2015.8.10
川中島の後は数々の歴史を重ねてきた街、松代に行きました。
旧真田邸。
真田家のうち徳川方についたほうが松代藩となったそうです。
真田家は両軍についてどちらが勝っても生き残れるようにしたという逸話がありますが、本当でしょうか?
松代藩の文武学校。
広い庭を持つ立派な学校でした。
ここで武術の稽古をしたのでしょうか。
文武と言うことから、勉強をした講堂(?)もありました。
再現だからか、これまた立派な畳敷きでした。
象山神社。
佐久間象山を祭る神社です。
佐久間象山は尊王攘夷派に殺害された幕末の松代藩士で、後の幕臣ですが、当然のことながら幕府側の人間であり、彼を殺した攘夷派こそ、後の明治政府に連なる派閥なんですよね(入れ替わりや主義主張が入り乱れていたので完全にイコールではありませんが)。
そこらへん、「精神は受け継がれた」という説明でぼかされていたのでもやっとしました。たしかに攘夷派は攘夷が不可能だと知った後は象山らの思想に鞍替えしましたが、初めからその路線で行っていた幕府は否定し続けましたしね。方針転換はしたけれども間違いは認めないという非常に歪さがうかがえてしまいます。
その歪みの形が象山神社の説明にも経緯をぼやかされる形で出ている気がします。
そして、もう一つの戦争の遺産、松代地下壕。
第二次大戦末期に首都機能を移動させる予定で造られた地下壕です。
ここまでして戦争を続けたい、負けたくないという思いに薄ら寒いものを感じました。
地下深くなので気温的にも寒かったのですが、それだけではなかったと思います。
では、明日は長野の善光寺に行ってみようと思います。