8月14日。桐生に来ました。

せっかくだから織物でも見ようかと。


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休みでした。

…………お盆ですからね。事前に情報を仕入れてこなかった自分が悪いのですが。

伊勢崎に向かって一泊しようと思います。

分福茶釜の茂林寺。

狸囃子の證誠寺と比べて有名ではないのは、話のタイトルに出てこないからでしょうか。それとも、一番有名な分福茶釜の話では、お寺の和尚さんは脇役だからでしょうか。


なお、分福茶釜には、普通に知られている「道具屋の男が狸を助けて~」という話とはかなり違う原型の話があり、そこでは茂林寺と和尚さんは主役です。


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茂林寺前の商店。ここで荷物を預かってもらいました。


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拡大しました。

狸グッズが溢れています。というか、それしかありません(笑)。

さすが狸の二大昔話の総本山?


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そして、ここがその茂林寺の正門。

物語では茶釜に化けた狸を売りつけられるという役回りですから、けっこうお金持ちのイメージだったのでしょうか?

江戸時代あたりなら、戸籍管理をする住民把握の要の役割を担っていたわけですから、お金持ちかはともかく安定はしていそうです。


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中門。

おや? 瓦葺きだった正門に比べて、なんと茅葺き屋根です。


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そこに立っていた狸像。

よく見ると不気味です。怖いです。きっとクトゥルフの眷属とか、そんな感じでしょう。


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木立の合間から見える茂林寺本堂。

なかなかいい雰囲気です。


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そして、これが茂林寺!

中門から想像できたかもしれませんが、なんと茅葺き屋根の古寺です!

茅葺き屋根というところが、物凄く古寺っぽいです。

これまで見てきたお寺が瓦ばかりで、しかもそれが当然のように思っていてなんの疑問も感じていなかったもので、かなり新鮮に感じました。

たしかに、日本昔話に出てくる古寺って、むしろこんな感じですよね。

屋根に草が生えているところなんか、まさに古寺です。

でも、茅葺きって維持は難しいんでしょうね。そう思いつつも、ここはいつまでもこのままの古寺でいてほしいです……。


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そして、中にあった分福茶釜。

……そう、分福茶釜が現存しています!

しかも、けっこう綺麗。

あの狸は道具屋の男と仲良く暮らしたり、和尚さんと仲良く暮らしたりしたんじゃなかったんでしょうか?

今も化けたまま残っているということなんでしょうか?


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おまけ?

庭の石の上にあったミニマム狸。かわいい。


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最後に。

正門と中門の間にいた狸の行列。


證誠寺と茂林寺を回ったので、なんだか狸は制覇した気分です(笑)。

事前の調べをしていかなかったので、分福茶釜があったのは衝撃でした。

前もって知識が無いというのは、こういうときに得することはありますね。もちろん、だいたいは損をしますが(笑)。

分福茶釜のお話は、道具屋の男と狸は仲良く幸せに暮らしました、というところが気に入っています。動物が恩返しする話では、最後に隠していた正体がばれて動物が去ってしまうという終わりが多いので、最初っから正体が分かっていて最後までほのぼの終わるこのお話は珍しいと思います(実はその手の話はけっこうあって、自分が夕鶴とかのイメージに引っ張られすぎている可能性もありますが)。

まあ、和尚さんを騙して茶釜を売りつけようとしたり、売られた茶釜の狸が火にかけられてやけどしたりするのはひどいですけれどね(笑)。それにしても、和尚さん、よく二人(一人と一匹)を許したものです(笑)。

さっき見たあの茶釜は、いまだにその男の思い出を抱えて茶釜になって鎮座しているのでしょうか?(って、ちょっと自分に酔っ払いすぎですね・笑)


次はまた東武線で桐生に向かいます。

8月14日。あいにくの雨。足利学校に行きました。

足利といえば足利尊氏が有名ですが、この足利学校はその足利氏が建てた…かどうかは不明です。


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いつ頃、どういった経緯で建てられたか分からないですが、いつの間にか歴史上に登場したいにしえの関東最高の学府、足利学校。

ここがその正門です。

学校らしく、いかにも学問に対する心構え的な理念に基づいて校内が作られていて、この門がいくつもある構造もその一つなのですが、その由来については忘れてしまいました(苦笑)。


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ここで足利学校の説明を受けました。

古代から興隆衰退はあるものの、ずっと関東の学問の中心でありながら、江戸から明治にかけては不遇だったようです。江戸時代は各地に小規模な学問所・寺子屋が作られましたし、明治には学制が始まって公式な教育機関が各地に作られましたしね。その一方で、それらの流れから外れてしまったここは、一気に零落していったようです。特に、明治に入ってからは貯蔵文庫が古本屋に流れるほどの状態だったというのは悲しいとしか言いようがないです。


