   Mele Kalikimaka! [ ' メれ カ ' りキ ' マカ ]
       ※ Kalikimaka にはアクセントが2つある



〓インターネットを検索してみれば、 “Mele Kalikimaka” を使っているヒトはゴマンといまさぁね。いや、ゴマンはいないかもしれないので、インターネットのゴーグルというサイトで検索してみました。



    Mele Kalikimaka (2008/12/25 正午の検索結果)

     Google 日本限定 92,800件
         ※ 2005/12/24 の結果、14,700件


     Google ウェブ全体 348,000件
         ※ 2005/12/24 の結果、169,000件



〓どうだ、やはりゴマンといるのだ。どうだどうだどうだ。


〓この季節、ラジオで J-WAVE、インターFM あたりを聴いていると、この 「メレ・カリキマカ!」 を耳にしますよ。けれど、そこまでなんですね。なぜ、「メレ・カリキマカ」 なのか? もう一度書きますぜ。 “Merry Christmas!” をハワイ語で “Mele Kalikimaka” と言うんです。たぶん、まだ、気がついてませんね。



〓とりあえず、 “Mele Kalikimaka” の子音だけを抜き出してみましょう。


   m - l  k - l - k - m - k


〓次に “Merry Christmas” の子音を抜き出してみましょう。


   m - r  k - r - s - m - s


〓何か気づかないでしょうか。このように 「キレイな子音の対応」 をしているなんてえのは、言語学から言えば、“ヌレ手でアワのつかみホウダイ、今なら、この袋に入るだけ入れて10円均一” みたいなモンでゲス。


〓そうでがすよ。 “Mele Kalikimaka” は、本来のハワイ語ではないんです。英語をハワイ語の音で言い換えただけなんです。つまり、日本語で 「メリー・クリスマス」 と言うのと選ぶところはないんですね。
〓チョッと考えてみてくださいよ。


   「ねえねえ知ってる、日本語で Merry Christmas! を “メリー・クリスマス!” って言うんだよ」


〓「ん? だから」 でさあね。それと同じことなんですよ。




〓まだ、納得のいかない人にはハワイ語の恐るべき特徴をお教えします。


   ハワイ語には r 音、 sがない


んです。つまり、 r 音はすべて l に置き換えられます。


〓少し詳しく説明しますと、ハワイ語には l 音というカテゴリーはありますが、 r 音というカテゴリーがないのです。ハワイ語の l は [ l ] 音であるとは言え、現実には [ ɾ ] (日本語、スペイン語の R と同じハジキ音)、 [ ɹ ] (英語と同じ接近音) などで発音される場合もあります。すなわち、


   ハワイ語は、日本語と同様、 / l / ― / r / の対立を持たない


ということなのです。


〓この 「カテゴリーの音」 を、日本人は R 音ととらえ、(かつての) ハワイ人は L 音ととらえていたわけです。



〓ニュージーランドの先住民がマオリ族 Māori だということは、映画やTVなどで日本でも知られるようになっていると思いますが、彼らの言語、マオリ語は、ハワイ語にとてもよく似ています。


〓それもそのハズで、「ハワイ諸島」、「ニュージーランド」 への最後の移住の大きな波は、


   11世紀を中心とし、ポリネシアから、北と南へタモトを分かった人々


が主役だったからです。


〓ハワイ語とマオリ語を比較したとき、ソックリな単語、似ている単語を見つけることができます。ハワイ語とマオリ語のあいだの規則的な子音の対応を覚えておくと、さらに多くの単語を見つけることができます。



     ハワイ語   マオリ語

    / ʔ / ʻ     / k / k
    / l /  l     / ɾ / r
    / k / k    / t /  t
    / n / n    / ŋ / ng



〓この両言語は、オーストロネシア語族 ──


   台湾先住民諸語 <アミ語が最大>、タガログ語、マダガスカル語、
   ムラユ語 (マレー語)、インドネシア語、ジャワ語、バリ語、
   フィジー語、ソロモン語、
   イースター語、サモア語、トンガ語、タヒチ語、マオリ語、ハワイ語


の中の 「マレー・ポリネシア語派 ポリネシア諸語」 に属します。この両言語とよく似た語彙を見つけることのできる言語は、他に、トンガ語、サモア語、タヒチ語、マルケサス語などがあります。




■以下の地図は、 wikipedia “Austronesian Languages” より借用しました。


げたにれの “日日是言語学”-オーストロネシア1
オーストロネシア語族の広がり (1) …… 現在では、台湾あたりが、その起源と考えられている。すなわち、この語族は、南下しながら、東西にも広く散らばったのである。




げたにれの “日日是言語学”-オーストロネシア2
オーストロネシア語族の広がり (2) …… 東へ向かったグループはポリネシアにまで達した。最東端は、よく知られたイースター島である。しかし、ポリネシアのグループの中には、なぜか、北上してハワイにたどり着いたグループ、南下してニュージーランドにたどり着いたグループがいた。注意すべきは、パプアニューギニアやオーストラリアの先住民は、オーストロネシア語族ではないことだ。彼らには、また、別のシナリオがあるのである。




