2014.8.28

いよいよ名古屋をじっくり見物です。


名古屋1

こちらに名古屋城があるようです(笑)。


名古屋2

巨大な石垣が見えてきました。

さすがに天下の名城と名高いだけあって、石垣の大きさもハンパではありません。


名古屋3

ちょっと途中の休憩所で一休み。

猫がいたのでそれにつられたのはナイショです(笑)。

ここで飼われているのでしょうか? それとも野良猫なんでしょうか?


名古屋4

そして、いよいよ名古屋城が見えてきました。


名護屋5

あっちの高い城郭が名古屋城の天守閣です。


名古屋6

それにしても本当に石垣が大きい。

その石垣を回り込んで進んでいきます。


名古屋7

そして着いたのが本丸御殿。

天守閣とは別に本丸があり、ここは城主(尾張徳川家)の住居兼政務庁舎になっていました。

なお、復元して一般公開したばかり…というか、復元がまだ全部完了していなくて一部公開になったところでした(復元が終わっていないのは主に城主の私邸部分です)。


名古屋8

玄関。

造り直したばかりの檜の広間が眩しい。

白い壁も真新しく(当たり前ですが)、できたばかりの和風豪邸のようです(ありきたりな感想)。


名古屋9

名古屋10

表書院の大広間。

謁見に使われていた建物の部分で、障子で5部屋に区切れるようになっている大広間です。

やたらと障子が虎推しなんですが(障子も当時のものを復元したもの)、尾張の徳川家は虎がシンボルというか、好きだったんでしょうか?

なんだか一休さんに出てきそうな屏風です(時代はまったく違いますが)。


名古屋11

名古屋12

こちらは床の間のようになっています。

松の床の間に刀が飾られています。

まるで時代劇に出てくるお約束のような床の間です。

徳川家は松平家の家系でもあるわけですから、松が好まれたのでしょうか? それとも単に縁起がいいから?

おそらくは両方の理由を兼ねていたのでしょうが。


さて、本丸御殿の見学はそこそこにし(この時点ではまだ公開部分が少なかったということもありますが)、いよいよ天守閣に向かいたいと思います。

2014.8.28

神宮前で下車して、名古屋の熱田神宮に行きました。


熱田1

街の一角がそのまま神宮になった大きな神社です。

中には様々な社があります。


熱田2

熱田6

信長塀。

熱田神宮はこの前見た桶狭間の戦いの前に織田信長が訪れて必勝祈願をしたところです。

なんとなく小さな祠っぽいイメージがあったのですが、実際は大きな神社でした。

後半は神をも恐れぬ言動をしていた信長ですが(何かに頼ったりそれを絶対視したりする人々に対する皮肉もあったのでしょう)、このときは決戦前にお参りとかしていて、勝てたそのお礼に塀を建て替えたりしています。


熱田4

熱田5


熱田神宮本宮。

ここに草薙の剣が収められているんだとか。

草薙の剣…よく考えたら他の神話に出てくる剣と比べると、活躍がしょぼいですね(苦笑)。

八岐大蛇を倒した後に見つかる剣だとか(その時使っていた十握剣を刃こぼれさせたんですからそれなりに凄くはあるんでしょうが)、火に追われたときに草をなぎ払って助かったとか、ちょっと荒唐無稽な海外物の神話からすると、神力のインパクトが中途半端です。


熱田7

大楠。

神社に長くあるとなんとなく何でも神木になってしまうような気も(笑)。

これは弘法大師が植えたものだとか。

有名人が祝典とかで植える記念樹的なものでしょうか?


