「おっちゃん王国」NTG(大人になりきれないおっちゃん)のブログ -89ページ目

ココロヘン #2

森野壮介が勤務する雑貨ショップは、地元の主要駅ビル三箇所にチェーン展開している私鉄会社のグループ企業だ。通勤通学の若い女性をターゲットにした商品構成だが、休みの日も賑わっており、業績は悪くなかった。
大学卒業後、就職浪人になってしまった壮介は、学生時代にアルバイトをしていたこの店で再度雇ってもらった。アルバイトをしながら就職活動を続けていた壮介は、店長の田ノ上美樹の薦めと根回しにより、正社員として働くことになる。アルバイトからの経験値とそつのない働きぶりを認められて、入社二年目の現在は、一般スタッフからチーフスタッフへと昇格していた。
「山下君は、来月の連休、バイト大丈夫?」
スタッフ控え室で、壮介に声をかけられた山下達矢は、ダボついたジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した。
「多分、大丈夫だと思うんですけど・・・」
片手でスマートフォンを素早く操作しながら、達矢はテーブルの上にある紙パックのカフェオレを口にした。
「あっ、大丈夫です・・・。でも、その次の日曜日は休ませてもらってもいいっすか?」
「いいよ。他のみんなは、連休のどれかに休むから、次の週の土日は出るんだって」
学生アルバイトやフリーターの勤務シフトの調整は、壮介が任されていた。爽やかなビジュアルと人当たりのいい雰囲気で、アルバイトスタッフの若者たちに好かれている。大学二回生の達矢は、プライベートで壮介と遊びに行くことがあった。
ある日の夜、閉店作業を終えた壮介と達矢は、駅近くの居酒屋で一緒に食事をすることにした。壮介が、店の出入口ドアを施錠していると、少し離れた場所から若い女の声がした。
「ああ、間に合ったぁ」
「えっ、リン!?どうした?」
達矢は驚いた表情で、手を振りながらこちらに向かって歩いてくる女を見た。
「いやあ、この近くで説明会があったんだけど、それがなんだか知んないけど、やたら長引いちゃってさぁ。もう、めっちゃ疲れたよ。達矢、なんか食べに行こっ」
新品のリクルートスーツを着た
酒井凛が、無邪気な笑顔で達也のそばまでやってきた。肩までの黒いストレートの髪は、愛くるしい小顔によく似合っている。達矢より二つ年上の大学四回生だが、童顔の達矢より、さらに年下に見える。
「あっ、オレ帰るわ。おつかれ・・・」
達矢の彼女が不意に現れたので、壮介は二人に気を使って帰ろうとした。
「ええっ!?せっかく、一緒に飲めると思ったのに・・・。あっ、そうだ。森野チーフ、一緒に行きませんか?今日の給料で、オレがおごりますよ。リンも、いいだろ?ホントは、今から森野チーフと一緒にメシに行くところだったんだよ」
「ごめんなさい」
達矢の横で、凛は小さくなっている
「いいって、いいって。二人で行ってきなよ」
「じゃあ、リンが帰れよ。オレは森野チーフとメシを食いたいんだよ」
「ええっ!?なに、それ?」
何度かの冗談混じりの問答のあと、結局三人で居酒屋へ向かうことになった。


終電までは充分時間が残っていたが、三人は居酒屋を後にした。
「お疲れ様っす!また、明日!」
駅のホームでいちいち元気な大声を発する達矢は、壮介に軍隊式敬礼のポーズをとりながら、真っ赤な顔をしている。
「もうっ。弱いくせに、ピッチが早すぎなんだよ、達矢は。気をつけて帰りなよ」
「あい、あい」
人ごみに紛れながら、達矢はやってきた電車に乗り込んで、実家へと帰っていった。
「今日は、ホントにありがとうございました。結局、わたしまでゴチソウになっちゃって・・・」
アルコールを一切口にしていない凛は、壮介に向き直って丁寧に頭を下げた。
「お礼なんていいよ。オレも、楽しかったし。こちらこそ、ごめんね。二人の邪魔しちゃって」
降車駅は違ったが、二人は帰る方向が同じだった。ホームに停まった電車は、かなり混み合っていた。凛をシートとドアの隙間角に立たせた壮介は、自分を盾にして、凛の居場所を確保した。
「ありがとうございます」
小さく言ったあと、凛はうつむいて黙り込んだ。壮介は酒臭い息が凛にかからないように、顔を上げ気味にして車内広告を眺めていた。
次の駅に到着しても、降りる客はほとんどおらず、新たに乗客が追加されただけだった。密集の圧力に屈した壮介の砦は崩れてしまい、凛と向き合う形で密着することになってしまった。
「あっ、ごめん・・・」
「いえ、いいんです」
体の正面でバッグを持っていた凛の両手に、壮介の左手が触れた。

ココロヘン #2

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