ここは観光地ではない-銚子 2

ここは観光地ではない-銚子 1

銚子の風景。


ここだけ見れば平和ですが、銚子港は津波で大被害を受けたとか。


特に漁船は一時は全滅に近かったそうです。


さらに福島原発による風評被害もひどく、漁業は正直立ち直れないのではないかと夕食を取った店の人は語ってくれました。



そういえば、昔行ってウミネコと戯れた青森の蕪島や、あの堤防の田老も壊滅的な被害を受けたとか。


最近、神奈川では東北の尻屋崎灯台が観光アピールからかよくポスターに描かれているのですが、それを見るたびにそう思ってしまいます。


銚子でもこんなに生活がずたずたになる被害が出たのですから、さらに震源の近いところ、沿岸部での被害は想像がつきません。テレビで見るのと、実際に眼前で見るのとではまるで違うというのは、よく知っていますし。


心が痛い、という言葉では片付かない気持ちです。しいて言うなら、心にずっと鈍い重しがかかっているような。


ここは観光地ではない-銚子大橋1

銚子のシンボル(?)、桃太郎電鉄のビンボー神です。


……この街、ハドソンと関係あるのでしょうか?


ここは観光地ではない-銚子大橋2

銚子のシンボル、銚子大橋です。


利根川に架かる巨大な橋です。


ここは観光地ではない-銚子大橋3

ここは観光地ではない-銚子大橋4

広大な利根川に、どこまでも続く橋が架かっています。


ここは観光地ではない-銚子大橋6

どこまでも、どこまでも続いています。


曇っているせいで霞がかっているので、よけいにそう感じます。


ここは観光地ではない-銚子大橋8

,

ところで足元を見れば……河川内はもっとひどいです。


やむ得ない事情があったり、軽い気持ちでたいしたことないことをしただけなのかもしれませんが……川はもっと大事にしたほうがいいと思います。


財産ですよ?

千葉県調布市の屏風ヶ浦にやってきました。


ここは観光地ではない-屏風ヶ浦1

そう、来るまで知らなかったのですが、千葉県調布市は茨城県の直南。震災の影響を著しく被った地域の一つだったのです。


ここは観光地ではない-屏風ヶ浦2

屏風ヶ浦の向かいのマリンパークは、近くの千葉科学大学まで津波が押し寄せ、海岸近くにあった施設は大破、海岸沿いの道は崩壊し、壊滅的打撃を受けたとか。


外から見ると原形をとどめているように見えますが、実際に中をのぞいてみると外殻がかろうじて残っているだけです。


ガラスは粉砕され、内部は完全に破壊され尽くしていました。おそらく、もう二度と使い物にはならないでしょう。更地にして立て直したほうが早いくらいの崩壊ぶりでした……。


