前にも書いたことだが、アメリカから始まった金融危機は、大学生の就職氷河期を現実化し始めた。

朝日によると内定取り消しは302人、経営破たん116人、経営悪化212人(高校生含む)。


舛添厚労相は、「違法だから、学生は泣き寝入りするな」といっているが、現実には泣き寝入りせざるをえない。法的手段で勝てる可能性は少なく、またそんな時間も学生にあるはずがない。


学生は自衛する以外にない。なにより大学の就職課が企業研究をし、学生に企業の安定性を指導すべきである。学生は、かなりこうした意味での社会常識に欠けている。

ゼミ生の話を聞いて唖然とすることも多々あった。まるで企業の実態を知らない。

こういう時代学生は就職課の情報を最大限利用すべきである。

教授会では、いかに学生を教育するかが主題だと思っていたら、とんだ間違いである。

私の20年近い教授会経験でも、教育がテーマになったことはない。ごく稀にあっても気まぐれの発言かなにかですぐに無視されてしまう。


もちろん教育に関連したことは議題になる。しかし、不合格者が多いがそれをどう救済するかとか、受講生が多いので受講制限をしようとか形式的なことばかりで、教育そのものについて議論されることはまずない。


大学は教育を使命としている。それなのに大学の最高機関である教授会で課題にならないのはおかしい。


あげくの果て、講義課目とはまったく違う内容が講義されたり、90分の講義時間が60分くらいで終わったりする。私語は注意しない、同じ内容のレポートがいくつ出てきても合格点を出すなど出鱈目な教員が生まれるのだ。

駒沢大学についで立正大学が148億円の含み損を抱えているという記事が出た。今後もこうしたことが続くだろう。


多くの人は知らないだろうが、学校には幼稚園から大学まで学校会計という特別の会計をしている。企業会計との最大の違いは、学校会計では基本金という特殊な項目があることだ。これは、非常に理解しにくいのだが、一言でいえば、倒産しないように、いつでもその学校を再生できる資金を蓄えておくということだ。


こうした制度や公的資金援助、各種の免税などを考えると、大学は、危険な資金運用に手を出すべきではない。

私の経験でも企業に比べて財政的な危機意識が乏しいと思う。


ぼろ校舎で質の高い教育を行う。そういう大学の原点が教員にも学生にも必要だ。校舎が立派でも勉強がないがしろにされているのでは、大学教育が泣く。

駒沢大学だけでなく、少なくとも75大学がデリバティブで資産の運用を計っているというので、大損している大学が多々あるのだろう。


駒澤大学のいいわけは、資産規模(940億円)に対して投資規模が大きすぎた。大学の経営陣に金融商品に詳しい人がいなかった。・・・といういものだ。


駒沢大学は、経済学部や商学部があるはずだから、専門家がいるはずで、こうした知的財産がまったく生かされていないのは奇妙と思うだろう。しかし、どこの大学でも経営陣は、学者などは机上の理論で役立たないと思っているのではなかろうか。


大学の資産は、いはば私学助成という公的資金を注入されているのだから、危険な賭けをするべきではないだろう。


キャンパスなどを担保に110億の借入を起すというが、回収するのは大変だ。どこかの新聞で授業料が入るからすぐ取り返すみたいなことを言っていたが、とんでもない認識違い。よくても収支とんとんのはず。もし、回収しようとすれば、学生の教育サービスに影響が出る。


誰も責任を取らないのだろうか。

未曾有をミゾユと読んだり、煩瑣をハンザツと読んだりして、すっかり麻生首相は、マスコミにからかわれている。

私も空室をアキシツと読んでいて、学生に指摘され顔が赤くなったことがある。


麻生首相もまだ誤読がいろいろあるようだが、側近も注意できないから、首相になって恥をかいているのだろう。

自分も誤読があるからいうわけではないが、誤読ぐらい本当はなんでもない。

しかし、誤読ぐらい、その人がアホウに思えるものもない。


面接試験で一字でも間違ったら、それで終りだろう。


就職のためにも最低の漢字ぐらい読めるようにしておく必要がある。かって、私のゼミでは漢字のテストを少しづつやっていた。同僚には恥ずかしくていえなかったが、効果があったと思っている。