〓ハワイ語で、“オキナ” と呼ばれる 「ひっくり返ったアポストロフィ ʻ 」 は、声門閉鎖音 [ ʔ ] をあらわしますが、同系の言語では、通例、 [ k ] なので、ハワイ語で、 [ k ] → [ ʔ ] という変化が起こったことがわかります。
〓それと同時に、ハワイ語で [ k ] となっている子音は、同系のすべての言語で [ t ] であるので、ハワイ語内部で [ t ] → [ k ] という変化が起こったことがわかります。するってえと、


   [ t ] → [ k ]
        [ k ] → [ ʔ ]


というぐあいに、ハワイ語では、ドミノ式に子音の変化が起こったことになるワケです。言語においては、このようなドミノ式の音声変化というのはよく起こるのですが、


   後ろから押してくるので、前に進むのか、
   前に進むので、後ろが引っぱられるのか


というのは、なかなか結論の出ない問題です。


〓オーストロネシア祖語には、


   / l /  L 音
   / ʀ /  現代ドイツ語の R 音。ノドチンコをふるわせる音


が再建されているようですが、マレー語 (ムラユ語)、インドネシア語などは、これを / l / ― / r / で伝えているものの、ポリネシア諸語では、 / ʀ / は伝えられておらず、


   / l / 音が、地域によって / r / になったり / l / になったりしている


のです。だから、「ポリネシア諸語」 は、R と L を区別しない言語群と言うことができるわけです。



〓「アロハ!」 はハワイ語の 「こんにちわ!」 だと思われていますが、本来は、「愛」 という単語です。



   aloha [ ア ' ろハ ] 「愛」。ハワイ語
   aroha [ ' アロハ ] 「愛」。マオリ語


      ※ハワイ語、マオリ語は、母音の長短を区別する。 Aloha を [ ə'loʊhɑ(:) ] と発音するのは、
       まったく英語の発音であり、カケラもハワイ語ではない。



と、こういうことですね。


〓つまり、ナニが言いたかったかというと、本来、ハワイ語のネイティヴにとって、


   / l / という子音のカテゴリーは、 / r / 音も / l / 音も区別なく含んでいた


のです。




〓ハナシは、もとに戻りますが、ハワイ語では、 s 音は k 音に置き換えられます。

〓にわかには信じがたいでしょうが、ハワイ人が初めて外国語と出会ったとき、彼らの耳には [ s ] が [ k ] と聞こえたんですね。


   ある特定の子音がない世界で生まれ育つ、というのは、そういうことです。


〓日本人だって、 [ v ] は [ b ] で聞き取るし、 [ θ ] は [ s ] で聞き取ります。英米人にしてみれば、そんなバカな、ということになるでしょう。


 / v / ― / b / の対立を持たない言語は、ワリと少ないですが、 [ θ ] 音を持たない言語はたくさんあります。ロシア人は、中世ギリシャ語からの借用語では、 [ θ ] を [ f ] と発音しました。ソ連邦崩壊後、米国に移住したロシア人の中には、 [ θ ] を [ t ] で発音するヒトがいます。


〓「オスマン帝国」 を西欧で一般に Ottoman と言うのは、


   アラビア語の ث  [ θ ] をトルコ人は [ s ] と発音し、イタリア人は [ t ] としたから


です。


〓以前も申し上げましたが、言語の獲得には臨界期というものがあります。子音・母音の弁別は1歳までにできるようになる、と考えられているそうです。つまり、1歳になるまでに、自分の母語にない音は聞き分ける能力を失うわけです。つまり、言語音に関するかぎり、


   耳に届いていても、聞こえない音


があるワケです。いや、聞こえていないワケではありません。


   自分の知っている別の音に聞こえている


のです。もちろん、「別の音」 というのは、別の言語を母語とするヒトにとっての 「別の音」 です。言語学では想定しうるが、世界中のどんな言語も使用していない、という音声だってあるのです。それこそ、世界中の誰にも聞き分けられない音です。


〓ですから、現代日本人には想像もおよびませんが、外国語に接したころのハワイ人にとって、


   [ s ]  [ k ] だった


のです。これは、当時のハワイ人にとっての現実です。




〓ところで、ハワイ語というのは、世界的に見ても、非常に子音の数の少ない言語です。8個しかない。


   / h /, / k /, / l /, / m /, / n /, / p /, / w /, / ʔ /  ( ʻ )


〓最後の ʻ は立派な子音です。声門閉鎖音という音で、日本語で 「あッ!」 と言ったときに最後に現れる子音です。日本語では、通例、子音として働きません。


〓アラビア語は、この声門閉鎖音を他の子音と同じく独立した 「1子音」 として使います。日本人には聞こえない。


   Hawaiʻi [ ハ ' ワイイ | ハ ' ヴァイイ ] ハワイ


〓ハワイ語で書いた 「ハワイ」 です。最後の ʻi が独立した1音節なのがわかるでしょうか。 [ ʔ ] が、もともと、 [ k ] であったことを思い起こせば、 Hawaiki が想定できるわけで、最後の ʻi を軽視するのが不当であることがわかりましょう。



