「おっちゃん王国」NTG(大人になりきれないおっちゃん)のブログ -88ページ目

ココロヘン #3

反射的に引っ込めようとした壮介の左手は、小さくつかまれて引き戻された。指の背に伝わってくる思いがけない柔らかな感触。それを確かに受け止めるため、壮介は一度離した手をすぐに帰した。
頼りない指の長さを逃さないよう、複数の指を絡めて強く握り締める。
二人ともうつむいた状態のまま、電車は壮介の降りる駅に到着した。凛が降りるべき駅は二つ先にある。
最低限の力で手を引かれた少女は、転がるようにホームに降りた。
「わたし・・・」
「いいよ。多分、オレも同じ人種だから、なんとなくわかるんだ」
「えっ?」
「リンちゃんってさあ、わけのわからないっていうか、想像しにくい変な味のジュースとかお菓子を躊躇なく買えたりする人でしょ?」
「あっ、そうなんです。友だちから、よく゛チャレンジャー"とか"ゲテモノハンター"って言われたりします」
やっと安堵した表情になった少女に、涼しげな笑顔で応える壮介。
「でも、買ったものって、ほとんどがハズレじゃない?」
「アハハハ、そうなんですよ。でも、性懲りもなく、また買っちゃうんですよねぇ」
改札を抜けて、駅前の通りを並んで歩く。コンビニエンスストアの駐車場では、数人の私服姿の男子高校生が大きな声で騒いでいる。
角を曲がり、路地に入ると閑散としていて、二人の足音と話し声しか耳に入らない。
「あの店でワニの唐揚げを頼んだ人って、オレ以外で初めて見たよ」
「そうなんですか?メニューを見たときから、すっごく気になってたんです」
「オレは、今、隣にいるかわいい女の子の生態がとても気になる」
「なんですか、それ」
笑いながら見上げた視線の先では、息を呑むほどの静かな眼差しに、妖しい光が灯っている。臆することなく、少女は黙ったまま見つめ返す。
「やっぱり同じ人種だ・・・」
立ち止まった壮介は、少女の細い肩を両手で押さえ込んで、薄いチークが浮かんだ頬に、唇で軽く触れた。


(同じ病気を抱えた者同士だから、これ以上周りに感染しない・・・。オレたちみたいな病原体は、本来は隔離されるべきなんじゃないの・・・?)
壮介が初めて異性と交際を始めたのは十六歳のときだった。相手は、同じ高校の違うクラスの女子だった。壮介は、告白された側だった。
当時の男友達と、毎日のように同学年のかわいい女子の話題で盛り上がっていた。彼女は話の中に必ず出てくる数人の中の一人だった。
思春期の男子に断る理由などなく、その日から付き合いだした。
そのひと月後には二人目の彼女ができて、さらに二ヶ月後には二人と別れて三人目の彼女と付き合いだした。四人目以降には、同じ高校の女子はいなかった。


「森野さん、わたし・・・」
壮介の部屋の玄関ドアを背にして、凛はうつむいたまま立ち止まっている。
先に部屋に上がっている壮介は、凛の両手からバッグを取り上げて床に置いた。
「どうぞ、上がってください」
「おじゃまします」
凛が靴を脱ごうとした瞬間に、壮介は少女を後ろからまるごと抱きしめた。バランスを崩した小さな体を力強く支える。回した腕に、細い指が優しく触れた。


「今日も就職活動かい?」
「はい。一度、家に戻って、すぐに用意しなくっちゃ」
壮介は壁にもたれながら、玄関の鏡で髪形をチェックしている凛の横顔を眺めていた。
「オレ、明日仕事休みなんだけど」
「わかりました。また、メールしますね」
朝食前に交わしたキスは、新鮮な口紅の味がした。


賞味期限が一日過ぎたトーストをかじりながら、壮介はスマートフォンでインターネットのヘッドラインニュースを読んでいた。
ほとんどの内容は頭に入ってきて、記憶に残る。
しかし、それらに対しては全く何の印象も感じない。
どんな残虐な事件も、大変な事故も、暗いニュースも明るい話題も、単なる画像と文章だけとしか受け取ることができない。日本代表のサッカーの試合結果や、世間を騒がした事件の犯人や、大規模な自然災害など興味を惹かれるものや気になるものはあっても、それに対する感想はなく、特別な感情は何も起こってこない。
壮介は、人並みの知識として取り込む世間のニュースより、今朝のインスタントコーヒーのでき具合のほうが気になっていた。


ココロヘン #3


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