ここは観光地ではない-屏風ヶ浦3

向こうのほうに広がるのが屏風ヶ浦です。押し寄せた波は一度屏風ヶ浦に激突し、跳ね返って向かいの浜を壊滅させたとか。


ここは観光地ではない-屏風ヶ浦5

ここは観光地ではない-屏風ヶ浦5

ここだけ見れば穏やかな海ですが、あの日あの時、強大な牙を剥いたのですね。


ここは観光地ではない-屏風ヶ浦6

屏風ヶ浦自体はその強靭な地層から、ほとんど影響が無かったそうです。なにせ津波を跳ね返したぐらいですから。


ここは観光地ではない-銚子7

これがその地層(陸地部分)です。


みっしりと詰まった関東ローム層の塊です。


ここは観光地ではない-銚子8

ここは観光地ではない-銚子9

ここも現在は陸地部分ですが、大震災の当時はここまで津波が押し寄せたようです。柵が折れ曲がってひしゃげています。


ここは観光地ではない-銚子10

ここは観光地ではない-銚子11

ここは観光地ではない-銚子12

長く、どこまでも続く屏風ヶ浦の原風景。


美しい光景ではあるのですが、災害当時のことを考えると、素直に魅入ることができません。


あの大震災の日、この湾では屏風ヶ浦にぶつかって跳ね返った津波と本来の津波が衝突し合い、増幅と攪拌を繰り返して大変な有り様になっていたのでしょう。


ここは観光地ではない-銚子13

コンクリートブロックが捲り上がり、破損しています。


桁外れな津波のエネルギーが窺い知れます……。


ここは観光地ではない-八街1

ちょっと寄り道的に八街に寄ってみました。


読みにくい字ですね、八街(やちまた)。


なお、タイトルは、はるか昔のゲームの台詞です。ラスボスを倒した後の。


ここは観光地ではない-八街2

八街はピーナッツの町ということで、やたらピーナッツ押しです。や、自分もピーナッツを買いに来たんですけどね。


さて、それではGW終盤(の記事をいまだに書いているのも問題ですが)、銚子編に続きます。

ここは観光地ではない-成東7

九十九里浜の近くにある成東には食虫植物園があります。


ここは観光地ではない-成東1

ここは観光地ではない-成東2

これがこの湿原。予想以上に広大でした。


食虫植物も湿原を好むんですね。一方、温暖化などで地球は乾いていっている……悲しいことです。


ここは観光地ではない-成東3

ここらへん、食虫植物だそうです。見ていて判りません(笑)。


ここは観光地ではない-成東4

水辺を好む植物。


地面から染み出す水が池を作るこの光景は、湿原・湿地独特ですね。


多くの生物にとって住みよい環境なのでしょう。でも、人間には不向きなんですね……。


ここは観光地ではない-成東5

水が引き込まれている水門。


ここは観光地ではない-成東6

そして反対側の湿原。


本当に広大です。



ここは観光地ではない-成東9

ここは観光地ではない-成東8

イシモチソウというらしいです。やっぱり判りません(苦笑)。


ここは観光地ではない-成東10

街中にこんな大きな湿原があるのは、なんだか不思議な気分ですね。


まあ、ここらへんはイチゴ畑なんかも多いんですが。


ここは観光地ではない-成東12

ここは観光地ではない-成東11

たぶん、これがイシモチソウ(食虫植物)です、たぶん……。


ここは観光地ではない-成東13

順路を巡るだけで大変です。


食虫植物園としてだけではなく、普通に公園としても大きいです。


ここは観光地ではない-成東14

おそらく、これも食虫植物?


ここは観光地ではない-成東15

食虫植物の群生地?


ここは観光地ではない-成東16

川のそばまで着ました。


ここから水が土に染み込んでして湿原を形成しているんですね。


土質があってこその湿原です。


ここは観光地ではない-成東17

ここは観光地ではない-成東18

この池、明らかに真四角なんですが……人工的に作ったものでしょうね。湿原を守るためでしょうか?


かえるの良い住処になっていました。


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ここは観光地ではない-成東20


ここは観光地ではない-成東21

最後に食虫植物園を見回してみました。


何度も繰り返しますが、とにかく広いというのが印象的でした。


感覚的なものもあるんでしょうが、北海道の小清水原生花園に勝るとも劣らない感じです。

大多喜に通じるのは大原駅から上総中野駅まで走る第三セクターのいすみ鉄道だけです。


ここは観光地ではない-いすみ1

帰りに乗った電車なんですが、なんだか珍しい電車だったらしいです。たくさん鉄道ファンが集まっていました。


記念に乗りに来たらしい人もいっぱいいました。すみません、自分はたまたま来た列車に乗っただけです……。


ここは観光地ではない-いすみ2

なぜだかいすみ鉄道はムーミンプッシュしていました。


これはシルクハットがあるからムーミンパパですね。


ここは観光地ではない-いすみ3

他の駅ではムーミン一家(一族?)のマスコットが勢揃いしていました。


ここは観光地ではない-いすみ4

これはさらに別の駅にあったムーミン。帽子がないのでシンプル・ムーミン(オリジナル・ムーミン?)です。


でも、なぜ千葉の房総半島にムーミン?(結局いまだに分かりません)


ここは観光地ではない-いすみ5

クラシックカー(レトロカー?)のショーもやっていました。


懐かしい形のバスが見れました……って、現役で走っているところは自分も見たことがないんですけどね(笑)


こういうのは、ボンネットバスって言うんでしたっけ?


