3月23日(木)ただひたすらの春眠ツアー…その3
いよいよ春が近づいてきたお気楽日記ダイジェストのつづきなのだ
●ラーメン決死隊博多中洲に散る
ただ南に向け、自動車は走った。
うねうねとした山道を抜け、高速道路に乗った。
路肩にはまだ雪が残っていた。
鉛色の低い空が、山に迫っていた。
いくつもトンネルを越えた。
ジェットコースターみたいな坂道を乗り切って、最後のトンネルを抜けると、目の前に京都のまちが春霞に煙っていた。
ぼくはまた帰ってきた。
北野さんの梅花祭も近づいたころ、よーやく京都に帰ってきたのにゃ
とーぶん楽して過ごすどぉお!と無意味に気合いを入れておったのである
ところが…
業界のシャイロック、コージさんがまたもや慇懃にいわはったのねん
「ニドちゃん、お仕事ご苦労さんやね。さて次やけど、たまには、南の方も行っとかんとあかんやろ」
(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
南の島に行きたいにゃぁ同志会京都支部長として、願ってもないオファなのだ
「ほんまやったら、沖縄の海開きくらいを取材してもらうんやけど、今度は博多に行ってんか」
ほーほー♪
「そんで取材は、博多のうまいもんや」
ほーほー♪
ニドランは、急速にフクロウ状態になったのである
厳冬のコンバットツアーから一転、極楽取材旅行、ニドランは神も仏も信じひんマテリアリストであるが、このときばかりは、世界中の神さんと仏さんに感謝したのにゃ
同行するのは、若いカンちゃんである
新幹線で博多まで爆睡し、到着するなりカンちゃんはゆったのだ
「さぁ、ニドランさん、さっそくバリバリ食べましょか」
って、カンちゃん、まだお昼やん。ゆっくり行こ
「何ゆーたはるんですか。6食はいかんと、記事書けまへんで」
(・_・)......ン?
博多の美味しいもんって、当然カンちゃんリサーチしてるんやろ?
「当たり前ですわ。博多と言えば、何と言ってもラーメンですからね」
w(^_^)ンーナニナニ?
ら、ラーメンって、ラーメンだけなん?
(T_T)
ニドランは、世界の主食を麺類にしてしまおうという秘密結社・麺食い同盟の京都支部長を務め、日々麺食い道を邁進しておるのである
しかし!
せっかく博多まで来て、ラーメンだけかぁああああああああい
と吠えてしまいましたね
以来、2泊3日、7食ラーメンのみ
しかも、ぎとぎと背脂系とんこつラーメンである
京の雅な鶏ガラ醤油ラーメンに慣れた私としては、さすがに耐えられへんのにゃ
昼も、夜も、夜食もラーメン
ひたすらラーメン
もー体中から豚骨がしみ出してきそーなのにゃ
最終日の最後の1食は、涙ながらに拝みたおし、醤油ラーメンを食べたけどにゃ
(;´д`)トホホ
博多・中洲の月が、ラーメンの湯気とニドランの涙で曇るのであったぁああああああああああ・‥…・・・★
とーぶんラーメンは食べたないじょぉお…(-。-) ボソッ
3月22日(水)ただひたすらの春眠ツアー…その2
かけこみ宿題日記的近況報告ダイジェストのつづきなのだ
●何かが道をやってくる
雪上山岳訓練的ミッションも終わり、よーやく都へと帰ろーとしたときでございます。
「ベニスの商人」の金貸しか、東大阪の工場主的風貌のコージさんが言わはったのです。
「ニドちゃん、香ばしい仕事おおきに。そんでや。今度の仕事やけどな、口丹波地方やねん」
なんと!
また京都に帰られへんのですか?
「ええがな♪ええがな♪香ばしいお仕事して、京都に帰ってきたら花見でもしょっか。ほな、よろしゅうねん#9825;」
とゆーことで、本能寺をめざした明智光秀も越えたとゆー老の坂を越え、都へと攻め上がったろか~い!とゆー思いを辛くも押さえ、またもやコンバットツアーを続けるのであった
口丹波にはすでに先乗りで、元地方紙記者の新快速評論家カツノリくんと、寡黙なパソコンオタクのカズキくんが到着しておったのである
この地方のネタ元たちは、海千山千の業界にあって異例なほど純朴であった
わたくしたちただしい社会派ライターたちは、心洗われる日々を過ごしておった
しかし!