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ここが第二の門。

正式名称とその意味は…覚えてません、すみません。

たぶん、ここに踏み入る者はすべての希望を捨てよとか、そんな感じです(嘘)。


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ここが本殿(寺社ではないので呼び方はたぶん相応しくない)の孔子廟です。

ここを本講堂にして学問の講義が行われていたということです。

中は畳張りですが、今でも講義ができそうなくらい現役な様子でした。


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中にあった孔子像。

日本でも学問の神様なんですね。そういえば、江戸時代の朱子学や陽明学も、結局は孔子の学問である儒学の一派でしたし。


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講堂を様々な角度から。

学問をやるところって、結局のところ今も昔も変わらないですね。大きな広間に講義する人と生徒達がたくさん並べる場所があるというシンプルな基本が重要だからでしょうか。


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生徒用の長屋。今で言うと学校寮?

部屋はそんなに狭くなかったです。今の学校の寮でもこれくらいだと思いました。

ここらへんの学内構造というか、仕組みというか、学校として機能するための施設の完備というのも、今も昔も変わっていません。強いて言えば、運動場や体育館がないくらい?


出るときにやっと雨が上がった状態での見学でしたが、雨に濡れる伝統ある学府というのも乙なものでした。

修理と修復を続けて現在まで残る木造建築というのは、深い深い趣があります。特に神社やお寺という宗教施設とは異なり、実用のために造られ使われてきた施設というのは、宗教の決り事とは別のロジックの質実剛健さが流れていて、それまで人と共に歩んできた歴史が刻まれている…というより染み込んでいるような気がします(ちょっとノスタルジック)。学校のように実用のための施設というのは、伝統がそのまま価値に直結する傾向がある宗教施設と違って、実用の必要がなくなればすぐに廃れて無くなってしまうので、残っているのは貴重なんですよね。今現在、各地で廃校になる小学校などの保存活動が行われている理由が分かる気がします。


この後も旅行は続きます。

足利市には、JRの足利駅と東武線の足利市駅があるのでややこしいのですが、そのうち足利市駅のほうから、分福茶釜の茂林寺に向かう予定です。

両毛線に乗り継いで足利市に到着しました。


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足利見物は8月14日に預けるとして、8月13日の夜は隣の富田にあるフラワーガーデンに行ってきました。


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フラワーガーデンの入り口。でっかい販売所になっています(笑)。


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販売所の中の光景。

なぜにバオバブ?

バオバブというと、前にあったコーラの銘柄を思い出します。変な味でしたけれどけっこう気に入っていました。


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そして、乱立したるサボテン。

サボテンですら枯らしてしまう自分には、買う資格がないですけれど……。


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別方向から見たサボテン。


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中に入ったらレーザーファンタジーショーとかやっていました。

せっかくなのでチケットを買ってみてみようと思います。


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ライトアップした木。


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こっちは噴水広場へ続く道。

こっちのシルバーのほうが落ち着いていて自分的には好みです。


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この道は池を横切るような形で配置されています。池には芭蕉の葉がたくさん。時期だからでしょうか。


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道の脇には色とりどりの花壇が。さすがにフラワーガーデンです。


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ここは夜行性植物のコーナーだそうです。

夜行性の植物にしろ動物にしろ、暗いところに展示しなければいけないのが難点ですね。


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中はこんな感じに。

なんだか大規模な盆栽のような配置です。


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ここがレーザーファンタジーの会場です。パイプが手すり兼椅子の代わりになっていました。これがホントのパイプ椅子?


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そして始まるレーザーショー。


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これが真面目にすごかったです。東京ディズニーランドに負けないぐらい(個人的な意見)。

レーザー光が交差し、幻想的な光景を魅せてくれます。

これはむちゃくちゃ頑張ってました。あまり宣伝もしていないイベントなのがもったいないくらいです。

まるでオーロラファンタジー?(意味不明)


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帰り道。

藤の木の回廊です。

季節の頃はさぞきれいでしょうし、いまだって深緑が美しいのでしょうが、夜なのであまりよく分かりません(笑)。残念です。


明日の8月14日は、足利の足利学校を巡る予定です。

8月13日(月)後半。

おもちゃのまちにやってきました。

昔(今も?)、おもちゃの製造工場がたくさんあり、工場団地に住んでいる人もたくさんいたからこの名前がついたとか。


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バンダイミュージアムに来ました。文字通り、バンダイの記念館です。

