昨年末に報じられた
世界的フォトジャーナリストである
広河隆一さんの性暴力の報道。

広河さんは
雑誌DAYS JAPANの編集長でもあり
福島の原発事故後は
チェルノブイリでの支援の経験を踏まえ
福島の子どもたちの保養施設
名誉理事もされていました。

わたしの尊敬する
大人のひとりでもありました。

・・・
福島原発事故後に
DAYS JAPANで
編集委員としても活動していた
吉本の芸人さんでもある
この件について
こうまとめられました。



ー広河氏を、すごい人だと思っていた私にも責任があります。
すごい人なんかこの世にいなくて、ずるいところも性欲もある普通の人間しかこの世にいなくて、
誰かをヒーローのように思うこと、神格化することは、ものすごく社会をダメにすることの一端だと思いました。
誰かまかせの社会にすることと同じだと。

すごい人なんかいなくて、すごくない人がみんなそれぞれせっせと頑張ることでしか、社会はよりよくならないのだと。
誰かをすごいと思ってしまう感情は、警戒せねばならないことであったと思い当たりました。

・・・
正直、この報道をきいたとき
「お前もか…」と呆然としたけど

ヒーローなんか、いない。

誰かひとりが社会をよくしてくれる、
なんてことはない。

マコさんの言う通りだと思います。

・・・
・・・
学生の頃、
痴漢に遭ったとき
自分が女という性別であるだけで
ただそれだけで圧倒的弱者であり
奪われる立場ということを思い知った。

あれから
男性は男という性別だけで
わたしには脅威。

俺はそんなことしない、
一緒にするなと言われても
男というだけで、怯む。

そして、
被害に遭ったとき責められるのは
被害を防げなかった被害者。

さらに
性的な被害に遭うことは
恥ずべきこととされる。

声を上げるのに
どれだけの勇気がいることか。

こういうことを
圧倒的強者として生まれた人
強者として振る舞える人たちに
理解してもらうのは
難しいことなのでしょうか。

・・・
(今は多様な性があり男女で簡単にわけられることでなく、性的被害も男から被害に遭う男性、女性から被害に遭う女性、女性から被害に遭う男性…様々ですが、当時の自分の気持ちを振り返って、、)



ー検査により穿刺細胞診で
悪性ないし悪性疑いと診断された患者は
5人増えて207人
(うち一人は良性結節)。

手術を受けて、
甲状腺がんと確定した患者は2
人増えて166人となった。
2018.12.27

(Our Planet- TV)

・・・


・・・
世界中に売り歩き
世界中から
もういらないといわれる原子力発電所。

人類史上最悪の事故継続中の
地震列島日本だけは次々に再稼働。
再稼働されるその地が
次の被災地になりませんように。

もうこれ以上、
子どもたちに
甲状腺検査などの負担を
背負わせることになりませんように。

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・・・
福島被災地現状報告
「相馬は、今…」2017.10.6
ー津波は過去を奪ったが
        原発は未来を奪ったー
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・・・
・・・

1年の終わりが近づくと
また3月が来ると思う。

1年がはじまると
あの3月が来ると思う。

今年の3月で
東日本大震災から8年。

人類史上最悪の
原子力発電所の事故から8年。

原子力緊急事態宣言は
まだ解除されていない。

地震、原子力災害、
"フラッシュバック"、
未来を見出せない
"フラッシュフォワード"、
何重にも終わらない痛みと苦しみ。


あやまちを
くりかえしませんように。








・・・
三角ラベンダーサシェ、第2弾。
めがねくん。


えがおちゃん。


記念撮影

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・・・
2018年も
遊びに来て下さった皆さま、
ありがとうございました

ヨイオトシヲ



されど愛しきお妻様 「大人の発達障害」の妻と 「脳が壊れた」僕の18年間 

ー鈴木大介ー


・・・

読書めも


高次脳機能障害の症状は

できなくなることを味わう苦しさ

精神疾患や発達障害、

"脳にトラブルを抱えた"

