[映画レビュー#64] ジョーカー | ニールのシアター

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お越しいただきありがとうございます!鑑賞した映画・特撮・ドラマ・アニメをシェアしたいと思い、始めました!現在、様々な作品を開拓中!(まあ、たまに偏りはありますがw)

どうもどうも!


日本で「ジョン・ウィック: パラベラム」が上位ランクインしていることが嬉しくて顔が西田敏行みたいにほころんでおります、ニールです。アクション好き、あるいはキアヌ好きなら絶対見てくださいね!



予定よりも投稿がだいぶ遅れてしまいました汗 留学先のプレゼンの課題の真っ只中でした。今度ねTEDで発表しなきゃいけなくてね。


あ、TEDは大嘘なんだけど。


影響を与えるエンターテイナーの話術、戦略というのは本当に参考になるもので、引き込まれて共感したり、そんな自分に怖くなったり。


今回の映画の場合は怖くなったわけですが、


同時にその術中にはまって虜にもなったわけです。


「ジョーカー」レビュー、行ってみよう。



アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)の夢は多くの人を笑顔にすること。ピエロのパフォーマンスの稼業で母の介抱をしながら生活していたが、様々な悲劇が彼に降りかかる。バットマンの宿敵にしてゴッサムシティの犯罪王子、ジョーカーはどのようにして生まれたのか?


原題: Joker

R15+

全米公開: 2019年10月3日

日本公開: 2019年10月4日

上映時間: 122分

製作国: アメリカ合衆国


監督: トッド・フィリップス

製作: トッド・フィリップス、ブラッドリー・クーパー、エマ・ティリンガー・コスコフ

製作総指揮: マイケル・E・ウスラン、ウォルター・ハマダ、アーロン・L・ギルバート、ジョセフ・ガーナー、リチャード・バラッタ

ブルース・バーマン

脚本: トッド・フィリップス、スコット・シルバー

撮影: ローレンス・シャー

美術: マーク・フリードバーグ

編集: ジェフ・グロス

衣装: マーク・ブリッジス

音楽: ヒドゥル・グドナドッティル


出演: ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ、他





日本でもだいぶヒットしているようですね。こちらアメリカでも話題沸騰、というか数々の映画祭で事前にでかい賞を取りまくっていたので期待値を上げないようにしていても上がってしまっていました

自分の愛読している映画情報サイトTHE RIVERで度々報道されるたびに「いったいどんな映画なんだ?!」と考えずにはいられませんでした。

ましてや僕の好きなアメコミ映画、そんでもって映画祭などでアメコミ映画が賞を取ったことはこれまで一切ありませんでした。予告で見ても細かい情報は明かされない、けれどあの興味を引く語り口。4月に予告を見て以来、本編を見る事をずっと心待ちにしていました。


さあどうだったか?


僕個人の意見ですが、


DC映画の中で1番好きな作品になりました。



賛否は必ず分かれる映画ではありますが、来年初頭にある賞レースには何らかの形で引っかかることは確実だと思います。なので広告や予告で少しでも面白そう、気になったと思った人は、とりあえず劇場で絶対見た方が良いと僕は思いました。


でまず見て思ったのが、今作はコミック映画というよりは完全に社会派ドラマな映画だな、と感じました。マーベル、DC共に社会的メッセージは少なからずどの作品にも入ってはいたんですが、今回は完全なるリアル志向、社会風刺に徹していました。エイリアンや悪魔や超能力が混ざってどんがらがっしゃんみたいなのではないです。今作は近年のDCユニバースとは完全に切り離された、独立した作品になっているので、これまでのDC映画、あるいはアメコミ映画を見ていない人でもこの映画の趣旨はしっかり伝わるようになっています。




描いているのは現代に存在している消費社会、階級システムが生み出す悲劇、反抗、そして革命です。


やっべ俺ムッチャカッコいいこと言えてる?


バットマンの世界設定は基本的には踏襲しているのでファンなら「お!」となる部分もしっかり入りつつ、ジョーカーがどうして最終的に犯罪王子に目覚めてしまったかが説得力を持って描かれていました。


説得力を持って。



とにかくですね、主人公のアーサーには同情の余地がありすぎて。本当に過酷なことばかりが降りかかるんです。前半は見ていてマジできつかった。それにカメラワークと色彩が相まって強烈な悲劇物語が完成していました。アーサーがとある事を知るシーンでのアーサーを見下ろすアングルであったり、階段でジョーカーに扮して踊るところなど、




彼がジョーカーになって行くキッカケに非現実的なものは一切含まれていません。人生で殆どの人が関わるであろう職業、社会福祉、友人、そして家族、そういったものが全て信用できなくなるってどういうものなんだろうってなかな想像できないと思いますが、


この映画を挙げて「こうなる可能性もあるよね」って言われると、納得できちゃう。


善悪の境界線がそれほどはっきりしていないことがわかる瞬間に恐ろしくなる観客もいるかもしれません。




後々行き着く先は本当にひどいやつなんだけれど、同じ系統の「タクシードライバー」のトラビスより、僕はアーサーの方に共感してしまったな。という感じでね、読んでもらうと解る通りですね、バットマンの世界、ジョーカーというキャラクターを組み込んでいる以外は全て現実の僕らに非常に隣接した話になっています。改めて考えても今作のテーマとジョーカーの存在が本当にうまく組み合わさっていることに感心してしまいます。