この純朴さがアダになり、お人好しは要領の悪さと表裏であることを我々取材団は知るところとなったのである
なかなか煮詰まれへん取材に、深夜の編集会議も脱力感が満ちてきたのにゃ
カツノリくんがゆーのである
「しっかしカズミさんって、なんか地球人とは思えへんキャラですね」
いつもは無口な仕事人カズキくんも
「か、火星人とか…」
とネタ元を地球外生物にしてしまったのにゃ
われわれは一体どんな生き物と仕事をしておるのであろーか?
このとき、まだ春遠い口丹波地方の山容に、謎は深まるのであったぁあああああ・・・・・・★
しっかし、カツノリくん、取材の帰り道、コンビニの前で缶酎ハイの一気飲みは、みっともないしやめたほうがええどぉ…(-。-) ボソッ
3月21日(火)ただひたすらの春眠ツアー…その1
春である
いつの間にかの春であった
ほんまに知らんうちに春のようなものになっておったのである
ボケたフリでもしぃひんかったら、ニドラン日記未更新問題について、各方面からの追及をかわせへんのにゃ
遠い昔、夏休みの末期、宿題であった日記帳の帳尻をあわせてきたよーに、厳冬から春まで、あわただしくもせわしないニドランのコンバットツアーをダイジェストでまとめるのである
●猟師小屋からずっと
あれは2月最初の厳冬期であった
ニドランは、元ヤクザのユキオさんに拉致され、山深い猟師小屋に監禁されておったのである
なにせ猟師小屋である
夜になるとキツネやタヌキが出没する
まわりにはコンビニどころか、人家すら稀なのだ
ニドランは、ユキオさんからもらったカップ麺をすすり、寝袋にくるまり、ひたすら原稿を書く人となっておったのじゃった
このミッションは、農業関係のネタが多いのだ
ゲラを出力してクライアントにファクスすると、クライアントは「この畑の写真は黒豆をつくってる畑とちゃうなぁ」などとおっしゃるのである
とゆーても、畑の写真には雪が積もり、農作物が映っておるわけではない
それでもクライアントは頑なにおっしゃるのである
「見るもんが見たらどの畑かは、まるわかりや」と
ニドランはしゃぁないから、4駆の軽トラに乗り、黒豆の畑を探しに行ったのである
ヨソ者のニドランが行っても、おんなじ畑にしか見えへんのにゃ
そこで地元にくわしいタツヤさんに運転してもろたのである
その日はちょうど朝から猛吹雪。
タツヤさん、こんな天気では無理でっせ
┐('~`;)┌

昔の文学青年のような面持ちのタツヤさんは、もの静かに、しかしきっぱりとおっしゃったのである
「ニドちゃん、それでもやるのがニドちゃんのお仕事やろ」
(;´д`)トホホ
とゆーことで大雪のなか、雪上軍事訓練的撮影行動を敢行したのであった
しかし…
なんぼ撮ってもこんな↓画像である
(T_T)

ゆけども、ゆけども雪ばかりであった
都の春をのぞみながら、厳冬の夜は更けゆくのであった
2月18日(土)へろへろ旅はつづくのにゃ
ずっと、ずぅっと、日記が更新できひん状態がつづいておるのである。
なぜかとゆーと、ほかでもない。
先月から、取材旅行につぐ、取材旅行で、まともに京都におらへんとゆー訳なのにゃ
どれもこれも、まともやない取材である。
取材対象については、いたってまともなのだが、コーディネートする方たちや、取材・原稿書きの環境がまともでないのねん
(T_T)
大雪が降ったある午後、ニドランは、京都府中部のまちにたどりついたのにゃ
指定された某事務所に入るなり
「待ってたで」
とゆー香ばしい声に迎えられたのである
そーなのにゃ。このニドラン日記にも何度か登場した、元ヤクザで現在よろずコーディネーターのユキオさんであった。
ユキオさんは、緑のタヌキとUFO(インスタント焼きそば)を差し出したのにゃ
(・_・)......ン?
