ココロヘン #4
島村彩花の機嫌は悪かった。
会社帰りに向かった店でドーナツを買おうとしたら、すでに売り切れていたからだ。
(せっかく仕事を早く終わらせて、ダッシュしてまで行ったのに、なんで売り切れなわけ?いったい、何時に行けば買えるっていうのよ。っていうか、店側も人気があることわかってるんだから、多めに材料用意しときなよ)
駅までの道のりを、大げさな靴音を鳴らして歩く。気分転換のために、服屋へ立ち寄った。
初めて入る店だが、彩花の趣味に合いそうなデザインが多い。自然と店内奥まで足が進んだ。途中、派手な色のドレッドヘアーの女性店員とすれ違ったが、いらっしゃいませの一言をかけられただけだった。
(結構センスいいじゃない、この店・・・。あっ、こんな感じのキャミ、欲しかったんだよね)
プライスタグには絶妙な金額が書かれてある。彩花は、迷わず手に取った。藍色にシルバーのレースをあしらったキャミソールを片手に店内を歩く。
(あっちゃあ・・・。見つけちゃったよ、コレ・・・。完全に、わたしの服じゃん)
薄生地の白いデザインブラウス。軽やかな風合いだが、全体的にスリムなデザインだ。ナチュラル系の服装が、最近の彩花のトレンドだった。
鏡の前で軽く合わせていると、金髪ショートヘアーの女性店員が、大きなバスケットを用意してくれた。彩花は持っていたキャミソールとバッグをそこへ入れて、黒いジャケットを脱いで店員に渡した。
着ていた水色のドレスシャツの上にブラウスを羽織り、長く伸びた茶色の髪を背中へまわす。鏡に写る姿は、たやすく合格点をたたき出した。
(この前買ったパンツに絶対合うわ、これ・・・。ジーンズでもハズさないだろうし・・・)
斜めから見るウエストからヒップへかけてのシルエットは完璧だ。最も重要な胸の部分は想像以上のラインを描き、即決しない理由を全て消し去った。
「もしもし。今、大丈夫?」
島村彩花は森野壮介に電話をする時、必ずこの一言をかけてから会話をはじめる。壮介の横に他の女がいるか確認するためだ。
彩花は、ほとんど携帯電話のメールを使わない。着信のみで、送信メールはゼロに近い。
「うん。大丈夫」
女と一緒でなければ電話にでるので、壮介の一言目のほとんどはコレになる。
「壮介さあ、この前わたしが言ってたドーナツ屋さん覚えてる?」
「うん、覚えてる。っていうか、今、オレの目の前に、そこのドーナツがあるんだけど」
「えっ!?マジ?わたし、さっき店に行ったら、売り切れてたんですけど」
「そうだろうね。最後の四個、オレが買い占めたもん」
彩花は、赤い携帯電話を耳にあてながら歩くペースを速めた。
「あと、何個残ってる?」
「全部あるよ。さっき、彩花にメール入れておいたんだけど」
「ふふん。やっぱりその子たちは、わたしに食べられる運命だったわけね。わかった。じゃあ、今からそっちに行く」
駅に降りた彩花は、壮介に電話をかけた。
「大丈夫?」
「うん。今、どこ?」
「改札出たところ。ロキシーで、ご飯食べようよ。先に行って、待ってるからさ」
ロキシーは、駅前にあるダイニングキッチン風の居酒屋だ。広い店内は、豊富なメニューと良心的な価格のおかげで、いつも賑わっている。
彩花が店に入ると、アルバイトの男性店員が席に案内してくれた。明らかに仕事帰りの、魅力的な若いOLが一人で店にやって来たことで、アルバイトの男たちは色めき立つ。
「いつも、ありがとうございます」
大学生風の長身の男が、席についた彩花にホットタオルを渡す。無言で受け取った彩花は軽く手を拭いて、タオルをテーブルに置いた。胸の前にかかっていた髪を両手で背中へやり、テーブルの上にあるメニューへ視線を向ける。うえ二つのボタンがはずされたシャツの隙間から、薄紫のナイロン生地と白くてなめらかなものが姿を覗かせていた。
高い位置から見える格別の景色が、若い男に至福のひとときをもたらす。
「連れが来るから、あとでまた来てくれる?」
目を合わせることなく抑揚のない声をかけられた男は、うしろめたくその場を離れた。
十分たたない間に、彩花の前に壮介が席についた。
「買物してきたの?服?」
「そうなの。新しい店を見つけてね。そこがなかなかいい店でさあ。思わず買っちゃったんだよねえ」
店に入ってから初めて、彩花の表情が本来の明るさを見せた。
「あとで見せてよ」
「ドーナツ食べて、やることやってからね」
「やることやる前だろ?」
笑いながら壮介は店員を呼び寄せた。
