2015.9.23
今度は小木港にあるたらい舟屋に行きました。
ぞろぞろと連れ立ってたらい舟が出航します(笑)。たらい舟の行列です。
でも、正直矢島のほうが景色も綺麗で良かったです。
こっちは本当に海をたらい舟で動くだけで、あまり面白みはありませんでした。
さて、今回の佐渡島紀行はここまでです。
次は紅葉の季節に更新します。
2015.9.23
今回の佐渡旅行の最後は、佐渡のもう一つの港・小木にあるたらい舟を見物しました。
小木には小木港と少し離れた矢島の二つのたらい舟の観光船があります。
こちらは矢島のほうです。
ちょっと画像が粗いのは、スマホで撮影したから(笑)。
これが矢島経島です。二つの島状の岬から成っています。
観光用のたらい舟から覗いた矢島の海。
ちょっと画面がぶれてしまってわかりづらいですが、ここも海が澄んで綺麗でした。
向こうに見えるのは矢島の架け橋。
この入り江を象徴する光景です。
舟から下りてそこを目指してみました。
崩れかけた家があります。
昔は別荘だったそうですが、手入れがされないまま放置されているそうです。
また海を覗いてみました。
写真にするとわかりませんが、本当に澄んでいて綺麗でした。
最後にもう一度矢島を振り返って。
たらい舟で遊覧したこの入海は、本当に静かな入り江でした。
次は小木港のたらい舟に乗ってみます。たらい舟のハシゴです(笑)。
2015.9.22
尖閣湾は夕日の名所でもあります。
なので、近くに泊まって夕日を眺めてみました。
美しい一瞬で沈んでいきました。
本当に秋の日はつるべ日のごとしです。
さて、明日は小木に行ってたらい舟体験です。
2015.9.22
佐渡金山を堪能したあとは尖閣湾にやってきました。
佐渡島北西の、崖と奇岩で有名なところです。
入り組んだ地形の尖閣湾。西日に映える海を崖の上から鑑賞しています。
水が澄んでいて、ここからでも海底が見えそうです。素晴らしい。
下の湾内からは幾隻もの観光船が出ていました。
そして、リアス式海岸のように凸凹の崖。
その崖を間近に見るために、自分も遊覧船に乗るために崖下にやってきました。
乗り場まで行くには、こんな大きな洞穴を通る必要があり、なかなか刺激的な体験でした。
まるで石切場のような洞穴でした。
そんなこんなで下の船着き場までやってきました。
ここにもカモメがいます。
見てください。
海の底まで見えるほど水がものすごく澄んでいて、たくさん泳いでいる魚がくっきりと見えます。
手づかみで獲れそうななほどです(実際は無理でしょうが)。
佐渡島は本当に海が綺麗なところです。
さっそく出航(本当はけっこう待ったけど)。
海の青さが目に染みます。
さっき崖の上から見ていた奇岩を間近から。
立ちはだかる壁のようでもあり、複雑に入り組んだ迷路のようでもあります。
こっちは崖の色が変わっています。きっと地質が違っているのでしょう。
印象ではこっちの方が固そうです。岩山のようです。
そびえ立つ岩。
複雑に入り組んだ地形に海が入り込んでいます。
きっと水中も深かったりかったりして一筋縄ではいかないのでしょう。
崖ががけがけしてて(意味不明)難攻不落の要塞みたいです。
本当に岩山地帯ですね。
こっちはモザイクかいりこ細工のような崖。
尖閣湾はとにかく海が綺麗で綺麗で綺麗でした。
湾の複雑な崖も見所なんでしょうが、何よりも海の綺麗さに目がいってしまうという状態です。
せっかくなので、その尖閣湾に沈む夕日を見てみたいと思います。
2015.9.22
今度は佐渡金山・明治近代採掘編です。
坑道はこんなコンクリ造りのトンネルで、あまり面白みはありませんでした。
見所は講堂から出たところにありました。
佐渡金山の道遊の割戸・近景。
このどでかい穴を人間が開けました。
なお、これは明治以降ではなく江戸時代からの採掘の結果です(というか、江戸時代の中期には既にこうなっていたとか)。
近くで見るとわかりませんが、どんどん離れていくとその全容がわかってきます。
山が…山が、割れてます!
そして、ここが絶景ポイント!
空の青と、雲の白と、山の緑のコントラストが素晴らしいです!