熱田8

菅原社。

菅原道真も奉られています。

日本に限らず、段々色んなものを奉って社が増えていくのは公共性を持つに至った宗教施設のサガみたいなものですね。逆に自分たちのものしか奉らなくなったら、その宗教はマズいのかもしれません。


熱田9

なぜだか人気の無かった南新宮社。

日本平の東照宮でも思いましたが、人手の多い場所であっても一歩大通りから逸れると途端誰もいなくなることがあります。そういう雰囲気は好きです。

それにしても、ここもちゃんと手入れをしている人がいるんでしょうね。ちょっと不憫です。


さて、このあとは名古屋周辺を色々旅行しているのに、食べ物関係でチラッチラッとしか寄っていない名古屋(主に名古屋城)を探索したいと思います。

2014.8.28

豊浜の夜明け。

今日も天気はあいにくです。


豊浜港1

昨日見た魚市場を別角度から。

うおうおうおうお、魚心くん(あれは流川市です)。


豊浜港2

昨日見た港を遠目から。

大量の網があるのは漁港のお約束な光景ですね。


豊浜港3

魚市場の中はこんな感じ。


さて、今日はまたまた名古屋に戻って、今度は名古屋城を(ついでに熱田神社も)見物しに行きます。

2014.8.27

電車とバスを乗り継ぎ、豊浜まで来ました。

交通の便的にけっこう不便なところで、本当に知多半島の外れの方にある港という印象。

車を持っている人にとってはまた違う印象なんでしょうか?


豊浜1

魚市場の上に鎮座する鯛は、ここでここで開かれる鯛祭りの象徴。

大きな鯛の張り子を港中で泳がせるお祭りです。


豊浜2

港部はこんな感じ。

今日は正面向こうの岬をぐるっと回ったところにあるホテルに泊る予定です。

波の音を聞きながら就寝って、ちょっと贅沢です。


豊浜3

日が沈み行く豊浜の夕暮れ。

天気があいにくなのが残念ですが、なかなかの見物です。

こういうのは巡り合わせでしょう。


豊浜4

泊ったホテルの中にも鯛の張り子が。

近くで見るとちょっと不気味で怖いです。各地で増産されているゆるキャラとはひと味違います。

触る観光客が多いせいか、歯の部分(発泡スチロール)がいくつも欠けてしまっています(ちゃんと歯があるところも緩く見えない理由でしょう)。「触らないように」とちゃんと書いてあるので触らないようにしましょう。


豊浜5

ホテルから見た豊浜の海。

雲に日の光が反射する時間も過ぎて、これから一気に暗くなります。


ホテルの人に聞いた話では、ここ豊浜は釣り客が多いそうです。最初の宿に電話して満室で断られたときには意外に思ったものですが、やはり車と電車では見える世界が違うのでしょう。朝早く釣り場に行ったり釣り船に乗ったりすれば、けっこうな数の団体客などに会えるのかも。


せっかくだから夜の海の写真も撮ったのですが、こちらは失敗。ただの真っ黒な写真にしかなりませんでした(苦笑)。


明日の8月28日は豊浜の港を再び散歩した後、名古屋周辺を見物してから東京に戻りたいと思います。

2014.8.27

一色大提灯祭りから一夜明けた今日。一色港から佐久島に渡ろうと思います。


佐久島1

そして、渡りました(笑)。

今日もあいにくの天気です。


佐久島2

東と西の二つある港のうち、西港からスタートです。

港から見た島の様子はこんな感じ。

屋根も壁も黒い家が島の特徴です。

黒壁集落という、そのまんまの名前が付いています。


佐久島3

西のお寺、崇運寺。


佐久島4

寺の正面から。

このお寺も島の建物に倣って黒い色をしています。


佐久島5

島の西側にあるカフェ的な家、弁天サロン。


佐久島6

そしてこれが目玉の一つ、おひるねハウス。

なんか単純な作りのアートですが、これが傑作でした。


佐久島7

おひるねハウスの最上段から海を見たところ。

海から吹き寄せる風がおひるねハウスの各マス(?)で狭められて通り抜けることで心地よい風となり(扇風機の中ぐらい?)、本当に昼寝したくなる気持ちよさでした。

ただ、風はそれなりに強いので、軽い物(ビニール袋など)は飛ばされないように注意です。

本当に波風というのは絶え間なく吹いているんだなと思うことができましたし、浜では大して感じなかったのに、ちょっと工夫するだけでこれだけ感じられるのかと感心しました。

格好良く(中二病っぽく)言えば、地球の息吹を感じる?

