のこしたい習慣、なくなってよかった習慣 | 奈良藤ノ木台 小児科開業医の独り言

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にいのみ小児科・・・2007年4月開業。



このブログでは小児科医として日々感じることや、

一人の母親としての日常を綴っていきます。

時代はすこしずつ、でも、最近はどんどん変わっていく。

 

特に、ここ十年くらい、時代の変化が加速しているような気がする。

 

そう、デジタルの時代になってから・・

 

 

よくなったことはいろいろある。

 

便利になったことも、いろいろある。

 

わたしは、世の駐車場の駐車券がなくなってくれたのはうれしい。

 

あれ、なくしたら大変だし、いつもどきどきする。

 

雨の日は、曲がってなかなか入らない、

 

挿入口が遠くて、手がつりそうになる・・・

 

 

でも、お正月のいろんな習慣がすたれていくのはさびしい。

 

年賀状も減ったし、しめ縄を飾る家も減った。

 

確かに、年賀状は、忙しい年末年始のゆううつなノルマでもあったんだけれど。

 

毎年、とくに最近になると、

 

もう年賀状や~~めた、というひとが増え、

 

また、年賀状に、

 

今年をもって年賀状はやめます、と、

 

やめます宣言を書いてくるひとも増えた。

 

半分、潔くて、うらやましい、という気もするが、

 

それでも、寂しさはかんじてしまう。

 

 

年賀状だけのつきあい、というひともこの歳になると増え、

 

そういうのは、まさしく、あってもなくてもいい付き合いなんだろうけれど、

 

逆にlineやメールでつながっていないひとからやめます宣言をされると、

 

きっとわたしが死んでも、この人が死んでも、

 

おたがい知らないままなんだろうな、なんて思ってしまう。

 

 

お付き合いもこの歳になると断捨離をしていくべきだということは

 

本当に納得のいく話だけれど、

 

あきらかにご高齢のひとや、普段からデジタルでつながっているひとは別として、

 

そうじゃないひとからの止めます宣言は、

 

わたしとの関係は要らないもの、ときめかないもの、として

 

断捨離の対象になっちゃったんだなあとすこし悲しい。

 

 

年賀状の整理をしていて感じたことでした。

 

こんなことを感じるのは私だけ?