会社帰りに向かった店でドーナツを買おうとしたら、すでに売り切れていたからだ。
(せっかく仕事を早く終わらせて、ダッシュしてまで行ったのに、なんで売り切れなわけ?いったい、何時に行けば買えるっていうのよ。っていうか、店側も人気があることわかってるんだから、多めに材料用意しときなよ)
駅までの道のりを、大げさな靴音を鳴らして歩く。気分転換のために、服屋へ立ち寄った。
初めて入る店だが、彩花の趣味に合いそうなデザインが多い。自然と店内奥まで足が進んだ。途中、派手な色のドレッドヘアーの女性店員とすれ違ったが、いらっしゃいませの一言をかけられただけだった。
(結構センスいいじゃない、この店・・・。あっ、こんな感じのキャミ、欲しかったんだよね)
プライスタグには絶妙な金額が書かれてある。彩花は、迷わず手に取った。藍色にシルバーのレースをあしらったキャミソールを片手に店内を歩く。
(あっちゃあ・・・。見つけちゃったよ、コレ・・・。完全に、わたしの服じゃん)
薄生地の白いデザインブラウス。軽やかな風合いだが、全体的にスリムなデザインだ。ナチュラル系の服装が、最近の彩花のトレンドだった。
鏡の前で軽く合わせていると、金髪ショートヘアーの女性店員が、大きなバスケットを用意してくれた。彩花は持っていたキャミソールとバッグをそこへ入れて、黒いジャケットを脱いで店員に渡した。
着ていた水色のドレスシャツの上にブラウスを羽織り、長く伸びた茶色の髪を背中へまわす。鏡に写る姿は、たやすく合格点をたたき出した。
(この前買ったパンツに絶対合うわ、これ・・・。ジーンズでもハズさないだろうし・・・)
斜めから見るウエストからヒップへかけてのシルエットは完璧だ。最も重要な胸の部分は想像以上のラインを描き、即決しない理由を全て消し去った。
「もしもし。今、大丈夫?」
島村彩花は森野壮介に電話をする時、必ずこの一言をかけてから会話をはじめる。壮介の横に他の女がいるか確認するためだ。
彩花は、ほとんど携帯電話のメールを使わない。着信のみで、送信メールはゼロに近い。
「うん。大丈夫」
女と一緒でなければ電話にでるので、壮介の一言目のほとんどはコレになる。
「壮介さあ、この前わたしが言ってたドーナツ屋さん覚えてる?」
「うん、覚えてる。っていうか、今、オレの目の前に、そこのドーナツがあるんだけど」
「えっ!?マジ?わたし、さっき店に行ったら、売り切れてたんですけど」
「そうだろうね。最後の四個、オレが買い占めたもん」
彩花は、赤い携帯電話を耳にあてながら歩くペースを速めた。
「あと、何個残ってる?」
「全部あるよ。さっき、彩花にメール入れておいたんだけど」
「ふふん。やっぱりその子たちは、わたしに食べられる運命だったわけね。わかった。じゃあ、今からそっちに行く」
駅に降りた彩花は、壮介に電話をかけた。
「大丈夫?」
「うん。今、どこ?」
「改札出たところ。ロキシーで、ご飯食べようよ。先に行って、待ってるからさ」
ロキシーは、駅前にあるダイニングキッチン風の居酒屋だ。広い店内は、豊富なメニューと良心的な価格のおかげで、いつも賑わっている。
彩花が店に入ると、アルバイトの男性店員が席に案内してくれた。明らかに仕事帰りの、魅力的な若いOLが一人で店にやって来たことで、アルバイトの男たちは色めき立つ。
「いつも、ありがとうございます」
大学生風の長身の男が、席についた彩花にホットタオルを渡す。無言で受け取った彩花は軽く手を拭いて、タオルをテーブルに置いた。胸の前にかかっていた髪を両手で背中へやり、テーブルの上にあるメニューへ視線を向ける。うえ二つのボタンがはずされたシャツの隙間から、薄紫のナイロン生地と白くてなめらかなものが姿を覗かせていた。
高い位置から見える格別の景色が、若い男に至福のひとときをもたらす。
「連れが来るから、あとでまた来てくれる?」
目を合わせることなく抑揚のない声をかけられた男は、うしろめたくその場を離れた。
十分たたない間に、彩花の前に壮介が席についた。
「買物してきたの?服?」
「そうなの。新しい店を見つけてね。そこがなかなかいい店でさあ。思わず買っちゃったんだよねえ」
店に入ってから初めて、彩花の表情が本来の明るさを見せた。
「あとで見せてよ」
「ドーナツ食べて、やることやってからね」
「やることやる前だろ?」
笑いながら壮介は店員を呼び寄せた。
ココロヘン #4