2014.11.24

明治村の続きです。


明治22

明治23

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の避暑地。

今は駄菓子屋として商売していますが、昔も普通の店だったんですね。

そこらのお店の二階に間借りして住み込む学者先生…明治や大正の構図ですね。


明治24

明治25

こっちは床屋。

当時はハイカラなお店だった場所です。

木造一戸建てですね…しかも重要施設ではない普通の民家なので普通の造りです。今となってはかえって貴重です。


明治26

明治27

呉服座。

当時の芝居小屋です。

江戸時代と明治時代の両方の面影を残す、明治初期の特有の建物です。

これが大正や昭和になると、もっと微妙に様式が変わってくるように思います。

なお、当時はここで演説なんかもやったとか。会議所の代わりですね。板垣退助とかもこういうところで演説したんでしょうか?


明治28

明治29

ザビエル堂。

フランシスコ・ザビエルを讃えて明治に造られた建物です。

…明治時代建造の建物は洋風文化の受け入れのためか、けっこう教会が多いですね。初めは禁教扱いにして五島列島とかひどい目に遭ったんですが。ちょっと身勝手さが浮き彫りになっているようで、立派であればあるほど釈然としない気持ちがわき起こります。


明治30

明治31

明治32

堂内はこんな感じ。

立派なステンドグラスです。これを国家主導で建てたと思うとやっぱりもやもやしますね(笑)。

教会の屋根は高いですが、これは何か意味があるのでしょうか?(不勉強ですみません)


明治33

監獄の塀が無造作にありました。

前橋監獄(当時)は別にありますが、ここは特に監獄でも何でもありません。ただ塀があるだけです。

ちょっぴりシュール?


明治34

めがね橋。

元々は山形県天童市にあったものです。

全国、というか、全世界にこの形をしてこの名前で呼ばれる橋は山のようにあるんじゃないでしょうか(笑)。

とはいえ、きちんと正確かつがっしりと造られていて、実用美的な建築美を感じたような気がしました(※自分には美術の素養はまったくありません)。


まだ、明治村の旅は続きます。

2014.11.24

犬山駅からバスで明治村に来ました。当時(明治時代)の建物を集めたテーマパークです。

…明治に造られていても大正や昭和にメインの改修が行われた物もあると思うのですが。

明治…あまり好きな時代ではありません。ものすごく要約すると、逆ギレした勢力が作った政府ですから。


明治1

これがその明治村の入口です。


明治2

こっちは当時の小学校。


明治3

椅子も机もめっちゃちいさかったです。

これが当時の子どもの体型?

単に設計ミスの可能性もありますが。何せこういうのには慣れていない職人に作らせたのでしょうから。


明治4

こっちはヨハネ教会。


明治5

こっちは西郷従道邸。

本格的に和洋折衷な日本の洋館といった感じです。

これをうまくできなかった物まねと見るべきか。独自に昇華した様式と見るべきか。



明治6

そして、個人的に目玉。

夏目漱石宅です。

なんでも、森鴎外も住んでいたことがあるとか。

時間軸的には、森鴎外が住んでいて、そのあと色々と人手に渡ったあとに今度は夏目漱石が住むことになったとか。

でも、この邸宅の様子は「吾輩は猫である」で詳細に描写されているので、やっぱり夏目漱石宅という印象が強いです。


明治7

その猫様の置物も鎮座しております。

おそらく日本で屈指の有名な猫でしょう。でも「名前はまだない」ですが(笑)。

通称、「吾輩」さん?