ただ、腹ばいになって狭いところに潜り込む、というのはちょっと難点でしたが。

あと、中段上段はハシゴで上りますが、けっこう高いので注意。木製の頑丈なハシゴなので重量もあります。立て掛け方が悪いと、潜り込んだ後にうっかり蹴り飛ばしてしまうとあっさり倒れて降りられなくなってしまうので注意(笑)。幸い自分はそんなことはありませんでしたが。


佐久島8

西から東に向かう道の西側の始点にあるモニュメント。

佐久島クラインガルデンという農業施設の看板です。


佐久島9

その東西両集落を繋ぐ道の途中にはヤギが飼われている場所がありました。

ノンとビリーと言うそうです。ノン・ビリから取った名前でしょうね。


佐久島10

これがそのヤギ。

こっちはノン? それともビリー?


佐久島11

そして、こっちはビリー? それともノン?

ヤギをこんなに間近に見れる機会はなかなか無いので(ふれあい公園とかではあるでしょうが)、じっくり観察しました。

想像以上に白いです。よく手入れされているのでしょうか?


佐久島12

昔はほんのすぐ側にあるのに東西の集落は没交渉状態だったそうです(近いから、かもしれません)が、いまは学校と砂浜(海水浴場)があります。


佐久島15

せっかくなので泳いで(というより水に入って)みましたが、時期は8月27日、つまり8月末。

泳ぐには遅い時期です。その理由はクラゲ。

大丈夫かなと思いましたが、やっぱりダメでした。

刺されて鋭い痛みが走ります。危ないのですぐに上がりました。

やっぱり泳ぐなら7月か8月初め、遅くてもお盆までですね~。

なお、浜辺の海の家で食べた海鮮丼なんかはけっこうおいしかったです。


佐久島13

その浜辺の遙か東側に海鳥の群れが!


佐久島14

板でした(知ってた)。

「カモメの駐車場」という、これもアートです。

駐「車」?

近づいてみると明らかに偽物と分かるのですが、遠目ですと影しか見えないせいか普通にカモメの群れに見えます。

これはアイディア勝ちということになるのでしょうか?


佐久島17

佐久島の東側に着きました。

東側南方には、湾の中心に鎮座するように大島と呼ばれる小島があります。なんだかロードス島のマーモみたいです(分かる人にしか分からない)。

もちろん、マーモのように危険なことはなく、昔は鯨を解体していたという、今は海釣りセンターがある小さな島です。

この写真はその島に渡るための海道の写真です。


佐久島16

その橋の途中にはこんなアートが。

イーストハウスというアートだそうです。島の東側にあるからイーストハウス。


佐久島17

さっきの写真再びです。

あの階段付きの四角形の部分が太い平均台みたいな白い台の両側に付いているのがイーストハウスです。

ここもあのおひるねハウスのような意図で作られたのでしょうか? だとしたら、自分はおひるねハウスの方が好みです。

佐久島の案内パンフレットには「のんびりしようよ」として紹介されていたので、この平均台(仮名)を渡って四角形の部分の上に乗ったり、その中で風に当たってのんびりしたりする意図があって作られたのでしょう。想像力があれば可能性は無限大? 自分には想像力がないのでいまいち楽しめないかも……。


佐久島18

ここは東側の船着き場。

あまり時間がなかったので、大島は入口をざっと見に来るだけになってしまいました。

なお、この船着き場付近には食べ物屋などもいくらかありました。

なぜかソフトクリーム推しの店が多かったです(笑)。


佐久島19

これが帰りの船です。

よくあるクルーザータイプですね。


佐久島20

船着き場より。

向こうに見えるのは、時間が無くて行けなかった筒島です。弁財天が奉られています。弁財天、けっこうどこにでも奉られていますね(笑)。特に島や島状の場所に奉られていることが多いです。水を司る神様だからでしょう。


2014.8.27の後半は、再び知多半島に舞い戻って(西尾市に来たのは一色大提灯祭りを見物するためだったので)、鯛祭りで有名な豊浜に行ってみたいと思います。祭りの時期とは全然違いますが。