ニドランがそれを受け取るや否や、「ほな、行こか」と自動車に乗せられ、連れ去られたのである
自動車は京都府と兵庫県の県境ほーめんに向かい、周囲の景観もずんずん雪深くなっていくのであった。
小一時間ほど走って、ついたところは、山に囲まれたライスセンターの一角にあるプレハブ小屋なのにゃ
「ほな、ニドちゃん、ここを前線にして取材して。企画とかコンセプトは聞いてるやろ。電話もファクスもあるし、メシは自力で何とかしてんか」
と言い残し、ユキオさんは去っていくであった。
どーやら、ここはシカやイノシシを撃ちにくる猟師さんたちの待機小屋なのにゃ
しゃーないし、ニドランはここで原稿を書き、緑のタヌキをすすり、眠くなったら、小屋にあったシュラフにくるまって眠ったのである
深夜に犬のただならぬ吠え声に目が覚め、表に出て見ると、氷点下の張りつめた空気が、世界中を白く染め上げていたのであった
白いベールをかけたような周囲から、さらに向こう側の闇のなかに、いくつか光るものがあったのねん
はてヽ(。_゚)ノ ヘッ?
よぉーく見てみると、どーやらそれはキツネの家族なのにゃ
(´ヘ`;)ハァ
ほんまにえらいとこに来てしもたにゃぁあ
ニドランは、このままムツゴロウさんになってしまうのであろーか
待て次号!!
見上げる空から、粉雪が舞い降りてくるのであったぁああああああ・‥…・・・★
いまも向かいでカツノリくんがわけのわからんうめき声を発しながら原稿を書いておるのだが、彼については、また今度。しっかし、爆裂的に眠いにゃぁ…(-。-) ボソッ
1月14日(土)〝セクシーサッカー〟
10日のスポーツ各紙に、見出しがおどった。
いったいどーゆー意味であろーか。
親しい女性に聞いてみた。
この人は、たいがいにおいて天然系の世界観をもつ京女である。
彼女はこういった。
お尻出してサッカーしたはるん?
聞いたニドランがアホやった…。
┐('~`;)┌
9日の高校サッカー選手権決勝で優勝した滋賀県代表・野洲高校を評した見出しである。
優勝後の記者会見で、野洲高校の山本監督が、「少々危なっかしくて、ちょいワルで、ちょっとセクシーな選手」といわはった。
元オランダ代表で各地のビッグクラブで監督を務めたルート・フリットが、みずからのめざす攻撃的でファンタジックなサッカーを称して「セクシーフットボール」と言った。このことが由来だそうだ。
確かに野洲高校は、国見(長崎県)や鹿児島実業(鹿児島県)に代表されるパワーとスピードが全盛の高校サッカー界にあって、まさしくファンタジックなチームであった。
ニドランは、この日記にも何度か書いてるけど、フットボール原理主義者である。
その教義はいたってシンプルなのだ。
それは
サッカーはファンタジーやぁああああ!
とゆー一点につきるのである。
教祖は今は亡き「ワールド・サッカー」誌の記者エリック・バッティ。
同氏は、1950年代から世界最先端のサッカーを半世紀にわたり見続けてきた。
創造性のないサッカーには、きびしい批判者であった。それは1966年W杯イングランド大会で自国が優勝したにもかかわらず、「確たる戦術も技術もなく、反則すれすれの荒いプレーで勝利を目指すのはサッカーの進歩に何も貢献しない。審判の寛容な判定に恵まれてのイングランドの優勝は、世界のサッカー界にとって不幸なことだ」と厳しい批判を行った。実際にその後のイングランドは凋落の一途をたどっている。
トーナメントに勝つ試合運びと、創造性あふれるプレイは必ずしも一致しない。
それは82年、86年W杯で史上最高・最強といわれたブラジル代表が優勝できなかったことにも示されている。
相手ボールになるリスクを極力抑え、ゴールに向かう道筋をシンプルにするプレイが勝者のための法則になっている。
ニドランのポジションは、サイドバックである。
攻撃参加もするが、自陣付近ではボールキープは御法度である。
しかし!