明治8

その裏手。

ここも紅葉が綺麗だったので記念に撮りました。


明治9

明治10

ここは札幌電話交換局。

あの電話栓を付け換えているシーンとかに出てくる場所ですね。

レンガ造りの無骨な建物で、まさに江戸にはない明治時代といった風な建造物です。


明治11

こっちは当時の京都市電の再現。

本当に日本全国から集めていますね。

これに乗ってテーマパーク内を移動できます。


明治12

明治13

海外からも集めています。

これはブラジル移民住宅。


明治14

明治16

こっちはハワイ移民集会所。

これってどっちかというと日本の明治時代の建物ではなくてハワイ現地の建物だと思うのですが。日系何世とかって、つまり今は向こうの人だと思いますしね。そういうひとたちに「手柄」があると、そのルーツを強調して自分の国の「手柄」にしたがるのは歪んだ愛国心や優越意識だと思います。

こういう建物を日本のものだと主張するのはそれと同じ感性で、それは自己主張が激しすぎると思うのは、自分が明治時代の傲慢さと闇を知っているからでしょうか。


明治17

SLも展示されていました。


明治18

これは中の窯の様子です。

さすがにずいぶん古びています。


明治19

明治20

こちらは郵便局。

むしろ三重県アピールの幟のほうが目立ちますが。

色々大変なのでしょうね。


明治21

中には歴代の郵便ポストが。

青色のが目立ちます。

こうやって見ると郵便ポストも色々と試行錯誤を続けてきたのですね。

まだ、明治村は続きます。

2014.11.24

せっかくなので国宝の犬山城を見学しました。


犬山城1

犬山城2

この遙か彼方に存在するのが犬山城です。

こういうパターンは、到着するまでけっこう時間がかかったりするんですが、今回もそうでした…。


犬山城3

しばらく下を彷徨いて、犬山城に到着。


犬山城4

入口のあたり。

犬山城は、事実上天守閣しか残っていない状態ですので。

ここにも見事な紅葉が。


犬山城5

ここから犬山城(天守閣部分)に入城。


犬山城6

門を入るとぽんとありました、犬山城。


犬山城12

正面から見ると典型的な(?)左右対称で可愛い感じのお城です。

現在の一般的なイメージの城はこの城がモデルになっているのではないでしょうか?

数奇な運命で長い間保たれ、ついには国宝となりましたが、建てたときはきっとこんなに重要建造物扱いされて保護されることになるとは思わなかったでしょうね。単なる出城扱いだったんですから。

当時には当時の事情があるのは分かっているんですが、つくづく一国一城令や明治維新で廃城にしてしまったのはもったいなかったと今の自分は思います。


犬山城7

城内も見事な紅葉でした。

天守に上るまで30分待ちだったので、その間、見る時間はたっぷりありました。


犬山城8

そして、30分後。

やっと上った犬山城の途中から見下ろした城内の光景です。

この覗き窓も、当時は防衛用に使われていましたが、今となっては見物用が主な使用用途になっていますね。

…でも、もしかしたら、当時も防衛なんてものがない期間は、わりとのんびり見下ろしていたのかもしれませんが。


犬山城9

犬山城10

犬山城11

そして、犬山城から見下ろした木曽川の光景。

古くからずっと流れ続けている雄壮な川、と言えれば聞こえはいいですが、実際には長年河岸工事を続けられてきたので、人の手が入らない自然の面影と、その時どきで変更が加えられてきた人工が混ざっているというのが事実でしょう。

それでも川の水は澄み渡っていて綺麗でした。

昔の人(歴代の城主や家臣団、あと所有者)も、川の形は多少違えど、こうやって見おろして絶景を楽しんでいたのでしょうか?


犬山城13

最後に。

隣の神社にあった銀杏が見事だったので、写真を撮っておきます。


さて、ちょっと無理をする形ですが、今日はこの後明治村に行きました。

2014.11.24

今日はまず桃太郎神社と犬山城を巡ってみました。


桃1

大山遊園駅から船に乗って桃太郎神社へ。


桃2

桃3

ニワトリがいます! ニワトリが!(正確には烏骨鶏)

