ハンドメイドフリマに行ってきた。
日曜日からまた少し暖かくなりましたね。
教会も大掃除やクリスマスの飾り付けで少し汗ばむくらいでした。
さて、今日は午前中頑張ってこれを作りましたよ。
真冬は無理っぽいけど霜除けくらいにはなるかな〜と。
それと、
見て歩くのが本当に楽しい♪
グレーのロングニットカーディガンに合わせます。
他にも各種星座と猫に裏が懐中時計風のデザインのとか、とにかく繊細で凝っているの…。
嬉しいのはこれ!
これで来年のクリスマスカードは安泰ですね。
次女はやはりアクセサリーを沢山買っていたけれど、
本当素敵!
チョークアートの作品も沢山描いて出店したいな!と色々触発されたみたいです。
頑張れ〜
午後も3時過ぎると途端に冷えて来ますね。冬の一日は早いこと!
猫達は日中庭を散策して、何度も胡散臭そうに簡易温室をチェックしてたけど、今はお昼寝タイムで静かです。(_ _).。o○
最近、短毛だけですけどね?
トラジが夜毛布に潜ってきてくれて嬉しいのです。
そっと脚を握ったりして寝ています。
神様が平等に与えたものは「時間」だそうですが…。私はあれこれ詰め込みません。
どんなに短い時間でも、心地よい時間は自分が創り出すもの。
そんな一週間でありますように。
夜また皆さんのブログ記事にお邪魔しますね。
ゴスペルコンサートに行って来た。
昨日、勤労感謝の日は歩いて20分程の場所にある他教団の教会へゴスペルコンサートを聴きに行って来ましたよ。
坂道の多い閑静な住宅地にある教会。
途中、公園を通ります。
水曜日には朝マイナス3℃で霜が降りましたが、
何だろう?初めてなのに落ち着くわ。
この日は市内の教会二カ所、それから岩手県に行くそうで安全をお祈りしました。
音大中に友達に誘われて小さな開拓伝道の教会で受洗し、後になんと!牧師の息子さんとご結婚をして現在は奏楽諸々の他、ゴスペルの講師もされているそう。
音大中に友達に誘われて小さな開拓伝道の教会で受洗し、後になんと!牧師の息子さんとご結婚をして現在は奏楽諸々の他、ゴスペルの講師もされているそう。
車で聴くのにCDも買いましたが、ピアノの他に温かなアコースティックギターの伴奏が心地よく、自然体な言葉で綴られた神様への賛美に勇気づけられます。
ミニボイトレもありましたよ。
最近大きな声で歌いたかったの!
ハスキーな声がとても素敵な方でした。
ところで毎日寒いですね〜。
コーヒー飲みながらおやつが止まらない。
あとね、枯れた花を整理してミニ薔薇の鉢に生えていた苔をちょいとむしったので、
フィギュアはセリアのです。(^^)
明日は午前中から次女と毎年恒例、約140ブースの作家さんによる作品の展示販売イベント、『ハンドメイドフリマ』に行く予定。
チョークアート講師による体験ブースもあって、これから副業を目指す勉強にもなるしね。
刺激貰ってきます。
おやすみなさい〜
聖書読者の心得
冷え込んでいますね〜。
今日は一日中家に居て、家族の冬物の衣類を箪笥に入れ替え完了しました。
先程ニュースで警告していましたが、お風呂上がりなど室温に5度以上差があると、寒さで「ヒートショック」を起こして血管が破裂する死因が多発するそうです。
特に高血圧の方は部屋を少し前から暖めて、お風呂に入る際にもシャワーなどを出してから入ることに注意したいと思います。
特に冬は苛々せず、時間に余裕を持って行動することかな。(ちなみに私は低血圧)
夜は熱々のクラムチャウダーを作りましたよ。
次女は給料日なので、仕事帰りにパートさんと「コメダ珈琲に寄ってくる」とメールがありました。お疲れ様。(^^)
ところで、
私の所属するプロテスタントの教団には出版局があり、毎日のディボーションの冊子を出しています。
我が家では今は学びの為に次女が年間購読しているの。
聖書の読み方には朗読、交読、黙読、精読
、味読、書写などいろいろありますが、ここでは一般的な聖書読者の心得を確認いたします。
聖書を神のみことばとして読む
わが国では毎年、数十万冊の聖書が頒布されています。聖書を読む人は大勢いますけれど、聖書がどのような書物であるか知らず、自己流で読んでいるために、意味がわからずにいます。
聖書の読者はまず、聖書が神のみことばであると自己証言していることを、理解すべきです。
「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である」(第二テモテ3:16)。
「聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでないことを、まず第一に知るべきである。なぜなら、預言は決して人間の意志から出たものではなく、人々が聖霊に感じ、神によって語ったものだからである」( 第二ペテロ1:20〜21)。
聖書は1300年以上の長きにわたり、40人以上の記者によって書かれた66の文書をまとめたものです。にもかかわらず、創世記からヨハネの黙示録まで一貫したストーリー(救済史)が記されています。
それは、神の御霊が記者たちの記述を導いたから、すなわち聖書の真の著者が神であるから可能となった奇跡です(聖書の霊感)。
聖書を通して神のメッセージを聴く
聖書の記述を教え導いた神の御霊が、読者に聖書の真理を悟らせてくださいます(聖霊による照明)。
「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です」(詩篇119:105)。
「み言葉が開けると光を放って、無学な者に知恵を与えます」(詩篇119:130)。
「道みちお話しになったとき、また聖書を説き明かしてくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」(ルカ24:32)
ですから、「しもべは聞きます。主よ、お話しください」(サムエル上3:9)
という思いで聖書を読むことが大切です。
聖書は聖書によって解釈する
旧約聖書39、新約聖書27、合計66の書をプロテスタントは「正典」としています。正典(カノーン)とは、「定規、基準」という意味です。
「聖書は、わたしたちに、神と救いについての完全な知識を与えるものであり、信仰と生活の基準です」(日本イエス・キリスト教団信仰告白)。
聖書の注解書は多種多様にあります。けれども「聖書は聖書によって解釈する」という原則が何よりも重要です。聖書全体の教えとの関係を考慮しつつ、一つのテキストを解釈することが大切です(正典的解釈)。
「こう言って、モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた」(ルカ24:27)
聖書はキリストを証しして、人を救うためにある
神が人類に聖書を与えてくださった最大の目的は、「イエス・キリストに対する信仰を通して神から賜る救い」を人々に得させることです。
「この聖書は、わたしについてあかしをするものである」(ヨハネ5:39)
「あなたは、自分が学んで確信しているところに、いつもとどまっていなさい。あなたは、それをだれから学んだか知っており、また幼い時から、聖書に親しみ、それが、キリスト・イエスに対する信仰によって救に至る知恵を、あなたに与えうる書物であることを知っている」(第二テモテ3:14〜15)。
「救い」とは罪の赦しときよめ、永遠の命です。救いは、聖書を通して語る神のみことばによって与えられます。聖書を正しく教えて、人々を救うために、神は牧師を任命し、教会を建てあげておられるのです。
「だれかが、手びきをしてくれなければ、どうしてわかりましょう」(使徒8:31)。
「聖書を朗読することと、勧めをすることと、教えることとに心を用いなさい」(第一テモテ4:13)。
amen。
おやすみなさい。




