おもちゃのまちには壬生町おもちゃ博物館とバンダイミュージアムの二つの博物館があり、駅の東西に分かれています。

どちらに行くか迷った結果、こちらにしました。最大の理由は、ネットでおもちゃのまちを検索したら、こっちが先に出てきたから(ネットに踊らされています)。


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入り口にあった模型。

これはおもちゃなのでしょうか? 実物のような点…。


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ここが入り口。中にはでかいガンダムとかありました。

でも、それ以外にはいまいち興味を引かれず……昔は戦隊物とか好きだったのに。つまらない大人になってしまったと言うことでしょうか(笑)。


この後、足利に向かいました。

8月13日。益子に帰ってきて街を巡ってみました。


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こんな感じで街のあちこちに工房があります。

土から作製しているところもあれば、焼き物だけをやっているところもあるようです。


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いかにも工房と店を兼ねているような佇まい。

店によってオシャレだったり無骨だったり、明るいショーウインドウに展示してあったり投げ売り状態だったりと、その特色が出ていて面白いです。


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益子の街並みはこんな感じ。

国道沿いのまっすぐな道に各店舗が並んでいる形です。


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外から眺めるだけでその店のスタンスが分かるようで、飽きない感じです。

買いもしないのに店を眺めて見て回る客。迷惑な存在かもしれません(笑)。


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これらの店なんか、まるでただの民家です(笑)。


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逆にこっちはおしゃれ工房みたいな趣で。


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こっちは店外に適当に置いてありました。


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これはオシャレなカフェテリア風?


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新しくできた蔵的な工房。

今は古い建築物も、できたときは真新しかった。この建物も年月を経れば、いつかは古めかしい風格を醸し出すのでしょうか?


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こっちは車庫かと思ったら工房でした。けっこう人入りも多い。


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ここも工房。道の駅のような広い敷地です。大手?


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ここは幟がいっぱい。真っ白い壁ということは、ここも新規なのでしょうか?


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延々と壺が陳列されているテキトーな感じの店も。

乾燥作業を兼ねているのでしょうか?


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町の中央広場にて、巨大な狸の置物発見。

街のシンボルでしょうか。気合の入った大きさです。

ところで横の壺は埋め立てなんでしょうか? 本当に壺状態だとしたら、雨が降ったら大変な気が。


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広場の脇に古道具屋風の店がありました。雑多さがすごいです。


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さっきの店とは違う、広場にあった店。

所狭しと益子焼が並んでいます。これ全部、この町で作られたものなんでしょうね。この状態が街中の店にあるわけですから、ものすごい。というか、地道にこれだけの量を作り上げる持続エネルギーがすごい。


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広場の向こうのほうの建物では焼き物教室やっていました。夏休みだから?


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街の外れまでやってきました。焼き物の展示場的なものがあります。

ここから先は表通りの店並びが嘘のように人家のまばらな普通の田舎道になります。


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駅に戻るまでの益子の延々と続く道にぽつんと工房がありました。隠れ工房?


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こちらは駅に続く裏道の工房。

あまり人気はありませんが、役所などの行政機関はこの裏道に集中しているようです。表通りは益子焼工房に占められているわけですし。さすが焼き物の町?


益子は本当に現役焼き物の町という感じでした。これも一種の芸術の町ということなんでしょうか?そんな静かな活気に満ちていたと思います。通りに立ち並んだ店舗を見ているだけで、いろいろなことが想像できて楽しくなりました。


さて、この後はおもちゃのまちに行こうと思います。

8月12日。湯西川温泉から栃木まで下り、小山、下館と乗り継いで、最後は真岡鉄道で益子に到着。

同じ栃木県内とは思えないほどの時間がかかりました。


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駅の上に立っていた工作物。

芸術の街に相応しく(あるいはあからさまに?)、面白い形をした鐘楼的な何かです。


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焼き物の街に相応しく、駅前に巨大な焼き物の壺が。

益子焼、というと信楽や瀬戸ほど有名ではありませんが、伝統ある土焼きです。


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駅前から工房が立ち並んでいたりします。こっちは駅のオブジェと違って、現役で使用されている模様。


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再び、駅上のオブジェ。

着くのに時間がかかったこともあり、ここで泊まって街を見物するのは明日…と思ったのですが、なんと益子の宿はいっぱい。けっこう同じように考えてきた人が多かったのかも。

仕方が無いので、隣町まで行って泊まることになりました……。

詳しい見学内容については、また明日。

8月12日。

川治湯元からバスに乗って五十里湖ダムサイトへ。

五十里湖はダムによって作られた人造湖で、たまに釣り人が来る以外、何もありません。

本当に何もありません。

何もありませんというフレーズに引きつけられて(笑)、やってきました。


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ここが五十里ダムだ!

……古い古い古い様式のダムです。

ダムだけにどっしりと構えていますが、その風情は古代の面持ちさえ携えています。

安全性とか大丈夫なんでしょうか?