1匹だけでなく何匹も放し飼いされていました。

今現在はどれほどあるのか分かりませんが、けっこうニワトリを飼っていた神社は多い印象があります。

ただ、実際に飼ってみると色々と手間なので減っているのかもしれませんが……。


桃4

桃5

そして、大銀杏。

この神社の秋の季節の名物です。

神社の参道の入口の両脇に立っていました。

昨日は紅葉主体だったのでいい感じです。


桃6

かかしコンクールなるものも開催されていました。

……今年の人気は妖怪ウォッチらしいです。


なお、神社本体の紹介は省かせてもらいます(笑)。

なんせ、桃太郎やお供のチープな人形がたくさんあって、安いテーマパーク状態になっていたので。

かつて行った筑波山の遊園地状態でした……。

ああいうのも、数百年とか続けば伝統になっていくのでしょうか……。

2014.11.23

犬山の寂光院は紅葉寺として有名だとのことで、訪ねてみました。


寂光院1

犬山遊園という、犬山駅の隣の駅から無料バスが出ていたので使わせてもらいました。

そしてついたのが寂光院です。


寂光院2

バス乗り場からさっそく紅葉。

ただ、ここではそれほどではありませんね。


寂光院3

寂光院に上る山道。


寂光院4

上っていくと、さすがに見事な紅葉が。

一面の紅葉ですね。

なんでも境内に1,000本ほどあるとか。


寂光院5

さらに本院に向かって上っていきます。

「誰にでも上れます」と書いてありましたが、けっこうきつかったです……。


寂光院8

そして、上がってきました本堂です。


寂光院6

寂光院7

さすがに尾張のもみじでらというだけあって、大変綺麗な紅葉が拝めました。

ただ、思っていたより本堂の敷地は狭かったですが。


寂光院9

寂光院から見下ろす犬山市街地。紅葉を添えて。


寂光院10

うまく写真には出ていませんが、紅葉が夕日に照り映えてとてもきれいでした。

この木も夕日に輝くような感じだったのですが。


寂光院11

こっちらは見上げた紅葉を通して日の光が見えます。

薄く赤く透き通る紅葉は息を呑むほどでした。


寂光院12

こちらは光陰がついているので日に照っている部分と陰になっている部分がよく分かるのではないでしょうか?


寂光院13

こちらも下から見上げる形での紅葉鑑賞です。もちろん日の光に透けています。

写真で見るとちょっと暗めですが、実際には明るい赤でした。


寂光院14

どん、と大きな形で一本樹を。

幹は太くありませんが、樹齢はどのくらいなのでしょう?

樹の種類によっては意外なほどに樹齢があったりして侮れません。

のびのびと育った枝にたくさんに紅葉した葉っぱをつけていました。


寂光院15

境内の様子はこんな感じ。

やっぱり季節だけあって人出が多いです。


寂光院16

これはうまく撮れました。

紅葉を照らす光と影がよく分かるのではないでしょうか?

