2014.8.28
名古屋城の続きです。
本丸御殿から出て、名古屋城に近づいてまいりました。
遅ればせながら名古屋城公園の地図。
天守閣は本丸のすぐ後ろです。
戦の時は最後に立て籠もる天守閣。江戸時代後期には本当にその目的で使うという意識はあったのでしょうか? なんだか頭では分かっていても実際にはイメージがわかなかったのではないかと思います。何かの式典の際の大会議場として使われるのはまだ良い方で、物置として使われていたことも多いようで……。
手前までやってきました。
復元とは言え江戸時代当時の偉容を醸し出している名古屋城と、すぐ手前の現代の公園管理施設との対比がけっこうシュールです。
そして、名古屋城といえばこれ。
しゃちほこだぎゃー。
どっちかが雄で、どっちかが雌だぎゃー。
なーごなーご、だぎゃーだぎゃー(実際にはこんなに言わないでしょう。名古屋の人、ごめんなさい)。
さすがに象徴だけあって、下からでもはっきりと見えます。
いよいよ名古屋城に入ります。
名古屋城の脇には明らかに後付けのエレベーターが取り付けられていました。
近世の城郭に対する現代施設の侵略と思えるほど後付け気味です(笑)。
これはこれで必要なエレベーターなのでしょうが、情緒はぶち壊しです(笑)。
名古屋内の展示場にも当然のようにシャチホコが。
現物大だと極めて妥当な大きさです。
江戸時代当時の名古屋城及び城下のジオラマ。
でっかい名古屋城に区画整理された城下町です。
名古屋は戦後焼け野原になった後、区画整理された街として蘇ったとのことですが、その習性はこの頃からあったようです。
『金』ではない昔のシャチホコ。
うん、なんだか地味な印象ですね、やっぱり。
中には当時の大名行列やいわゆる「殿様」の生活を思わせる展示がありました。
これは当時の駕篭。
実際には殿様(大名)よりも女性が乗ったらしいです。
これは長持。
時代劇でよく聞く言葉ですが、要は運送用の物入れです。
当時の大名の食事。
品数はそこそこありますが、内容はわりと質素です。あくまで現代の感覚で、ではありますが。
横並びにされるとなんだか変な感じですね(笑)。
江戸時代あたりの炊事所。
俗にいう土間での釜焚きとかです。
現代技術で再現したからでしょうか? かなりしっかりした造りの竈に思えました。
当時の店などを再現したエリアもありました。
正直、こういうのは庶民の風俗を知る意味でありがたいですね。
ここは本屋です。現在の棚に並べて背表紙を見せるタイプとはだいぶ違いますね。
店番に本のタイトルを言って出してもらう方式でしょうか?
自身番。
長屋の門番です。
町内(長屋内)警備担当ですが、公的に設置を定められていたので、自警団と公的警察組織の中間的存在と言っていいでしょうか。
ちょっと写りが悪いですが、武具屋です。RPG風には武器と防具の店です。
外には刀が並べられていて、中には看板商品なのか鎧一色が棚に置かれてます。
江戸時代に防具のほうの主要はどれほどあったのか? 鍛冶屋との関係は? 仲介業としての武器・防具問屋はあったのか? 陸路や海路で輸送するときの方法は? 腰に差さなければ武士以外でも刀の所有は大目に見られていたのか?(特にこのような商店主は)
興味は尽きないところです。
時代劇で有名な千両箱。
よく泥棒が小脇に抱えて逃げるのが様式美になっていますが(大きさもそれがちょうど手頃ですし)、本当に千両入っていたらこの大きさでもすさまじい重量となり、とても一人で持ち上げられるような重さではないというのは時代劇ファンには有名(?)な話です。
三千両箱というものもありました。
あまりメジャーにならなかったようですが。
三千両箱より千両箱三個のほうが使いやすそうですしね。
やっぱりわかりやすさというのは大事なのでしょう。
名古屋城のジオラマ。
あのエレベーターは当然ながら再現されていません(笑)。
こうやってみると、本当に見本的な『城』といった形の城です。
名古屋城天守閣頂上から見渡した名古屋市内。
城内(城の敷地内)には森が広がっています。その外縁部には堀、そして市街地(かつての城下町)。
遠くにビル群も見える、大きな街です。さすがは名古屋。
さて、このまま帰るつもりでしたが、ちょっと時間もあるので(まだ午前中)、瀬戸まで脚を伸ばしてみたいと思います。