“Halloween” というコトバの由来。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   ジャッコウランタン




〓「ハロウィーン」 は、きのうでござんした。えゝ、アッシが子どものころは、「ハロウィーン」 の 「ハ」 の字もござんせんでしたが、こん節は、タイヘンに流行っているようで……

   Halloween ハロウィン [ , hælə ' wi:n ] [ , ハら ' ウィーン ]

ですね。ときどき、Halloween と書いてあるのも見かけます。なんじゃろ? ジャロってナンジャロ? 挨拶の Hello! と関係ある? 残念。ござらん。

〓今じゃ死語となっちまったんですが、英語では、むか~し、「聖人」 のことを、

   hallow [ ' hæloʊ ] [ ' ハろウ ]

と言うたんです。なぜ死語になったかというと、イングランドの支配者たちのコトバであるフランス語から、

   saint [ ' seɪnt ] [ ' セイント ] 聖人

が入ってきたからです。同じゲルマン語であるドイツ語では、

   Heiliger [ ' ハイりガァ ] (男の) 聖人
   Heilige [ ' ハイりゲ ] (女の) 聖人

と言いますが、これは、英語の hallow と同源です。

〓古期英語では、

   hālga [ ' ハーるガ ] <古期英語> 聖人。

と言いました。ドイツ語とよく似てますね。英語のほうでは、

    g  [ g ] → [ ɣ ] [ w ]
      ※ [ ɣ ] は、摩擦音の [ g ]。スペイン語の g の音。

というぐあいに、閉鎖音 [ g ] が、摩擦音 [ ɣ ] になり、さらに、その摩擦音の g も唇で出す [ w ] に変わってしまいました。ニンゲン、なるべくラクに発音しようとするから、こうなるんですね。よって、

   halwe [ ' ハるウェ ] <中期英語> 聖人

となりました。語末の -e は曖昧 (あいまい) 母音であったため、やがて消失します。しかし、

    [ ˈ halw ] [ ' ハるウ ] (?)

では発音できない。そのために、語末の -e の消えた代償として、l w のあいだに母音が生じ、[ -loʊ ] という音になったわけです。

〓しかし、[ ' hæloʊ ] という音がやっと生まれたころには、この単語は、saint の攻撃を受けて、「聖人」 の語義を奪われてしまい、1647年を最後に 「聖人」 の意味で使用されなくなりました。ですので、現代語では、

   hallow vt. 「崇める」 (あがめる)

という動詞としてしか残っていないのです。

〓ところがですね、Halloween というコトバが生まれたのは、1556年 (初出) です。まだ、hallow saint に負けていないころです。そのころ、11月1日の 「万聖節」 (ばんせいせつ) のことを、

   Allhallows [ , ɔl ' hæloʊz ] [ , オる ' ハろウズ ] 「万聖節」

と言いました。もちろん、all + hallows という造語ですね。

〓これに相当するドイツ語は、

   das Allerheiligen [ ダス アらァ ' ハイりゲン ]

で、古い時代の英語とまったく同じ造語です。

〓「万聖節」 は、もちろん、フランスにもあって、

   la Toussaint [ ら トゥ ' サん ] <フランス語> 万聖節

と言います。tous [ トゥ ] は、英語の all 当たる形容詞 tout の男性複数形ですね。じゃあ、なんで saint が単数形なんだ?と思うかもしれません。実は、12世紀に初めて登場したときには -s があったんです。

   toz saints [ トツ ' サイんツ ] <12世紀> 万聖節

〓のちに、フランス語では語末の -t を読まなくなります。Toussaints という表記が固定化すると、語末の -s があったんだか、なかったんだか、曖昧になって落ちたんでしょう。
〓実は、フランス人の男子名には、

   Toussaint [ トゥ ' サん ] トゥーサン

があります。というより、

   ありました

と言ったほうがいいのかもしれません。フランスの 「社会保険登録番号」 をもとにした国民の名簿である RNIPP をもとにした統計によると、Toussaint と命名された新生児の人数は、

   2005年 全フランス領内で 
   2004年 
   2003年 
   2002年 
   2001年 
   2000年 
     ……
   1972年 14
     ……
   1964年 23
     ……
   1949年 53
     ……
   1936年 70
     ……
   1905年 100
     ……


となっています。20世紀に入って、キレイに下降線をたどって減っていった男子名です。稀に女子名の場合もあり、20世紀に入って9人だけ記録されています。
〓この名前は、11月1日生まれの子どもに付けるものだったそうです。つまり、生まれた日の聖人にちなんで名前を付けるところを、「万聖節」 にちなんで、“すべての聖人” という名前にしたんですね。あるいは、11月1日以外に生まれた子どもでも、“すべての聖人の加護” を願って付けることもあったそうです。

〓かように現代では、「トゥーサン」 という名前のフランス人は、ほぼ、いないに等しい状態になりましたが、「名前が転じてできた姓」 には、Toussaint が残っています。

〓ベルギーの作家にして映画監督の

   ジャン=フィリップ・トゥーサン Jean-Philippe Toussaint

彼の映画を、今はなき六本木のシネ・ヴィヴァンで見た、というヒトもいるんではないでしょうか。
〓あるいは、

   アラン・トゥーサン  Allen Toussaint

〓ニューオリンズ・サウンドを代表するミュージシャンのひとりですね。もちろん、彼は黒人ですし、名前の Allen は英語系です。しかし、ニューオリンズの黒人の多くは、フランス語系の姓を持っています。もちろん、ルイジアナが、もともと、フランス領だったからです。
Louisiana というのは、Louis [ る ' イ ] 「ルイ(14世)」 + -iana 「~のもの (土地をあらわす女性形)」 という命名ですね。


〓おっとっと、またも道端でうまそ~に草 クローバークローバークローバー を食ろうて ヒツジ しまった。




〓「ハロウィーン」 というのは、「万聖節の前夜祭」 ですね。まあ、「クリスマス・イヴ」 と同様、

   eve 宵祭り (よいまつり)

と言うわけです。ですので、

   Allhallow eve 「オルハロウ・イヴ」

となります。Christmas Eve と同じですね。


eve 「宵祭り」 が、同源の even 「晩禱、夕べの祈り」 に置き換えられます。そもそも、eve というのは、中期英語における、even の異形でした。ついでに、語頭の all が落ちます。

   Hallow even

〓ここで、 v の発音が落ちると、

   Halloween → Halloween

です。

〓ところでですね、hallow 「聖人」 の古期英語形 hālga 「ハールガ」 のもとになったのは、

   hāliġ [ ' ハーりイ ] <古期英語> 聖なる

という形容詞でした。ġ というのは、「硬口蓋化」 (こうこうがいか) した g のことです。つまり、g が先行する i に引きずられて、gy 「ギャギュギョ」 の子音になったのち、閉鎖性を失って [ j ] 「ヤユヨ」 の子音になってしまったものです。言語では、よく起こる変化です。 hālga のほうは、g のあとに a が来ているので、口蓋化を起こしていません。


〓この hāliġ の現代英語での形が、

   holy [ ' ホウりィ ] 聖なる

です。 silent night, holy night holy ですね。

   hallow [ æ ]  holy [ ]

と、現代語で主母音が異なってしまったのは、hālga 「聖人」 のほうが、先に、ā が短母音化して、halwe となってしまったからです。

〓ちなみにですね、

   Hollywood [ ' hɑli , wʊd ] [ ' ハり , ウッド ]

 holly は、 [ ' hɑli ] という発音で、「セイヨウヒイラギ」 Ilex aquifolium のことです。日本でのみ通用してきた 「聖林」 という漢字表記は、holy holly をまちがえたものですね。