刻一刻と光の当る場所が変わっていき、見所が変化していくのは面白いですね。


ちょっと物足りない気もしましたが、それでも寂光院の紅葉を堪能することができました。

明日も犬山を回ってみようと思います。

2014.8.28

東京に帰る前に最後の名古屋飯をいただくことにしました。


味噌煮込みうどん2

そういえば名古屋城以外の名古屋の街の写真を撮っていなかったので。

名古屋タワーです。

東京には東京タワー(今はスカイツリーも)、京都には京都タワー、福岡にも福岡タワー、とけっこう各地にありますね。


味噌煮込みうどん3

そしてこれが今日の夕食、味噌煮込みうどん。名古屋名物の一つです。

老舗の山本屋総本家でいただきました。

その味は…自分的にはあんまり、でした。

うどんがぼそぼそしていてコシが無く、すぐ途中でぼろっと切れてしまう感じでした。

それが特徴でおいしいところなのかもしれませんが、自分には合わなかったとしか。

きしめんにすれば良かったかな……。


そんなところで今回の旅行は終了です。最後の紹介が自分の口には合わなかった料理というのはアレですが。


次は年末…の前に紅葉のシーズンにどこか行きたいですね。

2014.8.28

瀬戸物ミュージアムを出て、瀬戸の街を散策することにしました。


瀬戸24

ミュージアムの側にあった深川神社。

普段はさすがにしまってありますが、瀬戸物製の狛犬がいる神社です。

帰りに時間があったら寄ってみましょう。


瀬戸25

そしてその近くには招き猫ミュージアムが。

とはいえ、ここは瀬戸物でできた招き猫の小物などを売っているお店です。

中はなかなか面白かったり可愛かったりする瀬戸物招き猫のあったのですが、写真撮影はダメでした。


瀬戸26

窒垣の小径というのがあったので歩いてみることにしました。

不良品の瀬戸物を使って道の整備をしている小道です。


瀬戸27

こんな感じ。

左の壁(垣)が瀬戸物の皿になっているのが分かるでしょうか?


瀬戸28

こういう強調してあるところを見ればよく分かると思います。


瀬戸29

現実に瀬戸物を作っている工房もありました。

これは土を加工してケーキしたものです。これを引き延ばすことによって捏ねる前のペースト状態にします。さっきミュージアムで習いました(笑)。

今では機械化されていて、遠心分離器のような機械で良質なケーキが作れるとのことです。


瀬戸30

瀬戸31

窒垣の小径の最後にあった、今でも残る窒窯。

なんだかこれも常滑で見たような光景……。

階段状になった窯で熱を上に上に送っていくのが特徴です。

常滑と瀬戸。

場所も近ければ特徴もよく似ていますね。


瀬戸32

また長い時間をかけてさっきの深川神社に帰ってきました。


瀬戸33

隣接する陶彦神社は、陶器の神様(元はこの地方の偉人)を奉ってある神社です。地方独特、というか、瀬戸地方のみの信仰でしょう(もしかしたら他の陶磁器の産地にも伝播しているかもしれませんが)。


瀬戸34

それがこの神社。

深川神社のおまけではなく、かなりしっかりとした大きさと造りの神社でした。さっきの陶磁器製の狛犬はこちらにあるそうです。

陶磁器を奉っているということは、陶磁器神的な付喪神がいたりしそうです。


瀬戸35

夕暮れ迫る瀬戸の街並み。

こうやって見ると普通の街並みですね。


瀬戸36

最後に。

これが現在の瀬戸電です。

赤くも緑でもない普通の電車ですね。


さて、今回の夏の終わりの旅もこれで終了…ですが、ちょっと蛇足的に名古屋にまた寄って(というか帰り道で通らざるを得ないのですが)、味噌煮込みうどんを食べたいと思います。

2014.8.28

かの有名な瀬戸にやってきました。

陶磁器=瀬戸物という認識が成り立つぐらい有名な陶磁器の本場です。


瀬戸1

瀬戸の街並み。

いきなり瀬戸物の販売をしています。

まさかここまであからさまに瀬戸物推しだとは。

いままでけっこう言ってみたら普通の街というのも多かったので。


瀬戸2

瀬戸物ミュージアム。

安直ですがここで瀬戸物の見物でもしようかと思って訪れました。


瀬戸3

招き猫がお出迎え~。

ここもか!? ここも招き猫推しなのか!?

