「マキアージュ」 と 「メーキャップ」。その隠された共通点とは? | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

〓トマト オレンジ が高こうがすな。小さいのだの、青いのだの、割れてるのだの、キズだらけのだの、そんなんばっかで、2個で300円 オレンジオレンジ だったりします。トマト オレンジ とリンゴ リンゴ は、1日1個をモットーにしているアッシとしましては、とても、痛い。
〓で、トマトについて書こうかとも思いましたが、トマト オレンジ の語源くらいだと、チョイとした 「ウンチク小金持ち お金」 でも一席ブテるだろうなあ、と……




〓アッシは PC画面の “壁紙” に 「伊東美咲」 さんを使こております。ええ、資生堂のマキアージュの、今年の夏の壁紙ですね。なかなか艶めかしい壁紙です。


             
                    伊藤美咲 壁紙


〓先だって、同年代のオッサンたちとの酒宴の席で、

   壁紙が、伊東美咲さんで
   スクリーンセーバーが、熊田曜子さん

だというハナシをしたら、「ありえん」 と言われました。まあ、ようがすよ。お他人サマに迷惑をかけた覚えはござらん。


〓でですね、「マキアージュ」 についてです。といっても、

   マキアージュの使用感

について書こうというのではありません。さすがに、オッサン、そこまでの趣味はない。

   “マキアージュ” というコトバについて

です。

   「フランス語で “メーキャップ、化粧” でしょ」

〓「ザッツライト! ユーのセイするとおりなのね」。


   maquillage [ maki ' ja:ʒ ]
         [ マキ ' ヤージュ ] メーキャップ、化粧、写真の修整


〓フランス語の発音は、ハッキリと 「マキヤージュ」 です。フランス語を勉強したヒトたち、おぼえてますか?

   -ill- = [ -ij- ]

と発音するんでしたね。
〓ただしですね、フランスの上流階級では、19世紀後半に至るまで、-ill- の入った単語を、

   maquillage [ maki 'ʎa:ʒ ] [ マキ ' りゃージュ ]

のように発音していました。フランス語の -ll- は、スペイン語と同様に、“ l の硬口蓋化した子音” をあらわしていたんです。アリテイに言えば、「L のリャリリュリェリョ」 という子音です。
〓この [ ʎ ] という子音は、早くからパリの下層階級で [ j ] という音に変化していました。けっきょく、下層階級の発音が勝利したんですね。言語では、たいてい、そうです。
[ ʎ ] という子音は、先行する i の影響で、[ l ] が口蓋化を起こしたものです。ですから、必ず、-ill- という綴りであらわれるのです。


〓ところでね、

   「マキヤージュ」 = 「メーク」

って何か感じません? 「似てる」 でしょ。これね、他人の空似ではないんですよ。「語源が同じ」 なんです。

〓フランス語は、ラテン語に起源を持つロマンス語。英語は、ゲルマン祖語に起源を持つゲルマン語。両者の単語は、それほど似ていないのが普通です。
〓もっとも、ノルマン・コンクエスト後に、フランス語から英語に大量に流入した借用語は別です。

〓しかしね、英語の make という動詞は、決してフランス語から借用したものではありません。純粋なゲルマン系の語彙です。

   make [ ' メイク ] 英語
   machen [ ' マッヘン ] ドイツ語
   maken [ ' マークン ] オランダ語

   印欧祖語 *mag-, *mak- 「こねる、形作る」


〓そうれす、フランス語がゲルマン語から借用した単語なのです。

〓そもそもは、フランス語でも、

   ピカルディー方言   Picardie

だったようです。地図でフランスを見たときに、いちばん北の部分ですね。ここは、フランス領になる以前は、「フランドル伯領」、いわゆる、フランドル (フランダース) といって、オランダ語を話す人々の住む地域だったんですね。
〓ですんで、ピカルディー方言に、オランダ語が入っていてもおかしくありませんでした。

   maken [ ' マーケン ] 中世オランダ語
    ↓
   makier [ マキ ' エ ] フランス語 ピカルディー方言

という借用ですね。-ier は、フランス語の 「動詞不定形」 を示す語尾です。フランス語では、[ ki ] という音をあらわすのに、-ki- という綴りは用いません。-qui- を使います。
〓本来は、-ci- [ ki ] をあらわしていたんですが、

   ci   [ k i ] → [ ts i ] → [ s i ]

と変化してしまったんで、

   qui  [ k w i ] → [ k i ]

と変化していた -qui- を 「キ」 の表記に充当したワケです。ならば、

   maquier

と綴ればよさそうなものですが、おそらく、オランダ語起源ということが忘れられていたために、[ -ije ] という発音ならば、-iller と綴るはずだ、とカン違いされたんでしょう。

   maquiller [ マキ ' エ ]

〓こうして、英語の make と “兄弟” といっていい単語が、扮飾によって、さも昔から存在するフランス語の単語のようなフリをするに至ったのです。
〓もっとも、最初は、「化粧する」 という意味ではありませんでした。


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   1460年 (初出) 「働かせる」 faire travailler
      ※フランソワ・ヴィヨンによる。
   1628年 <隠語> 「盗む」 voler
   1827年 「賭けトランプをする」 jouer aux cartes
   1840年 <演劇> 「化粧する」 farder
   1880年 「ゆがめる、改悪する」 travestir

   現代語 「化粧する」、「ごまかす」、「偽造する」、「偽装する」、「修整する」

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〓どうも、あまり素性のよろしくない単語です。派生語の歴史は次のとおり。


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   1561年 maquilleur [ マキ ' ユール ] 偽造者
   1628年 maquillage 仕事
   1827年 maquis [ マ ' キ ] 化粧
   1847年 maquilleur 編曲者
   1858年 maquillage 改悪
   1868年 maquilleur (演劇の)メーク係、メークさん
   20世紀 maquilleur (紙幣の)偽造者

   ――――――――――――――――――――――――――――――


〓どうも旗色が悪いですね。19世紀には、maquillage に “改悪” という語義が生じています。maquillage を 「化粧」 の意味に使うようになったのは、19世紀後半のようです。現在では、フランス語で 「化粧」 と言えば maquillage という単語を使います。それまでは、

   fard [ ' ファール ] 化粧
   farder [ ' ファルデ ] 化粧する

という名詞・動詞を使っていました。おそらく、

   「古い化粧法」 といっしょに、これらの単語も 「古くなった」

のでしょう。「新しい考え・様式」 とともに 「新しいコトバ」 が採用され、「古い考え・様式」 とともに 「古いコトバ」 が葬り去られる、というのは、よくあることです。


〓というようなワケで、maquillage 「マキアージュ」 の頭の mak- は、英語の make mak- と同じものなんです。