ジョーカーの特徴や誕生秘話というのは映画、コミック含めて色んな説があってそれぞれ異なるんです。それでもってジョーカー自身はジョークばかり言うので本当かどうかは誰にもわからない。そのキャラクター性はこれまで色んな映画でも形を変えて描かれてきましたが、これまでの映像作品にリスペクトを感じるいわゆる引き継ぎ部分も発見できるのも良かったです。詳しくはいえませんがティム・バートン監督作「バットマン」クリストファー・ノーラン監督作「ダークナイト」からどこか近い要素を感じさせるところがありました、エンディングも含めてね。




そしてクライマックスでは、まあジョーカーがどでかい事をやるわけなんですが、ものすごく複雑な気持ちでした。彼が起こすとあるどでかい事でもう周囲は大騒ぎで悪役側が大満足っていうシーンなんですが、なんなんでしょうね、終着地点は僕らにとって本当にこの世の終わりみたいな光景であるにもかかわらず、同時に内心で沸騰しまくっている「やってやったぜ」と言わんばかりのカタルシスのような感情は...


カタルシスであって欲しくないんだけど、「やったぜ!」と叫びそうになる、この...くそ!なんだこの両極端な気持ちが同時に押し寄せる感じは?!w



確かなことはこのシーンを劇場で僕が仰け反って見ていた事、そしてそのシーンが僕自身が生涯忘れない劇場で見た映画名シーンの思い出に加わった事でございます。



ホアキン・フェニックス、あなた本当すげえよ!!予告見て真っ先に頼むから死なないで!と思ったんですよ!それぐらい予告の時点でやばかったから。でもね後々ほかの出演作を見て安心しました。



この人元々いっぱい変な役やってたわ


とは言えですね、THE RIVERでの特集記事を追って読んでもらいたいんですが、徹底した役作りを踏まえて撮影に挑んでいる分、さらに今作は広めの全画面サイズの映画だったので、全編ずーっと釘付けでした。垣間見える背中、肋骨、弱々しい体はCG一切なしの24kg減量によって作られたものです。そしてそれぞれの笑顔や笑い方の違い、即興のダンス、といったところ以外も含めてホアキン・ファニックスの全身全霊の好演・熱演・怪演が光っていました。オスカーにこれが引っかかるのは確実ですよ!そして受賞したらなお良し!!


映画を見る前も見た後も監督のことを考えると混乱しない訳にはいきませんw


「ハングオーバー!」の監督ですよ!?



でも改めて振り返ると社会のタブーを題材として応用する意味ではコメディ映画の要素と重なるし、それに繋がり、縛られていたのがまさにアーサーというキャラクターなわけで。驚きつつも最終的にストンと落ち着きました。



映画の解釈は長くなりそうなので先に点数をつけておくと


最終評価は100点です。






・あとがきという名の映画解釈

(自論ゴリゴリなパートなので飛ばしてもらっても構いません。あ、でもいいね!をしてからブラウザバックをw)


話は変わって


ここ数日、全米では結構な割合で映画館に警官や厳重な警備が敷かれています。理由は大体想像がつくかもしれません。


そう、「ジョーカー」が公開されるからです。


事の発端は2012年公開のバットマン映画「ダークナイト ライジング」の上映の際、ある映画館でジョーカーに扮した男が劇場に押し入り銃を乱射した事件でした。2008年にヒース・レジャーのジョーカーの演技が光る「ダークナイト」から4年後のことでした。そのこともあり凶悪犯罪者、精神異常者とも取れるキャラクターを過去作以上にメインに描いているのはということもあり規制すべきとの声もちらほら。


2012年当時、僕はものすごく加害者に腹を立ててました。なんてことをしてくれたんだ、と。特に彼の境遇を調べることなくただただ事件がきっかけで「ダークナイト ライジング」が普通の評価ができなくなったきっかけを作ったその男に嫌悪感しかありませんでした。





けれど、「ジョーカー」を見て少しだけ当時の考え方が変わりました。加害者がやったことは決して許されることではないです。どんな理由があっても殺人、人を傷つけることは人の道を外れる事です。

ただ、この映画を見て、誰でもジョーカーになりうるということを僕は教わりました。それは同時に反社会的なキャラクターに同情を寄せるような映画であることは否定できません。できないけれど、その姿を写すことを自粛するのではなく、描き切ったことで、「危ない。怖い」と思うより、僕は、今から改善できるものって周囲に、自分自身に沢山あると思えたんです。元からヤバイ人もいますけれど全員がそうではないことを僕は今作でより確信しました。そして壊れる原因っていうのは本当に身近なところにあると。誰でも壊れる可能性がある、だから壊れる前にできることって何なんだろう、手を取り合って生きねえとな、とか色々考えました。



被害者にこの映画を見せるとなるとやっぱり気がひける気持ちは間違いなくありますが、「ジョーカー」はただのヴィラン賛美映画ではなく、現代に生きる僕らが託された社会の課題を教えてくれる映画なんだ、とだけは断言したい、そう思いました。



とまあこんな感じな話をここ数日映画を見た友達、家族とものすごく話したんですよね。意見もそれぞれ違いました。



賛否両論あると思います。この映画に思ったことはなんでも結構です。ぜひコメントに寄せてくれたらと思います。



最後まで読んで頂きありがとうございます!









次回は「初恋」のレビューでお会いしましょう!