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ダムサイトにあった看板。

五十里ダムから五十里湖までそんなに距離はないから歩いて行けるかな?と思ったのが間違いでした。

実際には、歩く歩く……。


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歩く歩く、歩く歩く、歩く歩く……。


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歩く歩く歩く歩く歩く歩く…………(景色は最高なんですけれどね)。


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ここらへん、車はそこそこ通るんですが、人はほとんど歩いていません(まったくというわけではないですが)。

景色を眺めながら歩いた人って、自分以前はいったいいつ頃いたんだろう、というレベルです。なんだかもったいないです。


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ちょっと開けていますが、ここは湖ではないようです。

山を縫うように川が流れ、少し開けたところでは池や泉のように溜まっているので、どこまでが川でどこまでが湖なのか判然としません。まあ、人間基準で自然を分類しようとするとこういうところで無理が出てくるということかもしれませんが。


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川中島のようになっています。

ダムは人工物ですが、それを既成事実として自然が形成されていっています。当たり前のことなんですが、不思議な感じです。


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やっと辿り着いた五十里湖。高架橋に走っている電車。風情がある雰囲気です。


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ぶっちゃけ線路が走っている以外は、他の山を巡る川(湖)と変わりません(笑)。

写真に撮っていないのですが、ここには鉄道駅と道の駅を兼ねる湯西川温泉駅があり、結構な人出で賑わっていました。本当にびっくりするほどたくさんの観光客が訪れていました。道を歩いていたときの閑散ぶりが嘘のようです。

なお、本当の湯西川温泉はここからかなり離れた場所にあります。ここに駅ができたのは線路を敷設したときの都合とかなんでしょうか?


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最後に。

湯西川温泉駅の写真。

上の道の駅兼用の施設からずっと下ったところのトンネルの中にある駅です。

外から見た感じ、トンネルから出るとすぐに湖の上に出るみたいです。なんだかジブリの映画みたいな光景が体験できそうで興味ありましたが、次に向かう益子は反対側なので体験できず。残念です。

さて、夏休みの頃、うろついた記憶を記録しておきます。

夏休みは8月11日から栃木のほうに行ってきました。


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栃木の駅。

知っている人は知っていると思いますが、栃木県の県庁所在地は宇都宮であり、この栃木市ではありません。

一時は栃木が中心地だったこともあるらしいのですが……どうやらここにも明治維新期の遺恨が残っているようです。

維新と聞くと過去を一新して新たな世界が開けたようなイメージがありますが、その実、これまでの体制とそれを妥当するために起こった諍いの、勝ったほうの鬱々とした報復が渦巻いた時代であり、その禍根はいまだに後を引いているんですね。仄暗いことです。


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駅の案内所で聞いた散歩道を漂ってみました。

蔵の街、なんですね、栃木。昔は水路で江戸に繋がっていたから、運送用のための貯蔵庫が多かったのでしょう、きっと。


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なぜかシンボル的にキティちゃん、降臨(笑)。

いったい栃木とキティちゃんはなにで結びついているのでしょうか(笑)?


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水路沿いに歩いてみました。

石橋がそれっぽいですが、水はかなり浅く、しかも汚かったです。

後で船頭さんに聞いたら、昔は深かったんですが、水門などができて大幅に減ったんだとか。


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その水路を観光案内する船です。

さっき書いたように現在は水量が少なく浅いので、やっと浮いている状態ですね(笑)。

竿がすぐに水底に着いてしまいます。あと、水門や橋やらで、あんまり移動距離はありませんでした。物凄く狭い範囲を行ったり来たりする感じです。


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ここらへんは水が深いので、魚がたくさんいました。

主に…というか、ほぼすべて鯉です。

昔は錦鯉もいたらしいですが、病気(鯉ヘルペス?)で激減してしまい、今は黒い鯉(真鯉?野鯉?)が怖いくらいに繁殖しています。巨大な魚影が水面をバチャバチャ叩いて怖かったです。餌を投げるとむっちゃ食いついてくる…凶暴です(笑)。

鯉はきれいで大きく見栄えがいいですが、けっこうどう猛で悪食な魚なので、下手に放つと相当な環境破壊に繋がってしまうのだとか。注意したいことです。


この後、雨に振ってきそうになったので、急いで駅に帰って退避。危うく濡れずに済みました。

ここから野岩線で今夜の目的地、湯西川温泉に向かったのですが、時間が遅くなってしまい、泊まるところが見つからず。

仕方が無いので一つ手前の川治湯元に戻って、温泉ではないビジネスホテルに泊まりました(笑)。

そして、翌日は、その川治湯元からバス停で五十里湖に行きました。

観音崎からの帰りは浦賀の駅から。

ペリーが来航したことで有名な場所ですね。

実際には浦賀に来航して、隣の久里浜に上陸したらしいですが。


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その浦賀も、いまでは京急の小さな駅です。

いつかこの浦賀の浜にも行ってみたいです。