「おっちゃん王国」NTG(大人になりきれないおっちゃん)のブログ -86ページ目

ココロヘン #5

ロキシーを出た壮介と彩花は、駅前のコンビニエンスストアに立ち寄った。冷えた飲み物たちが、ガラス扉の向こう側に並んでいる。
「壮介、見てよ。ワサビティーだって」
「マジ?完璧な組み合わせじゃん、ワサビとお茶って。これは見事なまでに、日本人の心を体現することに成功してるね」
「パッケージに、そのセリフと同じようなことが書いてあるよ。とりあえずコレと、あとはオレンジティーでいいよね」

壮介の部屋のローテーブルに、ドーナツが四つと、二種類の五百ミリリットルのペットボトルが置かれた。
壮介はベッドに腰掛けている。白いクッションに座りこんだ彩花は、素手で掴んだドーナツにかじりついた。
「うーん・・・。やっぱ、期待しすぎるのは良くないね。何を想像してたか忘れちゃったけど、コレは違うわ」
「ハハハ。長時間並んだオレの苦労が、この瞬間、ムダになっちゃったよ」
壮介も一口食べる。
「あっ、ホントだ。普通じゃん。結構いい値段してたのになぁ」
「ワサビティーは、アリだわ。コレ、多分、壮介の味だと思う」
彩花は、鮮やかなグリーンの液体が入ったペットボトルを、壮介に手渡した。
「まずっ!うまっ!って感じだね。来月には、絶対なくなってるな、コレ。邪道にも、程があるよ。確かに、オレの味だけど」

先にシャワーを終えた壮介は、青いチェックのボクサートランクスだけを身に着けて、ベッドに腰かけている。スマートフォンのメールをチェックしていると、彩花がバスルームから出てきた。
「どう?いい女っぽくない?」
彩花は壮介の正面に立ち、長い髪を両手でかき上げるポーズをとった。袖を通した白いデザインブラウスの前は全開だった。裸の胸は薄い布地を通して、その存在を主張している。開いた裾の間から、形の良いへそが顔を出していた。そのすぐ下では浅いV字のラインが薄紫の小さな下着の中へと伸びていく。
「うん、似合ってる、似合ってる。確かに、いい女だ」
壮介はスマートフォンを床に置いて、そばにやって来た細い腰の後ろへ手を回す。程よく締まった白い腹筋に軽くキスをして、そのまま見上げる。完璧な膨らみが、目前にあった。垂れた長い髪の間に、妖しく潤んだ瞳と、悪戯に微笑んだ口元が見える。
ブラウスが床に滑り落ちたのを合図に、二人はどちらからともなく抱き合った。ゆっくりと確実なキスを繰り返しながら、ベッドの上に倒れ込む。慣れきったリズムが、明かりがついたままの部屋に響きはじめる。

「今日、泊まってく?」
壮介は、ベッドの上で全裸のまましゃがみこんでいた彩花に、オレンジティーのボトルを手渡した。
「ううん。今日は帰る。やることやったしね」

身支度を終えた彩花は、忘れ物がないか部屋の中を確認した。
「じゃあね。ドーナツ、ありがと。壮介のそういうところ好きだよ」
軽いキスを交わして、彩花は荷物を手にした。
「どういうところ?」
「どうでもいいことを、きちんと覚えているところ」
「タイミングが良かっただけさ」
壮介は、彩花の手から荷物を取り上げた。
「駅まで送ってくよ」
駅に着くまで、彩花は壮介の腕にしがみついたまま上機嫌だった。

(これって、完全にワールドワイドな出会い系サイトにしか見えないんだけど・・・)
三年前。
あるSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)に登録を済ませた壮介は、スマートフォンの画面に映る大量の小さな顔写真の羅列を見て驚いた。数日間利用しただけで、数十人の見知らぬ知り合いができた。
意味のない話題を文章にして公開するだけで、様々な返事や意見が寄せられる。インターネットの仮想空間では、壮介のようにとりあえずブームに乗っかっただけの人間が多かった。
ここでは、数ヶ月ほど先に始めた人間がやたら先輩風を吹かしていたり、とにかく出合いを求める若者がいたり、自らを知識人として主張しまくる者がいたり、現実世界では気にならなかったものが強制的に自動供給されてくる。自覚症状のない寂しさを持ち寄った人々の表面上のお祭りに、壮介は一週間で興味が希薄になってしまった。
ひと月ほど経ったころ、スマートフォンで何気なくSNSを覗いてみると、懐かしくて珍しいフレーズが、偶然目に止まった。そのいち文は、壮介の記憶の奥深い部分を溶かしはじめる。

「ソレちゃんは、どうなりましたか?」

抑え切れない興奮が、壮介の全身を蝕んでくる。手に持った震える画面を、もう一度確かめた。
(マジかよ!?コレを見て、意味がわかるヤツって、この世界に何人いるんだ・・・?)
それは、島村彩花が発信したものだった。

ココロヘン #5


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