こんにちは。NYで役者やってます、まみきむです。

 

これまでのお話: 

コマーシャルの仕事で日本人観光客の役をやる事になったが、その衣装や小道具は「今時こんな観光客おらんわ!」というようなベタなもの…おまけに共演者のオッサンが、また面倒くさい困ったちゃんで、しかも全く演技の下地のないど素人…指示通りに動けないそのオッサンに見切りを付けたディレクターは、いきなりその役割を私にふってきた…

 

ナンチャッテ観光客(4)

他人の不幸を笑う者は、同じ不幸に泣く事になる…まぁ、私は別にオッサンの不幸を笑っていたわけではないのだが、それでも他人事だと思って完全に油断していたのは確か…そこへいきなりお鉢が回って来たものだから、驚きのあまり固まった…しかし、固まっている暇はない…なんせ、リハーサルの機会は1回だけ、それでタイミングもつかまねばならないのだ…

しかも何を隠そう、私もマークをヒットするのは、実は苦手だったりする…これが室内なら、家具などを目印にできるからまだやりやすいが、何もない往来は特に難しい…内心は心臓バクバクものだったが、ここで失敗したら、私もこのオッサンと同類だと思われてしまう!ともかくやるしかない…

まずスタート地点から、ぶつかる位置のバッテンマークまでの歩数を測る…7歩半…そして、マークの周辺の景色から、目印を探す下をみてマークを探すわけにはいかないからだ…幸い、右手にわかりやすい看板があったので、それを目印にする。

それだけ頭に入れて、いよいよ本番…「アクション」の声がかかると、周りを見回したり、写真を撮ったり…といった観光客っぽい芝居をしながら、心の中では歩数を数える…そしてスタート地点から7歩目、つまりバッテンの半歩手前で、右側の看板の方を見て立ち止まり、写真を撮ったり、その横にいるオッサンに話しかけたりと観光客の芝居を続け、左に向かって半歩踏み出していきなり振り向くと、そこには主人公がいて、バッテン上で無事(?)ぶつかる…幸いタイミングはそれでOKだったので、ちょっとホッとした。

2度目は少しペースアップし、さっきよりさくさく動く…今度は歩数を数えるまでもなく、目印の看板まで行く…その道中、観光客っぽい芝居をオッサンとしようとしたが、彼は横を歩いているだけで、全く何も応えてくれない本当に使えんやつ!…しかし、ぶつかる予定のコンタクト・ポイントには、ちゃんと主人公が居てくれ、私がぶつかると同時に、ちゃんと手に持った荷物を落とす…それを私はとっさに拾い上げてほこりを払い、ドサクサ紛れに「すいませんでした~!」と日本語も入れて、平謝りに謝りつつその場を去る…日本人が、ぶつかった相手をそのままに、ただ立ち去るなんてありえない!…幸い、ディレクターもそれでOKを出してくれた。さらにカメラの位置を変えて、何度か同じ事をやり、やがて私達のシーンは無事終わった。

 

それから数週間後、友人のイベントに行った時、ロビーでアジア人のオッサンに声をかけられた。最初私は、それが誰だか全然思い出せなかったが、彼が「この前、タイムズスクエアで、僕のWifeをやったよね。」というので、あぁ、あのオッサンか…と思い出した。それまで彼のことは、記憶から完全に拭い去られていたのだ。しかし本当に世間は狭い

ところがそのオッサン、あろうことか、「...and you stole my job.(そして、僕の仕事盗ったよね。)」と恨めしそうに言う…そっちかよ?!それは、あんたが出来なかったからで、私が望んだ事ではない。そもそもそういう時は、自分に技術がなかった事を反省し、クラスでも受けるとか、そういう方向に行くのが普通やろ?!逆恨みするなんて、見当違いもええ加減にせえ!…と言いたかったが、面倒くさかったのでそのままスルーした。

今思えば、そういう奴には、はっきり言ってやるべきだったかもしれないが、世の中には、本当にどうしようもない奴というのはいるもんだなぁ…と妙なところに感動した。