詳しくは常滑へ。まあ、あそこも焼き物の街という意味では共通していますが。


瀬戸4

やはりというか、一階では大量の瀬戸物を売っていました。

迂闊に入るとバッグとかが当って大惨事になりそうで怖いです。ので、入店はしませんでした(笑)。


瀬戸5

二階の博物館ではなぜかいきなり電車推し。

名古屋~瀬戸間を走る電車の昔の車両のようです。

赤電という愛称で呼ばれていたと説明には書いてありましたが、これは時期が違うのか緑ですね(笑)。



瀬戸6

さて、いよいよ瀬戸物ゾーン。

ここは弘法を再現したエリアです。

昔の工房ではなく現代の工房なので、昔ながらのやり方と近代的な大型機械がマッチした職場となっています。


瀬戸7

まだ形を捏ねただけの磁器。

不器用な自分にとっては、これだけでもう芸術の類いです。


瀬戸8

瀬戸9

一見、昔ながらの光景に思えますが、土からの精製やろくろ廻しはすべて電動化されています。しかも、それぞれ連動した綜合システム化が果たされていました。


瀬戸10

瀬戸11

その一方で乾かし方はオールドタイプです(笑)。

上の写真の扇風機で風を送るまでが一連の工程です(笑)。

下の天日乾しは、ついでに服まで乾かしてあるのがリアルです(笑)。


瀬戸12

そして完成したものが瀬戸物屋で売られるわけです。


瀬戸13

ミュージアム内にはこんなものもありました。

瀬戸物で作った地上絵です。


瀬戸14

3階のスペースは瀬戸物の歴史を追いつつの展覧スペースになっていました。

これはよくイメージする瀬戸物ですね。ちょっと大きいですが。


瀬戸15

こっちは緑の瀬戸物。

珍しいと思うのは自分の知識不足でしょうか?

もしかしたらわりとポピュラーなのかも。


瀬戸16

こちらは超巨大な瀬戸物。

どうやってろくろを回したのか、焼くには特製の窯がいるんじゃないか、などと謎は深まるばかりです。

写真だとわかりにくいですが、本当に巨大でした。


瀬戸17

こっちは灯籠。

灯籠!?

表に出して使うものだけに、実用品としては強度が心配です。


瀬戸18

だんだん創作品のエリアになってきました。

これはご飯セット一式。

手が妙にリアルで凝っていました。そこに情熱を入れたのね……。


瀬戸19

帰ってきた鬼瓦。

高浜市とコラボでしょうか?

なんだかこの瀬戸に来てから、つい最近別の街で見たものをよく見るような気がします。


瀬戸20

そして、鏡餅。

鏡餅!?

完全なネタ作品かと思いきや、悪くならない、無理して食べる必要がない、毎年使える、とかでけっこう人気がある品なんだとか。

たしかに豪華な鏡餅を買うほど処理に困るので、ありかもしれませんね。


瀬戸21

こちらは湯たんぽ。

そういえば陶磁器製のものもありましたね。

手前の金属製に見えるものも陶磁器で作られた瀬戸物湯たんぽです。


瀬戸22

こっちは…ジョニーとメアリー!?(外国人に通販番組的な感じで)

実際はエルビス・プレスリーとマリリン・モンローです。

こんな半身像までも瀬戸物で作るなんて……。


瀬戸23

これは見事な鷲の瀬戸物。

土を捏ねてこの形を作り、色づけして、焼いて(もちろん火が均等に通るように)、作るわけです。

これはもう完璧に芸術と言っていいでしょう。


なお、これら芸術作品の他に、先ほど書いたように瀬戸物の歴史を時代を追って作品例を挙げつつ説明するコーナーもありました。勉強的にはそっちの方が重要ですね。


さらに、ミュージアムを出て、瀬戸の街を散策してみます。

2014.8.28

名古屋城の続きです。


名古屋13

本丸御殿から出て、名古屋城に近づいてまいりました。


名古屋14

遅ればせながら名古屋城公園の地図。

天守閣は本丸のすぐ後ろです。

戦の時は最後に立て籠もる天守閣。江戸時代後期には本当にその目的で使うという意識はあったのでしょうか? なんだか頭では分かっていても実際にはイメージがわかなかったのではないかと思います。何かの式典の際の大会議場として使われるのはまだ良い方で、物置として使われていたことも多いようで……。