2014.8.26

今回の旅の最大の目的、一色大提灯祭りにやってきました。

これは西尾市一色町で行われる、文字通り大提灯を奉るお祭りです。


一色1

夕暮れの五指半。

街並みの向こうに見えるあの提灯下が大提灯祭りの会場です。


一色2

そして、やってきました大提灯祭り会場。

実際に見てみると、予想を遙かに超す大きさです。

体感なので実際のところは分かりませんが、浅草寺の雷門の提灯より大きいのではないでしょうか?(あちらは建物内にあるせいで比較対象が少なくて少し小さく見えるのかもしれません)


一色3

一色4

一色6

一色7

一色8

一色9

2対6組、合計12張りもの巨大提灯が立ち並ぶ光景は圧巻につきます。

すごいすごいとしか言いようがありません。これはかなりの見物ですよ。


一色5

祭りの舞台である諏訪神社の一角では太鼓の音が響いていました。

かなり激しく力強い太鼓の音で、これもまた見事だったのですが、タイミングが合わずに実演は写真に撮ることができませんでした。

精魂込めて叩いていたようなので、ちょっとじっくり見てみたかったのですが。


一色12

一色10


一色11

大提灯の中を覗かせてくれたので、見物しました。

中はこうなっています。


一色13

ええと、説明を忘れいていましたが、この一色大提灯祭りというのは、元々魔鎮めの剣とかがり火で海魔を退散させたことにちなんだお祭りです。

その魔鎮めの剣はこの諏訪神社に納められているとのことですが、今は見学禁止になっています。

また、初めはかがり火だったものが、江戸時代の景気が良かった頃に提灯に代わり、それがさらに大きさ、華やかさで競うようになって大きくなっていき、今の形で(これぐらいがちょうどいいと加減が付いたのか)定着したのだとか。

なお、海魔というのは台風のことらしいです。そんなのが剣やかがり火で追い払えるのでしょうか?(たまたま祈ったら進路が逸れたとか?)

あるいは海沿いの街に定番のクトゥルフ様やその眷属だったのかもしれません(笑)。だとしたら、それを追い払った魔鎮めの剣やかがり火の効果が凄すぎますね(笑)。


一色14

当然のように屋台は出ていますが、


一色15

その裏に各町内会の社務所(?)がありました。

6組もいるのでけっこう幅を取って並んでいます。

中では休憩兼飲み会モードですね(笑)。

この町も過疎化は進んでいるでしょうに、これだけ大がかりな祭りをやる努力には頭が下がります。



一色16

一色17

ところで気づいたんですが、このお祭り、やたらと金魚すくいの屋台が多い。

何か意味があるんでしょうか?

掬う=救う、みたいな。

飼えない金魚は持って帰っても困るし、池に放したりすると生態系を乱す危険性もある、と聞いたことがあるので注意です。


一色20

日も暮とっぷり暮れてきて、いよいよ点火の儀式が始まります。

諏訪神社から出された(たぶん神聖な)かがり火を各町内会が受け取って、提灯に点火するという流れです。


一色23

一色24

ちょっとぶれていますが火の持ち運びはこんな具合。


一色21

……あれ?

全然明るくなっていないような……。


一色22


うう、保つかなと思っていたのですが、雨が降り出してしまいました。

それでも見守っていますが、


一色26

やっぱり明るくなりません。

さすがに電気のようにぱあっと明るくなるようなことはありませんが、柔らかい提灯の光りで周囲を照らしてくれるぐらいのことは期待していたのですが、まったく明るくなる様子がありません。周りが明るすぎるから? 屋台などの店舗に協力してもらって一時的にでも消灯してもらった方が良かった?