野洲高校の選手たちは、プレスのさなかにあっても平然とキープし、細かなパスをつなぎながら、最終ラインからビルドアップしていくのだ。
そ、それは危ないやろぉ!
と叫んだのも1回や2回でない。
しかし最終ラインから中盤へボールは運ばれ、密集した相手ディフェンスをものともせず、ドリブルを敢行する。
そしてあいたスペースに走り込む味方に、ノールックで、あるいはヒールで、意外性あふれるパスを供給する。
ほんまに身悶えするほどセクシーなサッカーなのだ。
自由に見えるサッカーには以外と約束事が多い。
日本のサッカーはジュニアの時代から、世界標準の約束事を取り入れている。
それは、それで、この10年あまりの日本サッカーの急速な進歩に貢献したと言えるだろう。
ニドランは、強豪と言われるジュニアチームや高校チームの練習を取材したことが何度もある。
いずれも、FIFAの教本やJリーグのチームの練習法を取り入れている最先端の練習風景だ。
このへんが、旧態依然の某野球などと雲泥の差だ。
しかし違和感が残ったのも事実だ。
それは、練習中に繰り返されたフォーメーションプレイ、そしてシステムから逸脱したプレイや失敗にたいするコーチの罵声である。
こうしたコーチは異口同音にこう言う。
「ほんまニドランさん、最近の子はゲームやいろんな遊びがあるから、サッカーへのモチベーションが低いんですわ」
「自分で考えてプレイする子がいてませんわ」
わたくしは理性的な社会人として、やんわりと、しかし論旨は明快に答えるのを常としている。
「つまらないサッカーを強要されたら、そら子どもらもおもろないのは当然ですわ」「押しつけられたフォーメーション練習の繰り返しで、失敗も許されへんコーチングやったら、だれも自分で考えようとしないのは当たり前とちゃいますか」
などとは、さすがに言わへんけど、言いたいのをこらえて、それらしいことを言う。
野洲高校の山本監督のコンセプトは、まったく逆である。
「危なっかしくて、ちょいワルで、ちょっとセクシーな選手」を育てたい。スペインリーグやブラジル代表のようにスペクタクルなチームづくり。
選手たちのインタビューにも、そんな思いがあふれている。
昔むかし、夕闇の迫ったグランドで壁に向かって無心にボールを蹴りつづけていたころ。アウトフロントでカーブがかけられたこと。はねかえってきたボールをコントロールしながらクライフターンを成功させたこと…。うまくなっていくことがうれしくて、サッカーが心から楽しい。
そんな自分の姿を思い出したのにゃ
野洲高校は、サッカーをやりはじめた何億人もの子どもたちが感じた原点、そしてこれからはじめるであろう子どもたちに、すすむべき光の道を示したのだ。
ニドランは京都の隣り町に生まれた素晴らしくセクシーなチームをこれからも応援していくであろー
サッカーのことを書き出すとなんぼでも長くなるにゃぁ…などと反省しつつ、京の穏やかな夜は更けゆくのであったぁあああ・‥…・・・★
今月2試合あるけど、仕事が忙しくていけそーにないじょおおお(T_T)…(-。-) ボソッ
1月6日(金)冬の爆裂惰眠団
あけましておめでとうござりまする♪
などと脳天気にはじまってしまった2006年初日記なのだ
昨年末からあらゆるお仕事を投げ捨て北陸路を走ったものの、到着した現地は大雪
3日ほど雪かきボランティアになったしまったのである
おかげで、体中のあちこちが痛いのねん
(T_T)
そしてお仕事がはじまってしまったのにゃ
すると年末に関西に里帰りしておった、某紙の元インド特派員ジュンちゃんから連絡があったのである
「ニドちゃん、東京に帰る前に会えへんかなぁ」
ニドランは、元国際事件記者で現コマーシャルフォトグラファのモトアキくん、河内出身の濃厚女性編集者ユキコ女史に声をかけ、京都駅ビルのホテルグランビアの喫茶に集結したのである
ジュンちゃんは会うなりゆーたのだ
「ニドちゃん、ほんまに日本ってあわただしいとゆーか、忙しいところやねぇ」
(・_・)......ン?