いすみ鉄道……なかなか謎な鉄道です。客集めのためにできることを見境無くやっている印象もありますけどね(苦笑)。でも、それで本当にお客さんが集まったら(そしてお客さんも楽しめたら)言うこと無しです。なかなか難しいことでしょうが……。

千葉は房総の真ん中(?)、大多喜にやって来ました。


ここは観光地ではない-大多喜1


現在ではいすみ鉄道しか通っていない大多喜ですが、かつては徳川家の重臣である本多忠勝の支配領でもありました。


房総の真ん中というと、現在の海岸周りルートからすると交通が不便そうですが、かつては千葉の三陸海岸に行くには大切な街道だったのでしょう。


ここは観光地ではない-大多喜2

さっきの門を反対側から。


どうやら観光的には、山の中の小江戸という雰囲気を出したいようです。


ここは観光地ではない-大多喜3

実際には、市街地にある駅から、歩きに歩いてやっと到着しました。途中、川なんか渡ったりしちゃって。


こんなに街中から離れた山城、泰平になったら不便なんじゃ……?


ここは観光地ではない-大多喜4

さらに川から離れて山道を登った末に、


ここは観光地ではない-大多喜5

やっと着きました、大多喜城。


そして、これがその内部の……


ここは観光地ではない-大多喜6

江戸時代(初期)当時を再現したジオラマだ!


……って、やっぱり当時も市街地(宿場町)と行政区(城下町)が離れてるぅぅっ!


こ、これって、戦国時代は「守りやすく攻めがたい理想的な砦」だった山城を、そのまま居城にしたら平和になったら使いづらくてしかたがなかった、ってパターンではっ!?


一国一城令でこの城を残したのは失敗だったんじゃないでしょうか……?


ここは観光地ではない-大多喜7

ここは観光地ではない-大多喜8

各方面から検証してみましたが、やっぱりこの配置は行政に不便そうです。


主要な産業要素である街道から城と城下町が隔離されてますよ。連絡取り合うだけで苦労しまくりですよ!


ここは観光地ではない-大多喜9

その影響はいまでも続いています。


こちらは大多喜城から見たかつての街道があった方面。いまでも旧街道に沿う形で街は発展していっているようです。


ここは観光地ではない-大多喜10

やっと城の麓までそれが届いた感じです。学校や市民プールなど比較的面積を取る公共機関が多いのは、ここが広い場所を確保できる一帯だったからだと思います。


ようするに、人がいないところに後から大規模な施設を造ったというところでしょう。


ここは観光地ではない-大多喜11

これは反対側。いまでも山と森です。かつての構成をそのまま引き継いでいます。


むしろ、ここに城があることで、これ以上街が広がるのを阻害しているのでは? と思うのはさすがに邪推ですね。


城の概要を見ると、何度か改修の指示が出ていますが、結局修復されなかったことからも、ここが行政機関としては使いづらい城だったことが判るような気が。


……本多忠勝は徳川重臣の中でも屈指の猛将でしたが、行政能力はそうでもなかったのかな?


とはいえ、彼がここを治めていたのは一時的なこと。たいして出来ることはなかった可能性も大いにありますけどね。


その後に治めた領主たちも、平和で発展していく世の中でこの不自由な城に手を焼いたのでしょうか?


……とか、完全にこの城を不便認定してますね、自分(苦笑)。


ここは観光地ではない-月の砂漠1

「月の砂漠」の唄が作られた地だという御宿に来ました。


向こうに見えるのはその記念碑です。


ここは観光地ではない-月の砂漠2

ここは観光地ではない-月の砂漠3

ここは観光地ではない-月の砂漠4

砂漠の写真です。


なるべく砂漠に見えるように獲りました。


この砂漠(砂浜?)、距離は長いのですが幅は狭く、市街地まですぐそこです。なので、あまり雄大感が無いです。


ここは観光地ではない-月の砂漠5

こんな風に、うまくやらないとすぐに市街地が写りこんでしまいます。


ここは観光地ではない-月の砂漠6

ここは観光地ではない-月の砂漠8

月の砂漠のはるか彼方の市街地。そういえば、今の日本で時代劇を獲る場合、電線が無いところを探すのが難しいという話を昔聞いたことがあります。


今は地中線も増えてきたので、だいぶ解消されたのでしょうか?