当事者全般と合致。


"脳にトラブルを抱えた"当事者は

社会や家庭から

理解・支援されず排除され、

虐待・孤立・貧困に陥り

ケアされる立場が被害者的立場に。


不自由を障害にするのは環境。

"抱えている不自由により

障害を感じている"

という段階で支援が必要。

(診断重視のビジネス化には疑問)


"脳にトラブル"を持つ人に

共通する《易疲労》は、

疲れやすいのではなく

同じ作業をしていても

頑張っているから疲れる。


疲れは作業量と比例しない。

脳をどれだけ使ったかに比例する。



"脳が不自由"なのは

非当事者にはわかりづらく

やろうとしてもできないことを強いる

周辺の無理解が

当事者の《不自由》を《苦しみ》にし

"障害"にする。


鈴木さんの場合、

"不自由の先輩"であるお妻様が

不自由によって

大きくつまずく前に支え

"障害"よりは"受容"の境地に

ソフトランディングさせた。


……


僕自身、自分でもなにがどうして辛いのか理解もできず言葉にもできない状態なのに、お妻様は大前提として「辛いのだ」ということを認めたうえで、ただただ黙って僕の手を取ってさすり、背中を撫でてくれるのだ。不思議なことに、なにをしても楽にならない原因不明のパニックや不安の波は、こうして「辛いよね、辛いよね」と背中を撫でてもらうことで、ずいぶんと楽になった。 (P127~ P128)


……


人が生きていく上で最大のリスクは

孤独・孤立。


当事者と周辺者の

共生のプロセスの蓄積が

社会全体の構造改革につながる。



✴︎小さなユニットから

今日からはじめられる改革✴︎


・健常者(非当事者)・

当事者が「やりたくてもできない」、

目にみえない機能の欠損と不自由感が

大きな苦痛を伴うことを理解。


やれないことを押し付けない。

「やれて当たり前」の価値観を捨て

やれることを共に発見、評価。


・当事者・

できないこと、

なぜできないのか把握。

非当事者には想像し辛いことを考える。

非当事者にその不自由感を伝え、

発信する試みを諦めない。


(発信を受け非当事者は

「障害に甘えるな」の言葉は

絶対に発さない)

・・・ 

・・・

鈴木大介さんの視点は

とても優しく

わたしもこんな風に

モノゴトをみれたらいいと思います。


◾︎鈴木さんの最近の記事◾︎

僕が毎月「妻の布ナプキン」で手を血に染める理由

・・・

・・・

◾︎ダ・ヴィンチニュース◾︎

ー私たちの「無理解」が誰かを苦しめていることに気づくと、それだけで私たちの世界が少しだけ救われるはずだ。

(発達障害の妻の気持ちを理解できたのは、夫自身も脳に障害を抱えたから――高次脳機能障害を抱えた著者が説く「理解」とは)







・・・

ちなみにわたしも

"脳トラブル"な当事者です。








漫画/ギャングースの原作者でもある
ルポライターの鈴木大介さんの著書。



タイトル通り、

鈴木さんのお妻様(パートナー)は

"大人の発達障害"


そのお妻様が2011年に脳腫瘍

(膠芽腫/5年後の生存率8%)に倒れ、

唯一無二のお妻様を失いたくない気持ちが

暴走した鈴木さんは41歳で脳梗塞に倒れ、

高次脳機能障害に。


思考速度の低下・作業記憶の低下、

注意障害・遂行機能障害、

情緒の抑制、

自分で自分がコントロールできない…

などの問題を抱え、

お妻様と同じ"当事者感覚"を得た。

……


ー嗚呼、身をもって理解した。

単に不自由な感じとか不器用とか

空気読めないとか黙り込むとか泣き出すとか、そんな当事者の背後には、こんな苦しさがあったんだ。不自由なことと苦しいことが同じだと、僕は知らなかった。

「ようやくあたしの気持ちがわかったか」

「わかったけど、これはちょっと苦しすぎます」


……

この本は

そこから始まった

鈴木さんとお妻様との

家庭大改革の物語。


続→


・・・







・・・



なんだかんだいっても
クリスマスは
ケーキを食べる日でしかない、わたし。

ごちそうさまでしたー

・・・

本日はオモムロに
蒸し鶏を燻してみた。

台所にて
お鍋で10分の簡易燻製。
お味はどうかな。。
・・・
・・・
天気予報は
明日から
年末年始にかけて
連日怒涛の雪だるまマーク。

無事に切り抜けられますように



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Yes, Virginia, There is a Santa Claus