「だって、電車が2分遅れるだけで謝罪のアナウンスがあるけど、インドやったら6時間遅れなんて当然やし、遅れても誰も何にも言わへんで」
(~ヘ~;)ウーン
わたくしは、1分1秒まで搾取しようという日本資本主義の精密なシステムと、それにたいし過剰なまでに適応を迫られる労働者のあり方には、強い批判精神をもっておるのである
こんにち提唱されている「スローライフ」という考え方にもシンパシーを寄せている
が…、あんましルーズなのもどーかと思うのにゃ
ジュンちゃんは、もはやインド人に近いフィーリングとなり、日本社会への復帰に困難をきたしておるとゆー
とはゆーものの、この怪しい会合に時間通りに来たのはジュンちゃんとニドランだけ
ユキコ女史は1時間遅れ、モトアキくんにいたっては、「わ、忘れてスキー行ってました」とゆーことで2時間以上遅れてしまったのである
┐(’~`;)┌
ほんまに、ニドランのまわりはインド人だらけやにゃぁ
ジュンちゃんの「インドでわしも考えた」的お話を聞きながら、ニドランは会議があったので途中で抜けたのにゃ
高学歴ヤクザ編集者シゲルさんが主宰する会議をおえ、各地に年始のあいさつとともにお仕事の電話を入れているうち、なんだか寒気がしてきたのにゃ
それに熱っぽいのねん
どーやら風邪をひいたみたいやねん
お仕事を早々にきりあげ、午後3時にはお家に引き上げたのにゃ
食欲はぜんぜんなかったけど、駅前のおうどん屋さんで、土生姜をどばどば入れたあんかけうどんを食べ、アイソトニック系飲料を4リットル、プリンを10個ほど買い込み、お布団かぶって寝たのである
以来24時間ひたすら爆睡したのであった
あいだにプリンとアイソトニック系飲料を胃に入れたほかは、なぁ~んにもしない惰眠である
なんだか、体中が痛いのにゃ
眠るとゆー行為もなにか体力がいるもんだと変に関心しながら、京都の空に夕闇が迫るのであったぁああああああああああ・・・・・・★
またおうどんでも食べよーかにゃ…(-。-) ボソッ
12月30日(金)南へ北へ凶状旅の夜
この間、業界は年末工程で最後の逃げ切りをはかっておるとゆーのに、ニドランは最後の最後までお仕事である
とほほ
折からの帰省ラッシュと雪により、時間の目処が立たないことから、もっぱら移動は電車になるのだ
しかし、この帰省ラッシュのため、電車はいつもすし詰めの自由席。
とほほな状況に拍車をかけるのである
最後のお仕事は、北部に撮影の旅。機材を大きなバッグに詰めて満員電車に乗り込むのは、若干の勇気が必要なのだ
撮影現場は雪がはげしく降っているという情報があったため、フード付きのミリタリージャケット、USアーミーM51フィールドパンツ、登山靴という出で立ちである
どー見ても山岳軍事訓練風なのだ
ニドランが電車に乗り込もうとすると、満員だった家族連れが2、3歩引いてくれたので、それはそれでありがたいのにゃ
そして撮影仕事を2時間くらいでやっつけて、京都にもどり画像の処理をおこない、ホワイトボードに「ニドランはお休み」と書く
高学歴ヤクザ編集者のシゲルさんや任侠系右翼ライターのタケシくんを置きざりにして、ニドランは着の身着のまま車中の人となったのである
いまは、北陸路を北上、とあるところに潜伏し、雪をながめながらお刺身三昧。一転極楽の夜を過ごしておるのであったぁああああ♪
しっかし、ひっさしぶりにおしちぃもんを食べ過ぎて、なんかさっきからおなかが痛くなってきたじょ。ほんまに根っから貧乏性にできたキャラやにゃぁ
12月26日(月)テロリストたちの夜
「テロリスト=テロルに訴えて自分の政治目的を実現させようとする者」(三省堂・大辞林)
ブッシュが入洛して日もまだ浅い京都。
初冬だというのに、その夜はコートがいらないくらいだった。
風俗のキャッチたちが手持ちぶさたに立った木屋町から、路地を抜けて先斗町を南に下がった。二人並んで歩くのがやっとの通りには、夜更けだというのに人が行列をつくるようにのろのろと歩いている。