ここは観光地ではない-月の砂漠9

ここは観光地ではない-月の砂漠7

砂漠の波打ち際。なんだか変な表現です(笑)。


実は、自分はずいぶん長いこと「月の砂漠」の唄を、異国に行って体験した砂漠のことを表した歌だと思っていたので、日本の唄、しかも東京近郊の砂浜が舞台だと知ったときは驚いたものでした。


いまだこの違和感は拭えません(苦笑)。


ここは観光地ではない-月の砂漠10

ここは観光地ではない-月の砂漠11

こうやって見ると、本当に普通の波打ち際ですね。


ここは観光地ではない-月の砂漠12

ビルが~。向こうにビルが~~。


ここは観光地ではない-月の砂漠13

どんより曇り空なのも雰囲気が出なかった一因でしょうか。


これがカラッカラの上天気だったら……やっぱり無理か。視界の端にいつもビルがあるし。


良くも悪くも今の日本ですね。あのビルだって必要があって建てられたんでしょうし。


ここは観光地ではない-鯛ノ浦1

紆余曲折ありましたが、やっとたどり着きました鯛の浦。


遊覧船での回遊コースです。


ここは観光地ではない-鯛ノ浦2

鯛の浦から見た小港の街です。なんだか洞爺湖を思い出します。まったく違う状況(そもそも海と湖)なんですが。


ここは観光地ではない-鯛ノ浦3

ここは観光地ではない-鯛ノ浦4

ここは観光地ではない-鯛ノ浦5

ここは観光地ではない-鯛ノ浦6

ここは観光地ではない-鯛ノ浦7

ここは観光地ではない-鯛ノ浦8

ここは観光地ではない-鯛ノ浦9

鯛の浦の画像各種。この浦の岩島にかつての誕生寺が建立され、津波で流されたそうです。


そして、別の島に再度建立されて、再度流されたそうです。


昨日見たのは3代目で、とうとう陸地に建てられたものだとか。


鯛を化身として崇める意味や日蓮上人の伝説からすると、なるべく浦の真ん中にあったほうがいいのでしょうが、やはり維持は難しかったようで。


……というか、こんなに流されてばっかりなんて、あんまりご利益が無いんじゃ……。


ここは観光地ではない-鯛ノ浦10

ここは観光地ではない-鯛ノ浦11

ここは観光地ではない-鯛ノ浦12

船から(船員さんが)餌をやったら鯛が寄ってきました。


この鯛の浦は海深の浅いところに鯛が群れで集まっている、世界的にも珍しいところなんだとか。


保護区にもなっているので、餌を与えるとすぐに寄って来ます。


とはいえ、保護区になっているのは鯛の浦だけで、そこから一歩出ると獲ってよくなるので、小湊の名産品も鯛だったりするのですが(笑)。


波間にゆれる日蓮上人の化身の勇姿、とくとご覧ください。


実際、池の鯉みたいに鯛が寄ってくる様子や、海の中で泳いでいる姿を見ると、鯛ってこんなに大きい生物だったんだと新たな発見をした気になります。魚屋さんやスーパーでそれなりに見慣れているはずなのに不思議です。

翌日、勝浦から再び安房小湊の鯛ノ浦に向かう途中。


ここは観光地ではない-行川アイランド

かつて一大レジャー施設のあった行川アイランドです。


すでに施設は閉鎖されてしまいましたが、駅は残っていて、停車もするんですね。なにか物寂しいです。


昔はレジャー施設や流行モノなどをバカにしていた頃もありましたが、あれは想い出を作ることが重要なんですね。そのためにちょっとしたイベントを用意して対価をもらう。まったくもって普通で、全然バカにすることではありませんでしたね(そのために無作為な自然破壊が行われたりするので肯定できない面も多々あるとはいえ)。それに気付くまでずいぶん時間がかかった……。


行川アイランドは、本当に小さいときに来たことがあります。

いまでは廃園になり、飼われていた動物の一部が野生化してしまい被害を出しているとか。

なんとも悲しい話です。