釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~ -148ページ目

長浜市主催の「観音検定」なんてものが・・

琵琶湖畔の十一面観音、白眉は渡岸寺(向源寺)です。
界隈で唯一の国宝はダテじゃない、芸術性ではやはり抜きん出たものがある、
と感じました。光背がなく、後ろ姿もとっくり眺めることができます。


風にたなびく衣とか、微妙になまめかしい腰つきとか、
日本の仏像の彫刻技術は、世界の仏教界に誇れるものがあるよなあ。


釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~



同じお堂には、大日如来がおられるのですが、
胎蔵界の大日如来像は珍しい、とのことです。
胎蔵界と胎蔵界では、手の形(印相)が違うのです。

大日如来は、よく「宇宙そのもの」と表現されますが、
だったらなんで、胎蔵界と胎蔵界の2種類がいるのか、
それぞれ典拠するお経が違うとはいえ、
宇宙なら普通、統一したくならないか。
作用の宇宙と反作用の宇宙みたいなものなのか・・・
と思いましたが、密教に詳しい方、いかがなものでしょうか。



釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~  渡岸寺の胎蔵界大日如来
釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~  
数が多い金剛界大日如来


ちなみに、長浜観光協会では「観音検定」なんていうものを
行っているようです。第5回検定は2010年11月14日。

過去問題を見ると、
「日本全国に国宝指定の十一面観音様が七体おられます。
高月町、京都市、京田辺市、奈良市、藤井寺市、宇陀市、もう一体はどちらに?」
など、知るかそんなの的な難問も出るようです。
http://www.nagahamashi.com/2010/10/post_875.php

ほとんどのご当地検定が一過性のブームで廃れていくなか、
観音検定もそうなりそうな予感がしなくもないですね。


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唇に紅をさした十一面観音(滋賀・石道寺)

昨日に続き、琵琶湖・湖北の観音様について。
2つ目に行ったお寺は、石道寺です。

http://travel.biglobe.ne.jp/tguide/spot/s11431.html


まずもって周りのおだやかな里山風景を見るだけで行く価値ありです。
ありもしなかった記憶の中にだけ存在する、
架空の、理想の”いなか”が、目の前に現れたという印象。


釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~


こちらの十一面観音は、平安中期とされるのに
今もうっすらと色が残っています。
13歳ぐらいの女の子が、初めて紅をさしたような風情で、
浄瑠璃寺の吉祥天を思い出しました。



釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~ この界隈では渡北寺の観音様と人気を2分するとか。


石道寺から己高閣に至る道は、もみじのトンネルになっていて、
紅葉のときは、それはそれは美しいそうです。
この一帯=己高山は、7~8世紀に、
泰澄という十一面観音を信仰する山岳遊行僧が仏教を広め、
行基や最澄もやってきて比叡山別院として栄えました。


菩薩は、もとはお釈迦様の修業時代=インドの王族を模したものだから
上等な衣やアクセサリーをつけているわけですが、
どう見ても女性という像が少なくないですよね。
特に観音は。石道寺の観音さまも、モロに女性。
男くさい仏教に、女性性・母性を取り入れる役割を果たしたのかもね。


十一面観音の姿形は「仏説十一面観世音神咒経」「十一面神咒心経
に典拠するそうですが、
7つの観音のお経を現代語訳した奇特な先生もいるんですねぇ。


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手首のない千手観音の話(滋賀・赤後寺)

ヤボ用で滋賀県琵琶湖に行くこととなり、
日曜に湖北の十一面観音をいくつか参拝してきました。
あのあたりには小さな寺に、50以上の観音様、
とくに十一面観音が多いことで有名なのです。


まず行ったのは、あまりメジャーではない「赤後寺(しゃくごじ)」。
http://www.biwako-visitors.jp/search/spot.php?id=654


ここで、とても”宗教的な”お話を聴きました。
このお寺は住職さんもいなく、
村の人が「世話役」として順繰りに番をしています。
世話役さんのケータイに電話すると、やってきて厨子の扉を開けてくれるという
素朴きわまりない仕組みです。


釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~


入り口には立派な鳥居もあり、
しかも世話役さんによると赤後寺は「無宗派」だとか!


仏像は千手観音と聖観音なのですが、破損してかなり痛ましい状態。
とくに千手観音は手首から先が全部取れていて、むしろ禍々しい・怖い姿です。
13世紀頃の戦乱の中で、観音さまを守るために村人が川に沈めたりして隠したために、十一面の顔や、手首から先が、みんななくなってしまったそうです。



釈迦牟尼スーパースター ~仏教のつれづれ~


定年退職のあと世話役をやっているという方は、こんなお話をしてくれました。

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この観音さんは、ずっと秘仏で、村人がお守りしてきました。
あまりにお痛ましい姿なので、人目に晒すには忍びないということで。


私らが子供の頃、年に1回、3月2日の夜中12時にだけ、
観音さんにお参りすることができたんです。
外から見えんように、お堂に黒い幕を張って、お堂の中は裸電球が1こだけでした。
だから観音さんは、よう見えません。寒くて、眠かったことだけ憶えてます。


ですけど、観音さんは、ずうっと村の守り神でした。
家に病人が出たとき、明日は試験やというとき、
みんな観音さんにお祈りしてきたんです。


その観音さんが昭和44年に、重要文化財になりました。
重文になると見せなあかんということで、反対する人も多かったんです。
見せるか見せないか、村は15年もめました。
結局、「もうおみくじで決めよか」となって、
昭和59年から一般の人にお見せすることになったんです。


きちんと参拝してくださるお客さんは有難いことです。
でも、正直いって、観光だけで「見たい」という方には、抵抗があります。
酔っ払って、ひやかし半分のお客さんとかもいて、
「なんでそんな人に、村の守り仏を見せなあかんのや」と思うこともあります。


観音さんの痛ましいお姿のことを、
井上靖さんが『星と祭り』のなかで、こんなふうに書いておられます。
ちょっと盗作みたいですけど、紹介すると

「・・・人間の苦しみを自分の体一つで引き受けて下さっていたので、
あの仏さまがあのような姿になってしまったんだ」

私たちの気持ちを一番うまく言い当ててくれてはります。


※私の記憶から書いたので、世話役さんの言葉尻そのものではありません。

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琵琶湖の北部は、1mも雪が積もることがあるそうです。
雪の残る3月2日の夜12時に、裸電球1個で拝む、手首のない千手観音。

仏教の合理性を愛する理屈っぽい私も、
この信仰の形に、なんの突っ込みも入れる気が起こりませんでした。


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