四条通りにほど近い先斗町の老舗料亭の暖簾をくぐり、奥の座敷に入ると、今夜のメンバーたちが到着していた。
今夜の主賓は、ブッシュを追うように、カイロから入洛したダイスケ君だ。
すでにアルカイダとの関係が取り沙汰されており、いくつかの情報機関も彼の動向を追っているという。
メンバーたちがそろったところで、ダイスケ君はグラスを捧げながら、おごそかな表情で言った。
「ブッシュにアラーの鉄槌を」
(゜゜;)\(--;)ナンデヤネン
酒とバラをこよなく愛する国際事件記者、ダイスケ君がひっさしぶりに京都に来たのねん
いまはカイロを拠点に、激動の中東情勢を怪しく取材しておるとゆー
なぜカイロかとゆーと、あんましイスラム原理主義的な国やと、大好きな酒もバラも御法度だとゆーのが、どーも主要な理由らしいのだ
イラクではいまだに占領下での虐殺事件が絶えず、イスラエル情勢もパレスチナ和平をめぐり混沌としておるのである
まるで、国際政治概論のよーなことを、このお気楽サイトで書いてもなんなのだ
そーゆーネタは割愛するとして、なぜに、こんな大変な時期に、ダイスケ君が入洛したかとゆーと、アルカイダ日本支部の会議のためではない、中東の酒に飽きたからでもない
じ、実は、知り合いに結婚を報告するためであった
し、しかも、相手とゆーのが、業界で知る人ぞ知る、ニドラン日記にも、いたいけなニドランをいつもいぢめるキャラとして登場しておる、河内出身の濃厚女性編集者ユキコ女史である
この情報は、AP・共同電で配信され、業界を震撼させたのである
なんとゆーても、日本濃厚三大地帯の一つ、大阪は河内出身にして、立ってるもんはポストにでも突っ込みを入れるとゆー典型的関西キャラのユキコ女史。
一方は、江戸っ子であり、酔った口説き文句が「オレ明日地雷を踏んで死ぬかもしれないんだ。だから今夜だけはいっしょに居てくんない」などとゆー、関西的には「サブイボが出そう」、終戦直後のデカダンス作家のよーなシニカルなノリのダイスケ君。
この二人が添い遂げるとゆーのは、北の国の金さんとブッシュ君が有馬温泉に婚前旅行をするよりも無理っぽいとゆーのが、業界筋の観測であった
それが、けっこんするのである
あまたの事件・事故・災害取材をくぐってきたある社会部記者が、「いまニドちゃんの情報で部内はパニックです」とメールを送ってきたくらいである
「わたしは主婦ユキコ、人妻ユキコよ」
それって、どーも根本的哲学的日本語的に違和感のある単語やなぁ
┐(’~`;)┌
などと「幸せ」とは何であるかについて、アランやラッセルばりの哲学的思索を深めつつ、テロリストたちの京都の夜はやかましく更けゆくのであったぁああああああ・・・・・・★
ダイスケ君どーでもええけど、二次会で酔ってお約束の口説き文句をほかの女性にかますのは、やめといたほーがええど。お互いの幸せのためにも心からそー思うにゃ。
ほんで、今回の驚愕報告集会に参加できひんかった方たちのために5月ごろに大規模集会を開催する予定なんで、また来てねん♪
12月17日(土)いつのまにかのつるつる道

主観的な願望と正反対に動くのが世の常と申すものでございます。
永きにわたって、常夏楽園遠征に諸手をあげながら、指名を受けるのは正反対の亜寒帯ミッション。
南極点をめざしながら散ったスコット隊もかくやとゆー氷点下遠征の日々でございます。
京都は1200年の都。三方を山に囲まれた盆地――とゆーガイドブック的な文句をまにうけるととんでもないのにゃ
京都府は日本海から奈良の手前まで、南北に長いのねん
そやし、京都市内から北を向いて走ると、この季節はえらい目にあうねん
連日北部をひたはしるニドラン。昨日は、京都の秘境といわれた美山町に向かったのである
京都市内はピーカンの快晴。昼に出て夕方には帰ってくるミッションなのだ
こら楽勝やぁああああ
取材と打ち合わせをしたんやけど、この打ち合わせが長引いて、帰りが午後6時を回ったのにゃ
美山町には京都市内から5つの峠を越えるねん
最初の深見峠を越えるころ、温度計は氷点下3度!