一色29

火を付けた後も中を覗かせてもらうことができました。

たしかに中には火が灯っています。

なお、一つの大きなかがり火を灯すという方式ではなく、たくさんのろうそくを並べるという形で火を灯していました。


一色30

やっぱり明るくはありません。パンフレットと違う…(泣)。

いえ、大提灯自体は凄かったんですよ? その大きさに圧倒され、しかもそれが12張りもある光景は圧巻の一言に尽きました。そのせいでテンションが上がりすぎてしまったのでしょうか? 火を灯してもあんまり変わりがないのになんだかがっかりしてしまいました(祭りの実行委員会の人には大変申し訳ありませんが)。でも、周囲の人も「あれ? この程度?」って感じでしたし(人の意見に流されるのはよろしくありませんが)。

委員会の人らしき人に聞いてみたら、提灯を張り替えてずいぶん経つので、中がに煤がこびりついてしまってあまり明るくならなくなってしまったのだとか。数年後にはまた張り替える予定なので、その時はパンフレットの写真のように赤々とあたりを照らす大提灯が見れるだろうとのことです。

……しょんぼり。これではクトゥルフ様は追い払えないです。


大提灯がものすごい迫力だったがために、最後にトホホな気分になってしまいましたが、それでも大提灯祭りは楽しめました。でも、パンフレットの写真のように、赤く光る提灯に照らされてみたかったなあ。


明日の8月27日は、せっかく一色町まで来たので佐久島に渡ってみようと思います。

2014.8.26

知多半島の片隅に野間大坊はあります。

おそらく、ですが平安当時は現在よりもさらに田舎だったでしょう。

こんなところまで源義朝は逃げてきて、ここで討たれたと思うと感慨深いものがあります。


野間1

なにせこんなに田舎です。民家が見当たらない。

初めはあの小山に野間大坊があるのかもしれないと思いましたが(鎮守の森的に)、実際には違いました。


野間2

野間3

その山の中。

最初に言いましたが、この山は外れです(笑)。


野間4

こっちが本当の野間大坊。

美浜幕府、美少年、美青年…野間大坊(美浜市)はどこに向かっているのでしょう(笑)?


野間5

それはともかく野間大坊。

小さな街の森の中に隠れるようにあったお寺ですが、作りはしっかりしています。

大きな駐車場もあり、参拝客はけっこう多いようです。

なお、境内は森に覆われていて、そのところどころに関連施設があるという構成になっていました。



野間6

ちょうどこんな感じ(ここは塔)ですね。


野間7

ここは一周すると各地の霊所を回ったのと同じ扱いになる便利な回廊。

三十三間堂とか栄螺堂とかのアレです。


野間8

この白州をぐるっと回ると各地の霊場を回ったのと同じ効果があり、御利益があるそうです。

決して手抜きではありません…いえ、本当は時間も余裕もお金もそこまで無い人のために作られたものなので、手抜きと言えば手抜きなんですけれどね。でも、優しさというか計らいゆえの手抜きなんで、人に優しい手抜きでしょう。とはいえ、というか、こういう施設ができたからゆえに、やっぱりちゃんと実際に行って回った方がいいという価値基準もあるんですけれどね。


野間9

そして、ここが源義朝が亡くなった最期の地。

伝説では風呂場で討たれたはずなので、ここが元風呂場だったのでしょうか?

それともここは奉った墓とかで実際に討たれた現場はもうちょっと別のところなのでしょうか?

後者であったとしても、近くには首を洗った池があるので、討たれたのはこの付近だとは思いますが…(知識不足ですみません)。


野間10

これがその源義朝の墓。

風呂場で丸腰のところを襲われ「木刀の一本でもあれば!」と叫んで討たれたという伝説なので、それを慰めるためにたくさんの木刀が奉納されています。

…多ければいいってもんじゃないと思いますよ(笑)。こんなにあっても困るんじゃ(笑)。使う人は一人なんだし、大は小を兼ねるとは限りませんよ(笑)。

まあ、亡くなった源義朝さん的には、「こんなにも同情して自分の最後の言葉を重んじてくれる人がいる」というのが嬉しいのかもしれませんが。

でも、「せめて木刀」なんだから、本当は真剣を奉納した方が喜ぶんじゃないかなあ(それでは庶民にはきつすぎる出費なので、この辺が妥当だったというのもあるのかもしれませんが)。