名古屋15

手前までやってきました。

復元とは言え江戸時代当時の偉容を醸し出している名古屋城と、すぐ手前の現代の公園管理施設との対比がけっこうシュールです。


名古屋16

そして、名古屋城といえばこれ。

しゃちほこだぎゃー。


名古屋18

名古屋19

どっちかが雄で、どっちかが雌だぎゃー。

なーごなーご、だぎゃーだぎゃー(実際にはこんなに言わないでしょう。名古屋の人、ごめんなさい)。

さすがに象徴だけあって、下からでもはっきりと見えます。


名古屋20

いよいよ名古屋城に入ります。

名古屋城の脇には明らかに後付けのエレベーターが取り付けられていました。

近世の城郭に対する現代施設の侵略と思えるほど後付け気味です(笑)。

これはこれで必要なエレベーターなのでしょうが、情緒はぶち壊しです(笑)。


名古屋21

名古屋内の展示場にも当然のようにシャチホコが。

現物大だと極めて妥当な大きさです。


名古屋22

江戸時代当時の名古屋城及び城下のジオラマ。


名古屋23

でっかい名古屋城に区画整理された城下町です。

名古屋は戦後焼け野原になった後、区画整理された街として蘇ったとのことですが、その習性はこの頃からあったようです。


名古屋25

『金』ではない昔のシャチホコ。

うん、なんだか地味な印象ですね、やっぱり。


名古屋26

中には当時の大名行列やいわゆる「殿様」の生活を思わせる展示がありました。

これは当時の駕篭。

実際には殿様(大名)よりも女性が乗ったらしいです。


名古屋27

名古屋28

これは長持。

時代劇でよく聞く言葉ですが、要は運送用の物入れです。


名古屋29

当時の大名の食事。

品数はそこそこありますが、内容はわりと質素です。あくまで現代の感覚で、ではありますが。

横並びにされるとなんだか変な感じですね(笑)。


名古屋30

江戸時代あたりの炊事所。

俗にいう土間での釜焚きとかです。

現代技術で再現したからでしょうか? かなりしっかりした造りの竈に思えました。


名古屋31

当時の店などを再現したエリアもありました。

正直、こういうのは庶民の風俗を知る意味でありがたいですね。

ここは本屋です。現在の棚に並べて背表紙を見せるタイプとはだいぶ違いますね。

店番に本のタイトルを言って出してもらう方式でしょうか?


名古屋32

自身番。

長屋の門番です。

町内(長屋内)警備担当ですが、公的に設置を定められていたので、自警団と公的警察組織の中間的存在と言っていいでしょうか。


名古屋34

ちょっと写りが悪いですが、武具屋です。RPG風には武器と防具の店です。

外には刀が並べられていて、中には看板商品なのか鎧一色が棚に置かれてます。

江戸時代に防具のほうの主要はどれほどあったのか? 鍛冶屋との関係は? 仲介業としての武器・防具問屋はあったのか? 陸路や海路で輸送するときの方法は? 腰に差さなければ武士以外でも刀の所有は大目に見られていたのか?(特にこのような商店主は)

興味は尽きないところです。


名古屋35

時代劇で有名な千両箱。

よく泥棒が小脇に抱えて逃げるのが様式美になっていますが(大きさもそれがちょうど手頃ですし)、本当に千両入っていたらこの大きさでもすさまじい重量となり、とても一人で持ち上げられるような重さではないというのは時代劇ファンには有名(?)な話です。



名古屋36

三千両箱というものもありました。

あまりメジャーにならなかったようですが。

三千両箱より千両箱三個のほうが使いやすそうですしね。

やっぱりわかりやすさというのは大事なのでしょう。


名古屋37

名古屋38

名古屋城のジオラマ。

あのエレベーターは当然ながら再現されていません(笑)。

こうやってみると、本当に見本的な『城』といった形の城です。


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名古屋40

名古屋41

名古屋42

名古屋城天守閣頂上から見渡した名古屋市内。

城内(城の敷地内)には森が広がっています。その外縁部には堀、そして市街地(かつての城下町)。

遠くにビル群も見える、大きな街です。さすがは名古屋。


さて、このまま帰るつもりでしたが、ちょっと時間もあるので(まだ午前中)、瀬戸まで脚を伸ばしてみたいと思います。