 The New York Sun (written by Francis Pharcellus Church)

ー大久保ゆう訳ー


1897921日 社説欄


 本紙は、以下に掲載される投書に対してただちにお答え申し上げるとともに、このようにまっすぐな方が読者におられることを、心から嬉しく思います。


「こんにちは、しんぶんのおじさん。

 わたしは八さいのおんなのこです。じつは、ともだちがサンタクロースはいないというのです。パパは、わからないことがあったら、サンしんぶん、というので、ほんとうのことをおしえてください。サンタクロースはいるのですか?

      ヴァージニア・オハンロン」


 ヴァージニア、それは友だちの方がまちがっているよ。きっと、何でもうたがいたがる年ごろで、見たことがないと、信じられないんだね。自分のわかることだけが、ぜんぶだと思ってるんだろう。でもね、ヴァージニア、大人でも子どもでも、何もかもわかるわけじゃない。この広いうちゅうでは、にんげんって小さな小さなものなんだ。ぼくたちには、この世界のほんの少しのことしかわからないし、ほんとのことをぜんぶわかろうとするには、まだまだなんだ。

 じつはね、ヴァージニア、サンタクロースはいるんだ。愛とか思いやりとかいたわりとかがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといるし、そういうものがあふれているおかげで、ひとのまいにちは、いやされたりうるおったりする。もしサンタクロースがいなかったら、ものすごくさみしい世の中になってしまう。ヴァージニアみたいな子がこの世にいなくなるくらい、ものすごくさみしいことなんだ。サンタクロースがいないってことは、子どものすなおな心も、つくりごとをたのしむ心も、ひとを好きって思う心も、みんなないってことになる。見たり聞いたりさわったりすることでしかたのしめなくなるし、世界をいつもあたたかくしてくれる子どもたちのかがやきも、きえてなくなってしまうだろう。

 サンタクロースがいないだなんていうのなら、ようせいもいないっていうんだろうね。だったら、パパにたのんで、クリスマスイブの日、えんとつというえんとつぜんぶを見はらせて、サンタクロースをまちぶせしてごらん。サンタクロースが入ってくるのが見られずにおわっても、なんにもかわらない。そもそもサンタクロースはひとの目に見えないものだし、それでサンタクロースがいないってことにもならない。ほんとのほんとうっていうのは、子どもにも大人にも、だれの目にも見えないものなんだよ。ようせいが原っぱであそんでいるところ、だれか見たひとっているかな? うん、いないよね、でもそれで、ないってきまるわけじゃない。世界でだれも見たことがない、見ることができないふしぎなことって、だれにもはっきりとはつかめないんだ。

 あのガラガラっておもちゃ、中をあければ、玉が音をならしてるってことがわかるよね。でも、目に見えない世界には、どんなに力があっても、どれだけたばになってかかっても、こじあけることのできないカーテンみたいなものがかかってるんだ。すなおな心とか、あれこれたくましくすること・したもの、それから、よりそう気もちや、だれかを好きになる心だけが、そのカーテンをあけることができて、そのむこうのすごくきれいですてきなものを、見たりえがいたりすることができる。うそじゃないかって? ヴァージニア、いつでもどこでも、これだけはほんとうのことなんだよ。

 サンタクロースはいない? いいや、今このときも、これからもずっといる。ヴァージニア、何ぜん年、いやあと十万年たっても、サンタクロースはいつまでも、子どもたちの心を、わくわくさせてくれると思うよ。


(こちらのサイトから転載させていただきました)


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サンタクロースの

贈り物は

目にみえない

コト・モノを

想い描ける気持ち。


目にみえない

コト・モノ・ココロを

信じる気持ち


鈴の音とともに

サンタクロースが

やってきますように