なお、前言と矛盾しますが、自分もせっかく来たので木刀を収めようと思ったのですが(流されやすい人)、「木刀は門前の土産物屋で買ってください」→土産物屋休み、というコンボを食らってできませんでした。

……がっかりです(笑)。


野間11

野間12

先ほど言っていた血の池。

源義朝の首を洗ったという場所で、国に危機が迫ると色が真っ赤になるとか。

今のところはただの池ですね。

こっちから見ると綺麗な泉です。


野間13

「血の池」を反対から撮ったところ。

こっちから見るとけっこう茶色いですね(笑)。


さて、このあとは、今回の旅の最大の目的である「一色大提灯祭り」に行こうと思います。

2014.8.26

上野間駅から歩くこと30分ほど。ちょっとあんまりにも何もないので不安になった頃に鵜の山に着きました。


鵜の山1

鵜の山2

この池の向こうにあるのが鵜の山です。

昔から鵜の大量生息地で、一時期減ったり少し側に移ったりしたようですが、今はまた戻ってきて生息地に帰りつつあります。


鵜の山3

カメラの望遠機能で見てみると、すぐに出会えました。自分の目より高性能ですね(笑)。

鵜飼いの鵜は翼ニュースなんかで見ますが、野生のものは逆にあまり見ないんじゃないでしょうか?

しかも白い鵜は珍しいらしいです。プチ幸運?


鵜の山4

橋を渡って森(山)の中。

うーん、鳥のフン臭い(笑)。

散策したい衝動に駆られましたが、帰って来れなくなりそうなので断念。


鵜の山5

代わりに元の場所に戻って鵜の池をじっくり観察したいと思います。

他に人がいないので、鵜が水に潜る音(大きな鳥なのでけっこう響く)がよく聞こえたりします。

このブログのタイトルに相応しい、ここは観光地ではない状態です(笑)。


鵜の山6

鵜の山7

鵜の山9

飛翔する鵜。

野生なのでカメラにはなかなか収まってくれませんが、たくさんいました。

ここ、もっと名所になってもいいと思うのですが…。

でも、このままそっとしておくのがいいのかもしれません。

あと、やっぱり鳥のフン臭いです(笑)。すごく、すごく、フン臭いです(笑)


このあと、またあの長い道のりを引き返し、源義朝最期の地、野間大坊に行きました。

2014.8.26

今日は朝から常滑の散策です。


常滑1

焼き物の街というのをアピールするために、常滑にはあちこちに招き猫があります。

…招き猫って焼き物だったんですね。


常滑2

ここの通りには色々な作者の創作招き猫があるんですが…


常滑3

こんな感じに。

個人的には普通のオーソドックスのが一番可愛いです。

ちょっと独創的を意識しすぎているような気がしますね。そうでなければわざわざ芸術家を呼んでやる意味がないのかもしれませんが。


常滑4

……もこな?(CLAMPさんという漫画家グループの作品にスターシステム的によく出てくるマスコット)


常滑5

土管も名産だとか。こうやって壁の上に飾ってあります。

土管が名産って、なんかすごいですね(笑)。


常滑6

あっちこっちにギャラリーというか工房があります。試し作りさせてくれるようです。


常滑7

店の前にでっかい瓶が置いてあるのは独特の風景ですね。


常滑8

実は街のあちこちにこのような昔の竃の後があります。

崩れ去って風景に埋もれている様子は強者共が夢の跡のようですね。

…けっこう貴重だと思うんですが放置してある感じでいいんでしょうか?