〓英語で 「ハワイ」 のことを、


   Hawaii  [ 'wɑi: / -'waɪi: / -'vɑi: ]


と綴り、発音するのはユエのあることなんです。最後の -ii はダテに2つ並べてるんじゃない。



〓そんなわけだから、英語からハワイ語に単語を採り入れるとなると、これは大変なことになります。言ってみれば、狭い民宿に修学旅行生がドッとやって来るのと同じことです。英語の子音をハワイ語に置き換えるときには、こんなふうにします。



   【ハワイ語の子音】  【英語の子音】

     H    ←   H, Sh*
     K    ←   C, Ch, D, G, J, K, Q, S, Sh*, T, X, Z (!)
     L    ←   L, R
     M    ←   M
     N    ←   N, Ng
     P    ←   B, F, P (, V)
     W    ←   W, V
      I    ←    Y (, J)


        ※ sh は k になる場合が多いが、 h になることもある。 sheep → hipa

        ※ x → k の例は Sphinx → Sapenika
        ※ ng → n の例は stocking → kākini
        ※ 古い借用語では v → p, j → i の例がある。
             vinegar → pinika (wīneka とも)
             January, June, July → Ianuali, Iune, Iulai
        ※ 語末の -er, -ar, -or は、通例、 -a もしくは  となるが、古い借用語では、
          -aʻa [ -aʔa ] になるものがある。
             car → kaʻa
             boar → puaʻa
             sugar → kōpaʻa   ※さらに g → p となっている



〓こんなふうな事情があって、ハワイ語で whiskey は wekekē、 golf は kolepa、 chocolate は kokoleka になり、女性名の Sarah は Kala、男子名の David は Kawika になるのです。


〓ハワイのミュージシャンに


   David “Kawika” Kahiapo デイヴィッド “カウィカ” カヒアポ


というヒトがいます。名前の真ん中に “ ” で囲んで入れるのは、ふだん、仲間ウチで呼ばれている 「略称、愛称、アダ名」 などですが、この Kawika というのは、すなわち、 David のハワイ語形であるワケです。





“Merry Christmas!” の実際の発音は、


   [ 'meri 'krɪsməs ]


ですね。これをハワイ語の子音体系に沿って転写すると、


   “Meli Klikmak”


になります。


〓しかし、ハワイ語というのは、日本語と同じく、開音節 (かいおんせつ) 言語なのです。開音節言語というのは、音節がすべて母音で終わらなくてはならない言語のことです。つまり、ハワイ語の単語は、英語の top のように p で終わったりすることができません。


〓しかも、ハワイ語は、やはり日本語と同じく、子音群を許容しません。「子音群を許容しない」 というのは、英語の street の str とか、 green の gr のように2つ以上の子音が続くことを許さない、ということです。


〓よって、ハワイ語の単語は、「子音-母音-子音-母音……」 というふうに音が並びます。日本語もそうですね。



〓こういう言語が、「子音群と閉音節をタップリ持つ」 英語のような外国語と出会うと、連続する子音の間に適当に母音を挟み込まざるを得なくなります。英語の strength 「強さ」 という1音節の単語を転写するとき、日本語では 「ストレングス」 なんて書きます。6音節にもふくれあがっています。


〓ハワイ語でも同じように母音を挟み込みます。ただ、何が挟まるかは、必ずしも予測がつきません。実際には、 a, e, i のいずれかが挟まります。以下のような規則を立ててみました。



   (1) 先行する音節の母音が a, e, i の場合は、これをくりかえす。
   (2) 先行する母音が o のときは -a  -e 、先行する母音が u のときは -a  -i になる。
   (3) 語末に補う母音には -a が多い。
   (4) 語頭の子音群には -a- を挟むか、その音節の母音を先行してくりかえす。

          cream → kalima
          professor → polopeka

   (5) 英語の短母音 [ ɪ ] および、語末の [ i ] は、 i ではなく、 e で転写することがある。



〓まず、 Mele は Merry の転写なので Meli でもよさそうですが、同じ母音をくりかえす方式をとっています。ハワイ語の mele には 「歌、詩、歌う」 という意味があります。
Christmas の転写は、上の規則 (4) によって、 Ka- が導き出されます。そして、規則 (1) によって -liki- が、規則 (3) で -maka が導き出されます。


〓以上を合わせて、


   Mele Kalikimaka !


となります。




〓ダイアモンド・ヘッド Diamond Head は、ハワイ語では Lē‘ahi [ れーアヒ ] と言います。ダイアモンド・ヘッドという名は、1825年、この山に登って、ただの岩石をダイアモンドと間違えたイギリス人がつけた名前だそうです。19世紀には、 Diamond Hill という呼び名もありました。



   Diamond Hill
     [ 'daɪmənd ˌhɪɫ ]
      ↓
   ※ハワイ音に置き換えると
      ↓
   Kaimana hila
     カイマナ・ヒラ



〓どうでしょ、ハワイアンの好きなヒトたち。 カイマナヒ~ラ~ って歌ってましょ。あれはハワイ語でのうて、英語なんです。先ほど申し上げたとおり、ハワイ語では 「レーアヒ」。


〓では、今日はこれでオワフです。