こんにちは。NYで役者やってます、まみきむです。

 

これまでのお話: 

コマーシャルの仕事で観光客役をやる事になったが、その与えられた衣装や小道具は、「今時こんな観光客おらんわ!」というようなベタなもの…しかも、共演者のオッサンが、また困ったちゃんだった…

 

ナンチャッテ観光客(3)

さて、そのコマーシャルのシーンは、主人公と観光客は、反対の方向からそれぞれ歩いて来る…そして、その中間地点で、観光客は主人公にぶつかり、主人公は瓶を落とし、観光客はそのまま去っていく…と、ただこれだけである。

…なのだが、これが中々そう簡単にはいかなかった。ぶつかる地点には、前もってバッテンマークにテープが貼られ、そこで必ずぶつからなければならないのだが、オッサンはどうしてもその場所でぶつかる事ができず、またタイミングも中々合わない…さらに、それはあくまで偶然うっかりぶつかってしまったという風でなければならないのだが、このオッサンは、どうしてもそういう自然な芝居が出来ない…そこで私も少しは内助の功…と仏心を出し、少しでもオッサンの助けになるように、ぶつかる手前で少し歩くペースを落としたり、周りの景色に注意を促したり…という芝居をして、少しでも自然にぶつかれるように…と思ったが、オッサン、そもそも私の事なんか見ちゃいないあの~私達一応カップルという設定なんですけど…

 

まぁ、オッサンの為に少し弁護すると、確かにこの一連の動作は、実は見かけほど簡単なものではなく、むしろ素人さんにはかなりハードルが高い

例えば、ぶつかる位置は最初から決められていて、全ての行動はこのマークの上で行われなければならないのだが、実はこれも慣れるまでは結構難しく、慣れない人はつい下を向いてマークを探してしまったり、マークと違う場所で立ち止まってしまったり…しかし、カメラのフォーカスや照明はこの場所に決められているので、その正確な位置に来ないと、ピンボケになったり、変な影が入ってしまったり…とそのカットは使えないので、下を見ないで、必ず指定されたマークに来なければならない…これは「Hit the mark」と呼ばれ、映像の仕事をするなら、必ずマスターしておかなければならない技術の1つである。

また、うっかりぶつかるというのも、実は結構高度なアクティング・テクニックの1つなのだ。実際は、ぶつかる位置もタイミングも決められており、うっかりもへちまもないのだが、それをさも本当に偶然起こったかのように見せるのは、全て演技…ぶつかる直前にその対象を見てしまったり、立ち止まってしまっては、うっかりに見えず、ぎこちなくわざとらしい動きになれば、全てがぶち壊し…そうならないような自然な演技の技術…これは「Accident」と呼ばれる演技の技術の1つである。

だから、これらは決して誰にでもすぐ簡単に出来る…というようなものではないのだが、しかしいずれも演技のトレーニングを受けた事のあるプロの役者なら、皆習っているはずの、基本的な技術である。このオッサンにとって不幸だったのは、オッサンは、おそらくそういうトレーニングを受けた事のない、つまり役者の下地の全くない人だった事である。

実は、私もこれには驚いた…なんせそれまであれだけ自慢話を聞かされた後だったのだから、そのくらいできるだろう…曲がりなりにもSAGなんだから…と思っていたのだが、どうやら彼はBackground Actor、つまりエキストラしかやった事のない人だったのだ。

ユニオンのSAGに入るには、普通はユニオンのプロダクションで台詞のある役をやる事によって、その資格が得られるのだが、実はエキストラの仕事にもユニオン枠がある。そのユニオン枠に欠員が出来た時は、ノンユニオンから補充されるのだが、そういう機会が3回あれば、その人はユニオンに入る資格が得られる…もっとも、これは本当に滅多にない事で、むしろその運の良さを評価されたような部分もあるのだが、実はNYにはそういう経路でユニオンに入り、SAGの役者といいながら、一度も台詞を言った事のない人達も、実は少なからずいる…そして、このオッサンはその典型だった。

断わっておくが、Background Actor自体を馬鹿にするつもりはない。事実、NYの役者には、俳優のトレーニングを受け、基本は舞台や映画のプリンシパルを目指すが、生活の為にBackgroung (通称BG)の仕事をしている人が多く、他ならぬ私もその1人である。また、プリンシパルをやった事がなくても、ひたすらBGの仕事だけをやり続け、それで医療保険から年金までちゃんと獲得している、プロのBackground Actorも存在し、彼等のプロ根性は本当にすごいものがある…が、そういうプロ達は、BGとしての自分の分をきちんとわきまえている。

困るのは、自分はBackground Actorなのに、妙に勘違いしている人達…役者としてのトレーニングも努力も何もしないくせに、撮影所にいれば、いつか幸運が訪れて、自分もプリンシパルになれると思い込んでいる人達…そして、スターと同じ現場にいるというだけで、自分もその1人であると錯覚し、自分より弱い立場(その多くはノンユニオンの役者やスタッフ)に対しては、やたら威張り散らす人達…そしてもちろん、このオッサンはまさに後者のBackground Actorだった。

 

アメリカでは、結果が全てである。「一生懸命やってます」とか、「知らなかったから」などという言い訳は一切無意味で、出来ないものは容赦なく切り捨て、またその切り捨てる決断が滅茶苦茶速い

このオッサンについても、彼が2~3回トライして出来ないのを見て取ると、ディレクターはさっさと見切りをつけた。そして、いきなり私の方を向き、「じゃあ、君がやって。」と言う…

 

その4に続く)