常滑9

これが常滑の象徴、巨大招き猫です。

…けっこう不気味です。夜に見たら泣く。

道路の沿いの壁の上にあって、車からは見えないようなんですが、見えていたら事故原因になるかもしれません。

なお、この生首だけで首から下はありません(笑)。

また、ちゃんとした像というわけではなく、前面半分だけしかなくて後ろから見ると看板みたいになっています(笑)。


常滑12

常滑10

町内にある廻船問屋として栄えた瀧田家の屋敷跡。

廻船問屋ですから今でいう貿易主体の総合商社になるのでしょうか。


常滑11

当時を思わせる石造りの蔵。


常滑14

屋敷の中というか、店の受付ですね。ここに番頭さんがいる。時代劇なんかでよく見ます。

後ろで普通にテレビが映っているのがシュール(笑)。内容はこの街のことについてですが。


常滑15

常滑16

蔵の中には当時を思わせる品々が展示されていました。


常滑17

こっちは再び屋敷の中。

前にも思いましたが、仕切りを作って部屋を増やすことで逆に広く感じさせているような気がします。


常滑18

こちらには焼き物が並べてありました。

やはり常滑は焼き物が主な出荷物だったようです。


常滑19

これは風呂。

樽か大桶みたいです。

たぶん…というか、絶対一人用でしょう。


常滑13

常滑20

屋敷の前は土管が立ち並ぶ道が続いています。

ちょうど手頃にあるからこんな風に積み重ねて壁の代わりにしたのでしょうか?


常滑22

そんな街だからこんな場所もあります(笑)。

常滑23

両脇が土管土管土管…。

でも、案外短い道でした(笑)。


常滑24

常滑25

ここは窯を初めとしたこの街の特色を集めた広場。

いかにも、という雰囲気でちょっと感動しました。

江戸時代というよりも西洋ファンタジーに出てきそうな感じではありますが。


常滑26

ここでは焼き物作りの大窯である登窯(階段状になっている窯)の中を見ることができるそうです(もちろん、今は使われていない)。


常滑27

薪をくべて火を燃やす部分。


常滑28

そして、この段々状になっているところがそれぞれ窯です。

なかなか巨大な建造物ですね。

そして、火の通っていない窯はなんだか寒々しく物悲しい雰囲気を醸し出していると思いました。


常滑29

これは窯の煙突。


常滑30

煙突が見える街というのも常滑の特長です。

何気に風景に溶け込んでいますね(笑)。

このしっかりとした作りは、しっかりとしすぎて逆に古いのか最近のものなのか、年代が分からなくなります(笑)。


常滑31

石畳みの道の向こうにあるお寺。

ちょっと行くのは控えました(けっこう歩き回って疲れました)。


常滑32

街中にたくさんある焼き物工房の一つなんですが…なぜに考える人?

その横にある看板代わりの巨大急須もシュールです。

そこに目を奪われがちですが、横にはドラえもんの空き地のもののように土管を重ねて、屋根を付けてなんだか家のような感じにした優しい味わいのあるモニュメントもあって、なかなかに面白そうなお店です。


常滑33

どうやらこの巨大急須は盆栽鉢のようで。

そういえばとなりの土管ハウス(勝手に命名)も盆栽鉢っぽいといえば盆栽鉢っぽかったです(真上から日光が入らないけど)。

もしかして、あの考える人も!?


思いのほか、長々と常滑を回って汗をかきました。

面白い街ですが、上り下りが激しくて、まだまだ残暑の厳しい中では大変でした。


さて、次は知多半島、野間方面に行ってみようと思います。

2014.8.25

明日26日は常滑を散策しようと思っています。

今日のうちに常滑に行って、明日は朝から、と思っていたのですが、その前に名古屋によって味噌カツを食べたいと思います。


味噌カツ1

名古屋の繁華街、大須通り。

ここはその赤門です。

ここを抜けて、歩いて、歩いて、やっと辿り着いたのが矢場とん本店。

味噌カツの老舗中の老舗です。

……また外観撮るの忘れた。


味噌カツ2

味噌カツ3

これがそこで注文した味噌カツ。

正確にはわらじカツに味噌だれとソースを半々にかけてもらったものですが。

わらじカツというと秩父を思い出しますが、別にあそこだけのものではないということでしょう。

これがものすごくおいしかった。特に味噌カツがおいしくて、ソースと半々にせずに全部味噌カツで頼んだ方が良かったと軽く後悔したぐらいでした。

老舗の看板に偽りなしと言ったところでしょうか。


おいしいご飯が食べられたところで、明日26日は常滑で遊びたいと思います(実はこの後常滑で宿を探すのに苦労したのはナイショです)。