そして、見事に避けた山。
これを人間がやったとなると、文化遺産として残したくなる気持ちも分かります。
雄大で力強い感動ものの絶景なんですが、その一方で、これだけすさまじいことを人間が(しかも江戸時代の初期に既に)やってのけたとなると、空恐ろしいものも感じます。
それにしても日差しも良く、一日中のんびりと眺めていたい雄大な光景でした。
この日はこのあとは尖閣湾に寄ってみました。
2015.9.22
佐渡金山にやってきました。
見学用の坑道は江戸時代までの手掘りメインのものと、明治以降の近代掘削を併用したものがあります。
まずは江戸時代のほうから行ってみました。
こっちは人形による鉱山採掘の再現をしています。なんだかさっき行った佐渡伝説館のようですね。
さて、ダンジョン探索に行ってみましょう。
ここは水のくみ上げ施設の再現です。
ぐるぐる杭を回すような装置で水をくみ上げています。
大変な重労働でしたが、給料は良かったそうです(笑)。
なお、危険な海水面下の水のくみ上げには有名な島流しにされた罪人や無宿人も使われていたとか。
休憩所の再現。
こうやって坑道の一部を利用して休憩所もちゃんと整備していうことです。
とはいえ、ござを敷いてその上で休めるぐらいですが。
人形はなんだかしゃべっていました(笑)。
さっきも述べた海水面下の水のくみ出し。
桶を使った原始的な方法です。力業です。
色々計算と工夫を凝らして作られた佐渡金山ですが、究極的な局面ではこういう手段を使っていたという側面もあります。
佐渡金山は発見されてから一気に掘削が進み、壮大で広大な金山鉱が形成されました。
……人間の欲望ってすごいですね。
採掘試行中の坑道。
こうやって当たりを付けてから、実際に金が発掘されれば本格的に拡張していきました。
この時点ではひと一人が通るのがやっとです。
大きな坑道で実際に掘っているところの再現人形。
狭い足場でノミをいれています。
このノミは一日で使い物にならなくなったとか。
こういうひとが一人潜り込むのがやっとな大きさの穴は狸穴と呼ばれていました。
あちこちに途中まで堀ったあとが残っていました。
掘り進んでやめて、掘り進んで。
もちろん、ある程度調べは付けてからやるのでしょうが、うまくこの坑道が見つかるまでこの繰り返しだったのでしょう。
良質な鉱脈が見つかるように、もしくは鉱脈から豊富に金が採れるように、祈りを捧げる新年の儀式です。
大きな坑道で盛大に行われていたようです。
坑道から出てきました。
各坑道は発見者の名前が採られていて、ここは宗太夫坑と呼ばれています。
このあと、当時の金山の周辺の街並みを再現した資料館などがあって、なかなかそちらも面白かったです。
では、次は明治以降の近代坑道へ。
2015.9.22
伝説館を見学した後は真野御陵まで歩いて行きました。
鬱蒼とした森の中にある真野御陵は順徳天皇の火葬場です。
なので、こんな遠くから見るのが精一杯です。
あまり手も入っていないので、なんだかうら寂れた雰囲気が漂っています。
……正直、実質森しか見るところがない状態です。この向こうに真野御陵があるのでしょうが。
残念ながらとぼとぼと帰るしかありません。
帰り。
佐渡の赤玉石。
本当に真っ赤です。一色でできた工芸品は一目の価値ありです。
真野御陵は期待していったけれどもろくに見ることができませんでした。しかし、これも旅の一興でしょう。
さて、気を取り直して、次は佐渡といえばメインの金山見学です。
2015.9.22
佐渡に戻ってきました。
ここは佐渡の真野にある佐渡歴史伝説館。
佐渡の歴史(主に遠島の歴史でしたが)を人形で見ることができます。
なお、庭(というか館の下)には大きな池が広がっていました。なかなか見事です。
まずは順徳天皇です。
鎌倉幕府に対抗しようとして承久の乱で流された人です。
後からの感想になりますが、他の面々に比べるとなんだか弱々しい印象を受けます。
そして有名な日蓮。
処刑が直前に雷で中断、そのおかげで減免の連絡が間に合って遠島になったといわれます。
他にも嵐を読経で退けたりと、色々逸話があります。たぶん、有名人の上方修正でしょう(笑)。
そして、千葉の鯛の浦にいったことがある自分は、この日蓮が鯛の化身といわれていることを知っています(笑)。
ラストは(二階には民話のコーナーの人形もありますが)、世阿弥。
踊りまくりのひとです。足利将軍家の恩讐劇に巻き込まれ、能の大成したものの晩年は佐渡に流されました。
このひとは、最後がどうなったか不明なんですね。
ありえないとは思いますが、いまだに生きていそうな気もしてしまいます。
さて、伝説館を出たら、真野御陵に行ってみたいと思います。
2015.8.16
今回は佐渡島の北側しか回れませんでした。
秋のシルバーウィークにもう一度来ようと思っています。
カーフェリーから佐渡島を見送ります。
さらば、佐渡島。また来ます(というか、これを書いている時点ではもう一度行きました)。
カモメが舞っています。
夏の終わりという感じがしますね。別に夏でなくともカモメはいるんですが。
おまけ。
フェリーの中で食べた佐渡島カレー。
ご飯の形が佐渡島になっています。
シルバーウィークの記憶に続きます。




































































