「ぶつぶつ」9月2日(ミズリー号上降伏調印の日に関連して) 曾 野 豪 夫
1) 昭和20年9 月 2 日降伏調印後、マ元帥副参謀長に鈴木公使「日本は無条件降伏していない」:
横浜連絡調整事務局長鈴木九萬(ただかつ)公使は、
午前中のミズリー号上での降 伏調印式後の午後 4 時、GHQ マーシャル参謀副長に、
和英両文により翌朝に公 布される「三布告」を告げられた。
それは日本が無条件降伏したことを受けて
(1)行政司法立法の 3 権はマ司令官の権限下に置き、英語を公用語とする、
(2)占領軍命令違反者の軍事裁判、
(3)アメリカ軍票の発行、である。
鈴木公使は、即座に日本は無条件降伏したのではいので承服できない旨抗議した。偉い!
2) マッカーサー元帥に、ポツダム宣言と降伏文書違反を主張した重光葵外相:
鈴木公使より東京で緊急報告を受けた終戦連絡中央事務局長官岡崎勝男氏は、
降伏調印を済ませて帰京していた重光葵外相に報告し、深夜閣議が開かれた。
深更、岡崎氏は横浜に折り返してグランドホテルで就寝中の
サザーランド参謀長の部屋に間違って飛び込み談判して、とりあえず
翌朝の公布を止めるよう全国 にその場で指示をして貰った。
(英日両文ポスター10 万枚が用意されていた!)
3 日、重光・岡崎両氏は横浜税関の GHQ 本部にマ元帥とサ参謀長を訪問した。
交渉の結果、マ元帥は直ちにこの布告の取消しを決断し、机上の電話で下命した。
鈴木、岡崎、重光各位の命がけの交渉の成果を、日本のマスコミが扱わないのは何故?
日本の学者、マスコミ等は、日本が無条件降伏をした、との神話を打破せよ!
3) マ元帥は、主要戦犯の財産の寡なさに驚いた ダグラス・マッカーサー元帥は
日本の主要戦犯の財産を調べさせた。児玉誉士 夫の何百万円を例外として、
東條英機元首相など全員が 10 万円前後だったので、 マ元帥は
日本の政治家、高級官僚、軍人たちが清廉潔白であることに驚いた。
現在の物価が当時の 3~5,000 倍として、3~5 億円。20 年程前の『諸君!』か
『正論』に各金額が掲載されていたが紛失した。ご存じの方はお知らせ下さい。
マ元帥の父アーサー・マッカーサー中将は、正式開戦通告なしでアメリカが始めた
米比戦争(明治 32-大正 2 年)で、現住民 60 万人を絶滅させたことでアメリカでは
有名である。同中将は後にアメリカの植民地たるフィリピン駐留アメリカ
軍司令官となり、実質的なフィリピンの初代総督となった。
現在米・比・中・韓・日等各国の教科書は、どのように教えているのだろうか。
マ総督は、フィリピンの財閥の一人だったと言われ、その息子のマ元帥が日本軍に
フィリッピンを追われたアメリカ最初の敗軍の将となったことは、
大きな 屈辱だったことだろう。マ元帥が日本の財閥解体を指令した裏には、かかる
父親のフィリピンでの仇(かたき)を日本で討った、と考えるのは穿(うが)ち過ぎか。
4) 日本のスペイン人スパイ・ベラスコに、マンハッタン計画を探らせていた
第 2 次世界大戦中、スペインは数少ない中立国だった。
駐スペイン須磨弥吉郎 日本公使は、ドイツのスパイだったスペイン人ベラスコに、
アメリカ原発開発 マンハッタン計画の情報を探らせた。
ドイツにとっても共通の関心事だった。
ベラスコのスパイ 10 名程がアメリカ国内で原発開発の内情をスパイしていた。
行方不明となったり射殺されたスパイもいた。
30 年程前、TV の 1 時間番組を録画したがテープを紛失した。いい番組だった。
高橋五郎『「スパイ」ベラスコが見た広島原爆の正体』現在は『天皇の金塊』
高橋五郎『ミカドの国を愛した超スパイ ベラスコ』徳間書店 (UTube あり)
以上