海南島4日目、偉い人との食事会 | 椰子の風に吹かれて  

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中国海南島 海南師範大学日本語教師 海口市での独り暮らしの生活を終えて日本に帰国、無職になって悠々自適?な暮らしをお伝えします。



 今日は朝一でヨガ教室に行き汗を流す。その前に湯先生のお宅で朝ご飯をいただく。

 ヨガは、どうにか、やっとついて行けるかな?って感じ。時々自主休憩を入れながら、無事1時間を乗り切った。

 




ヨガから帰ると、湯先生と4年生の劉さんが待っていて、3人でランチに行く。ランチの店は海の見えるオシャレなレストランなのだが、着いてすぐから土砂降りの雨、当初の予定では、景色のいい海辺を散歩する予定だったが、そのレストランで、ずっとおしゃべりをしてしまった。ちょっと喋り過ぎちゃったかな?という気もする。

 部屋に戻ったのは4時頃だったが、6時から副学院長の馬先生に夕飯に誘われているのだ。さすがに疲れたので、昼寝、5時半頃起きて支度をして出かける。部屋から近い店なのでシェアバイクを利用したのだが、夕方は電動バイクのラッシュ、電動バイクは恐ろしい勢いで向かってくるので、途中で自転車を置いて歩いて行った。

 





レストランにはまだ誰も到着していなくて、部屋で待つ。一体誰が来るんだろう?10人の部屋なんだけど・・・

 馬先生は英語の先生で、2019年に来たばかりの頃、通勤バスで隣に座った時に、話が盛り上がり仲良くなって、その後、一緒にご飯を何回か食べたりして、友達になった。21年に戻ってきたら、副学院長になっていてびっくりしたのだった。

 さてさて、誰が登場するのかとおもったら、学院長、書記長、陳先生、李先生(この二人には会ったことはない)の4人がやって来た。総勢6人の夕食会・・・日本語出来る人は一人もいない・・・学院長や書記長が「日本は・・・」という話題を振ってくれたりすれば一応答えられた。しかし、陳先生という男の先生が「大谷先生・・・?」と質問してきた時、何を聞かれているのかわからず、聞き返し、それを周りの人が説明してくれたのだが、それもよく分からなかったので、曖昧にうなずいてごまかしてしまった。その後は、陳先生の熱弁が延々と続くのだった。はじめは、何か教育の問題について話しているのだということは分かるのだが、肝心なところはさっぱり分からない。どんな態度で私はここをやり過ごせばいいのだろう。他の方々は、時々彼の話に相づちを打ったりはするが、ほとんど彼の独壇場だった。途中から、これはリスニングの練習だと思って必死に耳を傾けた。そのうちおぼろげながらも彼の言っていることがわかるようになってきた・・・ような気がした。時々隣の馬先生に「お嬢さんは今何年生になったんですか?」などと他愛もない話をしたりして、少し気をを抜きつつ、頑張って熱弁に耳を傾けたのだった。内容はよく分からないが、彼が英語教育に情熱を傾けているということだけは分かった。

 



最後の方は、「私海南島の言葉を一つだけ話せますよ。ワッディージップンナン、私は日本人です、ですよ~」とか、6月にアメリカの学生のホストファミリーをする予定だとか、10月にギリシャ旅行をする予定だとか、「言葉って面白いですよね~」となぜか私が話をまとめてお開きになった。

 楽しい会ではなかったけれど、これは貴重な体験だったと思う。自分のリスニング力がいかに不足しているかを知ることができたし、こんな状況でも、変な空気を作らず、いい感じで終われたのだから御の字だったと思っている。かなりの面白体験といってもいいだろう。私の為に学院長さんたちが集まってくれたのだから、私もたいしたものだと

 お開きになるころ、日本語の高先生から電話がかかってきた。終わったら電話するねといって切ったのだが、彼女の声が天の声のように思えた。日本語が通じるってやっぱり嬉しい。

 それにしても毎日忙しい。