┐('~`;)┌
こ、こりはやばいのねん
美山町側には積雪の名残が路肩に高く積まれ、昼間のお日さんで溶け出して路面が濡れておったのじゃったぁ
トンネルを抜け、ライトに照らされた路面は、怪しくキラキラと光ってるねん
(~ヘ~;)ウーン
しかも、なにやらタイヤの下からパリパリ、ペキペキと音がするやんかいさ
(バ゜ο゜)ノ オオオオォォォォォォ-
と、凍結してるやん!
なにぶんケチな編集者たちが貸し出してくれた自動車は、スピードを上げるときしみだすT型フォードくらい年代もののワンボックス、しかも、どノーマルタイヤ
なんか、車の尻がビミョーにふれてませんか?!(T_T)
栗尾峠を越え、高雄の山を越え、よーやくたどりついた京都の灯りが、ニドランの目ににじむのであったぁああああ・‥…・・・★
だれか4駆をくれぇえええ
12月11日(日)冬空を飛ぶトンビにはなりたくない
<ずんずんと冬がきびしさを増す京都であるこーゆーときこそ、南の方角へ遁走したいのだが、こーゆーときに限ってオファーは北から来るのねん…(T_T)
先週は、何を思ったのか、業界のドン・サダオさんが東京からやってきたのである
「おっ、ニドちゃんひっさしぶりやなぁ。君とこんな季節に会うと、大雪のなかの取材を思い出すなぁ」
ほんまですね。あの猛吹雪の取材は、しばらく夢に出ましたで。
ヒデアキくんは、トンネル出たとこでスリップ事故を起こすわ、ブリーザードのなかで立ち往生するわ、ほんま大変ですわ
ニドランも大雪警報が出ている深夜に、地元のもんが止めるのを振り切り、峠道を越えようとして、途中で立ち往生して、しゃぁないし1人で近くのラブホに逃げ込んだこともありましたなぁ
命がけのミッションやったけど、ほんまにだれの指示やったんやろ(←遠い目)
「まぁ、そない言いないな。そのうちええこともあるって」
あのときも、なんかそんなことをゆー人がいはりましたなぁ(←遠い目)
などと旧交を温めあいながら、やっぱしサダオさんがからんだ今回のミッションも、北の空を拝みに行くハメになったのである
2日間で7カ所の取材とゆーコンバットツアーである
1日目の取材が終わったのが午後11時、北部の山あいの家を辞すときには、ニドランが乗ってきた車に霜が降りておったのじゃった
ワイパーを動かしてもさっぱりやねん
よーやく動き出して峠道を上るころ、路上の温度計は、マイナス3℃!「凍結注意」の掲示が、ニドランの涙目に、にじむのであった
いつまでも涙目をしておると、本格的に緊急事態になりそーなので、涙をぬぐい次の取材先に向かってん
宿に到着したのは午前1時。
良い子のニドランは、すばやくシャワーを浴び爆睡したのはゆーまでもない
翌朝、窓から見上げると、青い空をバックに、びゅんびゅん風に乗ったトンビが気持ちよさげに輪を描いている。
こ、こいつら寒ないんかい!
トンビにツッコミを入れながら、ニドランの凶状旅はまだまだ続くのであったぁああああああああ・・・・・・★
生まれも育ちも京都のサダオさんが、東京進出をして、京言葉で物をゆーても、どーも恐喝とかに誤解されておるらしい。京言葉の印象を一人で悪ぅしてはるのんではないだろーか…(-。-) ボソッ