※BL妄想書庫です
苦手な方はお気を付けください
「こんばんは、ご来店ありがとうございます」
挨拶回りの最後、彼がカウンター席に来た
「ステージめっちゃかっこよかったっす!」
「ありがとうございます」
俺が言葉を選んでいる隙に、同僚が前のめりで腕を伸ばす
彼はにこやかに握手に応じている
「どうなってんのか全然分かんなくてマジで飛んでるかと思いましたっ」
「嬉しいです、ありがとうございます」
「先輩の彼氏さん…ん?彼氏?彼氏と彼氏…あ、恋人!恋人さんですよねっ」
そして同僚はとても朗らかに、突拍子もないことを言った
恋人で有りたいと強く思っていた
が、それは過去の話だ
想いを確かめ合ったと思った直後の別れ、その後の月日のブランク
それらを推し量るに、二人が恋人であるのか、それともただの知り合いなのか、俺には分からない
彼も返答に困るだろう
場の空気が悪くなる前に話題を変えよう
「あー、あのさ」
「はい、そうです」
…え?
「あー、やっぱり~!」
はい、そうです?
それは突拍子もない質問に対して、肯定、した…のか?
「ちょ…ちょっと待て、ちょっと待てっ」
「えへっ」
頭を少し傾けてこちらに向けられた顔は、少し照れ臭そうに笑っている
「えへっじゃねー!」
「わー、うるさーい」
「お前…お前!俺に!真っ先に俺に!なんか言うことあんだろ?!」
「ただいまっ」
「たっ、ただっ、ただ…いまぁ?!」
「そうです、ただいまって言いましたっ」
「おっ…お前っ…おかっ…」
誰が、いつから、どのように謀ったのか、そんなことは一つも分からないし、分かりたくもないが、何も知らされていないこちらの身にもなって欲しい
そこまで臨機応変に器用に生きているわけではない
「失礼」
パンクしそうな頭を抱えていると、場違いなほど華やかな男が近くに立っていた
「先生っ どこにいらっしゃったんですかっ?」
「全体が見えるあの壁のとこ」
「わぁ…気付かなかった、ご挨拶が遅れてごめんなさい、今夜はわざわざ来ていただいてありがとうございますっ」
先生、へぇ、この方は彼の先生らしいですよ
「いいお店だね、ステージには独特な雰囲気があってダンサー泣かせではあるけど」
「そうなんです、でもすごく居心地がいいってゆーか」
「うん、それは分かる」
「こちらがお世話になっていれるお店のマスターです」
そうですよ、こちらがマスターですよ
「はじめまして」
「はじめまして、彼の指導をさせていただいております」
「聞いております、今夜のステージ、見違えるようでした」
「ありがとうございます」
スムーズな名刺交換が行われ、俺にはまったく分からない会話が始まっている
「先輩?大丈夫ですか?」
「…大丈夫じゃねー」
この状況が全く理解出来ない
酒をグイと飲み干す
空になったグラスをカウンターにタンッと置く
「体調悪いの?もう帰る?」
先生と呼んだ奴とマスターの紹介が終わったのだろう
会話が弾んでいることを確認して役目を終えたらしい彼が、俺の隣に座っていた
「見せて、あぁ、顔色悪いね…無理して帰るのは危ないかも、向こうで休む?」
心配そうな顔でこちらを見ている
…心配そうな顔?
あぁ、危ない、また同じことを繰り返すところだった
「頭は痛くない?お水飲む?」
どうせ俺は何も知らないピエロだ
今も哀れに踊らされているに違いない
つづく